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魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
2 老機兵は不屈を謳う
16/96

六 戦う者、支える者

 時は夕刻。

 エフタ市港湾地区に位置する魔導機教習所は、それなりに広い運動場に幾つかの人影があった。その人影は形状こそ人型だが、頭部を有さない上、上半身が著しく肥大化しており、随分と歪に見える。

 それもそのはずで、元より彼ら人ではない。人が甲殻蟲なる天敵と渡り合う為に創りあげた無機の人型、魔力を動力源とする機械装甲なのだ。

 この魔導仕掛けの甲冑は人類が己が天敵に抗するべく仕立てただけに、ただそこにあるだけで、見る者に安心感を与える程に信頼される存在である。


 だが今、運動場にあるパンタルは、戦う者の宿命と云わんばかりに、装甲を打ち砕かれ、内部機構や骨格を露出させて、無残な姿を晒していた。


 その数は三機。


 砕かれた装甲片の中で突っ伏していたり、右腕を丸ごともぎ取られて片膝をついていたり、前面装甲を砕かれて尻もちをついていたりと、様々な形で擱座している。全機とも、全身が赤砂に塗れている事に加え、西空にて広がる夕焼けを浴びて、常以上に朱に染まっていた。


 どこか見る者の哀愁を誘う損傷機の傍らでは、二機のパンタルが十リュート程の距離をもって、面と向かって対峙している。

 一方のパンタル、片手持ちの鉄槌と機体半身を隠す大盾を装備した一機の右肩には教一の文字が、もう一方の機体、両手持ちの大鉄槌を装備したパンタルの両肩には三六一と四の数字が入れられていた。


 この二機の内、大鉄槌を持つ機体に搭乗するのは赤髪の少年。


 彼は暗く閉塞した機内から、緊張と怖気で高まる鼓動や浅く荒い呼吸、流れ落ちる汗、乾き切った喉といったモノを友に、じっと相手の機体を注視している。

 前面視野を確保する展視窓越しに見える機体は、少年が乗る機体と同じであるにもかかわらず、より大きく、より強大に見えた。初めて対峙した時は、総鋼鉄製の大盾の所為かと彼も考えたが、それだけでは説明できない圧迫感が相手の機体より感じられるのだ。


 一つ、少年が小さく息を呑む。


 睨み合いを始めて大凡で三分。

 極僅かな時間だが、既に彼の神経は時間の感覚がわからなくなる程に削られていた。


 ただ、自身が発する音を、己の心音と血流が流れる音、口から洩れる呼吸音といった物だけを聞いていた彼の耳に、唐突に入り込んでくるものがあった。


「どうした? 掛かってこんのか?」


 機内外を繋ぐ伝声管を通して聞こえてきたのは、先の一旬で聞き馴染んだ寂びた声。余裕が滲み出ている男の声は、少年を挑発するように続く。


「ふん、慎重と臆病は似て異なるぞ? 貴様がどう考えているかは知らんが、少なくとも今のありようは、ただの臆病に過ぎんな」


 少年は及び腰になっている事を見透かされ、口元を歪めて歯噛みする。


 実機教習が始まってから、既に十一日目。

 少年は一日の最後に行われる実機戦闘訓練で、機体表面部を破壊される小破を二回、機体内部まで損傷する中破を六回、経験している。

 この六度の中破の中で、彼は激しい痛みと共に、死ぬかもしれないという恐怖を幾度か味わっており、どうしても怖気が出てしまい、腰が引けてしまうのだ。


 けれども、寂び声の主は少年の心境を理解しながらも鑑みず、更に言葉を重ねた。


「万事慎重な者はともかく、臆病者にはそもそも機兵たる資格はない。貴様はどうなんだ、んん?」


 挑発にも、奮起を促すようにも聞こえる声が少年の心を揺さぶる。


 それでも、彼は動かない。ただ、後先も何も考えずに打ち掛かるだけならば、幾らでもできるのだ。その考えを肯定するように、男の声は続く。


「まぁ、だからといって、少々の重圧に負けて、自棄を起こす者にも機兵は務まらんがな」


 五日前、極限状態に耐えきれずに暴走し、結果、強かに撃破された際にも投げられた言葉を再び聞きながら、死に対する恐怖を前に、ややもすれば暴発しそうになる心を抑え、彼はなけなしの勇気を必死に練る。

 それと同時に、場の状況を視野に入れて、どう動くかを、先手後手それぞれにおいて、相手の動きを想定し、一連の動きや対処方法を組み立てていく。


 申し訳程度の空調から届く温い風が少年の額を撫で、滲み出た汗が褐色の肌を伝って流れ落ちた。


 更に呼吸が荒くなった少年は動き出す覚悟を決め、右足より右側方へと動かし始める。……が、それは少しばかり遅かった。


「貴様は決断が遅いっ!」


 その大喝と共に、目前の相手が大盾を前面に出して、一息に距離を詰めてきたのだ。

 少年は出端を挫かれた事から忌々しそうに口元を歪めつつも、装甲や骨格が擦れ合う耳障りな音を伴い、扇状に開いた三本指を持つ足で大地を踏み蹴る機体、その正面からの圧力と攻撃から逃れる為、また、大盾の陰に入って相手の視野から逃れる為、右回りの動きを加速させながら、大鉄槌を横手に引き、力を溜める。


「くぅッ!」


 彼は己の視野一杯に近づいた大盾が左側へと流れた事を認めると、食いしばった口より呻きを漏らしながら、右足を思いきり踏ん張って、そのまま流れようとする機体に制動を掛ける。その制動と同期させるように、体軸を左足へと移して、相手の機体がある方向へと大きく踏み込み、両手で持った大鉄槌を振り抜いた。


 瞬間、金属が激しくぶつかる鈍く重い音が響き渡り、彼の身体に手応えが伝わる。


「ッ!」


 舌打ちが少年の口から洩れた。


「踏み込みが甘いっ!」


 相手の機体は少年の攻撃を見越していたようで、大盾を地面に突き立て、それを軸にして回転し、大鉄槌による打撃を完全に受け止めていた。

 渾身の一撃を受け止められた事で、少年は即座に後方へ飛びのいて離脱を図るが、時すでに遅く、相手の右手に握られた鉄槌が振り降ろされていた。


「ゥぐぁ!」


 左側面より表面装甲が割れ砕ける甲高い音と共に衝撃が走る。表層の焼成材装甲が衝撃の大部分を殺すが、浸透した力は装着した操縦機構や機体との接触面を通じて伝わり、少年の全身を激しく揺さぶった。


 結果、彼は左上腕部に加わった打撃に抗しきれず、衝撃を逃がす為に身体を右方へと泳がすことになる。


「馬鹿もんがっ! 中途半端な対処をするなっ! 耐えるなら耐えろっ! 流すなら最初から流せっ!」


 相手から罵声交じりの指導が聞こえてくるが、少年は機体を横転させないよう、歯を食いしばりながら手足を動かしていた為、応じる余裕はない。両手両足、更には手にした大鉄槌を頻繁に動かすことで、機体重心の安定を図り、漸くの事で機体の制御を取り戻す。


 だが、彼の相手を務める教官は容赦をしなかった。


「戦場でっ、相手から目を離すような奴がいるかっ!」

「ガァッ!」


 少年の機体が制御を取り戻した瞬間を見計らったように、大盾を前面に構えての体当たりを喰らわせたのだ。

 先程とは比べ物にならない衝力をまともに喰らって、少年の機体は正面装甲を砕かれながら吹き飛ばされ、数秒の滞空の後、彼の五体は強かに大地へと打ち付けられた。

 正面背面双方から伝わった衝撃を全身に受けた上、固定ベルトの締め付けもあって、激しい痛みが少年を襲う。断続的な痛みによって気絶する事を許されず、ただただ悶絶する少年に更なる言葉が投げかけられる。


「今の一撃で、貴様は死んだ! 戦闘において、一瞬の躊躇や判断の遅れは貴様を殺す! 否、貴様が死ぬだけならばいざ知らず、戦場にいる他の者や後方の者達の危険が増すのだ!」


 教官の乗った機体が、大地に横たわり痙攣するように各所を微動させる少年の機体を悠然と見下ろす。彼は朦朧とし始めた意識をなんとか繋ぎ止め、罅が入った展視窓越しにその姿を認める。


「機兵として戦場に出た時、貴様は貴様の命だけではなく、蟲共と戦えぬ者達の、貴様の背後で日々を暮す者達の命も背負わなければならなくなる」


 その声は先程までの大声ではなく、常の落ち着きある寂声に戻っていた。


「貴様の背後には、守るべき者がいる事を決して忘れるな。……本日の教練はこれまでだ」


 赤髪の少年クロウ・エンフリードは、担当教官グラディ・ローディルへの返礼を口にすると、意識を保っていた最後の一線が切れ、気を失った。



 倒れた機体の反応がなくなったことを確認すると、グラディは近くに控えていた同僚達に声を掛ける。


「ディーン、整備班と共に連中の機体を回収しろ。ルシア、連中の状態を確認して、必要な処置を行え」

「了解です、おやじ殿」

「わかりました」


 それぞれが応じると、グラディの機体は格納庫へと去って行った。

 残された二人は早速、整備教官や二両の装軌式魔導機回収車に分乗した整備班の面々に合図を送る。すると、整備教官からの号令がかかり、回収車の近くで実機戦闘訓練を見学していた機付整備士達が青褪めた顔をそのままに、それぞれの担当機に向かって駆け出していく。


「んじゃ、俺は連中の様子を確認してくるから、検査の方は頼むわ」

「ええ、ですが、危険だと感じた場合は、直に呼んでください」

「了解了解」


 ディーンはあえて軽い調子で返し、それぞれの機体へと歩いて行く。


 ディーンがまず向かったのは、自力で立ち上がった機体、右腕を失った一番機だ。

 彼が近寄っていくと、機体は脹脛部の固着器を地面に打ち込み、上半身の正面装甲と下腹部や脚部の開閉部を開いた。そして、赤褐色の機兵服に身を包んだ黒髪の偉丈夫が首筋まで保護する頭部防護具を外しながら降りてくる。その表情には微かな落胆の色が浮かんでいた。

 ディーンは近づいてきた一番機の搭乗者レイル・ウォートンに向かって、胡散臭い笑みを浮かべながら、話しかけた。


「よぅ、気分はどうだい?」

「酷い物です。一撃入れたと思った瞬間、読んでたように簡単に受け止められた挙句、腕をねじ切られるとは……」

「はは、これも良い経験だと思っとけ」


 そう応じた後、ルシアの所へ向かうように指示し、次の機体、尻もちをついてた二番機へと向かう。二番機もまた自力で立ち上がっており、機体をやや前傾姿勢にして固着させ、各開閉部を開放すると、茶髪の少年が出てくる。

 二番機の搭乗者テオ・トルードは、早くも損傷部の簡易点検をしている機付整備士と一言二言話した後、ディーンに気付く。


「レイリーク教官」

「おぅ、どうだ? 意識ははっきりしてるか?」

「はい、今日はまだましでしたから」

「そうかい。なら、ルシアの所に行って、検査を受けた後、自分の機体を格納庫に戻しておけ。……あぁ、それと、ウォートンもいるはずだから、奴にも機体を戻すように言ってくれ」

「わかりました」


 テオは機付整備士に一言告げた後、ディーンに一礼して去っていく。青年教官は少年を見送った後、回収車の起重機で起こされた三番機へと向かう。丁度、機付整備士が剥き出しになった鋼板を叩きながら、搭乗者であるジルト・ダックスに呼び掛けている所であった。


「反応がないのか?」

「あ、はい」

「悪いが、ルシアを、あー、胸がでかい女の教官を呼んできてくれないか? 中は俺が確認しておくから」


 そう言われた見習い整備士は、回収車を操る老整備士に目を向ける。二人のやり取りを見ていた整備士が頷いたのを見て、見習いの少年もまた頷き、走り去っていく。ディーンは少年の行き足の速さに少しばかり感心しつつ、その顔に時を刻んだ整備士に声を掛けた。


「すいませんね、そっちの指揮系に首突っ込んで」

「なに、構わんさ。己の職分から外れん限り、時の状況に応じて、柔軟に行動するって事を覚えるのも大切だからな」


 ディーンは禿頭の老整備士に頷いて同意を示すと、機体の左膝側面にある足掛かりに乗って、左腰部に隠されたレバーを引き、外部開放装置を作動させる。鈍い濁音が響き、上半前面部を機体に固着させていた錠が外れた。それを確認すると、彼は手早く跳ね上げ式の可動部を押し上げ、内部を覗き込む。

 機内に収まっていたジルトは、肩先より指先まで至る追随型腕部操作装置、一般に制御籠手と呼ばれる物を装着したまま、首を項垂れさせていた。心なしか銀髪もくすんでいるように見える。

 ディーンは直ぐに、搭乗者の右腰付近にある横棒を引く。途端、両足の固着器が作動し、大地にその牙を突き立てた。それで機体が安定したと見ると、更に内部へと身を乗り出し、ジルトの首筋に手を当て、呼吸等を確認する。


 脈拍、呼吸共に正常。


 ディーンはジルトが生きている事にひとまず安堵しながら、機体下腹部の内側に並ぶ計器類、そのほぼ中央にある出力調整装置を操作して、待機状態へと落とす。そして、機体両肩より延び出た制御籠手よりジルトの腕を外し始めた。彼が素早く器用に作業を進めていると、背後から馴染みの声が聞こえてくる。


「ディーン、様子はどうですか?」

「一応は生きてる。ま、おそらくは大丈夫だろうさ」


 無責任な物言いをしながら、籠手から指先を引き抜き、その全てを外し終える。すると今度は、左腰付近にあるレバー、棒先のボタンを押す事でロックを外しながら回転させ、下腹部と両脚部にある開閉部を開いた。


「相変わらず、手早いですね」

「おいおい、簡単に言ってくれるなって。自分でするのは簡単だが、人様のをやるのは結構大変なんだぞ?」


 ディーンは応じる言葉に僅かばかりの笑いを含ませながら、胴体を固定する四点ベルトや太腿や脹脛を固定する装着具を外し、ジルトを真正面から抱くようにして外へと引き出す。

 こうして機内から引き出すと、今度は機付整備士の手を借りて、機体から少し離れた場所にいるルシアの下へと運ぶ。


「ったく、これが女なら役得って感じに張り切れるんだがなぁ」

「はぁ、馬鹿を言ってないで、あなたは次に行きなさい」

「へいへい、んじゃ、後は任せたぜ」


 少しばかり機嫌が悪くなった同僚に完全に意識を失っているジルトを委ね、ディーンは最後の一人の下へと向かう。


 最後の一人が乗る四番機は、もう一両の回収車によって引き起こされる所であった。それを見たディーンは回収車の傍らに立つ眼鏡の少女に声を掛ける。


「よぅ、エンフリードの意識は戻ってるかい?」

「あ、はい、何度か声を掛けたら返事がありましたので、意識は戻ってるみたいです。けど、ちょっと反応が鈍いので起重機で……」


 と返事をした四番機の機付整備士、エルティア・ラファンは不安そうな表情を見せる。そんな少女を安心させる為、ディーンはいつもと変わらない笑みを浮かべて口を開く。


「なら、大丈夫だ。今日みたいな訓練に耐えられるように、鍛えてるんだからな」

「そう、ですよね」

「あぁ、これくらいで壊れるような柔な奴じゃないさ」


 青年の軽い声音に頷きながらも、少女の目は正面部や右腕の焼成材装甲を破壊された四番機から外れない。

 しばし沈黙の時が生まれ、起重機のワイヤーが巻かれる音が断続的に続く。その音が時を重ねるにつれ、四番機の上半身が徐々に引き上げられていき、機体もまた己の足で立とうと脚部を動かし始めた。

 中々に上手く接地できず、両足を頻繁に動かす姿に、エルティアは少しだけ安堵した様子を見せながら、隣に立つディーンに小声で尋ねる。


「……あの、一つ、聞いていいですか?」

「おぉ、君みたいな可愛い子からだったら、俺、私生活の事も含めて、どんなことでも答えちゃうよ?」


 エルティアはディーンの下手な冗談を聞いて微かに笑い、少しだけ肩から力を抜きながら疑問を口にする。


「訓練で損傷した機体なんですけど、どうして直に回収しないんですか?」

「あー、損傷機の回収な。……君には少々刺激が強い話かもしれんが、実際の戦場の光景に近づける為さ」

「戦場に?」

「そう、実際、あんな感じになるのよ」


 人蟲問わず、血飛沫や肉片が飛び散っていたりする分、これ以上にもっと凄惨な光景だけどなぁ、とは言わず、無精髭の青年教官は話を続ける。


「だから、後々の実戦でも動けるように、仲間が屍を晒しているような戦場でしっかりと動けるようにする為に、戦場の常って光景を作り出すことで、耐性を付けさせているのさ。ついでに言えば、魔導機に乗って死ぬ事がどういう事かを実感させて、耐えられない奴を篩にかけるって面もあるな」

「そいつに加えて、一機一機回収すると、少しばかり訓練の効率が悪くなるのよなぁ。まぁ、機兵の連中は、こういった屍役も訓練の範疇に入るってこった」


 ディーンの言葉に付け足すように、回収車に乗った大きな腹を持つ老整備士の濁声が降ってくる。


「ってことだ、わかったか?」

「はい、ありがとうございます」


 エルティアが納得した様に頷いていると、四番機がようやく己が足で立ち、固着器を作動させた。その後、機体の全開閉部が開き、赤髪の少年が各所に緩衝材が入った機兵服、その首元を緩めつつ、青白い顔で降りてくる。


「エンフリード、気分は……かなり悪そうだな、おい」

「あんだけ激しい体当たりを喰らって、ピンピンしてる奴がいたら、尊敬しますよ、俺は……」


 クロウは今にも吐き出しそうな、げっそりとした表情でディーンに近づいてくる。そんな少年に向かって、ディーンは指を二本立てて、振って見せる。


「何本だ?」

「二本、って、途中で三本に増やさないでください」

「はは、意識は正常のようだな」


 クロウは悪びれることなく笑う教官の様子を見て、口元まで出かけた溜め息を食い止めながら流し、その隣に立つエルティアに顔を向ける。彼は明らかに落ち込んだ風体で、目線を落とした。


「ラファンさん、ごめん。また、整備の量、増やしちゃったよ」

「あ、えと、そんなっ、気にしないでください! エンフリードさんが頑張っているのは、よくわかってますから!」


 エルティアから慰めの言葉を受けても、単純に負けた事への悔しさに加え、為す術もなくやられた自身の不甲斐なさ、毎日深夜遅くまで整備作業をしている目前の少女へ申し訳なさといった物の影響で、クロウの表情は晴れない。一方の少女も少年の顔から暗い陰が一向に去らない為、自然と困った顔を浮かべてしまう。

 互いに言葉を失ってしまった年若い少年少女を見守る二人の大人は、何とも初々しいことだなぁ、という思いを胸に生暖かい笑みを浮かべつつも、それぞれ己の役目に従って行動を起こした。


「はいはい、お見合いは夜にでもしてくれ。エンフリードはルシアの検診を受けろ。それで大丈夫なら、ここに戻って来て、機体を格納庫に戻せ」

「だそうだからの。ラファン、お前さんは機体の損傷具合を調べてこい。仮に動かせないようなら、こいつで運ばにゃあいかんからな」

「……了解」

「あ、はい、わかりました!」


 二人は大人達の言葉に従って、クロウは両手の拳をきつく握りしめながら、ルシアを探す為に歩き出し、エルティアは四番機の状態を把握する為に動き出した。各々動き出す両者、特に若干俯き気味に歩き去るクロウに視線を送っていた老整備士がディーンに話し掛けてくる。


「おい、なんつーか、最近の若いもんは覇気がないのぉ。機兵になるなら、もっと血気盛んに悔しがってもいい位だわな」

「いやいや、奴も十分に悔しがってますって」

「そうなんかい?」

「ええ、昔と違って、最近は表に出さない連中も多いんですよ」

「ん、秘めたる闘志って奴か? ……正直、表立って見えんもんは、胡散臭く聞こえるのぉ」

「はは、確かに言葉だけだと胡散臭いかもしれませんが、奴だってなんだかんだ言っても男です。ケンカや勝負に負けて、悔しさを覚えない訳がありませんって」


 ディーンはそんな事を口にしつつも、ここにルシアがいたら、負けて悔しく感じるのは、勝負への意気込みの差によるもので、男も女も関係ありません、とか言いそうだなぁ、と内心で笑う。


 言葉を交わす二人の傍らを三番機をその背に乗せた回収車が通り過ぎて行った。



  * * *



 クロウ達教習生は損傷した機体を機付整備士に委ね、あちこちに青痣が目立つ身体から汗を流した後、食堂に顔を揃えていた。言うまでもなく夕食を食べる為であるが、実機訓練が始まってからは、訓練でそれぞれに得た感触を話し合う場にもなっていた。

 今日はグラディとの対戦を評価、というよりは反省を主にしており、あの動きは不味かった、あの回避からの攻撃は良かった、あの時はこうした方が良かった、いやいやこの方が次の動きにつながる、それは止めた方が良い等々といった具合に、各々が反省し、見れた範囲で他の者の対戦について自身の感想や考えを述べて検討していた。

 そんな反省会も小一時間位で終り、一つの卓に集まっていた四人は思い思いの姿勢で身体を休める。教習生全員が身体の各所に湿布を貼り付けている為、彼らの周囲は刺激がある薬臭が漂う。その臭いの程は、常人であれば、口の中にまで薬臭を感じてしまう程なのだが、毎日張り続けてきた彼らは既に慣れてしまっており、顔を顰める者は誰一人いない。


 強い薬臭によって一種近寄りがたい結界めいた物を作り出しながら、幾ばくか無言の時が過ぎた後、椅子の背凭れに身体を預けていたクロウが口を開いた。


「あの爺さんを倒すのってさ、機体の動き云々より前に、あの圧迫感をなんとかせんと無理だよなぁ」

「確かに、あの存在感や迫り来る時の圧力は恐ろしいな。見えない重圧というべきか、いつもより肌身に重みを感じて、思うような動きができなくなる」


 腕組みをするレイルがクロウの声を聞き拾い、落ち着いた声で応じた。そんな彼に、クロウが問いかける。


「なにか対処方法って、ある?」

「こればかりは、訓練を積み重ねて、負けない実力を持つしかないだろう」

「ってことは、即急な対処法はない?」

「ああ、実力がない今は、精々、気力を振り絞って凌ぐしかあるまい」

「けど、いざ面と向かうと、その気力を振り絞るっていうのが、中々難しいんだよねぇ」


 クロウの質問に淡々とレイルが応じ、その言葉に右のこめかみを掻きながらテオが便乗する。そんな三人に対して、食台に頬杖をしたジルトが不機嫌そうな顔を隠さずに苦言を呈した。


「そんなこと、君達の敢闘精神が足りていないだけだ」

「いや、常に勇猛果敢に突き進むお前さんじゃあるまいし、そう簡単な話じゃないんだよ」

「ふふん、君もようやく僕の本領がわかってきたようだね」


 クロウが返した言葉に、ジルトは機嫌を良くする。

 半分は考えなしに突っ込む奴は馬鹿だって言われてた事への当てつけだったんだが、とクロウは思うも、相手が都合良く解釈したことを幸いに訂正せず、更に話を続ける。


「まぁ、勇敢で恐れ知らずなジルトは置いておいて、実際、どうやったら気力を振り絞れる? 正直、ここまでボコボコにされると、厳しい訓練を乗り越えてきたって自信なんて吹き飛んでるから、気力を振り絞るのが厳しいんだよ」

「そうだな。……一時的に振り絞るなら、自分にとって大切なモノを守ろうと強く思えばいいじゃないか?」

「うーん、大切なモノを守る、かぁ」


 レイルの意見に、クロウは一人唸る。

 彼には故郷を復興させるという遠大な夢はあれど、今現在、何よりも守りたいと思うような具体的な存在はない。いうなれば、故郷を復興させるという夢こそが彼にとって大切なモノだ。そして、この己の夢を守るということは、すなわち、己自身を守ることと同義である。


 自分の身を守る為に、己の身を張って頑張る。


 別に悪いとも間違っているとも思わないが、そこはかとなく、どこか外れているように感じてしまい、クロウは微妙な表情を浮かべてしまう。

 その一方で、テオは得心するものがあったらしく、幾度か頷いて口を開いた。


「確かに、そう考えるといつもより頑張れる気がする」

「教官もそれを見越して、機兵として心得るべきことを話しているのだろう」


 このレイルの言葉を聞き、クロウはグラディが訓練の最後に告げた、貴様の背後には、守るべき者がいる事を決して忘れるな、という言葉を想起する。

 老教官が言った言葉、クロウにも正しいという思いはある。あるが、即座に具体的な守るべき対象を思いつけない彼にとっては、少々眩しくて姿形がはっきりとしない漠然とした言葉でもあるのだ。

 あの爺さんと対戦する時は、ただぶちのめす事だけを考えて、自分を奮起させるしかないと、クロウは身も蓋もない事を考えつつ、席を立つ。その動きに反応して、レイルが片眉を押し上げた。


「今日も差し入れか?」

「まぁ、この中で機体損傷の多さは俺が一番だし、日が変わる頃まで頑張ってもらってるからには、これ位はしないと申し訳なくてなぁ。ほんと、ラファンさんに迷惑かけっぱなしだよ」

「やれやれ、相手が女だけに、マメな事だな。君の下種な下心が透けて見える」

「はいはい、下種で結構、下心満載って奴ですよ」


 クロウはジルトの言葉を軽くいなすと、恰幅の良い食堂係員に幾ばくかの手間賃を払って用意してもらった食料や飲み物、黒パンや酢漬けの野菜、青茶や粉乳の瓶を詰めた篭を持ち、食堂から出て行った。

 他の三人はクロウが見えなくなるまで見送るが、俄かにジルトが小馬鹿にするように鼻を鳴らして、クロウの行動を揶揄し始めた。


「整備は彼ら自身の仕事を熟しているだけだというのに、よく媚を売る物だ」

「媚を売っているかはわからんが、エンフリードがしていることも人との接し方の一つだ」

「ふん、物で歓心を買い、相手の心に付け入ることが?」

「人は言葉だけで動かん事もあるからな」

「それは言葉に誠意がないからだ」

「その誠意が必ず相手に伝わるとは限らん。だからこそ、物という分かり易い形を使う」

「物を渡すという行為に、必ずしも誠意が含まれているとは限らないじゃないか」


 ジルトとレイルが意見をぶつけ合い始める。場に残るもう一人、テオは困った顔で両者を均等に見やりながら、どう収めるか或いは離脱するかを考え始めた。



 食堂で論争が始まった事を知らないクロウは、別館を出て格納庫へと向かう。

 完全に日が暮れて空は暗くなっているが、まだ昼の暑さは大地に残っているようで、足元より熱気が伝わってくる。この残り火の如き熱が自然、クロウに昼の暑さと共に魔導機の実機訓練を思い返させた。



 教習第二旬目に入り、これまで昼に行われていた武器習熟訓練や格闘訓練は朝の訓練に回され、空けられた時間に、実機訓練が組み込まれる事になった。

 実機訓練開始当初、クロウも魔導機に乗れるという事で大いに楽しみにし、また張り切っていたのだが、現実は中々に厳しい物であった。というのも、機体の動き、特に追随機構を使って動かす腕の感覚に違和感を覚えてしまい、思うように機体を動かせなかったのだ。

 ただ付け加えておくと、これはクロウだけに限った問題ではなく、組合連合会製魔導機に初めて触れた者の大半が経験する問題である。


 機体操作に違和感を覚える原因、それは脚部が搭乗者の動きをそのままに反映させる直接操縦方式であるのに対して、腕部が搭乗者の動きを追随式操縦機構を介して反映させる間接操縦方式である事に由来する。

 脚の動きが直接反映される脚部は、搭乗者も操作感覚を掴みやすい。その一方で、追随式操縦機構を介して間接操作する腕部は、胴体内という限られた空間で操作を行う関係上、搭乗者の動きを倍加して反映させる仕組みが機構内に組み込まれている為、その感覚を掴むのに時間を要する。この事に加え、操縦機構を間に介する為、操作が実際の動きに反映されるまでに僅かな遅延が生じてしまい、更なる違和感が生じてしまうのだ。


 こういった両者の特色や違い……腕部操作で出てくる違和と、脚部と腕部の操作感覚に生まれる差によって、操縦者の身体や感覚が混乱してしまい、結果、機体操作が思い通りにできなくなる訳である。

 そして、この機体操作に付いて回る違和感を解消するには、ただただ機体を動かして感覚を慣らすしかなく、直接操縦方式を採用する帝国のゴラネス系列と異なり、一人前になるまで相応の時間が必要となるのだ。


 熟練するまで一定の操作訓練を必要となる辺りが、組合連合会製魔導機の弱点とも言えるだろう。


 そんな訳で、ほとんどの者が覚える違和感に苦しんだクロウは、歩く、走る、跳ぶ、伏せる、掴む、投げる、持つ、振る、蹴る、それらを様々に連動させるといった基本動作の反復や、各種武装の習熟訓練を連日八時間以上に渡って続けることとなった。そして、訓練開始三日目に至って、ようやく身体が感覚を覚えたのか、動きが安定し始めたのだ。

 ちなみに、三日目で機体に慣れるというのは平均よりも遅いというディーンからの言葉に加え、同期四人の中でも及第点を与えられたのが一番最後であった事実に、クロウも少しばかり凹んでいたりするのだが、それは置く。

 何はともあれ、クロウが機体操作にある程度は慣れたと判断されたことで、一日の最後に行われる戦闘訓練は容赦なく厳しい物になり、彼の機体は立て続けに中破する破目になってしまった。その結果、機付整備士や補助に回る見習い達が、毎晩、日を越えて機体を直す作業に当たる事となり、どうにも申し訳なく感じたクロウが差し入れする方向へと流れた次第である。



 連日の習熟訓練や極度に緊張を強いられる戦闘訓練を思い返し、目を虚ろにしていたクロウが我に返ると、そこはもう、格納庫の前であった。クロウは首を一振りして気分を一新し、管理用出入り口より中に入る。


 庫内は鉄骨梁に設えられた魔導灯の青白い光によって、明るく照らし出されていた。

 その眩い光を受け、クロウは微かに目を眇めつつも歩き出す。昼の間に醸成された蒸し暑さが篭っており、クロウの額からも汗が滲み出てきた。彼は空いた手で汗を拭き落としながら、運動場がある左手、そこに設けられている大鉄扉を見る。鉄扉は大きく開け放たれているが、どうにも庫内の空気を循環させるには至らないようだった。

 クロウは直近の懸架に固定されたラストルの間を抜け、様々な作業音や大声が聞こえてくるパンタルが並ぶ列を目指す。彼が騒音の発生源に近づくにつれて、湿気った温い空気の中に、汗や機械油の臭いが混じり出した。

 そんな整備場特有の空気を肌身に感じながら、乗機である四番機がある最奥に向かって歩いていると、通路で整備作業を監督していた整備教官が彼に気付き、声を掛けてきた。


「おぅ、四番機の。今日も差し入れか?」

「あ、はい」


 人相の悪い整備教官はクロウが持つ篭に目を向け、髭がまだらに生えた顎を撫でながら問いかけてくる。


「しかし、その食いもん、いったいどうやって用意してるんだ? 食堂は既定の食いもん以外は用意せんはずだし、おめぇもここに缶詰めだってのによ」

「これですか? 食堂の人に差し入れがしたいってお願いしたら、そっちが金を持つなら用意するって言ってくれたんで、仕入れてもらってます」

「おぅ、そうかそうか。しかし、安いもんでもねぇのに、よく続くもんだ」

「まぁ、ここに入っている間は自分が食べる分には困りませんし、払う金も食堂の人が実費だけでいいって言ってくれてるんで、普段の食費より少ないです。だから、それ程、負担じゃないんですよ」

「なるほどなぁ」


 と頷くが、急に真面目な顔を作った整備教官はじっとクロウの顔を見つめ、おもむろに切り出して来た。


「おい、一つ聞くが、相手がラファンだからじゃないだろうな?」

「へ?」


 瞬間、相手が言っている事の意味が分からず、クロウは目を瞬かせる。が、直に整備教官が言わんとしている事に気付き、首を項垂れさせる。


「俺、そんなに下心あるように見えますか?」

「だはは、すまんの。整備の邪魔をせず、ただ静かに見学しているだけのおめぇが疚しい事を考えてるとは思わん。だが、周りがどう見るかはまた別の話だ」

「えっと、もしかして、ラファンさんの迷惑に?」

「ラファンというよりも、四番機班以外の連中だな。あそこだけ差し入れがあるなんて贔屓だ、って感じている奴が出てきている。……が、ここではお前らは運が悪かったで済ませられるから、気にする必要はない」


 そう言ってから、整備教官は大きな目玉でクロウの目を見据える。


「しかし、常にそれで済ませられるとは限らん。世の中ってのは、例え、善意でやった事であっても、時に問題を引き起こすことがあるからな。おめぇも場所や状況、相手の立場といった事を、しっかりと考慮して、やり方も工夫するようにしろよ」

「……わかりました」

「まぁ、真面目な話はこれくらいにして、もう一度聞くが、本当の所はどうなんだ? 見学は、ラファンが目当てなのか?」


 厭らしい笑顔を浮かべての重ねての質問に、クロウはそんなに自分は女に飢えているように見えるのかと、情けない気分に陥りながら答えた。


「いや、確かに、それなりに目的はありますけど、それはラファンさんに対してじゃなくて、魔導機の整備方法を見ておきたいんですよ。それに、どれくらいの攻撃でどれ程の損傷を受けるのかってことも、自分の目で確かめたいですし」


 そう、彼も純粋な善意だけで差し入れをしている訳ではない。

 今、クロウが口にした通り、実際に自身の目で損傷したパンタルや整備の進め方を見て、受けた攻撃に対する損傷具合を調べたり、整備がどのような修繕を行うかを見聞したりするという、実利的な面があるのだ。


「なんだ、意外とまじめに考えていたんだな、おめぇ」


 クロウはどういった印象を持たれていたのか不安に思うが、ここで聞くと気分が滅入りそうな事を言われそうな感じがした為、それ以上は突っ込まず、愛想笑いを浮かべながら応じる。


「は、ははは、まぁ、それなりに……。じゃあ、そろそろ、俺、行きますんで」

「おう。見学するのはいいが、おめぇは整備の連中と違って、朝から訓練だからな。程々にして寝ろよ」

「わかりました」


 クロウは整備教官の忠告に頷いて返事をすると、再び四番機を目指して歩き始めた。



 クロウは見習い達が集まって話し合いをしている三号機の前を通り、四番機へと近づく。見れば、四番機はエルティアの指揮の下、跳ね上げ式の上半正面装甲部が外される所であった。彼は作業の邪魔をしないよう、少し離れた場所に置かれた椅子代わりの空き箱に座り、作業を見学し始める。


「ワイヤー固定、一番、二番、三番、四番、全てよし!」

「右連結部、解除よし!」

「左連結部、解除よし!」

「連結部、解除確認! これより前面部の吊り下げ移動を開始します! 頭上注意!」


 エルティアを始めとする見習い達が四番機に張り付き、大声で指差し喚呼を行いながら、正面装甲部を本体から外す。外された正面装甲部は太い鋼鉄ワイヤーを介して、鉄骨梁に設けられた可動式フックに吊るされ、機体前の作業場へと運ばれる。それから、ゆっくりと地面に降ろされて、エルティアともう一人の見習いの手でワイヤーがフックから外された。


「前面部取り外し完了! フック上げ! 左腕部上へ移動開始! 頭上注意!」


 きびきびとしたエルティアの声を聞きながら、クロウは目前に降ろされた上半正面部をじっと見つめる。


 今日最後に喰らった打撃は右半身部に損傷を与えたようで、大盾の形に沿うように焼成材装甲が砕かれ、半固体状の緩衝材が零れ落ちていた。けれども、焼成材装甲と緩衝材が直接的な破壊力の伝播を防いだのか、その奥にある鋼材装甲にはほとんど凹みが見られなかった。


 クロウは以前の戦闘訓練で踏ん張って打撃に耐えようとした時の損傷を思い出して比較しながら、打撃への対応を考えて一人唸る。しばらくの黙考の後、踏ん張った時の損傷が酷いという判定を下し、打撃はできる限り受け流した方がいいだろうという結論を出した。


 クロウがじっと考え事をしている間に、機体から左腕の取り外しが始まり、また正面装甲部の修繕作業が行われていた。彼よりも少し年上だと思われる見習い整備士が、破壊された部位、砕かれた焼成材装甲の固定具をスパナで外し、内側の緩衝材も取り除いていく。

 パンタルの正面部で使用される焼成材装甲は一枚成形ではなく、中央腹部、左右胴部、左右胸部、展視窓部、上面部といった具合に、幾つかの部位に分割されている。これは装甲破壊を限定的にし、装甲全体への波及を止めて継戦能力を向上させると共に、装甲材として再利用できない焼成材の消費量引いては運用経費を減らす為の措置である。この部位装甲をそれぞれ内側の鋼材装甲に取り付け、また、その両者の間に緩衝材を兼ねた充填剤を詰めることで、複合装甲としているのだ。


 クロウが表面装甲をはぎ取られた右半身部を見つめていると、四番機整備班が左腕を肩の付け根から外し終えたことで、小休止に入った。エルティアを含めた見習い達がクロウの所へとやってくる。彼らの繋ぎは既に砂塵や漏れ出た充填剤といった物に塗れていた。そんなエルティア達に、クロウは篭を示しながら挨拶を送る。


「どうも、今日も見学させてもらいます。後、これ、少ないけど差し入れ」

「はい、見学はいいですけど、作業中は危ないですから、近づかないでくださいね。後、差し入れ、いつもありがとうございます」


 とエルティアが微かに笑みを見せて礼を述べると、他の見習い達も嬉しそうな様子で口々に礼を述べていく。それから休憩がてら飲み食いする四番機班全員と一頻り雑談していると、何かと理由を付けて見習い達が一人また一人と去っていき、最後にはクロウとエルティアだけになった。

 要らぬ気を利かせつつも、二人の様子をそれとなく探っている班員達の様子に、クロウが少々引き攣り気味に苦笑していると、隣に座るエルティアもまた少し困惑気味の顔を見せるが、ふっと肩の力を抜いて自然体で話しかけてきた。


「エンフリードさん、もう身体は大丈夫なんですか?」

「うん、まぁ、痛いことは痛いけど、一時的なものだし、もう慣れちゃったからね」


 実際には慣れつつあるといった所だが、クロウは少しばかり見栄を張る。何だかんだと言っても、彼も少年であるから、同世代の異性に情けない所というか格好悪い姿は見せたくはないのだ。

 努めて軽い口調で答えたクロウに対して、エルティアはどこか憂いの色を浮かべて口を開いた。


「……戦闘訓練、厳しいですね」

「確かに厳しいと思うけど……、あれ位はしとかないと、いざ、蟲と向かい合った時、動けなくなると思う。あれと面と向かうのはやっぱり怖いからね」


 クロウが十九番遺構内で久方振りに間近で見たラティアの姿を思い浮かべると、話す言葉に実感が混じる。その声の重みに気付いたのか、エルティアが声を落として尋ねてくる。


「もしかして、エンフリードさん、蟲を間近に見た事があるんですか?」

「ん? あぁ、何度か、ね」


 クロウが初めて蟲と対面したのは、彼の故郷が襲われた時。彼はその時の場景を思い出して顔を顰めるが、隣にエルティアがいることを考慮して、少しずつ苦笑いへと変じさせていく。


「俺、グランサーしてるからね、ラティアに出くわしたことがあるんだ」

「そ、そうなんですか?」

「うん、もう、その時はいいように追い回されてさ、本当に怖かったよ」


 クロウはそう言って笑うが、追いかけ回された後、しばらくの間、逃げ切れずに喰われるという悪夢を見て、魘されていたりする。けれども、彼はあの経験があったからこそ、先達の経験や知恵、前準備の大切さを痛感し、慎重を期する事の必要性を学んだとも思っている。


「今は……、どうなんですか?」

「今はもう怖くない、って言えたらいいんだけど、やっぱり、あれは怖い」


 蟲によって故郷と両親を失った幼少時の経験に加え、本人も下手をすれば喰われていた経験をしただけに、彼は偽りを口に出来なかった。そんなクロウに対して、エルティアが更に一歩、踏み込んで質問を重ねてきた。


「なら、どうして、機兵になろうと?」

「あー、理由ね。うーん、ラファンさんの気分を害するかもしれないけど、半分以上は成り行き」

「え、成り行き、ですか?」


 思わぬ返しを受けて、少女は眼鏡の奥にある緑眼を瞬かせる。クロウは黒髪の少女の反応に然もあらんと頷きながら、現状に至った大凡の推測を口に出した。


「そう。最近になって知り合った奴が結構影響力を持ってるみたいでさ、気を利かせたつもりかはわからないけど、組合連合会の偉い人に働きかけたみたいで、元々受ける予定だった限定免許から急遽こっちに回されたんだ。いやー、ほんと、こんどあったら、ちゃんとおれいをしなくちゃなー」

「そ、そうなんですかー」


 クロウが初めて見せる顔、にこやかに笑いつつも目に危険な光を宿し、感謝の言葉を口にしつつも感情の色が消えた抑揚のない話し方に、エルティアは背筋を慄かせながらも何とか頷く。それを横目に見たクロウは一つ咳払いをしてから表情を元に戻し、答えの続きを口にする。


「ま、そんな訳で、こう、確固たるものがあって機兵を目指すって感じじゃなくてさ。目的とすれば、金を稼ぐ為、位しか出てこないんだ」


 自分大事な俺には人の為とは言えない、という続きの言葉は封じ込め、クロウは肩を竦めて見せた。


「機兵になろうってのに、切っ掛けや目的が俗めいていたから、あんまり気分良くないでしょ?」

「いえ、そんな……、気分を害するなんてことはないですよ。命を懸ける理由は人それぞれだと思いますし、働きに対する対価は相応であって然るべきだとも思いますから」


 エルティアは一呼吸すると続ける。


「それに、エンフリードさんはここに来たのは半分成り行きだって言ってましたけど、その成り行きを……、切っ掛けを作ったのは運とかじゃなくて、毎日の積み重ねがあってのことだと、私は思います。昔、祖母が言ってました。人との縁は、目に見えない貴重な財だって」

「……縁は、目に見えない貴重な財、かぁ」

「はい。人と人との縁は時に予期しない繋がりがあるから、時として、紡いだ縁がお前を凶事から守り、苦境から助けてくれることもあるだろうって。だからこそ、その縁に恥じないように、何事にも懸命になりなさいって」


 クロウは隣に座る少女の働きぶりを思い返し、何度も頷く。


「確かに、ラファンさん、整備に頑張ってくれてるもんなぁ」

「ふふ、ありがとうございます。でも、私の場合は、ちょっと行き過ぎてるみたいです」

「あぁ、前に言ってた、集中しすぎるって奴?」

「はい。懸命になれって言われてたら、いつの間にか集中すると他の事に意識が向かなくなっちゃいました」


 エルティアは自分の性格について軽く笑った後、四番機へと目を向ける。それに合わせて、クロウも乗機へと視線を向けた。機体は損傷箇所を取り外された事で、搭乗部や内部の骨格、魔力配管といった物が剥き出しになっている。

 繋ぎ姿の少女はしばらくの間、機体を黙って見つめていたが、何かを決するように、うんと全身に力を込め、唐突にクロウへと顔を向ける。その顔には初対面の時に見せたような凛としたものがあった。


「エンフリードさん、少し、私の話を聞いてください」

「え、あ、……うん」

「今日の戦闘訓練の後、エンフリードさんは、機体が損傷した事で、私達の整備量が増えた事を気にしていましたけど、そんなことは気にしないでください」

「いや、そんなことって……」

「今はまず聞いてください」


 力のある声音がクロウの反論を封じ込め、エルティアの話は続く。


「今更な話だと思いますけど、魔導機は蟲と戦う為に作られたものです。それだけに、多少の損傷を受けても動けるように設計されてます。今日の訓練で受けた損傷だって、部品を取り換えることで一晩で直せるんですから、十分に想定の許容範囲内です。……けれど、人はそういう訳にはいきません。魔導機程に頑強でない人は、ちょっとしたことでも簡単に死んでしまいます」


 クロウは黙って、機付整備士の声に耳を傾ける。


「私達、魔導機整備士は魔導機が壊される存在であることを承知しています。それが魔導機の役割であり、搭乗者を守る役目を果たそうとした結果であると。だから、耐えられます。……私達にとっては、魔導機が壊れる事よりも、搭乗する機兵が死んでしまう事の方が耐えがたい苦痛なんです」


 そう言い切ったエルティアの顔には、哀しみにも似た色が滲み出ていた。


「だから、エンフリードさん。魔導機や私達の事よりも、自分の身体の事を、自身の命を守る事を第一に考えてください。壊れた機体は私達が直しますから、エンフリードさんは怪我をしないように努めてください。それが、私達、魔導機整備士の願いです」


 エルティアの話を聞き、理解したクロウは直ぐに応じることができず、意味を為さない呻きにも似た声を漏らす。そんな状態が十数秒続いた後、まるで降参するかのように首を前に落として答えた。


「ラファンさんの言う事、よくわかったんだけど、すぐには直せそうにないというか……」

「あ、いえ、こちらこそ、なんだか生意気なことを言っちゃいました。でも、私達の考え方を知っておいてほしかったんです。物は壊れても直せる事があるけど、命は決して取り戻せない。だから、大切にしてほしいって」

「うん、わかったよ。……ありがとう、ラファンさん」

「う、あ、ふぇ、え、え、えっと、そ、そ、そ、そろそろ、さ、作業を再開しますねっ!」


 エルティアは急に気恥ずかしくなってきたのか、顔を赤くしながらそう宣すると立ち上がって、班員に作業を開始する旨を大声で告げた。この声を受けて集まってきた四番機班であるが、男女を問わず、どの顔も少しばかり、にやついていたりするのだが、幸か不幸か、クロウもエルティアも気付く事は無かった。


 それはともかくとして、エルティアは集まってきた四番機班に対して、矢継ぎ早に指示を出していき、作業が再び始まった。そんな四番機班の作業を見つめながら、クロウは一人、エルティアから言われた事を胸中で反芻するのだった。

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