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◆04:21世紀の空中庭園

 で、それから二時間後、こうしておれ達は事務所のバンに乗って丸の内をばっさり横断し、ようやくここ臨海副都心までやってきたというわけだ。既に日は傾き始めている。


「デッドラインは今日の深夜三時。それまでに金型を取り返し、埼玉県の川口にある金型メーカーに返し、試作の製作に取り掛からなきゃいけない」


 金型を盗まれたそのメーカーは、自らの失態を償うためにも、と今日は徹夜で起きていてくれているのだそうだ。戦っているのはおれ達だけではない、ということ。


「川口まで首都高をかっ飛ばすにしても、逆算すればそんなに猶予は無いな」


 携帯端末に表示させていた地図をクローズする。


「アーズの興廃この一戦にあり、か。期待を裏切るわけにはいかないよね」


 組んだ掌を天に向け、真凛が大きく伸びをする。


「気ィつけろよ。さすが外資、やることに遠慮が無いみたいだからな」


 ここから先は、韮山氏には報告する必要はなかった個所である。うちの事前調査によれば、ザラス社はつい数日前から、資本を提携している外資系某大手警備会社から人員を招聘しているらしい。その数は不明。


「結局、”獲れるもんなら獲ってみやがれ”ってことなんでしょ?」

「だろうな。覇王ザラスが、目の上のたんこぶであるアーズに仕掛けた公然の妨害ってやつさ」

「そううまくいくのかな?」

「行くだろうさ。言っただろ、証拠は見つからないんだ。仮に調べて見つかったとしても、その時にはフェスは終わってる。アーズの信頼は回復のしようがない」

「この時点で王手詰み、ってこと?」

「ああ」


 おれはバッグをかつぎ、今回の現場であるザラス本社ビルへと足を進める。


「おれ達さえ出てこなけりゃ、な」


 

 エントランスをくぐると、過剰な照明と、広大な室内に反響する無数の電子音声がおれ達を出迎えた。ザラスビルは地上十階までが一般にも公開されている。そこにはデパートを初めとするショッピング施設やレストラン街が納まっており、その気になれば丸一日かかっても周りきれるものじゃあないだろう。


 そして特筆すべきはおれ達が今いるこの一階から三階までのフロア。ここは三層ぶち抜きになっており、それ自体が、ザラスの運営する巨大なアミューズメントパークとなっているのだ。流石に娯楽の最大手、どこを向いてもザラス製のゲームで埋め尽くされていた。ビデオゲームやUFOキャッチャー、ドライビングゲームや射撃ゲームと、もはや遊具の博覧会をである。中央には通常のゲームセンターには設置できないような超大型のバーチャルリアリティー系の筐体も置かれており、ここでしかプレイできないゲームというのも多々あるのだそうだ。


「株主総会なんかやる時には、お連れのお子様方のハートを鷲掴み、ってわけだね」


 とりあえず真凛と別れ三十分後に集合としたので、おれは会場の隅にある、レトロなビデオゲームを集めたコーナーに向かう。見つけた麻雀ゲームにワンコインを投入し……高田馬場なら五十円一ゲームなのだが……プレイに興じる事とした。雀ゲーの感覚が大分鈍ったなあ、とぼやきながら――何気なく視線を周囲に巡らせていく。


 真凛は真凛で、UFOキャッチャーに御執心のようだった。ふ、愚物(グブツ)め、己の不器用さを棚に上げて無謀な戦いに挑みおったワ。大人しくパンチングマシーンにでも挑戦していればいいものを。と、


『ツモ』


 サンプリングされた女性のヴォイスと共にダブルリーチ・一発・ツモ・タンヤオ・平和・イーペーコー・三色同順・ドラ5を喰らって、おれのワンコインはあっさりと撃沈した。


「くっ、サマ全開仕様かよ!」


 おれはスタンドで飲み物を買うと、今度は対戦格闘ゲームの台にコインを投入した。どうもこういう時古めのゲームからプレイしてしまう自分が情けない。


「コンボの腕は健在、と。にしてもま、コワモテの警備員が多いですこと」


 店員の格好をしてるくせに、『監視』と『巡回』に徹しすぎてるのが五名。客の振りしてうろついている割には周囲に眼を配りすぎてるのが四名。プロの仕事にしちゃあお粗末だ。……いや、というより、やはりこれは侵入を企てようとする不埒者への牽制と見るべきだろう。このパターンで行くと、彼らを指揮する系統中枢は、管理モニターが集められた警備員室というのがお約束である。……もしくは、責任者がもう少し現場主義だった場合は。おれはCPUが操るミイラ男を沈めたあと、息抜きとばかりに首を上に向け肩をまわす。


 ――いた。


 吹き抜けになっている三階の一番上、フロア全体を見下ろせる位置に、そいつは突っ立っていた。まったく不釣り合いなゲームセンター店員の服を着込んだ、アングロサクソン系の大男。体格は百九十センチってえところでしょうか。サングラスなんかかけちゃってまあ、胡散臭いことこの上ない。おいおい、目線がこっちとかち合ってるよ。おれは何気なく肩をぐるぐると回すと、再びモニターに視線を落とした。


 やれやれ、提携会社から警備員を招聘したってのは確定らしい。おれはミイラ男の次の相手、狼男を見やりつつ善後策を考えようとした。と、


『グゥ・レイトォー!』


 一際大音量の電子音声が隣のフロアから響いた。思わず視線をそらした瞬間に、おれの操る魔界貴族は狼男に大ジャンプからのコンボの挙句超必殺技を叩き込まれて沈黙した。舌打ちを一つ。おれの視線の先には……パンチングマシーンの前で拳をかざす真凛。あのおバカ。仕方なく席を立つ。


『今週の記録更新者ダ!!アメイジングなユー!名前を入力してくれたマエー!』


 マシンの筐体に設置されたディスプレイから、3Dで描かれたダニエルさんとかそんな名前がついていそうな雰囲気なマッチョな兄ちゃんが『AMAZING!』という吹き出しと共にこっちを指差している。


「うお、すげー」

『名前を入力してくれたマエー!!』

「え、なになに、新記録?」

『名前を入力してくれたマエー!!』

「もしかして、あのちっちゃい子が?」

『名前を入力してくれたマエー!!』


 どうやらマッチョなダニエルさん(仮)は名前を入力するまで逃がしてくれないらしい。どよどよと集まってくるギャラリーにうろたえまくっていた真凛はおれの顔を見つけるとぶんぶんと手招きした。


「どどど、どうしよう陽司」

「キミは潜入任務で目立ってどうするのかね」


 おれは頭を抱えた。おおかたUFOキャッチャーで何度トライしても景品が取れなくて苛立ったあげく、ろくに操作方法も知らないくせに手近のパンチングマシーンを八つ当たり気味にどついた結果こうなったんだろう。


「なんでわかるの?」

「……まだまだ正調査員への昇格は程遠いですのウ、七瀬クン」


 言いつつ、手早く名前を入力してこのダニエルさん(仮)を黙らせた。真凛の手を取ってとっとと連れ出す。どうもこの機械故障してるみたいっすねえ、などと白々しくおれが呟いたせいもあってか、野次馬たちもそれほど足を止めることなく散っていってくれた。スタンドに戻ってきたおれは真凛にコインを放り、手持ちのコーラを飲み干す。


「――さて。わかったことは?」

「明らかに普通の人とは違う気配の人が十二人。殺気とまではいかない。警戒ってとこ」

「ふむ」


 こと気配の見立てに関してはおれよりこやつの方がよほど正確だ。通常の警備員と合わせると、なかなか気合の入った警戒態勢と言わざるを得ない。


「さすがに真正面からカミカゼ、ってのは避けたいところだよな」

「ボクはそれでもOKだけど?」

「死人が出るから却下」


 言いつつ、おれはワンショルダーバッグを背負いなおした。オーダーシートに拠れば問題のブツは地下二階の専用金庫。この一般公開されているフロアから侵入するのは並大抵の技ではない。よくしたもので、いったん泥棒さんの視点に立ってみれば、あちこちに設置されている『館内見取り図』なんてものが、如何に限定された情報しか掲載されていないかよーくわかる。


「しかしま、イヤな造りだよな」


 脳裏に刻み込んだもう一つの見取り図……これもうちの伝手で手に入ったちょっとグレーなシロモノだ……と建物の施設を照合させていくと、イヤでもこのビルを注文した人間の思想が浮かび上がってくる。


「ひひゃにゃつふり?」

「フロートくらい食べ終わってからしゃべれ」


 おれの言葉に『了解』のサインを送ると、ストローを忙しく動かし、大きく喉を鳴らして緑色の氷を嚥下した。と、しばし額に手を当てて沈黙する。前々から思っていたんだが、こいつ相当おめでたいんじゃないだろうか。


「……嫌な造り?」

「このビルな、地下施設と、上層にあるザラスの中枢フロアが直接エレベータと非常階段で結ばれてるんだ。配電や上下水施設しかり。このアミューズメントフロアや、上のショッピングフロアとは完全に独立している。そして中枢と地下フロアのセキュリティレベルが、周囲とは明らかに異なっているんだ」


 見かけは一つの巨大ビルだが、実状はねじれた二つのビルが絡み合っているような形状なのである。特に地上階のフロアは、地下施設と中枢エリアをつなぐエレベータを、まるで背骨を取り囲む肉のように覆っており、そこに通常のお客様向け階段やらエスカレーターが設置されている。つまりは、


「肉を切らせて骨を断つ。何かあっても地下施設と中枢区画は無事、ってこと?」

「そーいうこと。仮に、だ。このビルに突如どっかのテロリストが潜入してきて立てこもったとして……ここやショッピングセンターにいるお客が恐怖のどん底に陥れられてるのを尻目に、上階のザラスのお偉いさんは悠々と地下の駐車場あたりから脱出出来るってコト」

「最低だね、それって」

「まー、彼らは軍人でもないワケだし。そこまで責めるのは酷ってもんかも知れんが」


 気に入らないね、と真凛の声とハモり苦笑する。と、


「今週のパンチングマシーンの記録更新、おめでとうございます」


 カウンターの向こうから声がかけられた。

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