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◆06:美女のお誘い(再)

「で、今日は真凛がいない分、久しぶりにお前と組んで、ってわけなんだが……」

「真凛君は学校か。そう言えば平日だったな。学生は大変だ」

「テメェだって一応専門学校生だろうが」

「そう言えばそうだったな。しかし真凛君の事だ。ここに来たがったのではないか?」

「あーもーうるせーのなんの。学校があるから参加しないなんてアシスタントじゃない、とかゴネてな。説得するのが大変だったぜ」


 アシスタントとしてのココロイキは認めてやらんでもないが、アヤツ自身の将来のためにもあくまで優先すべきは学業。サボりの口実になってはいかんのである。ぶーたれてるおれを見て、直樹はメガネの位置を直した。


「お前がそこまで他人に気を使うとはな」

「……あのなおい。そういう言い方をされるとおれがまるで空気が読めないヒトみたいじゃないか。このご時世、おれ程仕事中に周りに気を配るワカモノはそういないと自負してんだけどな?」

「お前のは気遣いではない。単に現場ごと現場ごとのその場しのぎだろう」

「……悪いかよ」


 なんかいつぞやも誰かに同じような事言われた気がするぞ。


「いや、むしろ逆だ。そのお前にしては、近頃随分と真凛君の面倒を見ていると思って珍しく感心しているだけだ」


 今日はやけに絡むなコイツ。よかろう。おれも真剣な表情で応じる。


「なあお前、考えてもみろよ。真凛がもし留年でもしてみろ。本人は自業自得としても、奴のお母上に何と申し開く」


 直樹の表情が心なしか青ざめた。無意識のうちに胃の辺りを手で押さえている。


「あのご母堂か……。目に浮かぶようだ、さながら築地のマグロの如く解体されたお前の成れの果てが」

「お前も同罪だよ!おれはまだいいぞ、お前はなまじ楽に死ねん分長く苦痛を味わう事になるんだ」


 真凛のご母堂にして七瀬式殺捉術の現当主にかかれば、我ら如き若輩者は冷凍マグロと大して変わらぬ運命を迎える事になるであろう。つくづくこの世界の闇は深い。


「……そんな恐ろしい仮定を想像しても始まらぬ。で、真凛君で突破出来なかったとなれば、俺達二人での力押しは難しいな。これからどうするのだ?」

「安心しろ、すでに昨日のうちに一手を打ってある」

「ほう?では具体的に何からはじめる?」

「とりあえずは、これをやる」


 おれは自分のザックの中から大量の紙束と幾つかの書籍を取り出し、テーブルの上に並べた。


「何の資料だ」

「大学の課題レポートだ」

「……おい」

「うるせぇ黙れヒマ人め。半期で単位が取れるものはいざ知らず、通年の講義はこのレポートで大抵単位が決まるんだよ。落としたらシャレにならねえんだぞ」

「ならば休み中に少しずつ進めておけば良かったではないか」


 正論である。だがそんな正論がまかり通るのであれば、八月末日に宿題をやる子供も、〆切間際にエディターに向かう小説家も、印刷所に怒られる同人作家もこの世から消えて無くなるはずなのだ。


「ご苦労なことだ。だが実際、お前の記憶術と速読術ならテストの類は楽勝だろう?」

「それが通用したのは高校までだったな。文系なら楽出来ると思ったが、これなら理系の方が楽だったかも知れん」


 こんな体質になってしまったささやかな副作用として、おれは自分の脳味噌をある程度自由にいじくり回せるという特技を身につけた。


 記憶術の類はお手の物。なにしろ目を通して流れ込んできた映像を、直接脳の記憶領域にぶちこんでやればいいわけだ。アタマの中に小型のノートパソコンが入っているようなもの、と思って頂ければ間違いない。


 おかげで高校の試験は苦戦した事があまりない。何しろテストの時は、脳裏に保存した教科書や国語辞典の映像を見ながら問題を解けばよいので、ある程度の点数は確保出来たのである(英単語の暗記テストなんていうこの世で一番無駄な事に人生を費やさずにすんだ事には、素直に感謝すべきだろう)。


 ところが大学に入ってからはそうもいかない。何しろこの手のレポートは資料を読み込んで自分で考えて作成しなければならないので、カンニングが出来たところであまり意味は無いのだ。


「だいたいこのご時世に手書きってのがイカれてるよな。履歴書だってエクセルでプリントアウトする時代だってのに、これだから石頭の教授は……」

「む、そうだ。プリントアウトと言えば肝心な用件を忘れるところだった」


 今度は直樹がカバンの中に手を突っ込む。


「なんだ、えるみかの等身大ポスターでも買ったのか?」


 ちなみにこの男、店頭広告に用いられるアニメ美少女の等身大ポップをもらって自宅まで担いで帰ったという逸話がある。


「それは帰りに三つ買っていく」

「なぜ三つも?」

「実用、保存用、観賞用に決まっているだろう。そんな基本的なことを聞くな」

「……そうか」


 ”実用とは何だ”という疑問がおれの脳に浮かんだが、返答結果をシミュレートした結果、スルーすべきという結論が出た。


 直樹が取り出したのは写真屋で現像するとくれるフォトアルバムだった。そういえば、旅行の後にそれぞれが撮った写真をアルバムにして焼き増しのために回覧する、という事をしなくなったのはいつごろからだったか。


「この夏に皆で海に行っただろう。その時の写真を渡すのを忘れていてな」

「ああ。あん時は大変だったなあ」


 海に行ったくせになぜか一番盛り上がったのはエアホッケー大会だった。最後には各自が己の異能力を全開にして大人気なく勝負にのめり込んでいたような気がする。


「普通に共有してくれれば良かったのに」

「俺の分はとっくに送っている。これは姉貴の分だ」

「なるほどね。来音さんのフィルムカメラは随分気合入ってたもんな」

「ロクに保管も出来んくせに骨董カメラばかり買うのがあの女の悪癖だ。それで、焼き増しをするのでお前の写ってる分を選べ、との伝言だ」


 おれはフォトアルバムを開く。みんなが写っていた。直樹、真凛に涼子ちゃん、所長羽美さん来音さん、桜庭さんにチーフに仁さん。それと、可愛げのないツラをした見覚えの無い男。


「……サンキュー。でも、やっぱり焼き増しは遠慮しとく」


 フォトアルバムを返す。おれの台詞を半ば予期していたのだろう、直樹は素直に受け取った。奴はしばし考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「……結局。まだ治ってないのか、その相貌失認(そうぼうしつにん)

「治ってない。……と言うより治らないだろうな。壊れたんじゃない、欠けてしまったんだから」

 


 

 まあ、取り立てていちいち説明するような大した事でも無いのだが。


 こんな体質になってしまった影響としてもう一つ、おれは極めて限定的な相貌失認を患ってしまった。人間は他人と接した時、目鼻や輪郭などの情報を統合して『顔』という非常におおまかな情報にまとめ、記憶する。


 この『おおまかな』という所がミソで、これによって、次に会った時、その人の髪型や服装が変わっていたり、前回笑っていた人が今回は怒っている、という時にも「ああ、あの人だ」と判断することが出来るのだ。「人と人を見分ける」という事は誰もが当たり前のようにやっているが、実はかなり高度な脳の機能を使用しているのである。


 この脳の機能が何らかの理由により働かなくなってしまうと、『他人の顔の見分けがつかない』という事態が発生する。これが相貌失認だ。他人と会えば髪型も輪郭もわかるし、目鼻立ちもちゃんと見えている。なのにそれを『顔』として情報化出来ないのだ。


 次に会った時にはもうその人が誰なのか判らなくなってしまう(もちろん、服装や周囲の状況から推測は出来るが)。そして、力を得た反動として、おれの脳の機能はここが欠けててしまったようなのだ。


 もちろん、今までこの仕事をやって来た事からもわかるように、おれはちゃんと真凛や直樹、あるいは戦ったエージェントの顔はちゃんと覚えている。おれが覚えられず、かつ、思い出せないのはただ一人の顔……亘理陽司、自分自身の顔だけである。


 禁断の存在を己の人格の上にロードし使役しする『召喚師』の技。次第に己の人格と呼び出したモノが混じっていき、最後には自我を失うこの術にはお似合いのペナルティと言えた。


「しゃーないさ。こんだけの力の反動が、自分の顔がわからなくなるくらいで収まるのならむしろ安いくらいだ」


 おかげで、おれの部屋には鏡が一枚もなかったりする。経費がかからなくて結構なことだ。おれはへらへらと笑った。他人の顔ならともかく、自分の顔ならそうそう社会生活に困る事は無いしな。どうせこんな記憶も、そのうちどの人格のものだったかわからなくなってしまうのだろうし。


「ま、でも同情してくれるなら好意はありがたく受け取っておくぜ」


 会話の隙をついて、最後のミックスサンドに手を伸ばす。と、皿に届く寸前、奴の手にひっ攫われていた。


「……おい、てめぇ」

「一切れ四百円ともなるとなかなか他人にくれてやる気にはなれなくてな」

「金は半額ずつ出しただろうが!」

「では半分こにでもするか」

「それはそれでイヤだ」


 日本最先端のショッピング施設のカフェテラスで至極低レベルな争いをおれ達が繰り広げていると、


「よろしければ、こちらでご一緒しませんか?」


 横合いからかけられる声。『折り紙使い』門宮ジェインさんが立っていた。


「水池恭介が、貴方達とぜひ昼食をご一緒したいと申しております」

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