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黒の陛下と白の寵妃

作者: 鍵屋

【ごちゅうい】

作中にある病気が出てきますが、その病気について詳しく調べたわけではありません。

また作中での記載はありませんが、その世界は現代ではなく、現代のような科学技術や対処法が確立している世界ではないことをご了承ください。

 父王が急な病で王位を退かねばならなくなった為に、当時王太子であった陛下はわずか十七歳という若さで即位された。その若さゆえに懸念する声も少なからずあったが、十年が過ぎた今では賢王だと称賛の声が多い。唯一の懸念といえばいまだ一人も妃がいないために子がおらず、王位を継ぐことが出来る血の濃い王族が存在しないということか。

 それゆえに議題では、国内外の年頃の令嬢の名をあげては妃をと幾度となくあげられてきた。しかし陛下は色々と理由をつけてはその議題を退けてきた。

 その陛下が、妃を娶ると言い出したのだ!

 妃を迎えに行くと出て行った後の王城で貴族たちは上を下への大騒ぎ。それは当然歓喜によるものだったが、城に居なかった貴族たちまでもが往々に王城に押しかけてきた。

 そのお相手が国内の令嬢であるのか、国外の令嬢であるのか。それとも貴族ですらないのか。反対するつもりの者などいなかったのだが、それによって色々と対応が変わってくる。国内の場合は問題なくとも、国外の場合はそれが気に入らない他の国からやっかみという名の使者がくるやも知れない。貴族でないのなら誰かしらの養女とするか後ろ盾をを用意してやらねば、女の世界はいと恐ろしきもの。

 それぞれがそれぞれの懸念を胸に抱き議会に出ることが許された貴族たちが押しかけたために、臨時の議会が開かれることとなったのである。





 議場の椅子に腰掛けた陛下を見やり、そしてその腕に抱かれたソレに貴族らは言葉を失った。

 陛下はいつもどおりである。妃を娶ると言い出したに係わらず、いつもどおりである。ラフというほどでもなく正装というほどでもない、私として過ごされている時にされている格好。頭のてっぺんから足の先まで、見事に黒一色である。邪魔にならない長さで切りそろえられた漆黒の御髪も、切れ長のその漆黒の双眸も、上までしっかり留められた詰襟の上着も、その腰に佩かれた剣の鞘も、軍部の者が履く武骨な作りの長靴ちょうかまでもが漆黒である。唯一漆黒でないのが肌であるが、それとて日に焼けた小麦色である。それら全てがいつもどおりである。

 が、ソレはどう見ても普通ではない。

 長身で偉丈夫な陛下の腕の中にあるせいか実際より小さく見えるが、それでも元より小さいのだろう。幼子――というほどでもなくとも、一般的な成人女性といえる大きさはない。そして何より、その格好が普通でない。着ているのはたっぷりと布とレースが用いられた貴婦人のドレスであるが白一色で、裾から僅かに覗く靴先も白。更に言うならその手には同様に白の長手袋がはめられており、被せられた目の細かいレースによってその髪の色彩すら遮られている。

 時折身動ぎし何かを呟くから人形ではないと判断出来たが、正常な意識があるようには到底思えなかった。

「陛下、そちらのお嬢さまがお妃様となられるお方ですか?」

 異常な光景にもめげず、国の要職を預かる三公がひとりがそう問いかけた。その勇気ある行動に周囲から歓声があがる。

「いや、違う」

 しかしその問いに返ってきたのは否定の言葉。一斉に戸惑いの色が貴族らに伝わるが、陛下はそれを気にした風もなく、優しくその腕の中の少女の頭を撫でた。

「既に神に誓いを捧げた。なるのではなく、これは既に妃だ」

「それは……喜ばしきことにございます。ここに居ります者を代表してお祝い申し上げます」

 一瞬言葉を失ったがそれでも言葉を紡ぐ。

 妃を娶る気がなかった陛下が妃を娶ったのだ。それは慶事に違いない。その順序が陛下という立場に相応しくないものだとしてもだ。

「それで、そちらのお方の御名とお立場はいかなるものでございましょう。

 祝事として発表せねばなりませんし、方々《ほうぼう》に使者も出さねばなりません。お聞かせ願えますでしょうか」

「……名か、これの名を俺以外の者を知る必要はないと思うのだがな。

 これの名を誰かが呼ぶと考えただけで、その口を塞いでしまいたくなる」

 さらりと、ああ本気なんだなと思える狂気を孕んだその呟きに一同は固まった。

 眼前の陛下は慈悲深き賢王と賞賛もされるが、一方必要とない場所に容赦をしない。陛下が即位してすぐのことではあるが、好機だとばかりに、この国を属国にしてしまえともとより険悪な仲であった隣国が攻め入ってきたことがある。

 国軍を率い出兵した陛下は後世の憂いを断つためと、隣国の軍を退けただけに納まらず王城まで攻め入り、命乞いする王の首を刎ねたのである。

 良い統治者でなかったために王を討ったことは隣国の民に非難されることはなかった。今度は属国として虐げられるのではと不安になっていた隣国の民に、善政を敷いていたことも賢王と呼ばれる理由のひとつになっている。

 王の甥を国王としてたてその後見に陛下が立つという形をとったが、当時まだ五歳であった少年に王と立てというのは無理な話で、実際にはこの国から人が赴いて治めた。まともに使える者がいないほど、その国は腐っていたのだ。とはいえその少年王も十五歳となり、今では立派に国を治めている。兄としたう陛下が妃をもらわぬのに自分が妃をもらえるかと、婚約状態で結婚を先延ばしにしているのは隣国にとっても頭の痛い話であった。

 ともかく、この陛下は武勲でも知られる方なのだ。だからやる時はやる。

「では、まことの名は〝秘み名〟とし隠し、〝仮名〟のみを公表してはいかがでしょう。

 数代前の王の時代には、嫁いでこられた祖国の風習に習い名を伏せ仮名のみの公表であった場合もございました」

 下手なこと言って自分の首が飛ぶのは遠慮したいと、誰もが口を噤んだそこで妙案を出したのはやはり三公がひとり。先ほどの三公よりも年嵩で見事な白髪の老公である。

「陛下、発表しないというのは到底認められぬことです。憂いを断つためにも、存在は明確にすべきです。

 それはご理解いただけておりましょう」

 その妙案も気に入らないとばかりに眉間に皺を寄せた陛下に、老公は続けてたしなめる。陛下は不承不承といった様子で深く目を伏せた後、ため息と共にわかったと呟いた。

「ならばこれのことは女神が落とした娘アイーリア・ジデ・クィリリテと」

 そして告げられたのは、この世界に伝わる物語にある一説。

 遥かいにしえの時代、いま存在する国々などその欠片も存在しない時代のこと。この世界を創造した女神が異界より連れてきた、己の加護をその身に受けし娘。その娘は女神の如く慈愛と慈悲を持ち合わせ、当時世界を支配していたとされる帝国の妃となり、安寧と平和をもたらしたとされる。

 その娘の名がアイーリア。今では女神が落とした娘をその娘の名を冠し――アイーリア・ジデ・クィリリテと呼ぶ。

「後見には神殿がつく。了承は得てある」

 陛下は話は終りだとばかりに立ち上がり、議場を後にするために歩みを進めた。その背に誰もが声をかけることは叶わず、陛下のいなくなった議場では誰ともなくついたため息で埋め尽くされた。





 王の私室の隣。王妃の私室として用意されているその部屋の寝室で、陛下は力なく横たわる娘に口付けを落とした。

 額に、淡く色付いた頬に、そして薄く開かれた艶のある唇にと。その度に娘の甘い吐息が漏れる。

 既にレースで覆われていないその娘。熱で色付いているがその肌が元は雪のように白く、その肌に張り付いた髪も極上の銀糸のような見事な色彩。その潤んだ瞳までも、薄墨を垂らしただけのような薄いグレイと白い。

 まるで、黒の陛下と一対であるかのように。

 その瞳が陛下を映すと、僅かに細められる。そして今は塞がれていない唇で、その姿に相応しい鈴の音のような声音で呟く。

「ひとが動けないのをいいことに、好き勝手しないで。変態。

 誰が貴方の妃ですって? わたしは了承した覚えはないわ」

 その口調は勇ましく、儚げな雰囲気など皆無。その悪態に陛下は喉の奥で笑うと、髪を手で掬い口元に運び口付ける。

「お前はあの世界から逃げたかった、俺はお前が欲しかった。互いの願いを神が叶えたに過ぎん。

 それにお前は同意した。違うか?」

「違わないわ、だけど……」

「違わないなら俺を受け入れ、この状況を享受しろ。

 この世界であっても、お前は神の加護がなければまっとうな生活は遅れん」

 娘は更に反論しようと口を開いたが、己を見つめる熱を帯びた視線に言葉を発せず口を閉じた。

 娘は、健康であったが、健康とはいえない身体だった。色を持たずに生まれたためか、その病気ゆえに色を持たずに生まれたのか。娘は陽の光を浴びることの叶わぬ身体を持って生まれ落ちた。それゆえにわずかな陽の差し込むことのない部屋に押し込められ、わずかな光源も身体に悪いと、薄暗い世界で育てられた。それらは娘を思うがための処置、その閉鎖的な世界が崩壊した時娘は思う者のいない世界に未練はないと逃れることを望んだ。ひたすらに神に願った。乞うた。

 その声を聞き届けたのが、この世界の女神。陽の光に耐え得る身体を与える代わりに、使命を与えた。かつて古の時代の娘に世界に安寧と平和をもたらす使命を与えたように。

「神は言ったはずだ。

 その身を俺に捧よと。その心を俺に添わせよと」

 陛下は娘の髪を寝台に放るとその手を頬に添えた。その手は艶かしくその頬を撫で、首を撫で、鎖骨を撫で、円やかに膨らんだ胸元にたどり着く。

 胸の頂をかすめ娘の身体を振るわせたその手は心臓の上で止まる。

「異界の神の領域であるお前にはこの世界の神は直接加護を与えられん。故に俺という媒介を通さねばならん」

 顔を覗きこみ、その顔に妖艶な笑みを形作る。

舌根ぜっこん

 呟き、唐突に口を合わせる。薄く開いたままだったその口に遠慮なく陛下の舌が侵入しねぶる。それを拒もうと娘の舌は陛下の舌を押し返すが、抵抗むなしく囚われ翻弄された。

 口が離れふたりの間を唾が銀糸となって繋いだ。

「心臓」

 胸の合間――心臓の上を撫でる。しかし大きな陛下の手はその際に娘の胸を、胸の頂を掠る。口付けで敏感になっている娘の身体はその刺激だけで、甘い吐息を漏らすに十分だった。

「そして腹部――子宮。

 加護を得るためにはこれらに触れ、これらに俺から加護を移す必要がある」

 胸を撫でていた手は、薄い腹部をなぞり下腹部にと下がっていた。

「共に見た空は素晴らしかっただろう。

 俺と共にあれば、常にあの空を見ることが出来るのだぞ」

 それまでの欲を感じさせる触れかたではなく、大切に労わるようなそれ。しかしながら敏感になった身体はそれすらも快感とし伝える。

「ん……それだけ、なら、別に……っ、妃にする、必要は……んっ、ふ」

 そのために時折喘ぎを含んだ抗議の声は途切れ途切れに、陛下の欲を煽りながら吐き出された。

「あまり俺を煽るな。今日はもうお前に無理をさせたくはない。俺のものを咥え善がり快楽に狂うお前も美しいが、お前には俺の心も望んで欲しいのだ。

 言ったであろう。俺はお前を得るために王となる意を固め、王となりこの国を守っているのだと。

 この世界の神の加護を得陽光を望むなら、その身体だけでなく心でも俺を受け入れろ。俺を求めろ。俺は唯一の妃として、唯一の女として、お前に愛を注ぐと誓おう」

 苦笑と共に離れた手に寂しさを覚えながら、己の熱を静めるように深呼吸を繰り返す。深い呼吸の度に大きく上下する胸が陛下の欲を更に煽るなどと、考えもせず。

「どうしてそこまで、わたしを望むの?

 出会ってまだ、一日も経っていないでしょう?」

 潤んだ瞳が陛下を見つめる。

「だから煽るなと言っておろう」

 陛下は娘の顔にその手をあて、瞳を塞ぐ。

「界渡りに初夜、神殿から王宮までの移動と、お前の身体は疲れている。

 今は身体を休めよ、妃」

「だからだれが貴方の妃……と」

 手を退かそうと娘は陛下の手に己の手をあてるが、それは叶わず。短い攻防の後娘の手からは力が抜け、静かな寝息と共にその手は外された。





 陛下が女神が落とした娘アイーリア・ジデ・クィリリテを妃に迎えたという祝事は、すぐさま大陸を駆け巡った。すぐさま駆けつけたのは陛下を兄と慕う隣国の王、続くように各国からも祝が届いた。

 自国の王族から妃をと望んでいたかの国々も、神殿を後見に持つ異界の娘では分が悪いと意義を唱えることはしなかった。陛下の逆鱗に触れることを恐れ、神の怒りに触れることを恐れたためでもある。

 何はともあれ、本人の思うところはさておいて、このような顛末で陛下は妃を娶ることとなったのである。


 物語はひとまずこれにて。

……色々と聞こえてきそうな気もいたしますが、

「溺愛偏愛執愛なんでもござれの陛下」と「諸事情から異世界から逃げてきた娘」のプロローグ的な何かです。



以下、色々と蛇足。


陛下は女神の加護を受けておりまして、その縁で神殿とも近しかったりします。国の中枢にはそれを忌避する声もあったりなかったりですが、腹の中まで真っ黒な陛下はそれを見事に黙らせています。

で、そんな訳でやんちゃなお年頃の陛下は帝王学の勉強に疲れ神殿に逃げ出すわけです。神殿はある種の不可侵ですので。そんなある日、俺には自由がないだの俺自身を見てくれる者がいないだのやさぐれながら眠りについた陛下は、夢の中で女神の導きで真っ白な少女に逢います。幼いながらも自分の運命を受け入れるその少女。少女の身の上を聞き、話し、陛下の心に変化が生まれます。

それで芽生えた恋心。当時の陛下の年齢と娘の年齢を想像しちゃあいけません。犯罪ですから。ロリコ……げふんごふん。

そして陛下は誓います、娘にいつかそこから出してやると。


娘を迎え入れるために国を強固に平穏に豊穣にすることを誓った陛下。程なくして父王の突然の逝去。怒涛の日々が続きますが、夢の中で娘の今をを覗き見ることが出来ました。盗撮だのストーキングだのではありませんとも、ええ。女神の加護です。

そろそろ娘を迎え入れたいと神殿に女神に祈りにいこうと思っていた矢先、娘の両親に不幸が訪れたことを知りました。堅実な商売人として名声を得ていた父に怨みを抱き、歳を重ねても美しい母に懸想した男が行動に移したのです。事故に見せかけ父だけを殺すつもりが間違えて母までをも殺してしまい、死に際で娘を憂える声を聞いて、この母の娘なら美しいだろうと手に入れることを望んだのです。陛下は気心の知れた事情を知る侍従だけ連れ、妃を連れて戻ると王城を飛び出したのです。

神殿で女神の奇跡によりこちらの世界に落とされた娘。その場で女神への誓いを済ませ、神殿の一室にしけこむ陛下。加護を移すという目的よりも、自分の欲求を叶えるた……うぉほん。そして無事娘に加護を移してふたりで朝陽を眺め、王城に戻り――本文となるわけです。


とまあ、そういう話の一幕なのです。


因みに、前書きにあるように、娘のいた世界は現代日本ではありません。日本のパラレル的世界で、時代も明治から昭和初期くらいの予定。なのであまり科学的なことはありません。陛下の世界も同じくらい。中世ヨーロッパではありません、文化は似てはいますが。



以上、蛇足終り。

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