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◆04:21世紀の剣闘士(アマチュア)

「ゲームの開始は深夜二十五時ジャストに決定された。ゴールは東京都千代田区神田の喫茶店『古時計』。場所は頭に叩き込んできたか?」


 仁サンのコメントにおれは頷いた。東京一人暮らしもそれなりに長い。都内の地理は脳に焼きついている。


「勝利条件は二つ。その一。『ミッドテラス』社の雇ったエージェント四人を排除し、彼等の持つ『えるみか』第42話原稿の前半部分を奪い返すこと。その二、その原稿と今お前が手にしている後半部分をセットにして、ゴールまで持ち込むこと。お前達のチームが勝利すれば、『えるみか』は今までどおり『あかつき』とホーリック社で連載継続。ミッドテラスは以後一切の勧誘行為を諦めることとなる」


「……当然、敵さんの勝利条件は正反対。おれ達の原稿を奪ってゴールすること、なわけですね」


「そういう事だ。『古時計』には今回の依頼人であるホーリック編集の弓削かをる女史、ミッドテラス編集の伊嶋勝行氏、立会人としてうちの所長。それからつい数時間前、諏訪の自宅で原稿を書き上げたばかりの『えるみか』作者、瑞浪紀代人氏も合流するために出発した。お前等がゲームに突入する頃に、丁度向こうに着く勘定かな」


 任務前に諸条件をお浚いしつつ、おれは何とも皮肉な表情にならざるを得ない。長引くゴタゴタを解決する方法とは、要するに、くだらないルールに基づいたゲームを行い、勝った方が権利を得るというものだった。おれ達はそのために呼び集められた態の良い代理人というわけ。派遣業界の主要なお仕事が各種代行だとは言っても、流石に古代の剣闘士の真似事までさせられるんじゃあたまらないよなあ。



 

「とは言え、それなりにメリットはあるのよ」


 おれの不満面を読み取ったかのように、浅葱所長はのたまったものだ。


「何より、訴訟に比べてお金と時間の短縮になるのが第一ね。裁判の意味の大半は、中立の立場から主張を判定して貰うことで双方がともかく『納得すること』なわけだから。『納得すること』さえ出来るならそれこそコイントスでもジャンケンでもいいわけよ」


 法治国家の根幹を揺るがしかねないコメントをさらりと述べなさる。


「すでにミッドテラス担当者と弁護士立会いの下で契約書を取り交わしました」


 こちらは何時の間にやらアイスティーを飲み干した弓削さん。


「以後は、両社担当がそれぞれのコネクション、情報網を駆使して各派遣会社よりエージェントを召集することになります。今回、ルールで定められた参加人数は四人ずつ。うち、二人については私個人の伝手がありますので確保出来ました。そして残り二人を、業界屈指の名声を誇る御社より派遣していただきたいのです」

「背景はとりあえずわかりましたよ。しかし、真凛はともかく、何でおれなんですかね?」


 自慢じゃないが、アクションはかなり苦手なクチなんですが。


「他のメンバーとの相性を考えた上でのベストオーダーよ。運動能力の高いメンバーを揃えてみても、相手側に妙な能力を持ったエージェントが一人居ると、簡単に戦局をひっくり返されてしまう。その点、亘理君ならどんな場面でもそれなりに動けるジョーカーだから」

「その呼び方やめてください」

「あ……、ごめん。とにかく、アクションは他の人達が補うから。亘理君はイザという時の切り札として同行して欲しいワケ」


 そこまで言われれば否やはない。己の能力をかわれたなら、それに応えてみせるのが、忠誠を尽くすべき企業を持たない派遣社員のココロイキというものである、バイトとは言え。決して夏休みの無駄遣いのせいで金欠だからとか、そういう事ではゴザイマセンヨ?……きっと。多分。


「任務としては了解いたしましたよ。んで。折角ですし、お時間があれば雑談でも楽しませていただけませんかね?」


 おれは弓削さんに営業用の表情で微笑みかける。


「何でしょうか」


 対する彼女の表情は、冷たい鉄仮面を思わせた。


「いえ。本日はホーリックの代理人としてお越しいただいたわけですが。作者の瑞浪氏と二人三脚で『えるみか』を作り上げた、『かつての若手にして今の中堅どころの編集者』であるところの弓削かをる氏の意見はどうなのかな、なんて」


 鉄仮面の奥から凍てつく眼光が放たれた、ような気がした。


「当然、作家にとってベストの環境を確保するのが編集者の仕事です」


 ……他社の勧誘など、雑音以外の何物でもないわけですか。


「他に何かございますか?」


 イイエ、アリマセン。


 

「どーにも気に入らないですねぇ」


 サービスエリアの駐車場に出て軽くストレッチをする。仁サンが車に積んできたライダー用のツナギの感覚は、所々に分厚いプロテクターが仕込んであることもあって、どうにも慣れない。フルフェイスのメットもしばらくかぶる気になれず、おれは手持ち無沙汰に他のエージェントとの合流を待っていた。今回はおれ達以外の派遣会社のメンバーが『運び屋』を務めることになっている。


「あン?何がだよ」

「何ていうか、弓削サンのコメントが。正論なだけになお腹が立つっていうか」


 恥ずかしながら当方、最近『えるみか』の単行本を直樹に借りて読んだ次第。そこであとがきや巻末のおまけマンガに時折登場する『編集Y女史』は、ああいう人ではなかったと思ったのだが。


「はっはっは、陽チンはまだまだ甘い。佳い女の言う事に間違いは無いのだ」


 ろくに情報を持って無いくせに首から下で返答しないで頂きたい。


「あ、お前、俺の佳い女センサーを甘く見ているな?」

「表情だけでこちらのコメントを読み取るのもやめてい頂きたいですね」


 くだらない掛け合いをだらだらと続けている内に、もはや時刻は深夜二十五時にさしかかろうとしていた。


「んじゃ、俺は行くぜ。後は頑張んな」


 バンに乗り込み、愛車に火を入れる仁サンが運転席から挨拶を述べる。


「名古屋でしたっけ?」

「ああ。一旦諏訪で降りてな。ここまでの交通費も出てることだし、気晴らしには丁度いい」


 どうせ夜の気晴らしだろうが。


「あんまり関西方面に近づくと、実家に捕捉されるんじゃないッスか?」


 実は仁サンは御実家との仲がよろしくない。追い出された、と言うか追われていると言うか……まあ色々と複雑な事情があるのだ。


「居残りの三下どもじゃ俺の影も踏めんよ」

「そッスか。じゃあおれは警告したと言う事で。後で茜さんに絞られてもおれのせいにしないでくださいよ?」

「おい、お前まさか」


 隣の車のクラクションを受けて、おれは離れる。仁サンは舌打ちを一つすると、車を走らせていった。やれやれ。当人が実家ともめる分には一向に構わないが、縁談だのなんだののとばっちりを飛ばされてはたまった物ではない。去りゆくバックライトを見やって肩をすくめた。と、


「亘理陽司さん、ですか?」


 背後から声をかけられ、思わず背筋が伸びた。任務用に至急されたダイバーズウォッチを見やると、時刻はぴったり二十五時。振り返ると、猛々しい双眸が、こちらを睨んでいた。

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