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◆04:絶世のダメ人間

 時刻も午後七時を回ると、真夏とはいえ辺りは暗い。散々日本全土に熱線をばら撒いた太陽が退場しても、熱気どもは相変わらず傍若無人の限りを尽くしている模様だ。


「さて。そろそろ交代だな。直樹の野郎が来るはずだ」


 おれは呟く。もともとこんな留守番の任務を一人二人で延々とこなしていては気が詰まってしまう。昼夜交代しつつ張り込むというのが典型的なパターンだ。もっとも、おれのように自室より居心地が良かったりする場合はまた別なのだが。


「もうそんな時間かぁ」


 ようやく『ガラスの仮面』を読み終えた真凛が肩をまわす。この部屋に入ったのは午後三時ごろだから、おれ達は他愛ない話と文庫本で四時間をつぶしたことになる。


「おなかすいたなあ」

「夕飯は実家だったか?」

「そうだよ。陽司の麻婆豆腐が食べられないのはザンネンだけど」

「抜かせ。お前の家なら豪華和食がてんこ盛りじゃないか」


 一度事務所の冷蔵庫の残りもんを処分するために麻婆豆腐を作ったことがあるのだが、どうもウチの連中には好評だった模様。中華は一人暮らしの強い味方です。炒めれば多少食材が古くたってわからないしね。それはさておき、未成年を泊り込みで働かせるのは何かと不味いので、真凛はここで交代。明日の朝に再合流ということになる。


「最近は変なのが多いからな。気をつけて帰れよ」

「心配しなくても大丈夫だよ。ここからなら地下鉄で一本だし」

「そうか。もし変なのにからまれても、病院送りまでに留めとけよ」

「ボクは今リアルタイムでからまれてるわけだけど、病院送りでいいのかな?」


 おれ達がそんなくだらないやり取りをしていると、玄関のインターホンが再度鳴った。どうやら交代要員が到着したらしい。


 

「で、だ。当然予想は出来たことだが。いい加減に何とかならんのか、それ」


 おれは部屋に入ってきた男を一瞥するなり、初弾を放って迎撃した。


「ふむ。雅を解さぬ貴様には到底理解は出来ぬであろうな」


 腹の立つ男だ。歳の頃は二十歳前後。一応戸籍上は十九歳だったはずだ。すらりとした長身、一見華奢に見えるがバレエダンサーのように絞られた体格。そしてモデルのような小さな顔にシャープな輪郭と白い肌。なにより印象を決定付けるのが、星が流れるかのような長い銀髪と、インペリアルトパーズを思わせるやや吊り気味の茶色の瞳。ついでに鼻に乗せてるメガネが理知的なイメージをより強化している。要するに非の打ち所のない色男というわけだ。っていうかムカツク。服装はというと、薄手とはいえこのクソ暑いのに長袖のタートルネックなんぞを着込んでいる。


 笠桐かさきりリッチモンド直樹なおき。自称日英ハーフのこの男が、おれ達『フレイムアップ』のメンバーの一員にして、今回のミッションの三人目のメンバーなのであった。十人近く居る事務所のメンバーの中でも、こいつとおれは特に昔から因縁が深い。とにかく一緒に並んで街を歩きたくない男なのである。老若の女性をひきつけてやまない顔立ちもそうだが、主だった原因は、


「それにしても何なんだその馬鹿でかい箱は。というかてめえ、そんなものをどこから持ち込んできやがったんだ」


 玄関口からスイカの海を乗り越えてきた直樹が右手にぶら下げているのは、長期海外旅行用のスーツケースに匹敵するほどの馬鹿でかい箱である。大手電気店兼サブカルチャー品取扱店の包装紙で厳重に梱包されており、『そういった類』のものであることを雄弁に物語っている。


「同時に二つの質問をするとは、相変わらず性急な男だな貴様は。順番に答えよう。まず一つ目、この箱の中身だが――」

「あ、いいやっぱ聞きたくねえ」

「――明日発売、『サイバー堕天使えるみかスクランブル』ブルーレイBOXと、初回特典のコンプリートフィギュア十三体コレクションだ。ブルーレイの方は放送時にカットされた映像の完全版と監督および声優陣によるオーディオコメンタリーを収録。フィギュアは長いこと立体化が望まれていたサリっちこと第十一堕天使サリエルとナス美こと第十二堕天使サルガタナスがついに出揃っている。当然ながら凄まじい人気でな。予約を逃したために本日開店前から並ぶ羽目になった」


 ワケの解らない単語を並べるな。っていうかサリっちだのナス美というのは誰がつけた愛称なんだ。そもそもどこが当然なんだ。


「で、てめえはそれを買うために夏の朝っぱらから秋葉原の店頭に並んでいた、と」

「朝ではない。昨夜からだ。さすがに日差しがきつくなってくると堪えたが、何、苦労に見合うだけの成果はあった」


 阿呆だ。阿呆がここにいる。


「そして二つ目の質問だが――。包装紙から判るように秋葉原の某大手電気店ということになる。そしてここは同じ千代田区。購入後ここまで歩いてくることなど造作も無い」

「物理的には造作も無いだろうよ。で、お前はそんなもんぶら下げて天下の公道を歩いてきたというわけだ」

「正確には日没まで一日中秋葉原を散策していたわけだがな。戦利品も中々のものだぞ」


 良く見れば左肩に下げた鞄はみっちりと膨れている。おれには良くわからんが本やらポスターやらをまたぞろ大量に買い込んだのだろう。そう、これがコイツと並んで街を歩きたく無い理由。ほとんどの女性が嘆息する外見とは裏腹に、コイツはアニメや漫画、ゲームの美少女にしか興味がないのであった。


 おれ以上に稼いでいるくせに、こいつの生活レベルはおれより低い。稼いだ給料をこいつは惜しげもなくこの手のグッズに投入しているせいだ。


「お前の戦果報告なんぞどうでもいい。そんなもん職場に持ち込むなよてめえ」

「留守番任務に関しては、私物の持ち込みは認められているだろう。始終小物を事務所に置きっぱなしにしている貴様には言われたくないな」

「おれが持ち込んでいるのはせいぜいが健康グッズの類だ。ちゃんと職場にだって貢献しているだろうが」


 しがない貧乏人たるおれのささやかな趣味は健康グッズの収集である。足のツボを刺激するサンダルとか、目元を冷やすジェル型のシートとか、そういったものをときどき買い込んでは事務所に並べている。人間健康第一ですよ?小うるさいコイツや、もともと健康馬鹿の真凛あたりには事務所が散らかると不評なのだが、他の連中には概ね好評なのだった。ちなみに「腕の引き締め」「肌をキレイに」などとサブタイトルがついているグッズはだいたい一週間を過ぎた辺りで行方不明になる。現場をつかんではいないが、所長あたりが持ち帰っているだろう事は想像に難くない。


「とにかく。次の交代の時には自分の部屋に持って帰れよ」


 このスイカの海にそんなクソでかい箱と何かがみっちり詰まったバッグを置かれては、ますます足の踏み場も無い。ていうかそんな密室状態でこいつと同じ部屋に居たくねえ。


「了解した。俺としても大切な姫君たちをこのようなスイカの海に眠らせておくのは忍びない」


 うげ。姫君ってまさかその人形の事か。


「直樹さん、お久しぶりです」


 帰り支度をしていた真凛がおれ達のほうにやってくる。


「やあ真凛君。先日貸した『決戦竜虎』は読み終わったかい?」

「うん。凄く面白かったですよ~。ボクはやっぱり竜の英俊さんですね。虎の涯もかっこいいけど」


 スイマセン、君らの使う単語が理解デキマセン。


「あ、『サイバー堕天使』のブルーレイ買ったんですね。これってひょっとしてラファエルの最終奥義発動のシーンも入ってます?」

「無論。この話だけちゃんと延長されているそうだ」

「わかってるなあスタッフ」

「……あの。それってそんなにメジャーなアニメのか?」


 おれは恐る恐る尋ねる。


「「常識だ(だよ)」」


 ソウナンデスカ。何時の間におれは世間の常識人から外れてしまったのだろう。ちなみにそれから四十分ほど、真凛と直樹の二人がかりで『サイバー堕天使』のシナリオとキャラクターの魅力について懇々と諭されてしまった。結果、そのアニメに登場する十三体のロボットの形をした堕天使と、それぞれを守護天使に持つ女の子の名前を覚えた事が、本日唯一のおれの成果であった。

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