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◆14:ゴールへと

 カーナビが爆発的に普及し始めた二十一世紀の始め。各電機メーカーの技術者達の間では、夢の『喋る車』を実現すべく、様々なプロジェクトが立ち上げられた。車に好きなキャラクターの声で喋らせてみたり、状況に応じて気の利いた台詞を言わせてみたり。


 だが結局のところ、それらはおまけ機能的なものの領域を出ることは無かった。少なくとも、そういう事になっている。


 しかし。業界にはひとつ、噂があったのである。とある大手の車用電装品メーカーの技術者が、ある科学者と共同でプロジェクトを立ち上げ、心血を注いで試作を完成させた、二つの『知性をもったカーナビ』がある、と。


 当の技術者が直後に過労死したため(労災は下りなかった)、真相は闇に葬られた。というより、この噂自体、報われなかった技術者への判官びいきから生まれたのだろうと思われていたのだが。


「まさかそのうちの一台がこんな車に搭載されていたとはね」

『今回はたまたまです。個人的にはトランザムのフロントパネルが一番居心地がいい』

「……おれをどうするつもりだい?」

『このまま東京神田の『古時計』に向かってもらいます。私の自動運転は完璧ですが、無人では都内は走れませんから』


 おれは態の良い人形役か。


「はん、だがまさしくこれなら獅子身中の虫。拳一発でアンタをぶっこわすことだって――ぐくっ!?」


 尻のあたりに何かがはじけ、おれはシートの上で飛び上がった。


『私には盗難防止システムが備え付けられておりまして』


 にしちゃぁ過激だね。シートにスタンガン装備ってのは。ふと、おれは思いついた。


「そういえば。トレーラーを遠隔操作していたのもあんただったってわけだな」

『ええ。自身を含めて四台程度までなら通常走行を並行して維持出来ます』


 と、そこで『アル話ルド君』が着信音を鳴らす。先ほどバイク上で使っていたため、自動的に通話状態になる。


『亘理さん、どうされました!?』


 玲沙さんだ。


『亘理君、玲沙君とは離れてしまったのかね?』

『こちら真凛。『貫影』はどうにか倒せたけど、そっちは?』


 おれに繋がったのを知って、三者が三様にまくしたてる。


「おい……喋ってもいいのかい」

『どうぞ』


 先方が寛大に許可してくれたので、おれはカーナビ越しに手短に状況を説明した。想像もしなかった四人目の正体にさすがにみんな絶句していたが、


『とにかく、そっちへ向かいます』


 言うや否や玲沙さんの通信が途絶える。恐らく石川PAを再出発したのだろう。


「見上さん、すいませんが位置のフォロー頼みます。真凛、所長に連絡してくれ。最寄のSAで時間を潰してれば桜庭さんか須江貞さんが回収してくれるはずだ」

『うん、わかった。……でも今回は本当に役立たずだったね、ボク』

「暴れられたからいいじゃないか。次回はきちんと活躍できるだろうから心配すんな」


 そこまで言って、通信を切る。ふぅ、と一息をつき。そのままフックをフロントパネルに向けて繰り出した。


「ぐかかっ!!」


 拳が届く前に先ほどより強烈な電撃が走り、意識が遠のきかけた。たまらず崩れ落ちるおれの耳に、無機質なカーナビの音声が響く。


『あまり無謀な振る舞いはお勧めできません。あなたの反射神経よりは私の反応のほうが、失礼ながら数百倍は早いし、私の本体はそこではない』


 しばし、フロントパネルをにらみつける。……十秒ほど、勝てるはずの無いにらめっこを続けた挙句、おれは肩をひとつすくめた。


「……んじゃ、神田まで。安全運転でね。深夜料金つかないよね?」


 観念した態で両手をあげる。


『素敵な、ドライブになると、いいですね』


 起動時の業務用の台詞を吐いて、クラウンは自動操縦に移行する。どうせ手を離しても勝手に進んでいくんだ。おれはシートにくくりつけられた体制のまま、次々と暇つぶしをはじめた。


 まず、起きられては元も子もないので、『包囲磁針』の親指を手にしたプラスチックのバンドで縛り上げる。奴のネクタイとハンカチで目隠しと猿轡をかます。


 上着を脱がせてかぶせ、深夜ドライブで眠ってしまったように装い――こういう手口ばかり巧妙になるのはいかがなものか――ヤケクソ気味にプラグが繋がったままの『アル話ルド君』を操作し、サウンドを車内にたっぷりと響かせる。その上で放り出されていた原稿のボックスを拾い上げ、しっかりと懐に抱え込む。


『神田についたら、すいませんがあなたには気絶してもらいます。そこで私がゴールインすれば、ゲームは終了となる』


 ……ゲームの解釈としてはそうなるんだろうな。


「だけど、そうそううまくいくかな?」


 バックミラーから急速に迫りくる『隼』の姿のなんと頼もしいことか。


『うまくいきますとも』


 言うや、猛加速するクラウン。先ほどまでも十分に味わっていた感覚だが、今度はおれの体は柔らかなシートにしっかりと受け止められていた。


「この……」


 まさしく機械仕掛けの正確無比なライン。だが、それでも、おれは技量においては玲沙さんが勝っていると断言することが出来た。両方に乗った人間の言うことだから間違いは無い。それに四輪と二輪では小回りの性能が違いすぎる。徐々に近づいてくる玲沙さん。おりしも前方には走行車線、追い越し車線ともに車両でふさがっていた。ゲームセット、と思ったそのとき。


「……っ」


 今日何度も体験している、内臓にダイレクトに伝わる加速の感覚。だが、それは今までのような前から後ろにではなく、上から下。それはすなわち。


「飛んだ……!?」


 そう。


 嘘偽り無く。


 この車は空を飛んだのだ。


 正確には大ジャンプか。両車線を遮る車を追い越した。それも、上から。おれは運転席の窓からありえない光景を見やりつつ――続く落下の恐怖を存分に味わった。どずん、という鈍い衝撃。しかし高級なサスペンダーは驚くほどその威力を吸収し、おれにはほとんど被害がなかった。そう、おれには。


 たった今おれ達が飛び越した車にしてみれば、天からいきなりクラウンが降ってきたようなものだ。たまらず二台とも急停止し、制御を失い……結果、玲沙さんとおれ達の間に壁となって立ちはだかることとなった。たちまち後方で響き渡る甲高いブレーキ音。


『ああ、もう!……すいません、亘理さん!塞がれました!』

「玲沙さんと、飛び越された車の人たちに怪我は!?」

『どちらも大丈夫です。でも、今のでギアに異音が入りました。多分……これ以上の追跡は無理です』


 そうか。やっぱりさっきの超加速とかでかなり無理させたものな。言葉の間に、かなりの葛藤があったということは、目的意識と現状分析の間で下された、冷静なプロとしての判断というべきだろう。


「わかりました。無理しないでいいんで、そのままゴールまで向かってください」


 おれはひとつ息をついた。


『そうですか……。『椋鳥』での朝ご飯、ご一緒出来そうにないですね』


 玲沙さんの声は気落ちしていたようだ。


「そうでもないですよ。もともと勝ち負けに関係なくお誘いするつもりでしたし、それに」


 おれは運転席でのんびりと頭の後ろで手を組み、足も組んで伸ばした。高速道路では通常ありえない態勢だ。


「ちゃんとおれ達が勝ちますしね」


 

 

 

 国立府中、調布、高井戸。

 

 順調にインターを通過する。隣で相変わらずつぶれたままの『包囲磁針』の財布からチケットとついでに現金も取り出し(乗った奴が払うのは当然だろう?)、おれはクラウンに乗って悠々と中央道を降りた。


 そのまま甲州街道をひたすら西へ。途中何度か裏道を出入りをするあたりはさすがカーナビの面目躍如といったところか。おれ達はろくに渋滞にも遭遇せず、神田の古書店街の一角へとたどり着いていた。不夜城東京といえどもこの辺りはさすがに終夜営業の店も少なく、落ち着いたものである。それでも、ずっと闇の中を疾走していたおれの目にはずいぶん眩しく映ったものだが。


 ポーン。


『目的地まで、あと、10分です』


 こんなときにわざとらしくカーナビ口調で話してくるあたり、こいつも相当いい性格をしていると見るべきだろう。おれは仏頂面でハンドルを握っていた。


『この期に及んでまだ何か仕掛けられるとでも?不審な合図、不審な行動があれば即座に行動を抑制させていただきますが』


 やれやれ。確かにおれの『鍵』も、序盤でハッスルした分二発で打ち止めだが。


「いや、まあとっくに勝負はついてたんだけどね」


 おれは言う。


「今まで散々寒くて尻が痛い思いをしてきたわけだから、最後くらいクラウンのシートの、しかも自動操縦で送ってもらえたらうれしいなー、なんて思ってたもんでさ」

『何を……』


 おれの態度に、初めて奴が機械らしくない声を上げた。


「最近の携帯電話って奴は多機能でね」


 コードで繋がれ、サイドブレーキの側に転がっている『アル話ルド君』を見やる。


「カメラ、GPSなんて機能もついてて……ついでにこいつはさらに特別製なんだ。音楽もアホみたいな量が入るし……データの持ち運びなんかも出来るんだよな。文書ファイル、画像ファイル、それから、プログラムとか」


 沈黙。機械でも判断するのに時間が掛かることがあるのかね。


『まさか』

「石動研究所特製、自律システム解析型ウィルスベクター『輸ネちゃん』。たいがいのシステムの奥底まで解析し、ウィルスを送り込むっつうシロモンだよ。準備は周到に、ってわけだな」


 実際は前の任務で使った後消し忘れていただけだが。


『そん……な……!……!?』

「あーそう。変なことしない方がいいぜ。ウィルス発動のキーは、そのウィルスを検索しようとすることだから……って、やっちまったか」


 ほんの一瞬、ぐちゃぐちゃの地図が表示され――ブラックアウトした液晶画面を見ておれはつぶやく。


「安心しなよ。ちょっとシステムがダウンするだけだ。あんたはそれほどヤワじゃないはずだし、壊しちまったら色々なところから悲しまれちまうからね」


 このウィルスの作成者にして、かつて技術者とともにこのカーナビの開発に関わったといううちのマッドサイエンティストの顔を思い出し、おれはもう一度、今夜最後のため息をついた。

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