◆04:スニーキング・ミッション(やっつけ)
明けて翌日、東京都豊島区池袋。
日曜日の午前中、ごったがえすサンシャイン60通りを抜けてしばらく進み、道なりにサンシャインシティへ。イベント会場としても有名なワールドインポートマートと豊島郵便局の間を抜ける。
「ここはその昔、直樹の野郎につれて来られた事があってなあ。昼飯の借りの代わりに何か色々本を買出しさせられた事があるんだ」
「そうなんだ」
「他にも建築事務所にバイトの振りをして潜入したりな。色々と馴染み深いところだよ」
「ふうん」
……あーやりにくいなくそっ。せっかくこちらが話を振ってやってるってのに。
来音さんにもらった情報によれば、出展者は全て同一の企業なのだそうだ。オークションと言っても出展者が個人とは限らない。むしろ中小規模の法人が、あらたなマーケットとして積極的にオークションを活用していることもあり、これは驚く事には当たらない。そこら辺を踏まえて、まずはその企業の事務所があるというここ池袋に、真凛とともにやってきたのであるが。
昨日あんな感じで決裂した次の日である。これが高校や大学なら、休むとか顔を合わせないようにするとかのしようもある。しかし例え犬猿の仲になっても仕事であれば同道し、会話もしなければならないところが社会人(見習い)の辛いところだ。
おれなんかはそこら辺には慣れきっており、一日経てばもう過去の事、というように割り切っているつもりなのだが。それなりに会話を投げていると言うのに、奴は先ほどからずっとこんな調子で、おれの後ろをついて来ながら生返事である。
これではこちらのテンションも続かない。油の切れた機械のような雰囲気のまま、おれ達は大塚方面へと歩を進め、目標のビルに辿り着いていた。
「株式会社ミサギ・トレーディング。……貿易会社ねえ」
おれは目の前の雑居ビルを見上げて呟いた。大通りから一本外れた、ちょっとうらぶれた雰囲気の路地である。天気の良い日曜の午前中にあまりお邪魔したい場所ではない。手入れのされていない、昭和五十年代に建てられたと思しき古ぼけたビルディングは、正直申し上げまして、まっとうな会社が入っているとは思えマセン。
ここの三階がミサギ・トレーディングなのだそうだ。ビル玄関の壁に取り付けられた看板を見ると、他の階には消費者金融やヤクザ屋さんの事務所が入っている模様。
おれはざっくりとビルの面積にあたりをつける。一フロアあたり十畳一部屋のオフィス。エレベーター無し、トイレや炊事場は共同。事務員が三人もいたら狭くてしょうがない、というところだ。ネットオークションに出品しているのであれば、当然、現物のバッグがどこかに保管されていなければならない。しかし、このフロアにそれだけの在庫を積んでおくのは到底不可能だ。
「となると、ここではオークションの注文管理と発送指示だけしてる、という事だろうな」
現物はどこに保管されているやら。貸し倉庫か、どこかの工場か。とにかくここを取っ掛かりに、芋づる式に辿って行きたいところだ。
「……何かいい手はないかな?」
口に出してしまってから、ここには真凛しかいない事に気づいた。直樹や仁サンなら多少は意見を返してくれるだろうが、こいつではなあ。ましてやさっきからロクに口をきいてないときたもんだ。
ところが、
「メール便の人の振りをするってどうかな」
そんな答えが返ってきた。
「ボクの学校の友達が、都内でメール便のアルバイトをしてるんだ。私服だけど結構いろんなところに入っていけるって言ってたよ」
そりゃまた勤労な高校生だ。ってか、たしかコイツ女子高だったはずだが。
「ふーむ……」
おれは二、三度首を捻ると、一つ頷いた。
「そりゃあ、使えるな」
「そ、そうかな?」
だからなんでそこで妙に自信なさげなツラをするかなあ。
「おう。結構いいアイデアだと思うぜ。さっそくやろう」
「うん!」
さっきまでの不機嫌ヅラはどこへやら。なんかやたら上機嫌なんですがこのお子様。
「じゃあ、早くやろう!」
ノリノリなんですが。まったく、若いものの考える事はよくわからん。……まあいいや。とにかく仕事がやりやすくなったのは歓迎すべき事である。
「となれば、それなりの準備が必要だな」
おれは先ほどこの路地へ入ってきた大通りに視線を向けた。お誂え向けに、コンビニと百円ショップが確かあったはずだ。
「ちわーす、メール便のOMSでぇーっす!」
色とりどりのA4の封筒を大量に抱え、ウェストポーチを身につけ白い帽子を目深に被った好青年、つまりはおれは、勢いよくミサギ・トレーディングのオフィスの扉を潜った。
「鈴木様、鈴木則之様にお届け者です!」
宅配便の兄ちゃんがやるように、腹に力を入れて声を出す。変装のコツは『似せる事でなく、なりきること』である、と昔業界の先輩に教わった事がある。向こうが多少変だと思っても、こちらが堂々としていればバレにくいのだ、と。
ウェストポーチと帽子、伝票とバインダー、ついでに着替えたストライプのシャツも、すべて百円ショップで調達したものである。もひとつ付け加えると、OMSと言うのは先日仕事をしたとあるエージェントの所属会社である。社名の無断借用ゴメンナサイ、と心の奥でこっそり謝る。
ほとんど予想を裏切らない造りのオフィスだった。採光の事をあまり考えていない窓にはブラインドが引き下ろされ、パソコンやプリンターは煙草のヤニで黄ばんでいた。型の古い事務机で構成された島で、パートと思しきおばさんが二人と、五十代くらいの額の後退したおじさんが仕事をしている。ちなみに観葉植物の類はない。
「あらー、郵便のひと?」
席を立っていぶかしげにおばちゃんの一人が駆け寄ってくる。
「いえ、メール便です!」
つとめて明るく返事をしつつ、辺りに目を配る。ぱっと見た限り、おばちゃん二人とおじさんの間に会話を頻繁に交わしている様子はない。そしてイヤでも感じる、一様にやる気の無い仕事っぷり(タイピングのリズムだけでもやる気のある無しは結構看て取れるのである。ついでに言えば、トイレの掃除がされていないオフィスは大概、経営か社内の人間関係が上手く行っていない)。
幸か不幸か、十九のみそらで無数のオフィスを見てきたおれには一発でわかった。ここはただのダミーだ。おそらくは注文を受けて、顧客に金の振込みを指示し、製品の発送を依頼するためだけに作られた会社だろう。
ネットオークションで品物を捌いているのであれば、そもそもオフィスすらいらない。PCが一台あればすむ。では、わざわざオフィスを作っている理由は、と……。おれは持っている封筒を大事そうに差し出す。
「鈴木様、鈴木取締役への緊急の書面をお預かりしているのです。公的な証明書だとのことで」
しれっと口から出る嘘八百。この手のハッタリなら、大脳を使わずとも五分くらいしゃべっていられる自信がある。もちろんこの封筒、そこのコンビニで買って来たものに切手を貼って適当に宛名や住所を偽造したものである。
「すずき?うちに鈴木なんて人はいないけど」
訝しげなおばちゃん。
「そんなはずは。確かに鈴木取締役宛なのですが」
くらえ必殺、所長直伝営業スマイル。
「いないものはいないわよお」
おばちゃんにはそれなりに効果があった模様。
「おかしいですねえ。すみません、御社の社長は何と言うお名前ですか?」
「うちの社長?実佐木康夫っていうの。ほら、ミサギ・トレーデングだから。ほとんどここには顔出さないけどねー」
うん、それは知ってる。
「社長さんが顔を出さないんですか?」
「そうなのよー。ここの会社ったら、私達に仕事をやらせるだけで、偉い人が二人、ときたま顔を出すだけなのよ」
「へええ。偉い二人というのは、その実佐木社長と、鈴木取締役ですか?」
「そんな名前じゃないわよ。特別顧問の……えーと、なんだっけ。小島さーん」
小島さん、というのはもう一人のおばちゃんのようだ。ここでおじさんが呼ばれないあたり、おばちゃんズとおじさんの日ごろの仲が良くないことが看て取れる……っておれ、こんなことばっかり熟達してどうするんだろう。
「えーと。はい。そうそう。たしか糸川。特別顧問の糸川克利だったわ」
「糸川、克利ですね……。おっかしいなあ。こちら、フタバ商事さんからのお手紙だから間違いないと思うんですが……」
「フタバ商事?うち、そんな立派なとこと取引ないわよお」
入れ食い状態である。
「もしかしたらこちらで間違えたかも。御社とお取引があるのはどちらでしょう?」
「うちに来る手紙っていったら普通のお客さんと、仕入先のナガツマ倉庫だけだし」
「田中さん、いつまでしゃべってるのー」
「あら小島さんごめんなさいね」
……ここらが潮時だな。
「ああっ!!」
「な、何よいきなり」
「こちら、もしかして『みどりローン』様のオフィスではないんですか?」
おばちゃんが、ああ、と納得の表情を浮かべる。
「『みどりローン』なら四階。この一つ上よ。ここはミサギ・トレーディングって言ったでしょ」
「し、失礼しました。焦って一フロア間違えてしまったみたいです」
「あらー。せっかちさんねえ」
「すいません、勘弁してください」
おれは誠心誠意アタマを下げる。
「んふふふ、赤くなっちゃってカワイイ。あなた新人さん?今度ここらへんに来た時は遊びにいらっしゃい。お茶とお菓子出してア・ゲ・ル」
はっはっは、それは本当にカンベンだ。おれは適当に言葉を濁すと、さも恥ずかしそうにミサギ・トレーディングを出た。
「あ、来音さんですか?あ、所長は留守ですか。いえいえいえ。ぜーんぜんOKです、っていうかむしろそっちの方がいいです」
おれは手短に状況を説明する。
「……というわけで。ええ。その実佐木社長と言うのは実権の無いダミー社長。それを定期的に監視しにくるのが、特別顧問の糸川克利じゃないかと思うんですよ、ええ、はい。糸川の名前で情報を探してみて欲しいんです。ヤクザ関係者かも知れませんので、警察情報から重点的にお願いします。
それから……ええ。はい。主要の仕入先であるナガツマ倉庫の資本関係も洗ってください。あ。そうですね。倉庫の住所をまずメールで送ってください。おれ達は昼食を食べて、そのまま倉庫の方に行ってみます」
事務的な連絡を一通り終えると、おれは違法改造携帯『アル話ルド君』を閉じた。先ほど変装道具を調達した百円ショップの隣にあるコーヒーショップ、ドトールに入る。
「こっちこっち」
アイスコーヒーの巨大なグラスを抱え込んだ真凛が手を振っている。
「どうだった?」
「大当たりだったな。とりあえず次に行くべき所が見えたよ。飯を食ってる間に来音さんに調べものをして貰ってる」
おれはザックを受け取ると、変装道具を仕舞い込んだ。
「じゃあさあ。ここでゴハン食べてっちゃおうよ。なんか安心したらお腹すいちゃった」
「ああ。ごく個人的な意見としては、コーヒーだけ飲むならスタバだが、パンも食べるならドトールだしな。……って、なんだ安心て」
「え!?いや。何でもない何でもない。えーと、この『べーこんすぱいしーどっぐ』っておいしいのかな?」
「そりゃ美味いが。今食べるにはちょっと重いかもな。おれはベーシックにイタリアンサンドの生ハムにしよう」
「じゃあボクもそれにする!」
さっきからやたらと元気な真凛であった。とても朝と同一人物とは思えん。不機嫌だった理由はよくわかるのだが。上機嫌になった理由がわからん。……変な奴。なんか悪いモンでも食ったんじゃなきゃいいが。
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