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◆13:スーパーソニック・デリバリー

 後ろから眺めやっても、クラウンの暴走っぷりは凄まじいものだった。『隼』と違って小回りが効かない分、強引な割り込みでそれを補っている。いくら今回の件が依頼人の要請に基づくものであり、オービスについてもお目こぼしをもらっていると言っても、さすがにこれでは苦情を覚悟せねばならないだろう。


 こちらから仕掛けるとしても、厄介なことになるのは明白だ。時刻はまだ深夜の域を出てはいないが、休憩もなしにひたすらバイクを飛ばしているこちらは体力的にもかなりキツイ。さっきからこれだけは口にしないようにしていたが、おれの尻と尾てい骨はガタガタでとっくに泣き喚いている。痔になりたくないということもあり、八王子を越えて都心に入り込まれる前にカタをつけたかった。


 おれ達が後ろにつけたとき、前方のクラウンの挙動はむしろ静かなものになっていた。こちらが追跡しているだろうことは、直樹なり『貫影』なりの連絡で予想がついているはずだ。猛追してくる二輪があれば迎撃の準備を取っていてしかるべきはずなのだが――と思っているところにそれは来た。


「おふっ!」


 急な横方向への揺れに肺の中の空気がかきだされる。傾く車体は、だが、玲沙さんが絶妙のタイミングで当てたカウンターに相殺される。先ほどと同様、奴が磁力を使ってこちらの車体を揺さぶりにかかっているのだ。運転席の窓から覗くのは、奴の右腕。


『やはり亘理さんの読みどおりのようです!』

「ですね。よし、何時までも一発芸が通じると思うなよっ!」

 

 

 

「これは予測なんですが」


 ここに至るまでに玲沙さんと交わした会話をおれは振り返る。


「『二つ名』からして、あいつが磁力を操る能力者だってのは間違いないと思うんです。そうなると、『どういった磁力使いなのか』が問題になってきます」


 超能力か魔術か精霊の力か知らないが、炎使い、雷使い、水使い、といったエージェントは比較的数多い。そしてひとえに炎使いといっても、掌から炎を放つ者、敵を見るだけで発火させる者、まるで生き物のように炎を操る者、さまざまだ。そして奴も、様々な種類が存在する磁力使いの中でもどのタイプかに該当する、という事になる。


「多分、腕から磁力を放射する、って感じでしょう。となれば、当然『引き寄せる』事があいつの得意技となる」


 磁石が『反発』するのはあくまで磁石同士だ。奴は恐らく、『鉄を引き寄せる』事のみに一点特化したエージェントと見るべきだろう。能力を一点に絞って鍛え上げた者は、状況しだいでは恐るべき力を発揮するのだ。


『でも、さっきのベアリングは……』

「おそらく、あいつが瞬間的に磁化したんでしょう。『隼』に吸い寄せられる形で飛んできましたからね」

『なるほど……。わかりました。それなら、手はあると思います』


 

 

 距離を詰めるたびに、磁力の干渉は厳しくなってくる。右に、左に。磁力の攻撃は、いうなれば透明なロープで引っ張られるという妨害の中で走行を維持する事だった。引き倒されない玲沙さんのドライビングテクニックに、改めておれは舌を巻く。


 奴は作戦を誤った。おれ達を仕留めたければ、先ほどのように至近距離から最大威力の磁力で一撃で引き倒すべきだったのである。クラウンが先方を走るトラックを抜いたとき、おれ達は仕掛けた。


 トラックがクラウンとおれ達の間に挟まれ、磁力の途絶えたそのわずかな時間の間に、玲沙さんは完璧なライン取りで、奴の左後方に回り込んだのだ。奴の右腕の届かない死角。ここでおれ達は一気に距離を詰めた。


 たちまち視界に広がるクラウンのナンバープレート。リアウィンドウを通して、バックミラーを見る奴と目が合った、ような気がした。奴の表情には、焦燥。慌てて左車線へとシフトする。それこそが、玲沙さんの狙いであった。


『――――』


 玲沙さんは身を極端に伏せる。事前に指示を聞いていたおれもそれに倣い、両手をその腰ではなく、タンクの両側に取り付けられたフックをしっかりと握る。段差のあるタンデムシートに玲沙さんの双丘が突き出される形になり、おれは危うく悶死しかけたが、錯乱する思考を小脳から吸い上げて一時保管し脳内の奥底に放り込む。後でゆっくり解凍しよう。


 玲沙さんが『隼』のパネルに指を這わせる。イグニッションの下にある、改造で後付されたと思わしきスイッチをはね上げた。そして、『隼』にアクセルを叩き込む。



 

 その瞬間、世界が停止した。



 

 爆発的な加速。


 供給されたありえない量の亜酸化窒素をたらふく喰らいこんだ猛禽がその翼を広げ猛加速。そして押し寄せる膨大な空気の塊をその肺腑に貪欲に取り込み、圧縮。噴射されたケロシンと化合させ燃焼。その凄まじい心臓の鼓動をシャフトを介して推進力へと転化。風を切裂くというよりは撃ち抜くこの感覚。この時、猛禽は天空から降り注ぐ一粒の弾丸となり、音を追い抜いたのだ。


 周囲に居た者は隼のいななきにも似た甲高い音を耳にし――そしてそんな認識を、続いてやってきた衝撃波に吹き飛ばされた。あたかも見えない巨人が、直径一メートル以上ある太い鞭を振るったかのごとく、爆音が帯状に路面に弾けた。


 前方にあったはずのトヨタ・クラウンアスリートは、またたきする間もなく視界の後方へと吹っ飛んでいった。意識が数秒トんだのか。ワープでもしたのか、というくらい不自然な景色の切り替わり。魂だけが抜き出て肉体を置き去りにしてしまったのではないかと不安になるほどの超加速。


 これが『剃刀』鹿毛玲沙の裏十八番だった。おれ達にも、飛び込みに失敗し無様に着水したときのような衝撃が全身に弾ける。生身だったらそのまま身体が消し飛んでいただろう。おれにやたらと高性能のライダースーツが事前に支給された理由は、まさにここにあった。


 過剰なまでに耐ショック構造を組み込んであるはずなのに、それでも内臓を落っことしたんじゃないかと思うほどの衝撃が突き抜ける。フックを掴んだ腕と肩が引っこ抜けそうになった。事前に玲沙さんに厳重に注意されていなければ、容易く後ろに吹っ飛んでいただろう。


 公式には記録されていない二輪車での音速突破を、実に一秒に満たない加速時間で為してのける車体など存在するはずがない。まして通常走行用のエンジンと並行してもう一つの加速装置を改造して取り付けるなど技術的に可能なはずはない。


 ついでに言うなら、そんな加速をして搭乗者が無事で済むはずはない――はずはない、等という言葉は、この業界では口に出すだけ虚しいものではあるが。風の噂では、真の拳法使いには軽功によって音速を超える者もいるらしいし。


 時間では二秒足らず。だが、距離にして六百メートルを疾走し、『隼』は通常走行に戻った。スピードを落とし、追い抜いたクラウンに併走する。巨大な鞭に打たれたようにへこんだ車体。そして開け放たれた運転席の窓の向こうには、ハンドルに突っ伏した男が居た。天空から襲いかかる隼に蹴落とされた受けた獲物は、抵抗すら許されず即死、あるいは気絶する。


 それを彷彿とさせる、居合いの一閃。音速から放たれた衝撃波は、『包囲磁針』に本来の恐るべき力を振るう間も無く失神させていたのだ。まともに戦えばただではすまなかっただろう。


「すごい威力ですね……」


『本当は、どうしても荷物が間に合わないときの業務用の装備なんですけど』


 ……さいでっか。きっとメカニックにB級映画の信奉者でもいたに違いない。くれぐれも世のビジネスマンは、あまりにも無謀な催促をメール便にするべきではないなとおれは思った。

 


 

 

「っとと、よよっと……のわぁっ」


 ひときわ無様な声を上げて、おれはクラウンの運転席にもぐりこんだ。巧みにスピードと位置を合わせてくれた玲沙さんのおかげで、作業自体は中学でやった器械運動よりもたやすかったが。気絶している『包囲磁針』の太ももに顔を埋めそうになって慌てて態勢を立て直す。ハンドルをとり、徐々に路肩に寄りつつあった車体を中央に復帰させた。


「ふう」


 四苦八苦して『包囲磁針』の体を助手席に押しやる。メットを脱ぎ捨て、ツナギのファスナーを開く。内ポケットに入っていた小型の七つ道具を取り出すと、そのうちのひとつ、即効性の催眠スプレー『春シオン君』を助手席の『包囲磁針』に吹き付けた。


 これで半日はどうやっても目を覚まさないだろう。あとはこのクラウンを適当な場所で停めて、玲沙さんが原稿を持ってゴールに駆け込めば万事OKである。路肩に停めてもいいんだが、さてどうするか。


 ポーン。


『石川PA、まで、あと五キロ、です』


 と、カーナビが事務的な口調で告げる。ふむ。路肩に停めるとあとあと面倒だし、PAで車ごと放り出すのが妥当なところかな。おれは並走する玲沙さんにその旨を伝えた。


「念のためっすから、先行してガス入れておいてください」

『わかりました。軽く点検もしておきたいですし』


 あの大技は多分車体に凄まじい負担をかけるのだろう。ここまで来てエンストなんて事にはなって欲しくはない。原稿を再度車体に括りつけなおすのも、金具が壊れた今となっては容易ではないのだ。おれが玲沙さんにひとつうなずくと、たちまち彼女はおれの視界を前方へと突っ切っていった。……さて。


「ふっふーん♪」


 おれはいささか上機嫌の態でハンドルを握った。何しろクラウン・アスリートとくれば親がカネモチでもない限り学生が運転できる代物ではない。入り込んできた運転席の窓を閉めてしまえば、先ほどまでの滝の中のような騒音は掻き消え、驚くほど静かな空間が広がってきた。敵が磁力を放出するために全開にしていたのが幸いして、窓も割れていなかった。『アル話ルド君』からコネクタを引き出してカーナビに接続すると、たちまち車内は豪勢なステレオサウンドで満たされる。


 ポーン。


『石川PA、まで、あと三キロ、です。シートベルトの着用を、お願いします』


 とっとと。いかんいかん。おれは慌ててシートベルトを着用すると、夜の闇の中、カーナビの表示と高速の標識を頼りにクラウンを走らせてゆく。


 ポーン。


『左、石川PA、です』


 おれは高速を一旦降りるべく、ウィンカーを出してハンドルを左に切った。だが、車は直進を継続している。高級車のくせにハンドルの反応が鈍いとは。おれは舌打ちすると、ハンドルをやや大きく切る。


 

 直進のまま。


 

 おれの胃の辺りに冷たい塊が落ちてくる。慌ててハンドルを左右に振るが、反応なし。おいおいおい、まさかさっきの衝撃で壊れたとか言うんじゃないだろうな!?


 そうこうするうちに、PAの入り口は後方に過ぎ去ってしまった。半ばパニックになりかけてブレーキを踏むが、……これも反応なし!


 ポーン。


『石川PAを、通過しました』


 やたらと事務調なカーナビの音声が気に障る。しばらくハンドル、ブレーキ、アクセルを弄繰り回してみたが、効果は無し。なんとか玲沙さんに連絡をとらないと。そう思って『アル話ルド君』に手を伸ばした。


 ポーン。


『石川PAまで、マイナス一キロ、です』


 ――伸ばしたおれの左手が凍りつく。石川PAを目的地にでもしていればいざ知らず、カーナビは通常こんなアナウンスは、しない。そして、おれはもうひとつ事態に気がついていた。ハンドルも、ブレーキも、アクセルもきかないのに……なぜこの車は、正確なまでに車線の中央を維持しているんだ!?


 ポーン。


『石川PAまで、マイナス三キロ、です。お、仲間との、合流は、諦める、べきですね』


 台詞を組み合わせた無機質な電子音声にぞっとする。遠隔操作、いや、こいつは!


 ポーン。


『高井戸ICまで、あと二十キロ、です。しばらくは、お付き合いください』


 咄嗟、シートベルトに手をかける。だが、いくらボタンを押しても、外れることは無かった。


 ポーン。


『その操作は、受け付けておりません』


 日ごろは何気なく聞き逃せるエラー音声だが。こうして聞くと感情がこもっていない分空恐ろしい。おれはようやく事を理解していた。


「……なるほど。アンタがそっちの最後のカード、ってわけだ」


 とたん、車載スピーカーから滑らかな音声が流れ出す。


『はじめまして。多機能型カーナビゲーションシステム試作機、型式番号『KI2K』。まだ二つ名は頂いておりませんので、実名で失礼いたします』

「……四”人”って言ったじゃないかよ……」


 おれは苦虫をすり潰したジュースを飲み込んだようなツラで、このカーナビの奥に収まっている高度な人工知性体を睨みつけた。

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