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◆04:人捜し(丸投げ)

 イズモ・エージェントサービス。おれ達同様の『派遣会社』である。


 その仕事は『調査』専門。人探し、失せ物探し、浮気調査、企業の信用調査などなど。世間で言うところの探偵事務所と思っていただければ間違いない。その社員数、実に五百人以上を誇る業界大手だ。ピンからキリ、有名どころから胡散臭いのまで幅広い『派遣業界』において、おそらく一般人にも最も有名な派遣会社であろう。


 資本や規模だけで言えば、千人以上の異能力者を有し、カリスマ社長が率いる新進気鋭の派遣会社クロスクロノスコーポレーション、通称”CCC”、日本企業御用達の老舗警備会社ブルーリボンガーズ、通称”BRG”などもある。だが、こと知名度と言う点であれば一位はダントツでこのイズモだ。何しろ彼らは堂々とテレビに出演しているのだから。


 誰でも一度くらいはゴールデンタイムの特番で”人探し”番組を観たことがあるだろう。芸能人や一般人の『幼い頃生き別れた母親に会いたい』、『初恋の人ともう一度話がしたい』というリクエストに応じてテレビ局が捜索し、その調査過程で話を盛り上げ、スタジオで再開するシーンでクライマックスに持っていくというあの手の番組。


 テレビ局から依頼を受け、実際に番組中で活躍する調査員達、実はあれこそが『イズモ・エージェントサービス』のスタッフなのである。


 よって、その構成員はほとんどが元刑事や警官、探偵である。特に探偵の技術については、メンバーのノウハウを社内に蓄積して新人に伝授するシステムが整っており、日本一の探偵養成所でもある。事実、ここから独立してフリーで活躍する私立探偵も多い。


 そういう意味では、少々社会的に特殊ではあるが、メンバーはあくまで一般人であると言える。しかし、時には”通常の方法以外での”調査が必要な案件も紛れ込んでくる。そういった案件に対応するために、異能力の持ち主も多数所属しているのだ。


 遠隔視能力者(クレボヤンス)。遺失物や、時には遺体を見つけ出すダウザー。サイコメトラーやテレパシスト。嗅覚や野外活動、行動心理学に秀でた追跡者(トレーサー)達。夏の心霊番組に備えて占い師や退魔師まで取り揃えていたりする。


 『エージェントが所属する探偵事務所』というよりは、『エージェント()所属している探偵事務所』の方がイメージに近いだろう。遠隔視と言えば、かつて長野からのデスレースで共に戦った『机上の猟犬ハウンド・オン・テーブル』見上さんもここの所属である。


 また、異能力者で無くとも、調査や逮捕のプロであり豊富な人脈を持つ警察関係者はとにかく心強い。社会的にカオが利く、という長所は、この業界においては超能力や魔法の一つや二つを補って余りあるのだ。


 そんな失せもの探しのプロ集団イズモがおれ達に丸投げしたい案件となると、やはり人探しくらいしか思いつかないが……。



 

 おれの質問にチーフが頷き、配った資料をめくる。


「そう。俺の元上司が今はイズモで働いていてな。イズモに依頼のあった人探しの件を、うちに委託したいと言うオファーがあった」


 それって、つまるところ丸投げって言わないか。とりあえず資料をめくる。そこにあった名前を見て、おれは思わず小さく叫びを上げてしまった。


「依頼人は……露木(つゆき)甚一郎(じんいちろう)!?まさか。トミタ商事事件の伝説の弁護士?」


 チーフは頷く。おれは短く口笛を吹いた。


「こりゃまた大物ですね。あと十年経てば間違いなく歴史の教科書に載りますよ」

「あの、全然話についていけないんだけど。何ですかそのトミタ商事事件って?」

「戦後最悪と評される金融詐欺事件だよ」


 チーフが面白くもなさそうに呟いた。

 


 

 トミタ商事事件。


 二十世紀後半、バブル経済の末期に発生した悪質な相場詐欺である。


 おりしも世間では土地や株への投資が過熱し、様々な投資会社、商品が乱立していた時代である。その中のひとつ、新興の投資会社トミタ商事が、このような広告を打ち出したのだ。『今はダイヤモンドが買い時です、今買っておけば必ず値上がりして、倍以上の値段で売れます。私達にお金を預ければ、きちんとダイヤモンドを購入して運用します』、と。


 そして顧客から投資と称して巻き上げた金を、社長や数人の幹部が自分の給料として着服した。そして、ダイヤの値上がりを新聞で知った投資家達が、殖えたはずの自分の資産を引き上げようとすると、「もう少し待っていればもっと殖えますから」と言葉巧みに返金を拒むというものだった。


 最初からダイヤモンドに投資する気など更々無かったようである。当時のトミタの事務所内には”ダイヤモンドはちゃんとあります”とこれ見よがしにダイヤが積み上げられていたが、これも後の調査で全てガラス製のフェイクだったことが判明している。


 詐欺の手法としてはそう手の込んだものではない。むしろ疑ってかかればいくらでも怪しい点が浮かんでくる類のものだっただろう。そんな詐欺がまかり通ったのには理由がある。そして、それこそがこの事件が戦後最悪と評される所以だった。


 トミタ商事が狙い撃ちにした標的は、ビジネスマンでも学生でも主婦でもなく、一人、もしくは夫婦暮らしの高齢者……つまりはお年寄りと、彼らが蓄えた老後の貯蓄だったのである。トミタ商事は社員に接客マニュアルを渡し、その実行を徹底させた。その手法をいくつか上げると、このようなものだ。


 

 最初は絶対に投資の話はするな。


 会社の命令で仕方なくやらされていると言え。


 相手の部屋に仏壇があったら線香を上げて手を合わせろ。


 自分にも田舎に祖父母が居ると言え。


 「おばあちゃん、俺を息子と思ってくれ」


 「すき焼きの材料を買ってきたので一緒に食べましょう」

 



 ――こうして、息子や孫のように思われるようになった時点で、「実は俺、会社でこんな商品を売れって言われてるんだけど……」と切り出すのである。お年寄りはかわいい息子同様の若者のためならば、とお金を出すわけだ。


 赤字操業が発覚してトミタが破綻するまでの五年間で、全国の高齢者から巻き上げたその金額は、およそ一千億円とも推測されている。缶コーヒーが百円だった時代の一千億円だから、現在の物価に直せばさらに数割増える。とんでもない額だった。


 そしてそのほとんどが、トミタの社長と幹部連中の給料に消えた。後に詐欺罪で押収されたトミタ社内の裏帳簿を見て、検察関係者は愕然としたと言われている。……幹部の給料は、冗談抜きで毎月一千万円だったのである。


 詐欺罪によってトミタ商事は破綻したが、散々甘い汁を吸った幹部の多くは、検察の手が伸びる前に金を持って海外へ逃亡した。社長もその例に漏れず逃亡しようとしたようだが……うちらの業界関係者も随分裏で暗躍したらしい。結局、検察の手入れの数日後、惨殺死体として都内某所の排水溝に挟まっているところを発見された。


 刑事事件としては解決を見たトミタ商事事件だったが、金の多くは持ち逃げされ、あるいは幹部連中の冒険半分の無謀な投資で雲散霧消していた。結局の所、集めた一千億のうち検察が差し押さえたのは、ビルや家具などを押さえても二十億円程度だったため、投資者に返せる金など、どこにも存在していなかったのである。


 投資者達はここで、二重の苦しみを負う事になった。一つは当然ながら、老後のために蓄えてきた資金をごっそりと奪われた事。そしてもう一つは、『投資なぞに手を出すとは何事か』という家族や周囲からの冷遇である。


 二十一世紀になって、ようやくネット株やデイトレードと言った単語も随分身近になったが、それでもまだ日本では投資をするという事は賭博の同類と考える風潮は根強い。いわんや当時においておや。「おじいちゃんはそんな歳になってまだお金が欲しかったんですか、浅ましい」というわけだ。


 実際のお年寄りには、「孫みたいなあの人が薦めてくれるから、会社で成績を上げさせてやりたくて」という心情の者も多かったらしいが。その上、投資の基本は自己責任、という大原則がある。つまり投資が失敗しても、それはその商品を選んだ自分の責任、同情することは出来ない、と考える者も多かった。


 実際、資産と世間体両面で追い詰められて自殺したお年寄りも多かったと聞く。


 金が返ってくるあてもない、世間からも冷たい目で見られる。何より、人を信じるという気持ちを踏みにじられた……そういった人々の救済に立ち上がったのが、弁護士露木甚一郎である。

 


 

 トミタ商事の破産管財人に就任した露木は、トミタの膨大な帳簿を一つ一つ調べ上げ、その金の流れを追い続けた。トミタの無謀な投資先、買い付けた後暴落した不動産やゴルフ場。トミタが破産寸前とわかっていて不良物件を売りつけた企業もあり、そこにも彼は責任を認めさせ、一部の返金に応じさせた。


 さらにはアクロバティックな論法で、トミタ幹部が納めた所得税すら国から取り返したのである。


 数年に及ぶ死闘の末回収出来たのは、それでも実際のところ二百億円、一割程度だったが、彼が確実に一つ取り戻したものがあった。国や関係企業、そして世間にトミタの被害者達の正当性を認めさせることで救った、被害者の尊厳である。


 後に、事件に関わった裁判官は、非公式ではあるがこうコメントを残している。『露木弁護士が取り戻したのは、お金だけではない。罪のない人々を守るためにこそ法があるのだという、法治国家の信頼もだ』と。

 

 


 チーフが語り終えると、応接間の雰囲気はお通夜みたいになってしまっていた。


「……それにしてもひどい話だね」

「もう歴史上のできごとになりつつあるがな。まあ、露木弁護士のおかげで、多くの人が救われた事は間違いない。大学の法学部にも弁護士目指してる奴は結構いるけど、この人に憧れて志したって奴は多いもんなあ」

「聞いた事もなかったよ」


 真凛が口を尖らす。おれは丸めた書類でやつの頭を軽く叩いた。


「いたっ」

「だからちゃんと新聞を読んでおけと言ってるだろう」


 最近のおれの第一課題は、こやつに一般常識を叩きこむことである。


「そう言うな。真凛君がわからないのも無理もない。法曹界の英雄とは言え、引退してもう十年以上経つからな。社会人だって知らない奴の方が多いよ」

「コイツを甘やかしちゃいかんですよチーフ。本気で仕事をやらすつもりなら、まずはキチンと業界の基礎知識を固めさせておかないと」

「わかったわかった」


 チーフは苦笑した。


「それで、な。この伝説の弁護士露木甚一郎がイズモに依頼したのはこうだ。十五年前に家を出てアメリカに渡った一人息子を探してくれ、とね」

「家出息子が居たってのは初耳ですねえ。まあ、でもそれならそれで、調査員と探知能力者が掃いて捨てるほど居るイズモの独壇場でしょう。何もウチが出張る必要はない」


 おれは任務依頼を丸めたままソファーに背を預けた。


「ああ。さすがにイズモの連中も優秀でな。その息子の存在自体はすぐに見つけ出したんだよ。アメリカの大学を卒業し、数年前に日本に戻ってきている」

「はあ。じゃあ依頼は無事解決ってワケですか?」

「いいや。問題は、見つけたその後に発生したんだ。そしてソレが、イズモがウチに依頼を投げてきた原因でもある」


 そう言うとチーフは、任務依頼書を数項めくった。


「これが、露木弁護士の息子……露木恭一郎の現在の姿だ」


 そこに添付されていた写真を見て、おれと、真凛までが声を上げていた。


「これ、水池(みずち)恭介(きょうすけ)じゃないですか!」

「……あの”ドラゴン水池”だよ、ね?」


 いささか自信なさげに真凛が問う。おれは頷いた。


「なんだか今日は随分大物に縁がありますねぇ」


 おれはここ一年ほど散々テレビを賑わせている男の写真をつまみあげた。

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