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◆10:『貫影』

 状況は混戦の態を示しつつあった。


 勝利条件である前後編の原稿を揃え、現在進行形でゴールに向かって走行しつつある、『包囲磁針』なるエージェントの乗ったクラウン。大きく引き離されながらも、追跡する玲沙さんとおれの『隼』。そして足止めに徹している『貫影』と、バイクの運転手。おれ達に指揮しつつ現場に向かってくれている見上さん。現在両チームとも三人ずつのエージェントが舞台にあがっている。そしておれ達は、最後のカードをここで切った。


「予定が変更になった!とにかくその槍使いを何とかしてくれ!」


 メット越しのおれの台詞は、ただいまローラーブレードで中央道を疾走する女子高生……我がアシスタント七瀬真凛の耳につけた小型インカムに伝わっている。


『いいよ、ボクとしてはこっちの方が大歓迎だからね!』


 言うや、自らの手に巻きつけた革紐をぐい、と引く。そのもう一方の先端を巻きつけられた『貫影』は、真凛がどういうモノなのかを即座に認識したらしく、革紐をこちらも強く引き、油断なくバイク上で槍を構えなおす。ピンと張り詰める、紐と緊張。時速百キロ超で後方に流れるアスファルトの上、槍使いと殺捉者は、危険というのも馬鹿らしい程物騒なチェーン・デスマッチを開催しようとしていた。


 

 本来真凛がここに待ち伏せしていたのは、おれ達が原稿を奪取した後、しんがりとして追っ手を確実に封じ込めるためである。そういう意味では、原稿を奪って先行逃げ切りという作戦は敵味方共通していたわけだ。だが、初戦で先方に軍配が上がってしまった以上、何とかしてここで挽回しなければならない。手持ちのカードを出し惜しみしている余裕はおれ達にはなかった。


 あいつが免許さえ持っていれば、直接クラウンを襲わせるという手があった。だが、機械オンチの暴力娘が停めようにもブレーキがどこかわからない、などと抜かしたため、結局それは断念せざるを得なかったのである。


 戦いの舞台の加速はもはや留まらず、猛禽と甲虫と女子高生は睨みあいながら無数の車両を振りちぎってゆく。抜かれる車の中から注がれる脅威の眼差しなどどこ吹く風といった態で、白兵戦の練達者同士の戦いの火蓋は切って落とされた。


 ローラーブレードが保つ慣性と己の鋭い踏み込みを利して、文字通り滑るように真凛が間合いを詰める。迎え撃つは槍使い。二輪車の上とは到底信じられぬどっしりとした構えから、最短最速の軌道で穂先を突き込む。それを払おうとする真凛、だが穂先は敵の強靭な手首にたぐられ、軌道を変じて腕を弾く。たまらず姿勢を崩す真凛。


 追い撃つように返しの払い。咄嗟、身を沈めて交わす。一転して好機。まだ死んでいない踏み込みの勢いを利し、さらに一足を滑り込ませ間合いを詰める。と、翻って頭上より落ちかかるは石突。額を撃ち割らんとするそれを身を開いてかわし、結果、詰めた間合いを渋々放棄することになる。車上の『貫影』、悠々。穂先を突きつけ、不動の構え。


 それは現代の騎兵と歩兵の戦いだった。しかもこちらは無手、あちらは槍である。まあ何だ、純粋などつきあいに限定すれば、あのお子様の白兵戦の戦闘力は業界でも特一線級のシロモノだ。道場で一対一の試合であれば、おそらく真凛は『貫影』に遅れをとることはあるまい。だが、この位置の高さと得物の有利は、多少の腕の差など容易く覆す。凶悪無比の真凛も、冷静に槍を捌く『貫影』の猛攻に攻めあぐねているように思えた。


「あのバカ……」


 おれは舌打ちする。真凛はここで大きなミスを犯している。そもそもこのゲームで戦闘に勝利する必要はない。相手を無力化すればいいのだ。極端な話、革紐を巻きつけた時点で相手をバイクから引きずり下ろせばそれで良かったのに。どうやら相手が騎兵と聞いて、正面から打ち破る気になったらしい。


『亘理さん、あれを!』


 玲沙さんのコメントが耳に飛び込み、おれは我に帰った。慌てておれは前方を見やり、前方の路肩――あっという間に視界の前方から後方へ過ぎ去ってしまったが――に、見覚えのあるシルエットを発見した。


「乗り捨てか……?」


 おれは呟く。そこに停めてあったのは確かに、この『カミキリムシ』を載せて走っていたはずのトレーラーだった。このゲームに参加できるのは四人。となれば当然、このトレーラーの運転手が敵の四人目のエージェントでなければならない。おれはそう踏んでいたのだが。


「無人……か」


 すれ違い様に眺めた程度なので確かな事は言えないが、車内はからっぽのようだった。すでに運転手は降りたのか。咄嗟に、待ち伏せしたエージェントの襲撃を予測したが、それは外れた。そのまま何もなく『隼』と『カミキリムシ』、そして真凛は高速道路を疾走してゆく。


 おれはとりあえず胸を撫で下ろした。どれほど高い攻撃力を持つエージェントでも、十キロと離れればそうそう手の打ち様はないはずだ。さっきの『包囲磁針』のような化け物はさておいて。


『亘理君、聞こえるか』


 友軍の声におれは応える。

「見上さん、こっちはまだ何とか。今、真凛の奴がバイクを引き剥がしにかかっています」

『そうか。すまない、こちらは境川で敵のクラウンを張っていたのだが、強行突破されてしまった』


 くそ、二枚目の伏兵は通用しなかったか。だが仕方がない。もともと見上さんは『遠隔視』を除けばあくまで身体能力的には普通の人の範疇なのだから。


『奴め、運転技術も相当なものだ。今からでも追いつけるのは君達しかいない。私も速度を落として君達を待つ』

『やってみます。合流方法については……ええ。そんなものでいいでしょう』


 玲沙さんの返答。だが、敵のライダーもさるもの。真凛に張り付かれてなお、まだラインを明け渡そうとはしない。くそ、これ以上離されたら取り返しがつかないっていうのに!そんなおれの煩悶を見て取ったか。間合いを離した『貫影』が、右手に握った槍を肩に担ぐ。咄嗟、よぎるイヤな予感。――そこから導かれる次の攻撃は。


「やば……っ!」


 真凛にではなく、自分自身と玲沙さんに向けておれは叫んだ。戦場にて、騎兵は群がる歩兵を一々突き刺したりはしない。彼等に必要なのは敵陣を貫く『突進』と、雑魚を一掃する――『払い』!


 二メートル以上はあるはずの槍。その根元、ほとんど石突の辺りを両の手で握り、己の膂力に任せて『貫影』が振りぬいた。その腕の長さと合わせて半径三メートル以上に達する暴風圏は、真凛のみならず、おれ達の『隼』をも容易く捕らえる。真凛を牽制しつつおれ達を跳ね飛ばせる、一石二鳥の手だ。


 慌てて真凛がローラーブレードを駆って間合いを離す。そうすれば必定、その穂先はおれ達の方に飛んでくる事になる。当たればバッサリ。だが、無理にかわそうとして転倒でもしてしまえば、もはや『カミキリムシ』を追い抜くのは不可能に近い。


『離さないで』


 玲沙さんの台詞は、字面だけなら涙を流して喜びたいところだが、


「と、とととととぉぉっ」


 当然そんな余裕はない。飛んでくる穂先を、ラインを維持したまま極限まで車体を傾けてやり過ごす。いわば二輪で行うスウェーだ。必死に玲沙さんにしがみつくおれの耳元をメット越しに穂先がかすめる。どうにか、かわしきれたか!?


 その時。車体から突如伝わる、がくん、という嫌な感触。車体の角度が限界を超え……タイヤが横滑りを起こしたのだ!十分の一秒ほどの一瞬、時間の歩みが止まり、脳裏で走馬灯がくるくると周る。……もはや抗いようもない。次の瞬間には、おれ達は高速で流れ去るアスファルトに飲み込まれて消え去るのみだった。


 

 そう、『貫影』が思っていたのであれば、さぞかし当てが外れたことだろう。


 

 必殺の『払い』で目的を果たした安堵か、振りぬいた槍を本来の構えに戻すのが遅れたその一瞬。


『しゃあッ!』


 真凛の快哉を含んだ雄叫びが響く。殆ど地面と並行に傾いたおれを飛び越えて、ローラーブレードを履いた真凛が『カミキリムシ』に襲い掛かった。真凛は先程の『払い』を回避しつつ、『隼』の車体を利用して『貫影』の死角に周り込んでいたのだ。


 その意図に気付いた玲沙さんが咄嗟に仕掛けてのけたのが、この命がけのフェイントということ……らしい。そんな事にも気付けなかったおれは、臨死体験に心臓が飛び出そうだったが。


 陸上選手のハードル走のような低く無駄のない軌道で、傾いた『隼』を飛び越えざまに右腕を繰り出す。虚を衝かれた格好の『貫影』が慌ててもう一度『払い』を放つ。それでも充分に威力のある一撃だったが、さすがに真凛に繰り出すにはお粗末に過ぎた。


 エンジン音と風鳴りに紛れて、乾いた音が確かに鳴った。真凛が『貫影』の突き出した長柄をつかみ、その握力にモノを言わせてへし折ったのだ。


「よっしゃ!」


 芸術的なカウンターを当てて再び体勢を立て直した『隼』の上でおれはガッツポーズ。こうなれば形勢は一気にこちらへ傾く。三分の一ほど間合いを穂先ごと失った槍では、続く真凛の猛攻を防ぐにはいささか荷が重すぎたようだ。それから数合を経て、たちまち『貫影』はたじたじとなった。


 ここで真凛が仕留めにかかる。一気に踏み込み加速。懐に滑り込んだ状態から、剣の如く上段回し蹴りを振るった。剣の如く、とは誇張ではない。それはローラーブレードによる斬撃。摩擦で十二分に加熱された強化セラミックのホイールが刃と化して、『貫影』のライダースーツを切り裂いた。


 たまらず傾ぐ敵の体。確実に獲った!とおれは再び心の中でガッツポーズ。……唐突に、自分の格好が先程の『貫影』と良く似ている事に気がつき、ぎょっとする。


 

 ――真凛に油断があったとは言わない。だが、強者との戦闘を目的とするあいつ自身の趣向が、判断を誤らせたのは事実だろう。敵はあいつよりはプロ意識があるようだ。すなわち、勝てない相手なら、相打ち覚悟でも排除しておくことが、全体の勝利につながる。


 『貫影』の体が傾いたのは、態勢を崩したからではなかった。むしろその逆。態勢を整えたのだ、跳躍するために。――おりしもそこには、我々がラインをせめぎあいながら今まさに追い抜こうとしている大型タンクローリーがあった。『カミキリムシ』が大きく沈みこみ、『貫影』の跳躍の反動を受け止める。


 高々と空を舞った奴は、そのまま危険な液体が満載されたタンクの上に危なげなく着地した。チェーン・デスマッチを挑んだ以上、真凛に可能な行動はひとつしかなかった。張り詰める革紐の方向に合わせて跳躍。だが、あいつの履いた十分に加熱されたローラーブレードは、タンクの上に着地するのは危険すぎる。空中で一回、タイヤの泥除けを蹴って距離をとり、こちらは運転席上の屋根に着地した。


『……ごめん陽司。のせられたみたい』


 デスマッチはまだまだ終わらない。だが、たかだか時速百キロ程度で走るタンクローリーは、加速し続ける『隼』と『カミキリムシ』に抜き去られ、すでにはるか後方にあった。あのまま戦い続けても『貫影』は真凛に勝てないかもしれない。だがゲームの上ではまさしく相討ち。二人とも今夜中にこの舞台に戻ってくる事は出来ないだろう。『貫影』はいともあっさりと、うちの切り札を見事に無効化したのだ。


「まだまだまだ正調査員への昇格は遠い。戦闘中に優先順位を見失うようじゃ、な」


 おれは独創性あふれるコメントを返す。


『ごめんなさい……』

「でもま、良くやったさ。まだカードはお互い三枚ずつ。後はおれ達に任せとけ」


 ヤセ我慢ヤセ我慢。実際のところ、戦闘能力に乏しいおれと見上さんで玲沙さんのフォローをやりきれるか、と問われれば返答に詰まる。だが一度オカネをもらってしまった以上、その程度の悪条件で降りるわけにもいくまいて。それに、もうちょいキツイ条件で仕事をこなしたことも無いわけではないのだ。


『人災派遣』は伊達じゃない、ってところか。まったく困ったものである。

『……わかったよ。じゃあまた後で』

「おう、お前もきっちり勝負つけてこい。おれ達が勝った後、お前だけひとり負けなんて認めねーかんな」

『りょーかい!『人災派遣』のアシスタントが伊達じゃないってところを見せてあげるよ!』


 それで通信が切れる。おれはメットの中で苦笑した。


『いいコンビですね』


 通信を聞いていた玲沙さんが苦笑混じりにコメントする。


「お恥ずかしい。どうにも詰めが甘いアシスタントなモノで。ご迷惑をおかけしますよ」


 それを聞いた玲沙さんが堪えきれないと言った態で笑い出す。


「な、なんかヘンな事言ったっすかね、おれ?」

「い、いえ……。ただ、任務の開始前に七瀬さんを配置場所に送ったとき、『どうにも詰めが甘いウチの担当がご迷惑をかけると思います』って言ってたものですから」


 憮然とした表情で頬をかく、のはメットをかぶっていたので出来ず、おれは微妙な沈黙を保つより他なかった。咳払いを一つ、気持ちを切り替える。


「……えー、おほん、さて」

『ええ』

「『このまま一気に勝負をかけましょう!』」


 ここで急加速。保っていたラインを一気に詰める。再び先程同様の激しいラインの鬩ぎ合いが繰り広げられる。だがもはや妨害をしかけてくる『貫影』はいない。必定、おれと玲沙さんの注意は残り一人、『カミキリムシ』を駆るライダーへと向く。おれは『隼』から振りおとされないように務めつつ、隙あらばパンチの一発でも叩き込んでやろうと身構えた。


 と、敵のライダーが唐突に間合いを取った。敵意のなさを表すかのように、左手を上げてこちらに顔を向ける。……何か仕掛けてくるのか?緊張するおれの視界の中、やつは大胆にもバイクから身を乗り出してこちらを覗き込んでくる。暗闇と水銀灯に照り返されたフルフェイスヘルメットでは中の表情など見分けがつくはずもないが、やがてその仕草、体型から、おれの脳が一人の気に食わない人物の名前を思い浮かべた。


「おまえ……!?」

『真凛くんが居たからまさかとは思ったが。貴様とはな』


 突如メットの中に響き渡る、ノイズキャンセリングされたクリアな音声。もう一つの『アル話ルド君』から繋がれた敵の声は、まさしくウチの同僚、笠桐・R・直樹のキザったらしいそれだった。

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