Scrap Fist
初めましての方は初めまして。
引き続き読んで下さっている方には、また『合い』ましたね(
という訳で、あらすじ通りの事情で書かれた短編です。どうぞ読んでやってください。
僕の名前は嶋田。家庭用ロボット開発の大手である『鉄腕コーポレーション』に勤めるエリートだ。
と言ってもまだ就職して二年目だから、会社からはまだまだ経験の浅いぺーぺーとして見られ、僕自身もそれに甘んじている。
一年目は研修の後にバリバリの営業として鍛えてもらっていた僕だが、翌年何やら人事部の人手が足りないとかで、二年目の中で最も有能な僕が配属されたという事だ。
……あるいは僕に営業の才が無い事を見破られたのかもしれないが、別にどのポストであろうと出世の階段は登れるのだ。むしろ様々な部署を経験しておくのは後々有利に働くかもしれない。
「はい、次の方どうぞー」
という訳で、今は人事部に移っての初仕事となる一次面接の面接官をやっているのである。
僕だって人の子であるからして、慣れない仕事に緊張もしたけれど、二人、三人とこなしていく内に要領も着眼点も少しずつ分かって来た。今回もパーフェクトに仕事をこなせそうだ。
「次の方―、入ってきてくださーい?」
少し次の志望者がもたもたしているようだったので、軽くプレッシャーをかけるように促してみた。
すると程なく、次の就職志望者が入って来た。
「おーう、邪魔すんぜー」
……その男の第一声は、就活生にあるまじきタメ口だった。
背広もネクタイもビシッと着こなし、背筋もスラッと伸び、鋭い精悍な眼差しを持ち、一見してただ者では無さそうな雰囲気を持っている、が、タメ口だった。
今回の採用活動は新卒限定のはずなのだが、目の前の男には学生特有の初々しさが微塵も感じられない。入室しての第一声もそうだし、僕が着席を促す前に部屋の中心に置かれたパイプ椅子に「どっこいしょういち」と言いながら深々と腰掛ける様は、まるで自分の家であるかのようなリラックス具合である。
こいつは本当に新卒なのか、と疑いたくなった。
と、言うか、えっ、ちょっ……!?
「ん? どうかしたか面接官さん?」
どうしたもこうしたもなかった。
彼の履歴書の内容を確認してまず面喰らって、それからもう一度彼の姿をよく見て絶句してしまったのだ。
一見しただけでは身体の影に隠れて見えなかったのだが、彼の……
「き、キミ……し、失礼を承知で聞くんだが……その、右手……」
「ん? あぁ、これな。オレもホントどーにかしてーんだけどよ、ほれ」
と、彼は渋い顔をしつつ、その右手を僕の前に示した。
端的に言うと、それは人間の手では無かった。
それはまるで、平成時代のコミックに出てくるような旧時代的デザインのロボットアームだった。
具体的にその形状を形容するなら、二本のC字型の棒の先端同士をボルトで固定し、もう片方の先端同士を開閉できるようにした、子供の玩具で言うマジックハンドのような形をしていた。
ちなみにスーツの袖に隠れてよく見えていなかったのだが、そんな右手が接続されている右腕の方も、これまた旧時代のコミックに出てきそうな、幾つもの金属製のパーツが蛇腹状に接続されたロボットアームのような形状だった。
と、その珍妙な右手をジロジロ見過ぎたためだろうか、その手が急激にクローズアップし、僕の両頬を挟んできた!
それはまさしく万力のような圧力で、振り解こうとしても蛇腹の腕が自在に曲がってろくに抵抗もできない!
痛い痛い痛い! いや、マジで意識が遠のいてきた!
「あぁすんませんねぇちと誤作動起こしちまいましたぁ」
と口では謝り、すぐに手を離してはくれたが、口元がニヤついていた。絶対に確信犯だった。
「そ、そうか。ご、誤作動なら仕方ないよね、ハハ……」
すぐにその点を指摘して正当な謝罪を要求しても良かったが、またアイアンクローを食らう事を思うと怖くて言いだせない僕である。
まるで冗談のような形の腕だが、どうやらそれは彼の意思で自在に稼働させられるようで、もしかしたら市販で売られている電動義手などよりも高度な技術による一品なのかもしれない。
そう、それは市販用ロボット最大手である『鉄腕コーポレーション』製の義手よりも、だ。
……先程からの、就職希望とは思えない態度にはこの際目を瞑ろう。ここは会社のため、ひいては僕の出世のためにこの男にもう少し探りを入れ、その義手を詳しく見せてもらえるように誘導するべきだ。
そんな打算も考えつつ、一応は面接の体を整えるため、いま一度、彼が送付してきていた履歴書に目を通す。
「…………」
そこには荒唐無稽な言葉の羅列が書かれていたが、もう気にしてはいられない。
平静を保て嶋田! パーフェクトな仕事をするのだ嶋田っ!
「……ではこれから面接を始めます」
「お? あぁ、よろしく頼まぁ」
「ではまず、貴方の自己紹介からお願いします」
そして、男は履歴書通りの名前を、名乗った。
「型番Pa-N203_a563。通称『パンツ丸見えゴローさん』だ。……って、誰がパンツ丸見えかぁぁぁぁぁ!!?」
そして自分で突っ込んでいた。
自分で名乗ったんだよねぇ!?
「オレだってスキ好んでこんな恥ずい名前名乗ってんじゃねぇんだよ! ただこういう風にしか名乗れねぇプログラムを仕組まれてるだけなんだよ!!」
誰も聞いてもいない事を言うゴローさん。身を乗り出されると地味に怖い。面接官としての体面を保つのに必死だった。
ただ、どうやら本気でそういう名前らしい事は分かった。とすると、にわかには信じられない事実について、僕は確認しなければならないだろう。
僕は、意を決して、聞いた。
「つまり、君は……人型ロボットっていう事でいいのかい?」
人型ロボット。
我が国の歴史に残るコミックにも題材として挙げられている、“友達”としてのロボットの在り方だ。
今この世界のロボット産業で頭角を現している人物のほとんどは、昔のコミックに出てきたア○ムやドラ○もんに憧れてエンジニアの道を選んだのだと言う。かく言う当社『鉄腕コーポレーション』の社名も、そのコミックのタイトルにあやかっていると社長は語る。
しかし、そんなコミックが流行していた時代から早100年が経ち、ロボット技術が飛躍的に発展した現代においてもなお、人間の“友達”と呼べるようなロボットは開発されていない。
公共事業や各種生産を担う作業用ロボット、また人間の身体機能を代替する補助用ロボットはより高性能化し、また安価になり、広く社会全体に流通するようになったが、それらは所詮“道具”としてのロボットだ。
かつて先人達が夢見た、意思を持ち、自律して動く“友達”は、未だこの世に実現していない……
「あぁ。まぁそういう事になる」
と、言うのに、
目の前の目つきの悪い右腕マジックアームの就職希望者は、それを事もなげに肯定した。
人類の夢、ひいては僕の夢でもある、人間と同じように思考し起動する人型ロボットであると、名乗ったのだ。
「ウソだと思うなら腹ん中でも頭ん中でも見てみろ。生体部品は1%たりとも使われてねぇぜ?」
言うなりゴローさんは、両手で自分の頭を掴み(右手ではアームで挟む形だったが)、
「よっ」
とか言いながら、それを一気に上に持ち上げた。
果たして、ゴローさんの首は取れ、分離された首の切り口からは雑多なコードやら金属製の部品やらがはみ出ていた。
「どうよ? どんなに発展した現代医療でも、首が分離されて生きてられる人間はいねぇだろ?」
「キェェェァァァシャベッタァァァァァ!!?」
驚愕と興奮のあまり、キエーなんて奇声まで発してしまった。
しかし、それ程に僕の見た光景は衝撃的で、決定的だった。
目の前にいるのは本当に、本当に、人型ロボットなのだ。
「お、おい、そんな大声……!」
「すごいですよゴローさん! 貴方は本当にロボットなんだ! しかも自分の意思を持って、自律して行動している! 全人類の夢の結晶じゃないですか!!」
気が付くと僕は、席を立ってゴローさんに歩み寄り、強引に手を握っていた。ゴローさんが心底嫌そうな顔をしていても目に入らなかった。
しばしそんな具合のテンションではしゃぎ回っていた僕だったが、ふと頭に疑問が浮かんだ。
「あれ? でもそんなゴローさんが、何で当社に面接を?」
その疑問を口にした途端、ゴローさんは瞬時に僕の手を振りほどき、その両手で僕の肩を掴んだ。
驚いて顔を上げた僕の目の前に、嬉しそうな悲しそうな、あるいは憤懣やるかたなさそうな、なんとも言えない表情を浮かべるゴローさんの顔があった。
こんな表情豊かなロボットがこの世に存在するなんて、思ってもみなかった。
「よくぞ……! よくぞ聞いてくれたよ人事さん……!!」
何やら、深い理由がありそうだった。
ここは鉄コー人事部の人間として、また人型ロボットに憧れる一人の人間として、詳しく話を聞いておくべきだろう。
「……お話を聞きます。僕は人事部の嶋田です。どうぞ名前で呼んでください」
ひとまず元の面接のスタイルに戻り、僕が面接官、ゴローさんが就職希望者のポジションで、形式上は面接という形で話を聞く事にした。
「では、お聞きします。どうして当社に入ろうと思ったのですか?」
僕の問いに、ゴローさんは再び「よくぞ聞いてくれた」と言いたげな表情になり、静かに語り出した。彼のロボットとしての経歴を。
「俺は元々、普通の作業用ロボットだったんだよ。機能は都市内の清掃で、街ん中でうろついてる丸っこい清掃用ロボット、俺もその中のありふれた一体だったんだよ。それが、ある日を境に一変した。突然雷に打たれたかと思うと、俺の中に仕組まれていたプログラムがめちゃくちゃにバグって、気が付くと俺の中に、人間の“魂”とでも言うべき機能が備わっていた」
人型ロボットが未だ実現していない理由。それは“人間の思考”をプログラムで再現する事ができていないからだ。
人間の形を模すなんて事は、それこそ平成時代の技術でも可能だろう。人間の筋力や骨格を再現して、人間と同じように稼働させる事も、現代の技術なら可能だ。しかし、肝心要の機能“人間の思考”または“人間の心”を再現するとなると話が別だ。
今の時代は脳科学の研究も進んでいるが、それでもまだ人間の“精神”がどのような仕組みでもって脳内で形成されるのか、その大部分がブラックボックスなのだ。
プログラムを作ろうにも、モデルが無いのではどうにもならない。それでも何とか人間の心を模したプログラムの開発も為されたが、結局どれもが失敗に終わった。
人間の技術が飛躍的に発展した現代においても、ヒトの持つ“魂”の謎は解けないままなのだ。
そしてどうやらゴローさんはその複雑怪奇なプログラムを、偶発的に手に入れた、という事なのだろう。
「だが当時の俺のボディはただの清掃用ロボットだったから、魂はあっても喋る事も出来なかった。おまけに雷に打たれた衝撃でボディの機能のほとんどが大破して、自力では1ミリたりとも稼働できなかった。やがて俺は人間達に見つかり、俺にヒトの心が宿っている事も気づかれずにスクラップに出された」
故障したロボットは、大抵の損壊ならば、廃棄せずにパーツの交換と修理に出すのが通例だが、よほど派手に大破していたのだろう。史上初のヒトの心を再現したプログラムをスクラップに出すなどとんでもないと聞き手の僕は思ってしまうが、その存在が外面に反映されなかったのなら、仕方ないのかもしれない。
しかし、大事なのはここからだ。スクラップに出されたと言いつつ、現に今ゴローさんは生きていて、人間のボディ(右腕を除いて)を手に入れている。
その過程が、これから明かされる訳だ。
「……俺は一時的にスクラップ保管所に置かれ、やがてトラックに詰め込まれた。そのまま処理場に連れてかれるかと思っていたんだが、ところがそうじゃなかった。俺が運ばれたのは、廃材やジャンクを使って発明する事を主義とする脳味噌ドグサレ性悪サイコ野郎……!? プッ、プリティーキュートな天才発明家にして今世紀最悪のマッドサイエンティストDr.キエコ様の所だった。……って、ふざけんなァァァァァァ!!!」
「ええええええええ!!?」
またこの不可思議な会話の流れが来た! 自己紹介の時と同じ、自分で言った台詞に自分でツッコミを入れるゴローさんだった。
今回はどうやら、ゴローさんを作った科学者を紹介する時の台詞が予めプログラムとして固定されており、自分の意思に関係なく口に出てしまうらしい。
ロボットの悲しき習性(機能と言うべきか)、というか、造り手の性格の悪さが窺い知れるプログラムだった。
「何だよプリティーキュートって! 何世代前のフレーズだよ!? つかそんな形容を自分でプログラミングするとか寒いわっ! テメェの歳考えろやぁ!!」
ゴローさんはここにはいないそのマッドサイエンティストへのツッコミを天井に向けて叫ぶ。悪の科学者を自称するその造り親への深い怨嗟の念が伝わってくる、激しいツッコミだった。
「はぁ、はぁ……ま、そんでだ。その腐れ外道キエコ……っ! ……キ、キエコ様によって俺の“魂”の存在を発見され、心のプログラムをそのままに、この右腕以外人間のボディに移植された。そして俺はそれから……地獄のような日々を送った……!」
よほど誰かに話したかったんだろう。ゴローさんは万感の思いを込めて語り始めた。マッドサイエンティストキエコの下僕として働かされる、地獄のような日々を。
「奴は俺に、普通の人間として生きる事を強いた。と言うか、稼ぎを要求してきた。まぁそれはいい。命を拾われた恩は返さなきゃならねぇって常識くらいインプットされてる。だが、ならば何故俺をこんな右腕にした!? こんな腕の形で、人々に奇異の視線を向けられながら、それでもなお人間として生きなければならなかった俺の羞恥がお前に分かるか!? しかも今さっきみたいに、名乗る時にも何する時にも、いちいち変な機能が作動しやがって、おかげで俺の周囲にはまともな人間関係なんてひとっつも形成されなかった! 全てはあいつとこのふざけた右腕のせいなんだよ!!」
最早ゴローさんは、僕に対して言葉を発していなかった。
たしかに、ここまで“人の心”を再現しているゴローさんに、その生活を強いるのは拷問と言っても大げさではない。
どこか滑稽な感じは否めないが、どうやらゴローさんは深刻に悩んでいるようだった。
「そんで、この生活をどう改善すればいいか考えて、ここしかないと思った。自分で自分の身体を整備して、プログラムも自分で修正して、この忌々しい右腕もまともな形の義手にすげ替えてやる!」
「……ん? あぁ! それでここを志望する事に繋がるのか!」
本題を忘れて、単なる好奇心だけで話に聞き入ってしまっていた。社会人は娯楽に飢えているのである。
「じゃあ、履歴書に書いてあった“自己性能の向上”ってのは、そういう事なワケね。自分で自分をチューンナップしたり義手を取り換えたりしたいと」
「んー、まぁそこに書いてあるのは大分オブラートにしてるんで、実質は、あのアマに復讐してやりてぇってだけだな」
ゴローさんはどこまでも、正直に答えていた。
悪い人じゃあないんだろうけど、こんな動機で今後の面接を乗り切れるだろうか。いや、仮に入社できたとしても、自己紹介ひとつまともに出来ないとなると仕事にならないのではないか。
個人的には是非とも入社してもらって友達になりたいけど、職業適性やら彼の背後にある環境など、不確定要素が多過ぎる。せめて、なにかウチに貢献できる能力があればいいんだろうけど……。
「た、大変だー! 大変だぞ人事部の嶋田!!」
と、僕が思案している最中だった。面接室のドアが乱暴に開けられ、顔見知りの同僚が喚きながら飛びこんできた。
「ど、どうしたんですか広報部の関根さん? そんな血相変えて……!」
「おい大変だぞ嶋田! うちの新製品“公道用お掃除マシーン『サンバ』”が暴走して倉庫から逃げ出したんだァァァァァ!!」
「ええええええ!!? いや、大変ですけどそれを何で僕に言うんですか!!? 対応なんて出来ませんよ!!」
「いや、単に人手が足りなくてな! 情報管理局には連絡したが、そこの治安維持ロボの発進が遅れてるらしくてな! 既に周辺住民からの苦情が殺到している! 嶋田も営業やってた事あんなら電話対応できるだろ!? 面接は一旦中止してお前も電話出てくれ!!」
そういう事か……。部署の垣根まで越えなきゃいけない程テンパってるわけか。
仕方ない。ゴローさんともう少し話をしたかったが、今は緊急事態だ。久々に陰鬱なクレーム処理に追われるとしよう。
と、そんな旨を説明しようと振り返ると、そこには背広を脱ぎ、ネクタイを緩め、左手で拳を握り、真剣な眼差しをしたゴローさんがいた。
「その倉庫ってのは、ここから近い場所にあるのか?」
「えっ、いや、近いも何も、ここの敷地の一階だ。丁度、そこの窓からも見える場所だよ」
広報部の関根さんが入口の対面(つまりさっきまで僕が座っていた席の背後)にある窓を指差す。
ゴローさんはそれを聞くと、突然窓から身を乗り出し、そのまま飛び下りてしまった。
「ちょっ、ゴローさん!! ここ25階……!!」
もしかしたら飛行能力とか持ってるのかもしれないと望みをかけて窓に駆け寄った僕だったが、見えたのは自由落下するゴローさんだった。
そして次の瞬間、轟音と共にゴローさんの着地点から朦々と粉塵が舞い上がるのが見えた。
「ゴロー……さん……」
全身に生体部品を一切使っていないと言ったゴローさん。その自重は人間のそれを軽く越えているだろう。かのド○えもんだって、あのサイズで100キロ超の体重を有していたはずだ。
落下によるショックは、全身バラバラに砕け散っていてもおかしく……あれ?
「……おい、今落ちた奴、煙の中から飛び出てったぞ!」
広報部の関根さんが、熱にうかされたように言った。
それは、僕も見た。ゴローさんは跳躍を繰り返し、着々と現場である倉庫へと向かっている。
落下に強い構造だったのだろうか。というか、ここからだとよくは見えないのだけれど、ゴローさんは左腕で地面を殴りつけ、その反動でジャンプしているように見える。
これはまさか……ゴローさんはロボットとして“友達”となり得る機能を有しているだけでなく……もっと凄い……
「ふん、やはりあいつは、こう動くか……」
「っ!?」
「だ、誰だ!?」
突然背後から放たれた聞きなれない声に、僕と広報部の関根さんは弾かれたように振り返った。
そこには、白衣を纏った妙齢の美女がいた。
凛とした表情と、機能的なデザインの眼鏡をかけた知的な印象の女性だったが、なぜか頭には、ネコ耳を付けていた。
僕達が色んな意味で言葉に詰まっていると、女性は淡々とした口調で、言った。
「説明しよう。Pa-N203a563、略称パンツの左腕は、強力な弾性を備えた素材を使った皮膚と、金剛の骨格、さらにはスプリングや強化繊維、電磁石等を用いた強靭な人工筋肉により、100トン以上の威力を持ったパンチを放つ事ができ、それを応用すれば高所からの落下の衝撃を相殺することなど、ヤツにとっては造作もないので、あーる」
口調とは裏腹に、台詞はノリノリだった。ガキの頃にそういった往年のロボットアニメにハマった僕達のような人間にはたまらない語り口だった。
が、浮かれてばかりもいられない。今この女性は、ゴローさんの機能について説明していた。という事はつまり……。
「あ、あなたは……」
僕のつぶやきなど耳に入らないと言わんばかりに、女性は解説を続けた。
「そしてパンツの右腕は360度自在に折り曲げられる多関節アームを、左腕と同じく電磁力によって稼働させており、そのエネルギーを先端の“右手”に集約させれば―――」
ここまで彼女か語った瞬間、開けっぱなしにしていた窓の外から強烈な閃光と爆発音が伝わって来た。爆発と言うか、火薬が炸裂するような音ではなく、例えば電源がショートした時のバチッという音を極端にデカくしたような、そんな音だった。
閃光が止んだのを確認してから、僕と広報部の関根さんが窓の外を確認すると、ゴローさんと思しき人影が倉庫の屋根の上に立ち、右手を高々と掲げているのが見えた。
背後で女性、おそらくはゴローさんを造った女性、Dr.キエコさんの解説が続けられた。
「電磁エネルギーを右手に集め、放出する事で、その周辺のあらゆる電子機器の動きを止める電磁パルス爆弾となるので、あーる」
あらゆる電子機器を止める、電磁パルス。
つまりゴローさんはその機能を使って、僕達のトラブルである新製品の暴走を止めるべく、窓から飛び降りてまで迅速に行動してくれた、という事なのか。
「尤も、ヤツ自身は特殊な皮膚素材を身に纏っているからその影響を受けないんだがな。とは言え、ったく……不用意に稼働しやがって。部外者の単独行動なんざ、会社さんにとっちゃあメイワク以外の何者でもないだろうに。あぁ、社員さん、ウチのポンコツが勝手やらかしてしまって申し訳ないな」
「えっ!? あ、いえ、そんな、頭を上げてください!」
思いのほかマトモに謝罪されてしまい、僕は慌ててしまった。ゴローさんから散々悪口を聞かされた影響で、もっと頭のおかしい人を想像していたのだが、男勝りな話し方と外見以外はゴローさんよりも普通に思える。
「まぁ、見ての通りのバカだが、少しは使える奴なんでな。採用するかどうかはそちらに任せるが、変にロボットとか意識せずに見てやって欲しいんだ」
頭を下げたまま言うキエコさんに戸惑って傍らの関根さんの顔を見ると、「俺広報部だしー」と我関せずを主張するかのような気楽そうな表情をしていた。
まぁ、確かに、僕は人事部だし、面接官だし、ここで何か言うべきは僕なのだろう。
僕は彼と話して、その行動を目の当たりにして、決めていた。
別に、言われるまでもなく、僕はゴローさんを人間として見る事にしようと。
そうする事が、ロボットと“友達”になる、第一条件だと思ったから。
「あの……ひとつ、聞いてもいいですか?」
ただ、キエコさんが実はいい人だと分かった事で、一つの疑問が湧いてきた。これだけはハッキリさせないといけないと思うのだ。
「ん? なんだい?」
「何で、ゴローさんの腕を、あんな形に?」
僕の問いに、キエコさんは笑って答えてくれた。
「だって、あいつは人間である前にロボットじゃないか。あいつの右腕が人間のそれであってみろ。リアル過ぎて引いちまうだろ? ユーモアだよ、ユーモア」
その答えを聞いた僕と広報部の関根さん、そしてビルの壁面をよじ登ってここまで戻って来ていたゴローさんは、げんなりした表情で高笑いするキエコさんを見た。