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◆09:作戦会議(その2)

「見張りをしていましたが、日中にあの倉庫に搬入、搬出している気配はありませんでした」


 おれがグラスを持って帰ってくると、来音さんは店員さんに何やら注文をしていたようだ。……もう何を飲んでいても気にしないぞ。


「せめてどこの会社のトラックかでもわかればまだ取っ掛かりがあったんですがね。ナガツマの主要取引先のデータから何かわかりませんかね?」


 来音さんは首を横に振った。


「陽司さんが確認された通り、ナガツマの取引先は、長年のお得意であるお菓子や玩具メーカーが殆どです。例の東倉庫の物流は、完全に本業とは切り離されているようです」

「やっぱり夜間に搬出入していると考えるべきかな」

「偽物の製造場所を確かめることも重要ですが、製造方法も確認しないといけませんね。あの品質の偽物を作れる技術があるとしたら凄いことですよお」


 確かにそうだ。本社専属の鑑定士が見破れない偽物、となれば、それはもはや本物と同義である。ソフトウェアの違法コピーと異なり、製品そのものの完全コピーというものは通常ありえないのだ。


 ついでに言えば、例えば同じ会社が作った同じ電化製品でも、作った時期によって使っているパーツが微妙に異なっていたりする。


 これはクレームに対する改善や、コストダウンによる形状変更などの影響である。完全なコピーを作るとすれば、同じ材料を買いつけ、同じ機械で加工、縫製しなければならないわけだが、そんな事はまず不可能だし、そうすれば当然、偽物と言えども高価なものになってしまう。と、


「お待たせしましたー、焼きおにぎりとたこ焼き、たらこスパゲティとカキフライとたぬきうどんとギョーザと枝豆とピザでーす」


 店員のお兄ちゃんが、両手のトレイに山と積んだ料理を置いていった。


「……って、なんですかこの冷凍食品の群れは」

「お夕食です~。陽司さんもコンビニのパンを食べたきりなんでしょう?大丈夫です、ここは私が払いますし」

 いや、そのとってもありがたいんですが。おれですら一歩引くくらい露骨な居酒屋メニューなんですが。


「どんどん食べてくださいねー」

「やはり製造工場を押さえないことには判断のしようがない、か。おれは一晩張り込んでみますよ」


 とりあえず枝豆をつつきつつ仕事の話をしてみる。


「学校の方はよろしいんですか?」

「うちの学部は九月末に秋期が開始するもんで。まだ数日、猶予があるんですよ」

「今年は大変な夏休みでしたねえ」


 おれは乾いた笑いを返した。


「ここ数年はいつも大変ですよ。大変具合で言えば、去年の方が大変でしたかね」

「そうでした、陽司さんがうちに来たのが一年前の四月でしたものねえ」


 時間が流れるのは早いですねー、と、不老不死、ついでにカロリーを吸収しない体質の美人吸血鬼はのたまった。


「入学とほとんど同時でしたしね。それからすぐに直樹が入って。仕事が本格化したのが一年前の夏休みからでしたよ」

「あの頃の陽司さんは大変でしたよねえ」


 痛いところをついてくるなあ。


「そんなに大変そうでしたかねえ。確かにイッパイイッパイだった事は認めますけど」

「ハイそれはもう。四六時中ピリピリしてて、『話しかけづらいオーラ』を事務所中に振りまいてましたしー」


 正直な人である。


「……色々と信じられなかったんですよ。周囲も、自分も。焦ってもいましたしね」


 思い返せば、大学に入学した頃は随分と無様だった気がする。自分の能力に振り回され、背負ったペナルティにあえぎ、果たさなければいけない使命の大きさに絶望しながら無駄に手足を振り回し、周囲を傷つけていた――要は、ガキだったのである。と、おれは嫌な事を思いだして顔をしかめた。


「どうされました?」

「いや。『毒竜』の野郎とやり合ったのも去年の夏休みだったなあ、と思い出しまして」

「あー。あの仕事はよく覚えてますよ」

「おれとしては思い出したくもない汚点って感じですが」




”納得出来ません。依頼人の救出には、おれでは力不足ということですか?”


”亘理、お前今回の仕事の内容忘れたか?”


 当時おれの面倒を見て貰っていたのは、仁サンだったっけか。


”忘れるわけもありません。日本の米を絶滅しうる害虫の蛹を、孵化前に回収することです”


 仁サンは、おれを冷たい目で見据えて言ったものだ。


”そうだ。そして、仕事を完遂するにあたり、無理に海鋼馬の連中と事をかまえる事はない。依頼人本人が、自分の命より回収を最優先しろと言っているんだ”


”しかし、人として見過ごす事など出来ません!”


”んじゃあ仕方ないな。そんな勝手な奴に背中を任すわけにはいかん。外れろ、亘理”


”わかりました。おれはおれで勝手にやります”


 おれはそのまま事務所を飛び出し――




「でも、あれからですよ、陽司さんの『話しかけづらいオーラ』が収まっていったのは」


 つくづく、痛いところをついてくるなあ。


「あん時初めて、自分のガキっぷりをハッキリ気づかされたようなもんですし」

「じゃあ、今はどうなんですか?」


 おれはなんとなく指を打ち鳴らした。喫煙の習慣でもあれば、ここで一服して間を置きたいところなのであるが、生憎おれはニコチンではなくカフェイン依存症である。


「……まあ。まだまだガキなのは変わらずですが。出来る事から一つずつ、確実に進めていく事にしましたよ。鯨を食べ尽くそうと思ったら、少しずつ切り取って食べていくしかないんですから」


「そういうのを大人になったって言うんですよー」

「おだてても何にも出ませんよ?」

「次は陽司さんが真凛さんを大人にしてあげる番ですねー」

「ぶホッ!」


 何食わぬ顔をしてイキナリ何を言い出しやがりますかこのレディーさんは。って、オレンジジュースが気管に入った、ヤバイヤバイヘルプ。


「あの子がうちに来たのも、今年の五月ですし。あ。もしかして誤解しました?」

「してませんよ!」

「じゃあそういう事にしますー。あの子もやっぱり、一年前の陽司さんみたいにオーラを出してましたしねえ」

「『話しかけづらいオーラ』ですか?」

「んー。強いて言えば『教えてほしいオーラ』、かなあ」

「……あいつから何か聞いてるんすか」


 おれはまだ、真凛を外して仁サンか直樹を要請する連絡をしていなかった。その問いに来音さんはナイショです、とコメントするだけに留めた。


「――まだ、あの子を信用できないんですか?」

「信用してますよ。実際腕は立つし。だからこの四ヵ月やって来れた」

「能力はそうですね。じゃあ、仲間としてはどうでしょう?」

「…………」


 言葉に詰まったときはグラスに口をつける振りをして顔を隠す。自覚しつつも直らない、おれの悪癖だ。


「……陽司さんは頭の良い方ですから」

「だからおだてても、」

「そういう意味じゃないですよー。頭が良いから、基本的に全て自分で場の流れをコントロールしようとするんです。その場に揃った敵も、味方も、自分自身もカードの一枚と見なして、最適な解法を計算して弾き出すんです。自身すら過信せずに」


 反論しようとして、口をつぐんだ。正直、思いあたる節が、ないでもない。


「毎回メンバーが入れ替わるこういう仕事でしたら、それで大概は上手くいくでしょうけど。あと、うちの直樹みたいに、陽司さんと対等に張り合える子なら気にもしないでしょうし。でも、毎回指示を受ける人間には、いつもあなたに一枚のカードとして扱われる境遇に不満を感じる人もいるかも知れません」

「あいつが、不満を感じていると?」


 来音さんは柔らかくおれの言葉を受け止めた。


「今の陽司さんは、真凛さんの分まで色々と背負い込もうとしてはいないでしょうか。たまには、陽司さんが真凛さんに助けてもらうことがあってもいいんじゃないでしょうか?」


 おれが、真凛に助けて貰う、ねえ?


「あの子はいい子です。だんだんこの仕事にも慣れてきて、自分に何が出来るか、出来ないかもわかってきたんですよ」

「確かに、暴力だけなら超一級品ですが」

 

 冗談めかしたが、来音さんはむしろ真摯な表情だった。


「陽司さんは冗談でそう言ってても、あの子は冗談以上に受け取っているんです。それで悩んでいるんですよ。『自分には戦うことしか出来ない。今まではそれだけで良かったけど、それだけではいけないような気がする。でも何をしていいかわからない』。そういう事です。さらに言ってしまえば、あの子はもっと貴方の役に立ちたいんですよ」


 来音さんの言葉に、おれは返事のしようもなかった。氷だけになったグラスに突っ込んだストローが、ずずずずと間抜けな音を立てた。


 ――喧嘩にならないから居ても意味が無いってこと!?――


 ――だいたい陽司はいつも自分だけで――


 氷をじゃらじゃらと鳴らす。グラスに両手を置き、テーブルに突っ伏した。


「でもねえ。あいつはまだ十六歳なんですよ」


 カッコ悪ぃ。これじゃ飲み屋で管巻いてるサラリーマンだ。


「この業界、いかに仁義があるっつっても、一歩氷を踏み割れば、下に広がってるのは私欲と悪意のヘドロです。底に行けば行くほど、殺人、脅迫、誘拐。知りすぎたエージェントの抹消、同胞の密告、裏切り。なんでもあるじゃないですか」


 格好いい仕事やお気楽な仕事ばかりでもない。この一年間と半で、時々そういった裏事情が透けて見える事があった。


「今回の密入国の件だってそうですよ。ナマで見るには刺激が強すぎる。あんなのはニュースで見て義憤に燃えてるくらいで丁度いいんです」

「だから真凛さんを仕事から外したと?」

「あの場で彼等を助け出したとして、その後どうするか。不法入国者として警察に突き出すか。一度助けた以上は最後まで生活の面倒を見てやるのか。子供どころか。大人だって簡単に判断を下せるもんじゃありませんよ」


 くそ、何かぺらぺら下らんこと喋ってるなおれ。このドリンクバー、アルコールでも混ぜてあるんじゃなかろうな。


「あいつのいいところはね。この御時世には珍しいくらい偏見がない事です。世間的には色眼鏡で見られがちな、例えばホームレス、オタク、不良学生、外国人。あるいは有名人、お金持ち、権威ある学者――どちらにも気負うことなくごく普通に接する事が出来る。おれみたいな、二重三重に深読みして対策を立てながらでなければ人と話せないような人間には、到底真似が出来ない。だから。あいつにはまだ、あんまり人間の一番汚い部分を見せたくないんですよ」


「でも、陽司さんが十六歳の時は」

「あー。この業界でもさすがにおれは例外でしょう。中学生日記の時間にノンフィクション戦争映画をやってたよーなもんですからして。って、なに笑ってるんですか来音さん」

「いえいえ。陽司さんは本当に真凛さんを大事にしてるんだなー、と」

「……スタッフのアシスタントに対する義務感って奴ですよ。義理堅いんですよ?おれは」


 来音さんはそこで笑いを収め、おれの肩に手を置いた。


「でもね、思い過ごしかも知れませんよ?」

「と、言いますと?」

「あなたが思っているよりずっと、真凛さんは芯が強いんじゃないかって事です。どうです?一度、彼女の能力ではなく。彼女自身を信じてみたら」

「信じる、ねえ……」


「それでは私はまた事務所に戻ります。一日がかりですけど、どうか頑張って下さい」


 席を立つ来音さん。おれはそれに頭を下げて応える。と、その去り際。


「ところで、おれが真凛を外した事、いつ知ったんですかね?」


 おれの質問に、来音さんはぺろっと舌を出して、


「そうでした。陽司さんと話すときは展開が早すぎるのが難点でしたね」


 そう応え、彼女がここに来るまで打ってくれた手を明かしてくれた。


 って。あれだけあった冷凍食品の群れは、どこへ消えたのだろう……?

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