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◆08:乱戦(その2)

 扉を潜るとそこは一転して、リノリウムの臭いが支配する密閉された地下フロアとなっていた。照明が落とされた中でコンプレッサーが低い唸り声を上げ、配電盤の制御パネルに灯る赤と緑の光が暗闇を僅かに緩和している。おれは『アマ照ラス君』を取り出そうとして、やめた。部屋の向こう側から明かりが漏れているのがわかったからである。


 無造作に突き進み、明りが漏れている扉を引く。そこはすでに照明が点灯しており、傾斜のついた細長い廊下が上へ上へと延びていた。周囲の壁と床に衝撃吸収材が張られているところを考えると、ここが「ろくでもないもの」の搬入路になっているのは間違いないようだ。途中幾つかの防火扉があったが、いずれもこれみよがしに開かれている。まったく、いつもこうだとおれが怪しげな小道具を振り回したり、あのイカレヘッドの羽美さんが嬉々として電子ロックを解除したりする必要はないのだが。


 搬入路を進んでいくのだから、ゴールは決まっている。最後の坂を登りきった先、そこは搬入物が行き着く先である巨大な空間が広がっていた。


 広大なザラスビルの敷地面積のおよそ半分、高さは5メートルにも及ぶ、ザラス地下金庫室。おれ達は今、分厚い壁で仕切られた金庫の外壁を見上げている。地下空間は巨大な金庫を埋め込んでもまだ敷地が余りあり、こちら側の空間もちょっとした広場と言って通るほどだった。そこかしこに何かの機材や空箱が積み上げられており、だだっ広い防壁の真中に、四角い大扉が空間を切り取るように存在している。あの向こうに今回のターゲットがあるわけだ。だが。


「ハーイ!ヨウコソまた会いマシタネヤングジャップ」


 おれ達と反対側の壁際、つい十分前に別れた男が一人、そこに佇んでいた。


「さっきはずいぶんやってくれたよね」


 再度戦闘モードに移行した真凛に前方を譲る。


「ハハー。ジャパニーズ古武道(コブドー)とはクラシック・スタイルね。ウチにもイマスヨ」


 やはり先ほどの戦闘は様子見だったようだ。確かにこの業界、『最初の一撃』で勝負が決する事が極めて多い。事前に可能な限り相手の手の内を調べるのは、基本戦略とも言えた。


「しかしまあご苦労さん。わざわざセキュリティを全開にしてまでお招き頂けるとはね」


 男はふふん、と鼻を鳴らす。


「アナタ達トハコウイウ処でユックリお会いしたカッタノデス」

『こっちはぜんぜん会いたくなかったわけだがね。とりあえず上司として気の毒な部下達の労災でも申請してやったら?』


 これ以上野郎のへたくそな日本語を聞くに耐えなかったので、英語で返答してみた。男はそれを聞くとひとつ首をひねり、


『使えん連中だよ。最初から殺すつもりでかかれと言っておいたのに』


 ごく滑らかなアメリカン・イングリッシュを返して来た。


『そりゃちと酷いな。こちとら未来ある十代だぜ?未成年へのお仕置きにしちゃあやり過ぎじゃないか』


 男はしばし沈黙した後、突然腹を抱えて笑い始めた。真凛が左腕左足を前に出し、いつでも事態に対処出来るように備える。


『いや失礼、正直最初フロアで見たときはとても信じられなかったよ。君達が『あの』フレイムアップのスタッフだとは到底ね。そこのお嬢さんの暴れっぷりを見てようやく得心が行った』


 男はゆっくりとこちらへ歩を詰めてくる。


『最近はウチの必達目標(コミットメント)もちと行き過ぎていてね。ただ『守っていたら何も起こりませんでした』だけでは評価してくれんのだよ。『戦って対象を守り通しました』ってのでないとね』

『はん。ついでに『手強い相手を激戦の末に倒しました』ならなお良しってとこだろ』

『その通り。ましてそれが……業界で知らぬもの無き『人災派遣』のメンバーなら尚更だ』

「ねえ、あのヒトなんて言ってるの?」

「ようするにガチンコで殴りあいたいってさ」


 おれは投げやりに返答する。あわせて男が一歩前に出る。


『さてさて。君たちは(フー・)一体(アー・)誰なのかな(ユー)?凶悪無比の『殺捉者』か。因果を支配する『ラプラス』かな?あるいは『守護聖者(ゲートキーパー)』?『西風(ウェストウィンド)』?……まさか『深紅の魔人』や『召喚師』だとすれば素晴らしいことこの上ない』


 男の体内から小さな音が無数に鳴っている。デジカメのズームボタンを押したときのようなアレ。アクチュエーター音とかいう奴。


『ここまで来てもらったのはね。ここが一番俺達に都合が良いからさ。防音、防熱、防弾。障害物も足手まといの部下もいない』


 おれはうんざりした。こんなんなら最初っから真凛の言うとおりカミカゼアタックでもやっといた方が話が早かったぜ。


『ティーン相手に銃弾使用かい。随分厳しい業務方針だな』


 男が両腕をすい、と持ち上げる。その手袋に覆われた掌は開かれていた。


『なあに、同種の異能力者(・・・・・・・)相手なら重火器でも足らんくらいだろ?』


 ちっ、とおれは舌打ちする。やっぱりこいつもおれ達と『同業』かよ!


『自己紹介がまだだったな。警備会社シグマ、特殊警備第三班主任……『スケアクロウ』』


 男の迷彩服が弾け飛ぶ。狙いはおれ――じゃない!


「真凛!伏せろ!!」


 横っ飛びがてらのおれの叫びは届いたかどうか。男の両腕から奔った轟音と閃光が、地下空間を焼き尽くした。


 

 尻を爆風で煽られる形になり、おれは無様に頭から床にダイブした。顔面を床でおろし金のようにすられそうになるのを、どうにか横回転に逃がし免れる。


『達人級の武術家といえども、重火器の先制遠距離攻撃ではなすすべもなかろう』


 バッグを背負ったまま跳ね起きると、おれ達が先刻まで立っていた場所に炎の海が出現していた。スプリンクラーが作動し、水蒸気が朦々と立ちこめる。だが警報は鳴る気配が無い。こいつが細工して機能を停止しているのだろうか。


『ちぇっ、『シグマ』にゃあそんなのがいるとは聞いてたが、実物拝むことになるたあね!』


 炎の海の中に立つ男、『スケアクロウ』が、おれの声に反応しこちらを向く。迷彩服に包まれたアングロサクソンの巨体はそのまま。だがその両腕は、オレンジ色を照り返す禍々しいクロームの輝きに包まれていた。今しがたものごっついナパーム弾を打ち込んできやがった長大な銃身が二本、男の両の腕から生えている。炎に浮かぶ、まるで腕の代わりに二本の棒が突き出ているかのごときそのシルエットは、まさしく『スケアクロウ(かかし)』だった。機械化人間(サイボーグ)。あまりと言えばあまりに安っぽい言葉だが、他に適当な言葉も思いつかない。炎が酸素を貪り、呼吸が苦しくなる。陽炎の中、換気システムが作動する音が妙に間抜けに響いた。

 


 シグマ・コーポレーション。


 ここ十年足らずで日本に大々的な進出を果たした、外資系の大手警備会社である。欧米系の軍隊経験者や元警察関係者を中心に組織された営利団体で、こと瞬発的な機動力に関しては日本の警察では到底歯が立たないとされている。その職務内容は要人護衛、各種警護、人質奪還等。あらゆるセキュリティを総合的に手がけるプロ集団である。


 そして世間一般には知られていないことだが、精鋭揃いの連中からさらに選抜された数十名のメンバーで構成された、ごく特殊な任務を担当するチームが存在する。通称、『特殊警備班』。一般的とは言いがたい能力の持ち主も多数所属し、中には漫画紛いのSF野郎も紛れ込んでいる、という噂は確かにおれも聞いたことがある。半分以上信じちゃいなかったが、流石に実物を見せられては納得せざるを得まい。


『戦争で生身の部分が殆どダメになってしまってな。だが感謝もしている。コイツの精度はたいしたものだし、AIが戦況と俺のフィーリングを応じて自動的に最適な弾薬をリロードしてくれるという優れものさ』


 がじゃり、と突きつけられる左腕。


『散弾だ。こいつは避けられないぞ?』


 こりゃやばい。ここから回避する方法はちっと思いつかないぞ。


「バイ」


 スケアクロウの銃身の奥から鉛弾が吐き出されるその瞬間。

 スプリンクラーと炎の鬩ぎ合いで生み出された水蒸気の緞帳が一つの人間の形に盛り上がり――そこから突き出された掌がスケアクロウの脇腹に深々とめり込む!跳ね上がった銃身から散弾が撒き散らされ、天井を穿った。


「制服が、焦げた!」


 掌を放った体勢のまま、怒りの炎を背負い真凛が吼える。纏わり付く火の粉まではかわしきれなかったか、身に纏ったお嬢様学校のブレザーは所々煤と焦げ目でボロボロだった。


「あれヲかわすとは!ファンタスティックなレディでスネ!」


 スケアクロウが己の右の銃身をまるで戦槌(メイス)のように薙ぎ払う。多分両腕だけではなく、全身にも駆動パーツが埋め込んであるのだろう。その膂力と速度は到底人に為し得るものではなかった。だが、真凛は銃身が己に迫るその一瞬、銃身そのものをステップとして跳躍、コンパクトなモーションで回転。


「ずぇあっ!」


 がら空きになった顎に、間欠泉のような勢いで踵を撃ち上げた。縦軌道の変則後ろ回し蹴り、常人なら首の骨が折れるほどの打撃だ。だがスケアクロウはたたらを二、三歩踏むにとどまった。着地した真凛に出来た隙を逃さず、左腕から今度は9mmパラベラムを、妙に軽快すぎる音を立ててばら撒く。真凛は着地の瞬間からスケアクロウを振り向くことさえなく横転し回避、さらに跳躍して左銃身の死角となる右側に着地する。


 おれには到底信じられないが、あいつは銃弾の類いをすべて見切ることが出来るのだそうだ。だが真凛の打撃にはスケアクロウにそれほど通じているとは思えなかった。このままでは勝負はどちらに転ぶかわからない――


 と、真凛が背中を向けたまま怒鳴る。


「なにやってんだよ!」


 何ってその、観戦を。


「こいつはボクが潰すから!アンタは邪魔だからさっさと取るもの取りに行く!!」


 ふと見れば、おれが背にした壁から少し離れたところに、金庫の大扉が存在していた。


「……了解。んなデクに負けんじゃねえぞ!」


 お言葉に甘えて、おれは走り出した。すぐさま後方で爆発音と金属音が交錯する。

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