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◆05:お宅訪問(深夜)

 あれやこれやで真凛が帰ってしまうと、あたりはすっかり夜になってしまった。この部屋にはテレビがないので、おれは違法改造携帯『アル話ルド君』にぶちこんだ音楽を鑑賞しつつ、相変わらずエアコンの稼動する部屋の中で小説を読みふけっている。直樹はといえば買い込んだ本を読み漁るのに忙しいらしく、こちらの方を見向きもしない。典型的な学生が友人宅でまったりする時のモードだった。


 直樹はすでに夕飯を済ませていたので、おれだけがコンビニで買い込んであった弁当を、部屋にあった電子レンジで加熱して食べた。侘しい食事だが、一人暮らしなんて所詮はこんなものである。ああ、どこかにおれに夕ご飯を作ってくれる優しいお姉さんは落ちてないかしら。出来れば黒髪ロングのストレートで細面だとなお良し。


「お前のところはいいよなあ。美人のお姉さんと二人暮しでよぉ」


 こいつにはお姉さんが一人いて、名を笠桐・R・来音らいねさんという。こちらは弟以上の超美人、しかも頭も良くて気立ても良し、さりげなく男を立てるという、おれ的に嫁にしたい度数ぶっちぎりトップのステキな女性なのだ。ちなみにここ最近は別件で席を外しているが、普段は浅葱所長の秘書として事務所で辣腕を振るっておられる。


「貴様はアレの本性を知らないからそういうことが言える」

「身内だからといって不当に評価するのは良くないぜ?」

「そういう事ではなくてだな」


 そんな会話を続けながら、さらに時間は過ぎてゆく。部屋に帰るまで待ちきれなくなったのか、直樹が大ぶりなノートPCを引っ張り出してきて、『サイバー堕天使』を再生し始めた。おれは最初は横目に見つつ小説を読んでいたのだが、だんだんそっちの方に興味が移ってきて、結局二人して各所にツッコミを入れつつ鑑賞してしまった。気がついてみれば、すでに時計の針は午前1時を周っていた。


「さあて」


 事ここに到るまで先送りにしていた問題を解決せねばならない。つまるところどうやって寝るか、という事である。交代制とは言え三日間も続く任務となれば、仮眠を取ることを考えざるを得ない。一応アウトドア用の防寒シートを持参しており、床で寝るくらいは大した労ではないのだが、このスイカの海の中ではろくにそれを広げる場所も無い。


「というか、貴様と添い寝なぞ死んでも嫌だぞ」

「そういう思考が湧き出てくるてめえと一緒の部屋に居ること自体おれは嫌だ。だいたいてめえはもともと夜型だろうが。なんで夜寝るんだよ」

「つい昼ぶかしをしてしまうのでな。学生生活の悲しいサガというものよ」


 こいつは某PC関係の専門学校生でもある。卒業の暁には晴れて姉と共にフレイムアップの正社員に就職するのだとか。


「知ったことか。だいたいおれは朝から調子が良くないんだ。さっさと寝させてもらうぞ」

「たわけめ。どうせ今日一日部屋の中で呆けていたのだろう。たまには働け」


 おれ達があーだのこーだの騒いでいると。


 とんとん、と。


 間抜けなノック音が、深夜のマンションに響き渡った。

 



「…………」


 おれ達は顔を見合わせると、声を消した。おれは抜き足差し足でインターホンまで移動し、画面を確認する。エントランスに人影は……なし。直樹に合図を送る。直樹は一つ頷くと、玄関に向かって歩を進めた。


 オートロックマンションとはいえ、本気で忍び込もうとすればエントランスを潜り抜ける方法はいくらでもある。今も昔も防犯装置の真の役目は『その気にさせない』事にあるのだ。という事は、この玄関までたどり着くこと自体、明確な意図を以ってなされたことになる。直樹、気をつけ――


 鈍い音がひとつ。ドアに接近するまで、直樹とて充分に警戒していたはずだ。いきなりドア越しに消音銃を叩き込んでくるような輩もいないわけではない。その直樹にして、完全に不意をつかれた。


「……ちぃっ!!」


 直樹が飛び退る。いや、あれは飛び退ったのではない。半ば吹き飛ばされたのだ。細身とはいえ、長身の直樹を吹き飛ばすなど並大抵の衝撃では不可能のはず。それに妙だ。扉そのものには何の衝撃も音も無かったというのに!たたらを踏んで留まる直樹。スイカの海にダイブすることだけは辛うじて避けたようだ。硬質の音を立ててドアが開く。これも、扉の向こう側からカギをこじ開けたのではない。例えて言うなら自然に開いたかのような。しかしその時はそれを気にとめる余裕も無かった。何しろドアが開き、侵入者が姿を露わにしたので。


 明かりの元に踏み込んできたその姿は、このクソ暑い熱帯夜にも関わらず、黒いハーフコートを羽織っていやがった。ズボンも黒。ついでに目深に被ったハンチング帽、両手にはめた皮手袋も黒。顔は陰になって確認できないが、恐らくは何がしかの覆面を被っているだろう、とおれは当たりをつけた。体格は間違いなく男。長身の直樹にも勝るとも劣らない上背も相まって、異様な迫力を醸し出していた。


 男が歩を詰める。突進先は言うまでもなく直樹だ。恐らくは、先ほどのドア越しの先制攻撃で手ごたえに不足を感じたのだろう。トドメを刺す気だ。男が手袋に包まれた右手を振り上げる。


「注意一秒怪我一生」


 おれの声に男は一瞬気を取られた。事前にあれだけ騒いでいたのだ、二人目が居る事は奴も当然予想していただろう。問題はおれの声の方向にあった。すでにその時、おれはとっくにインターホンの前から移動し、ドアの脇に回りこんでいたのである。金と力が無いのは抜け目の無さでカバー。玄関口に掃除用具が収納されていたのは確認済みですよ?


 おれの得意コース、内角低目から三遊間をぶち抜くライナーの要領でフローリング用のモップをフルスイング。ステキな音を立てて男の胴に打撃が叩き込まれた。が、


「……頑丈なお体ですこと」


 おれの手に返ってきたのは、プラスチックの柄がへし折れる音と、電信柱をぶったたいたような硬質の手ごたえだった。ダメージが通ったとは到底思えない。男はおれに振り向き、今度は左手を掲げる。


 ――ちっとこれは、ヤバイかな?自分でも顔が引きつるのが判る。帽子の奥から男の視線がこちらの眉間の辺りを捉えているのが感じられた。男が左の指先をこちらに向ける。その時、素人のおれでもはっきりと感じとれた。男の掌から、何か異様な殺気が放射されるのを。男は素手ではない。なにか、この体勢から『放つ』武器を持っている……?


 が。


「全身が鋼鉄などという人間はな。この世に俺が知る限り一人しか居ない」


 強弓から放たれた矢のような一撃が、横合いから男の喉に突き込まれ、そのまま部屋の隅へと弾き飛ばした。男の横合いから攻撃をしかけたのはもちろん直樹。ベランダ掃除用のブラシを構え、一歩前に進み出る。こちらもプラスチックの柄だが、人体の急所を狙った突きであればその破壊力はあなどれないという事だ。


「さっさとしやがれ、ビビッたじゃないか」


 おれは憎まれ口をたたき、折れたモップを放り捨てて直樹の後ろに周る。


「精神年齢を若く保つコツは、刺激のある毎日を送ることだそうだぞ」


 言いつつも、倒れた男から目を離さない。


「……大丈夫かよ」

「かすり傷、というには少々きついがな。致命傷ではない」


 シャツの一部が破れ、赤いものがにじんでいるのが認められた。だが今はそんなことにかまっている暇は無かった。男が恐ろしい勢いで腹筋を収縮させ跳ね起きると、直樹に向かって右手を振りぬいたのだ。先ほど扉越しに直樹を打ち抜いたあの技か。だが一撃目と異なり、今度は直樹の方にも準備が十分出来ている。何かはわからないが、右手から一直線に放たれた攻撃をかわし、すでに懐に入り込んでいた。


 両手に短く握ったブラシの柄が、男の鳩尾に深々と食い込む。そして開いた間合いにねじ込むように逆手を振りぬくと、ブラシがさながら槍の石突のごとく撥ね上げられ、男の顎に叩き込まれた。さらに開く間合い。


 すでにその時、直樹は魔法のようにモップを旋回させ、サーベルのごとく持ち替えている。長く構えられたブラシが一閃。再び刺突が男の喉を抉る。ど派手な音がして、男がキッチンになだれ込んだ。深夜のマンションで騒ぐと近隣からの苦情が怖いんだがなあ。


「お前いつのまにそんな技マスターしてたんだよ」

「杖術など紳士の嗜みの一つに過ぎん」


 男が再び起き上がった。強烈な突きを二発喉に喰らってなお、呻き声一つ上げない。こいつ本当に人間

か。そう思う間もなく、男の左手が空を切った。その狙いはおれ達ではなく……天井の照明!けたたましい音と共にガラスが砕け、あっという間に周囲に闇が満ちる。


「気をつけろ、来るぞ」


 直樹の押し殺した声とほぼ同時に、じゃ、と風が闇を裂く。かろうじて間に合ったのか、直樹のブラシと何かが衝突する音が響く。攻撃が来た方向に直樹がブラシを振るうが、すでに相手はそこには居ない。またしても攻撃。男は暗闇の中の戦闘に慣れているのか、音も立てず移動しこちらの死角から攻撃をしかけてくる。


 流石の直樹も、相手が攻撃をしかけてくる方向が読めない以上、一拍以上の遅れが出ることになる。カウンターを取るどころの話ではない。四度、五度と攻撃が繰り返されるうち、次第に直樹が劣勢になってきた。六度目の攻撃を捌ききれず、直樹の右手がブラシから弾き飛ばされる。がら空きになった直樹の胴に迫る七撃目!


 ずるん、べったん。


 擬音で表現するとこんなところか。男が派手な音を立ててスッ転んだ。


「もう少し早く出来んのか。流石に焦ったぞ」


 ブラシをたぐりよせつつ直樹がぼやく。


「精神年齢を若く保つコツなんだろ?」


 おれは空になったフローリング用のワックスの缶を放り投げた。男は慌てて起き上がろうとして手をつくが、すでにそこもワックス塗れ。無様にもう一度地面に這った。闇の中とはいえ、その隙はあまりに致命的だった。インペリアルトパーズの瞳孔が開き、微かな明かりを増幅し金色に煌めく。


「……!!」


 鈍い音が一つ。闇の中、共用廊下の僅かな明かりでも直樹の刺突は正確無比だった。男は今度は玄関まで吹き飛ぶ。


「裏事情をきりきり吐いてもらわんとな」

「この床もきっちり後始末してもらわねえとな」


 ここが勝機。逃すわけにはいかない。おれ達は間合いを詰める。男はすでに起き上がっていた。にらみ合いが三秒ほど続く。だが、三度目の突きを喰らい、流石に体力も限界に達していたのか。男はくるりと踵を返すと、共用廊下の向こうに姿を消した。


「待てっ!」


 直樹が追う。しかしそこで奴が見たのは、廊下の手すりを軽々と飛び越え、五階の高さから真っ逆さまに落ちてゆく男の姿だった。その時にはおれも直樹に追いつき、二人そろって下を覗き込む。男はまるで、何事も無かったかのようにマンション前の道路を走り、闇夜の中に消えていった。


 十秒ほど間抜けな顔をしておれ達は階下を見詰めた後、どちらともなく口を開いた。


「「知ってたか?」」


 そして互いの顔を見やり、深々とため息をつく。


「ああ、結局こうなるのかよ!今回こそは冷房の効いた部屋で寝て金が貰えると思ったのに!」

「『あの所長が持ってくる仕事はまともだったためしがない』か。一体何時までこの言葉は継続されるのやら」

「おれ達の任務達成率が百パーセントを割るときじゃないのか?」

「何はともあれ、だ」

「ああ」


 おれ達は後ろを振り返った。そこに広がるは、照明を砕かれて闇に満ちた室内と、ぶちまけられた大量のワックスであった。


「一体どうしたものやら」

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