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◆07:乱戦(その1)

「のわっとと」


 おれはしまらない声を上げて、コンパクトな軌道で打ち込まれてくるバトンをどうにかかわした。格闘技の心得など更々無いが、それが却って幸いしたのだろう。なまじ受け止めようとでもすれば、そのまま電撃でお陀仏だった。皮膚をかすめる、電圧が空気を軋ませる独特の違和感。コレが護身グッズとかで流行りのスタンバトンというヤツだろうか。飛び退ったおれの視界の隅で、もう一人が通路に並んでいた真凛に襲い掛かっていた。体格差にものを言わせて組み伏せるつもりだろう。バトンではなく逆手で真凛の肩に手をかける。惨劇の予感に、おれは目を覆った。ぐしゃり、と潰れる音がして――警備員が片膝を着いていた。真凛は直立のまま全くの自然体。ただひとつ、肩を掴んだ警備員の手に、重ねるように己の掌を重ねている以外は。まるでそれは、倒れた警備員が真凛の肩に手をかけて起き上がろうとしている、そんな姿勢とも見えた。


 ふぅっ。


 そんなかすかな息吹が空気を揺らしたとき、めぢっ、と嫌な音を立てて警備員の肘がヤバイ方向に折れ曲がっていた。たまらず響く絶叫。両者の姿勢は全く変わらぬまま。おれにバトンを向けていた警備員が思わずそちらを振り向く。プロにしちゃ致命的なスキだ。真凛が、く、と腰をわずかに入れると、腕を折られた警備員はその肩を支点にくるり、とまるで自分から回転するように華麗に宙を舞い、反射的に大きく腕を振り回し……おれの目の前のヤツに思い切りバトンをつきこみながら衝突する結果になった。二人分の悲鳴と水しぶき。激痛と電撃で気絶した警備員が下水に浮かぶ。


「重心の制御がゆるいなあ。歩き方から矯正したほうがいいよ?」


 ずい、と一歩前に進み出る真凛。おれはと言えば半歩下がって、


「よ、先生!よろしくお願いします!!」


 やんややんやと喝采を送る。


「あのねぇ……」


 真凛のうんざりした眼差しは、目の前に突き込まれたバトンによって遮断された。確かにスタンバトンの攻撃なら相手を殴る必要はない。接触さえすればよいのだ。ここですかさず最速攻撃を選択できる辺りはさすがプロとは思うが、今回は相手が悪すぎた。ジャブの要領で突き込まれたバトンは、だが寧ろ迎え撃つように踏み込んだ真凛の両手にまるで奇術のように手首を取られ捌かれている。彼我双方の踏込の勢いを殺すことなく、真凛の諸手が小さな円軌道を描く。

 四方投げ、という奴だろうか。警備員は吸い込まれるように宙を一回転し……それは同時にスタンバトンを突き込もうとしていたもう一人の警備員から真凛を身を呈して護る格好となった。上がる悲鳴、これで三人。いや、既にその時には四人目に肉薄し、顎と鳩尾に掌を打ち込んでいる。ついさっきパンチングマシーンで容易く今週のベスト記録を更新した当身を食らっては、いかに荒事のプロと言えどもひとたまりも無い。


 後続の六人が気圧され、わずかに後ずさる。その趨勢を敏感に感じ取り、真凛は咆哮し、突進する。

 

 真凛の踏み込みの音が響くたびに大の男どもが宙に舞う。おれはすっかり観戦モードに周って、腕を組んで見物する側に回った。こう見えても、いや期待通りというべきか、我がアシスタント七瀬真凛は、実家に伝わる古武術の正統継承者なのである。


 その戦闘力はバケモノ揃いのうちの事務所でも折り紙付き。中学生の時分には夜の新宿でストリートファイトに明け暮れていたというとんでもない過去を持ち、しかもそこで常に負け知らずのチャンピオンだったという。なんたって今でも新宿をとおれば『その筋』の人が腰をかがめて通り過ぎるというシロモノだ。ガッコウの体育で柔道やりました、程度のおれでは百人どころか千人束になっても瞬殺されるのがオチだろう。このブッソウ極まりないアシスタントに、年の差以前に戦闘能力で人間関係を位置付けられてしまってるせいで、おれの事務所内での発言権は近頃急速に低下中である。ふん、どーせおれはこのバイトでも味噌っかすですよと、心の中で自嘲していると、


「どぅあっ、あぶねえっ!」


 真凛の暴風から逃れるように回り込んでいた警備員の攻撃。くそっ、ならやってやるよ。つかみかかってくる腕をかわして、向こう脛を蹴っ飛ばしてやる。悲鳴を上げながら警備員は後退した。ざまあみろ。と、


「このガキィ!」


 警備員さんの職業的忍耐も沸点を超えたらしい。


「やれやれ!」


 おれはこの狂暴娘のような格闘技のプロではないが、一応標準レベルの反射神経は持ち合わせている。怒りに度を失ったテレフォンパンチもかわせないほど鈍くはない、つもりだ。一般人でも振りかざされる暴力に竦みさえしなければ、けっこう互角に戦うことも出来るものである。要は慣れなのだ。……言ってて自分で哀しいが。


 おれは怒り任せの大振りを沈みこんでかわし、伸び上がりざまに相手のごつい顎に頭突きを叩き込んだ。一撃必殺とは行かないが、相手はのけぞって崩れる。そこに追い打ち、両の手のひらで胴を突き飛ばすと、男は尻から下水の中に突っ込んだ。どうでい、なかなかおれも捨てたもんじゃないだろう?


 そうこうする間に真凛は警備員を軒並み打ち倒していた。最後の一人は己の技に自信があるのだろう、バトンに頼らなかった。突如その足を大きく振り上げ、真凛に踵を斧のように振り下ろす。真凛は両腕を十字交差して防御。石同士をぶつけたような鈍い音がして――それで決着がついた。真凛が使ったのは痛み受け。踵落としを止めながら、受けの一点に自らの体幹の力をたたきつけ、相手のアキレス腱をそのまま断つ技だ、というコトをおれは知っていた。


 

 かしゅうっ、と肺の中の空気を排出し、真凛が戦闘モードを解除するのを確認してからおれは近づいた。うかつに戦闘中に肩でも触れようものなら、無意識レベルまで自動化された迎撃によってとっても酷い目にあう事は請け合いだ。


「いやいや、さすがは先生でございますナ!これからもどうかヨシナに……」


 揉み手ですり寄りつつ、気絶してる警備員のおっちゃんからスタンバトンを拾い上げる。おれが振って当たるとも思えないが、ま、ないよかマシだろう。


「気に入らない」


 我らが用心棒先生は頬を膨らましご機嫌斜めのご様子である。ちなみに全員、息はしている。この業界での戦闘行為がコロシまで発展することはそうそうない。つつましく市場を形成するための、ささやかな同業者同士の不文律という奴だ。


「そんだけ暴れておいてまだ足りませんかこのオジョウサマは」


 そもそも人間ブン殴りたくてこの仕事始めたんだろうに。


「なんか言った!?」


 いえいえ。


「そりゃま、たしかに殴り合うのは好きだけど」


 好きなのか。


「ああまで露骨に様子見に徹されると面白くないなあ」

「様子見?」

「本番前にこっちの手の内を出来るだけ覗いとこう、ってやり方。これじゃこの人たちもいい当て馬だよ」

「ああ、なるほどね。お前の技をバッチリ見てったわけだ」


 おれは通路の奥の扉を見やる。本来厳重なオートロックが施されているであろうソレは、石ころが一つ挟まれており開きっぱなしになっていた。倒れ伏す警備員達の中には、あのサングラスの大男はいない。最初から見物を決め込み、本番はあちらでどうぞ、ってわけだ。おれは手元の『アル話ルド君』を起動してCADデータを検証する。ここから先はブラックボックスと化している地下施設エリアだ。何が出るかは開けてみてのお楽しみ、と。


「行くか?」

「もちろん」


 おれは扉を押し開けた。

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