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◆09:「どちらが強いの?」

『あまり良くない知らせだ。それほど強力な使い魔、それも水の蛇を操るとくればおそらくそのエージェントは『(ニョカ)』。アメリカで腕っこきとして知られる脅迫のプロだろう』


 明けて翌日。おれ達の報告を元に昨日一日で須恵貞チーフが敵の正体を調べてくれたが、それはおれの気分を一向に上向きにしなかった。


「腕っこきって。どのくらいですか?」

『ランカーエージェント、北米七位だ』

「ぶっ!?」


 おれはしゃべりながら口に詰め込んでいたミックスサンド(昨日とは違うコンビニのやつ)を危うく吐き出すところだった。


「腕っこきどころか!超危険人物じゃないですか!」


 いわゆるおれ達『派遣業界』に所属するエージェントの評価の基準は、表の世界の派遣社員同様、『派遣先の評価』によって決定される。優秀な成績を上げて認められ、名が通るようになればそれだけ一件あたりの報酬額も上がっていくことになるのだ。


 このため、エージェント達には格付けが為されることがままある。各派遣会社でエースを務める事が出来る器、と認められるA級エージェントの称号、そしてさらにその上に君臨する、卓越した能力を持つS級エージェントの称号などがそれだ。


 もっともその評価基準はかなり主観的で曖昧だ。A級でも意外と大したことはない奴もいるし、先日の『毒竜(ファフニール)』のように、S級が無名の新人に不覚を取る、なんて事もある。


まあアレだ。係長だの課長だのの肩書きは必ずしも能力を意味しないし、会社や個人によってもずいぶん違うよね、という奴。


 こういった曖昧な評価を避けて、少しでも客観的な採点方法を、と考え出されたのがランカー制度である。この制度に登録したエージェントは、仕事を果たす度に派遣元と派遣先から一定の採点方式に基づいて評価点をもらい、それを積み重ねることでポイントとしていくのだ。


 このポイントが多い者は裏の世界のランキングに名前が載り、『ランカーエージェント』の称号を得、高額な報酬を得られるようになる。



 無論リスクは大きい。自身の情報が業界に漏れ出ていくのは避けられないし、そうなれば任務遂行も不利になる。とくに『相手にネタがバレたら終わり』の一発芸人系の能力者――おれとか――や、多くの組織に恨みを買っているエージェント、売名に興味がない者などはこれを嫌い、ランキングに参加しようとはしない。


 だから決して『ランキング一位だから最強』というわけではない(そもそも”強い”だけでは意味がない)。だがしかし、上位ランカーになるほど手強い相手というのは、紛れもない事実だった。


『もともとはアフリカの呪術師の家系の出らしい。今はニューヨークを拠点にして活動しているそうだ。ランカーになってからは派遣会社を離れて独立。フリーでずいぶん儲けているようだな』

「とんだアメリカンドリームですねぇ」


 日本の薄給能力者にももう少し哀れみを。


『得意分野は法人や個人への脅迫。何しろ呪術だ。手を引かなければ病気がどんどん悪くなるぞ、なんてのはお手の物だそうだ』

「……やはり、水池氏が脅迫されている、と?」


 そこはきちんと確認しておきたいところだ。何しろこっちはいきなり襲われたわけで、相手の意図は仮定を交えて推測するしかない。足場となる確実な情報が欲しかった。


『可能性は高い。ニューヨークの溜まり場に姿を見せなくなったのは一週間ほど前からだそうだし、この仕事のために訪日したと考えるべきだろうな』

「脅される分にはまだしも、万一死なれると親子再会も何もあったもんじゃありませんからね。向こうがどこまでやる気なのかを確かめないと」

『こちらでも出来るだけ調べてみよう。こういう時ランカーは有名でやりやすいな』

「よろしくお願いしますチーフ。それから、昨夜頼んだ件は?」

『ああ。昨夜は千葉までご苦労だったな。今、お前の持ってきたシナリオを元に、笠桐君と羽美にヨルムンガンドのデータ集めに動いてもらっている。ただな。オモテのデータだけでは限界があるぞ』

「ああ、じゃあウラもお願いします」


 おれは即答する。


「どうせ公表されてるデータでの予測なんて、日本中の経済アナリストやら投資家やらがやりつくしているはずですし。すいませんが、羽美さんに覗い(クラックし)てもらうのが一番早いと思います」


 それはつまり、犯罪ゾーンに足を踏み込めと言う事と同義である。


『……お前さん、やる時は結構やるな』

「新人の時、”事前に打てるだけの手を打て。状況を何度もシミュレートすれば、予想外の事態にもかえってアドリブが効く”、っておれに教えたのはチーフじゃないですか」


 この仕事で初めて教わったのがそれで、実は結構感銘を受けたのであるが。


『……そんなことあったっけか?』


 忘れていやがる。まったく、おれはいい上司を持っているよ。


『とにかくその件はわかった、羽美に伝えて……うわ、おいこら、ちょ』


 電話口の向こうでなにやらあった模様。その原因はすぐに判明した。


『くけけけけけ亘理氏!!慢性脳酸欠症の貴公も時には面白いネタを提供するではないか!宜しい宜しい、確かバベル・タワーのセキュリティを受注したのは|あの{・・}ヤヅミ系列のソフト屋であったな!カネさえかければセキュリティが強化出来ると思っておる愚か者どもに、この不肖石動、一身を持って忠告を叩きつけてくれるわッ!』

「いやあの。潜り込むのはビル内のヨルムンガンド社のサーバーだけでいいんですからね?』

『任せておきタマエ!小生にかかればソフトのみならず、電源、シャッター、ヘリポート制御まで思いのままよ!』


 聞いちゃいねぇ。すでに羽美さんは『電磁戦隊メガレンジャー』のOPテーマを鼻歌で歌い始めた。こうなると何を言っても無駄である。


「とにかくチーフに、こっちも引き続き交渉にあたってみるって伝えてください。……ではまた」


 不毛な通話を一方的に切り、一息つく。おれ達が只今いるのは、先日真凛と直談判に赴いて失敗した水池氏の自宅がある超高級マンションそばの公園である。ベンチに座って彼の部屋があるはずの十階のあたりを見上げながら、自宅に戻った水池氏の外出を待ちわびているのだった。


 あの水で作り出した蛇……アフリカの呪術師が、己の血と、大量の水を混ぜ合わせることで生み出す『絞める蛇(キガンジャ・ニョカ)』と呼ばれる使い魔……の襲撃を退けたおれ達。


 東京タワーの術者は追うことは出来なかった。さりとて『絞める蛇』の方はどうやら排水溝から逃げ込んだらしく、こちらも追跡不可能だった。


 後に残されたのは腰の抜けた水池氏と、『スケアクロウ』の残骸と、細腕の門宮さんだけだったので、おれ達はその場の流れで、飛び散った家具やら壊れた蛇口やらの後始末をする羽目になった(流水が嫌いな直樹がさんざん文句を垂れやがったので一発どついて黙らせた)。


 水池氏はほとんど怪我らしいものはなかったものの、このままでは仕事にならないと自宅まで戻ってきてしまい、そのままここに籠もってしまった。


 その時おれは門宮さんと協力してスケアクロウの頭部を『シグマ』日本支社まで送り届けたり、その後ちょこちょこ小ネタを仕込んでいたりしたので、止める事も出来なかった。


 ちなみにスケアクロウの奴は今回は名誉の負傷ということで、破損したパーツを優先的に修繕してもらえ、一週間程度でまた前線復帰できる予定だそうだ。つくづく便利な身体である。


 その日はなんのかんので夜になってしまい、明けて翌日も動きは無し。時刻はようやく夕方になりつつあった。


「脅迫専門の呪術師か……」

「ボクはこういう、遠回しな攻撃の人は苦手だよ……」


 おれが情報を伝えると、真凛も直樹もむっつりと押し黙ってしまった。ちなみにこの小娘は授業帰りでそのまま合流しているため制服である。


「なんかややこしい話になっちまったけど、おれ達の仕事は、水池氏を露木氏に引き合わせること、これに変更はない。ところが、肝心の水池氏はどうしても会いたくないと言っている」


 頷く二人。


「となると、だ。脅迫者から助けてやることで恩を売り、その代価として面会をさせるという方法はどうだろう」

「そう上手くいくか?何しろ”脅迫に屈しない”男なのだろう。その手の取引が通じるとは思えんが」


 確かに。おれ自身もそう思っていたので、奴の言葉には反論せず黙り込んだ。


「しかし、『ニョカ』とやらをわざわざアメリカから呼び寄せたとあれば、雇い主は相当に水池氏に恨みを持っていると考えるべきだろうか」

「候補としてまず一番に考えられるのは『ミストルテイン』だが」

「えぇっと、水池さんのヨルムンガンド社が、今度合併しようとしている会社……だよね?」


 ここ数日それなりに勉強してきたのだろう、自信なげに問う真凛。


「八十点てところだな。正確には買収だ。事業の内容については……ホレ語れ、ITオタク」

「別にパソコンは得意ではあってもさほど好きというわけではないのだが」


 ぶつぶつ文句を垂れながらも直樹が語る。ミストルテインとは近頃主流になりつつあるIP電話のソフトを開発している会社である。


 IP電話とは大雑把に言えば、既存の電話回線ではなく、インターネットを経由して音声情報をやりとりする電話である。なによりのメリットは、ネットに常時接続しているのであればそれ以上の料金が発生しないということだ(たとえ相手が海の向こうに居ようとも、だ)。


 つまりは電話代ほとんどタダ。現在、多くの企業では社内や会社間の連絡はほとんどこれに置き換わっているし、一般ユーザーにも確実に普及しつつある。通信業界では、あと数年で従来の固定電話はその役目を終え、「どこでもつながる携帯電話」と「無料で話せるIP電話」へと吸収されていくとの予想が大勢を占めている。


 そのIP電話をパソコン上で起動するために必要なソフトを作っているのが『ミストルテイン』社であり、世界的に大きなシェアを誇っている。


 ヨルムンガンド社はネット上でのブログ、株、保険やオークション等のサービスを展開しており、これにIP電話のサービスが加わることで、たとえばネットオークションで入札しながら相手と電話で交渉したり、保険の見積もりを直接オペレーターと話しながら申し込める事も可能になり、とても便利になる。


 ……というのが、ヨルムンガンド側の描く理想の未来である。


「う――ん。とにかく。ミストルテインをお金で買い占めて自分のものにすると、水池さんのヨルムンガンドにすごくいい事があるってこと?」

「まぁ、そうだな」


 今はくどくど裏事情を説明してもしかたがない。事態を簡略化して本質を把握しておくことは、仕事の重要テクニックである。そうすることで、


「でもそれは、ミストルテインにとってはいい事なの?」


 シンプルにして重要な問題を見つけることが出来るわけだ。おれは首を横に振る。


「ミストルテインは、買収どころか業務提携も嫌がっていたみたいだな。今回のは株式の敵対的な買収……ぶっちゃけて言えば、『お前を買ってやるから俺のモノになれ』ってとこだ。TOBこそ発動してないものの、ミストルテインの役員連中を随分と抱き込むことに成功してるみたいだし、過半数を突破するのは時間の問題だろうな」


 そう、会社とは『買う』ことが出来るのだ。それが株を買うということであり、一株を所有すると言うことは、その会社の何万分の一かを所有することに他ならない。


「相手は今昇り調子真っ最中のヨルムンガンド。カネの勝負では勝ち目があるまい。となれば残された手段は……」

「ヨルムンガンドの頭である水池氏を後ろからズドン、ってとこか?」


 巨大企業ヨルムンガンドとて、実質はほとんど水池氏のワンマンチームだ。トップが倒れれば、針でつついた風船のようにしぼんでしまうだろう。


「考えられないでもないが。ミストルテインの社長は生粋のエンジニア畑の出身者と聞いている。そのような生臭い方法を考えつくものだろうか?」


 腕を組んで考え込んでしまうおれ達。


「……いずれにせよ、今度奴が襲ってきたらどうするかだな。電気ショックなんて手が二度通じるとは思えんし」

「ボクも、関節も目も無いのが相手だとちょっと分が悪いかなぁ」


 珍しく考え込む真凛。まあもともと武術というのは対人スキルなので、大蛇や水の精霊との戦闘を想定してはいないのだろう。この娘の興味対象は強い相手との戦闘であって、意志のない使い魔との戦いではないのだ。


「となると、俺の力で凍結させる必要があるが……」


 周囲を見回す直樹。屋内で絶対零度を展開するのは色々と被害が大きすぎるのだ。ここらあたりが、必ずしも強力な能力者=有能なエージェントを意味しない要因である。


「肝心な時に役に立たない野郎だな」

「黙れ、お前が奴と戦えば、悠長に言葉を並べているうちに十回は殴殺されているだろうが。だいたいこの中で一番弱いお前が偉そうにするな」


 あ。今の一言はいくら紳士なおれでもちょっとムカっときましたよ?


「ふふん、てめぇごときにゃ負けねえよ。なんなら試してみるか?」

「望むところだ。身の程知らずの大言壮語は高くつくぞ」


 まるで不良高校生のように至近距離でガンを飛ばし合うおれ達と、それを見守る女子高生。だがこの女子高生は、おれ達なぞより余程ガン飛ばしも喧嘩も慣れっこなのであった。のほほんと問う。


「そう言えば、二人はフレイムアップに来る前に戦った事があったって聞いたけど」

「……誰からそんなこと聞いたんだ?」

「ん、浅葱所長。前に直樹さんとアンタがどこで知り合ったのか、って話になったときに。それくらい知っておいた方がいいって」


 まったく、余計なお世話を。この時ばかりは直樹と二人して苦い顔になる。


「で、どっちが勝ったの?」

「そりゃあおれに決まってるだろ。コイツ弱ぇくせにやたらとしぶといから、全身コマギレにして夜の河からばら撒いて海に流してやったのさ。それでも再生しやがるんだから便利なモンだよ」


 前髪をかきあげ、あさっての方向を向いてフッと嘲笑してみせるおれ。その姿をまるで汚いモノでも見下すような視線を向けてほざく直樹。


「ほほう。お前の脳味噌の記憶部分がゆるいとは常々思っていたが、とうとう事実を都合良く捏造するまでに衰退していたとはな。橋の上で全身氷漬けにされた挙げ句、どうしても死ぬわけにはいかないと俺に泣いてすがったのはどこのどいつだっただろうな?これなら当初の予定通り氷詰めにして冥王星まで放逐しておけばよかったか」

「ははっ、そんときゃてめえを対転移マピロ・マハマ・ディロマトで太陽核に放り込んでやってたぜ」

「なんか小学生の口喧嘩みたいだね」


 おれ達の低レベルな争いを眺めて真凛がぼやいた。


「あ、お前おれの言うこと信じてないな?」

「だって。アンタがどうやって直樹さんを細切れに出来るんだよ」

「ハイ、すいません、おれには無理です」


 昔は出来たんですけどね。直樹も冷静さを取り戻したのか、眼鏡をかけなおす。


「子細はともあれ、我々は今同一陣営にいる事は事実だからな。このような男と組むのは腹立たしいが、仕事とあれば必要な働きはする」

「今月も生活苦しいしなあ」

「互いにな」


 ため息をつくおれ達。まったく、漫画や小説の中の魔法使いや吸血鬼が羨ましい。連中の住む古城だの大迷宮だのの光熱費や人件費はいったいどこから出ているのであろうか(そう言えばルーマニアの城に住んでいる別の吸血鬼は、いつまで経っても自宅がブロードバンドにならないとぼやいていた)。


 現実世界のおれ達はとりあえず自室の家賃と水道代となんとか通信費まで払うのが精一杯。食いつなぐためには因縁の宿敵とも手を組まなければいけない昨今であった。貧乏だ、みんな貧乏が悪いんだ。


「話が大脱線してるようだが、そもそもの議題はこれからどうするかということだろう」

「ああ、それならたぶん、今頃水池氏のところはそろそろ大変なことに……」


 その時、視線を離さずにいた十階の窓、水池氏の部屋のあたりから妙な音がした。地上のおれ達に聞こえるとなれば、相当大きかった音に違いない。


 続いて夕日を反射して舞い落ちる輝きの破片。それはつまり、水池氏の部屋のガラスが割られたのだ。それも内側から。慌てて振り返ると、おれより感覚の鋭い二人はすでに表情を引き締めている。おれの携帯が鳴った。着信は門宮さんからだった。内容を確認するまでもない。


「やれやれ、読み通りなのはありがたいが、ちょっと早すぎるぜ!」


 舌打ちする時間も惜しんで、おれ達はマンションの玄関に向かって駆け出した。

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