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◆01:『蛇』、来たる

 成田空港の到着ロビーを抜けて外に出ると、冷涼な空気が『(ニョカ)』の肌を刺した。その感覚に、微かに眉をひそめる。湿度も随分低いようだ。空港の売店で買い求めたミネラルウォーターの栓を開け、微量を口に含む。

 

 

 少しだけ期待していた。ニューヨークを離れる仕事は久しぶりだったのだ。拠点としている無機質で寒々しいコンクリートの森は、ビジネスには実に都合が良いが、『蛇』の生まれ育った地に比べれば余りに寒く、乾いている。


 今年の東京は大層暑く、蒸していると聞いていた。『蛇』がこの仕事を引き受けた一因に、久しぶりに寒くて無機質な住処から這い出したいと思う気持ちがあったことは否めない。だが。


 

 手配してあったレンタカーに乗り込んだ『蛇』は、そのまま新空港自動車道に進み、成田ICから隣接する東関東自動車道に乗った。東京へと向かって延びるアスファルトの両脇には、なだらかな日本の山々が広がっている。そのいくつかには既に、ぽつぽつと赤や黄の点が混じり始めていた。



 十月の日本は、長かった夏を卒業しようやく秋に入り、九月までの熱気が嘘のように涼しい日々が続いていた。『蛇』の愛する季節は、既に過ぎ去った後のようだった。


 

 仕方があるまい。


 

 『蛇』は首を一つ振り、ささやかな楽しみを諦めた。そうであれば、やるべき事は決まっている。


「『銀杏(ギンゴ)』、『(メイプル)』、『(ゼルコバ)』、『七竈(チェッカーツリー)』……」


 唄うようにリズムに乗せて、唇の間から言葉を押し出す。今、『蛇』は自分自身でレンタカーのハンドルを操っている。当然ながら、他に車内には誰もいなかった。


 

 だから。


 今呟いた名前が、『蛇』の駆るこのレンタカーの遥か先、高速道路の向こうに広がる山の、点にしか見えないはずの僅かに紅葉を始めた樹木を差したものだと気づいた者など、いるわけがなかった。

 


 東京か。


 『蛇』は運転席のカップホルダーに置いたミネラルウォーターのボトルに、掌を添えた。ボトルの中に収まった水が、(うごめ)いた。それは決して、運転の揺れによるものではない。だが、やはりそれを目にした者は、誰も居なかった。


 

 だから。


 その車が東京方面に向けて姿を消したそのしばらく後、成田空港周辺の山奥に点在する、銀杏の木と楓の木と七竈(ナナカマド)の木がそれぞれ一本づつねじ折られた事など、当然誰にも気づかれるはずもなかった。

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