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◆06:スイカとともに一夜を過ごし

「ああ~。ボクもその場に居合せればなあ!」


 昨夜の襲撃から明けて午前8時。一晩休んで鋭気を養いしきりにテンション高く口惜しがる真凛とは対照的に、おれと直樹は目の下にどんよりとした雰囲気をたっぷりと湛えて沈み込んでいた。結局あの後、暗闇の中二人がかりでモップがけしたのである。どうにか元通りになった頃にはすっかり夜が明けており、オマケに朝一番で管理人さんから電話で懇々と注意されたりして殆ど寝られなかった。ちなみに今朝も爽やかな夏空ががっつり広がっており、すでに辺りはセミの大合唱で満たされている。


「はいこれ。頼まれた朝ご飯と、電球。型番これでいい?」

「サンキュー。じゃあさっそく取り付け手伝ってくれ」

「あいあい、さー」


 おれと真凛が昨夜砕かれた電灯を応急処置している間に、直樹はスイカに水をくれている。ゆうべのドタバタ騒ぎも我関せずとばかりに、今日もスイカ君たちはひたすらすくすくと育っているようだった。


「何はともあれ、だ」


 おれはよどんだ頭を二、三度振ってどうにか正気を保つと、昨日の出来事を改めて真凛に説明する。


「物騒になってきたね」


 そういうセリフはもっと深刻そうに喋れ。


「原因はやはりこのスイカ、か?」


 直樹が大玉のスイカを一つ、撫でて一人ごちる。


「今のところそれ以外に心当たりはないわけだが」


 おれは一つ首を捻る。


「取り得る選択肢は二つだ。何はともあれこのまま留守番を続けるか」

「襲ってきた敵の正体を調べるか、でしょ?」

「やっぱりそうなるよなあ」


 おれは肩をすくめる。やる気満々の真凛はもとより、昨夜不意打ちを受けた直樹もこのまま黙って済ますつもりは毛頭無いようだ。昨日まで儚く抱いていた、ごろごろ寝ていてオカネがもらえるという甘い夢想はこれで完璧に潰えることとなったわけだ。まあいくらごろごろ出来ても、夜のうちにあの黒い男に寝首を掻かれてしまったりするとさすがに楽しすぎるので、ここはおれとしても腹を括るしかない。


 ちなみに直樹の傷の方は朝がくるまでにはほとんど良くなっていた。服には何かを穿ったような小さな穴が開いていて、野郎は散々文句を言っていたが、結局このまま着続けることにしたようだ。


「とにかく。もう一度所長にかけあって今回の依頼の詳しい情報を聞かせてもらおう。そこから少しずつ、こちらの背景を探っていくとしようや」


 おれは一つ手を打ち鳴らした。それならそれで、まずは朝飯だ。真凛が持ってきてくれたコンビニのパンを並べてゆく。ささやかな朝食を始めようとしたその時、おれの携帯が鳴った。相手は所長だった。丁度いい、改めて今回の依頼の経緯を問いただしてくれよう。そう思いつつ交わされる二言三言の他愛の無いやり取り。だが、先制攻撃は向こうから来た。


「依頼人が消えたぁ!?」


 朝飯がわりのパンを危なく噴出しそうになりながら、おれは携帯に向かって怒鳴った。


『うーん。ちょっと困っちゃったわねえ』


 電話向こうの所長の声は呑気極まりない。おれ達が事の顛末を報告し、調査を行いたいと提案した事に対する回答がこれである。


「どういうことっすか、それ」


『任務の都合上、依頼人とは定期的に連絡を取らせてもらってるんだけどね。今日の朝から連絡がつかないのよ』


 職場の方に問い合わせても今日は不在だという。おれは深々とため息をついた。


「改めて話してもらえませんかね、所長。今回の依頼について」

『わかったわ。こうなった以上、守秘契約の特記事項に該当するしね』



 そもそも今回の依頼人は『笹村周造』氏である。これは間違いない。所長の話によれば、彼は三十後半のいかにも技術者と言った雰囲気の男性であったそうだ。彼は唐突に事務所を訪れてこう告げたのだという。『これから四日間、自宅を不在にするので、留守番をお願いしたい。誰が来ても、何が届いても、決して部屋には入れないでくれ』と。


 彼が指定したのは保証金コース。つまり『事前に充分な依頼料を払うかわりに、一切素性や理由に干渉しない』というモノである。彼はここ数日全く自宅に戻っておらず、かつ今後もしばらくは戻らない予定だとの事だった。所長は前金と保証金を受け取ること、定期的に携帯電話で連絡を取り合うことを条件として契約を締結したのだそうだが――


「結局ほとんど何も調べないまま引き受けちまったワケですか」

『充分ワケアリだとは思ってたけどね。まあ亘理君と直樹君なら大丈夫だろうし』


 からからと笑う所長に殺意を覚えたおれは許されると思う。


『それでももちろんウラは取ったわよ。笹村氏の個人的なデータも調べさせてもらったけど、特に財政上……借金や投資の点では全く問題は無かったわね』


 家族関係や職場での人間関係もまず良好で、トラブルに巻き込まれる理由はなかったという。


「となると。残る理由としては」


 おれは部屋に鎮座ましましているスイカ殿の群れを見やる。


『そういうことになるわね。笹村さんの職場はご存知、クランビール株式会社。スイカの栽培とくれば、清涼飲料かデザートがらみ、と考えるべきかしら』


 クランビール。こりゃまたメジャーな名前が出てきたものだ。


 

 クランビール株式会社。世界的にも著名な企業である。日本人にもっとも愛飲されるブランドの一つ『クランビール』を主軸とし、ワイン、ウィスキー各種も販売する大手飲料メーカー。取り扱うのはアルコール類だけにとどまらず、炭酸飲料やジュース、はたまたその原料でもあるフルーツの輸入や栽培も行っている。一部ではそれらの食材を使ってレストランのチェーン店の経営まで手がけている。

 ちなみになぜおれがこんなに詳しいかといえば、クランビールは大学生(とくに女性)にとっては人気の高い企業であり、一年生の頃、就職活動中の先輩に頼まれて昼飯と引き換えに色々と調べて周ったことがあったからだったりする。


『クランビールは日本と世界の各地に工場を持っているんだけどね。農場や果樹園も企業として所有して、お酒やジュースの原料となる麦や果物そのものの品種改良にも力を入れているの。都内にも研究所を建てていて、彼はそこで技術者として採用されているわ』


 ふうむ。おれは独りごちた。


「所長。うちって知財の方に伝手ありますよね」


 もちろん見えるわけも無いが、電話口の向こうで所長がにやりと笑った気がする。


『当然。今、来音ちゃんに当たってもらってるわ。何か判ったらすぐ知らせてくれるはずよ』

「了解です。となると、やはり研究所が怪しいかな?」


 とは言いつつもおれは首を捻る。新種のスイカを巡って争いがある。それはわからんでもないが、殺し屋までやって来るというのはいくら何でもしっくりこない。それで殺されてやらねばならんほどおれの命は安くない、と思う……のだが。最近おれのブランド相場が下がっているからなあ。


『研究所に関してのデータもそれなりに集めてあるわ。だけど、正直な話これと言って面白い話は無かったわねえ』

「なんか変な研究をしてたとか。他人には言えない秘密があったとかは?」

『さっきも言ったけど、職場での彼の評価はごく上々よ。仕事もいくつかのプロジェクトを兼任していたみたいだけど、いずれも内容はともかく、主旨はハッキリしたものだったわ』


 内容が明かせないのは企業秘密なのだから当然だろう。その反面、主旨がハッキリしているのはまっとうな仕事なのだからこれも当然だ。特に不審な点は無い、か。おれが電話越しにしばし考えていると、所長が言う。


『どうせそこに居たって落ち着かないんでしょ?こっちでも可能な限りデータを集めてるから、まずは事務所に戻ってきなさい』


 それもそうか。おれは珈琲をすすり、直樹と真凛にその旨を告げる。二人とも頷いた。


「部屋の留守番はどうしましょうかね」

『話を聞く限りでは、おおっぴらに昼間から暴れられる手合いでもないみたいだし。直樹君一人でも大丈夫でしょう』

「直樹さん、いいですか?」

「俺は一向に構わんよ」


 おれも流石に少し外に出たかったので異存はなかった。何しろエアコン効かせ過ぎ、かつ野郎と同室ではゆっくりごろ寝も出来ないというもの。おれと真凛は荷物をまとめて部屋を出ることにした。と、直樹が声をかけてきた。


「亘理」

「何だよ」


 琥珀の瞳が異様な真剣味を帯びている。どうもコイツのこういう顔は苦手だ。


「貴様に一つ、頼みがある」

「……わかったよ。聞いてやる」


 こう言わざるを得ないあたり、腐れ縁も極まれりというものだ。と、直樹はおもむろに自分のカバンと、あの大箱をスイカの海から掘り出してきやがった。


「いつ乱戦になるとも知れぬ場所だ。我が姫君達の護衛を頼むぞ」

「……今度昼飯オゴれよ」

「ああ。先日オープンしたばかりのいい店を知っている。貴様も連れて行ってやろう」


 結局異存ありまくりのまま、部屋を引き揚げるハメになった。ちなみに後日、奴の紹介で秋葉原の某ビルにオープンした某メイド喫茶を訪問し、そこでまた神経が磨り減るような思いをすることになるのだが。それはまた機会があれば語ることもあるだろう。 

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