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◆03:電話番も立派なお仕事

「ふむ」


 規則正しく鳴りひびく電子音は、携帯電話の着信音に囲まれて暮らしている学生からすると随分と新鮮に感じる。電話はおれ達が今いるベランダ側とは反対、入口側にあった。直線距離で大股三歩だが、このスイカの海を掻い潜ってたどり着くのは容易なことではない。


「こういう場合はどうすればいいの?」

「依頼人の希望に従うとするさ」


 おれは焦らずオーダーシートを取り出す。留守番任務なのだから当然、来客や電話があった時の対応の仕方は依頼人に確認している。


「電話があった場合は出て、必要なら伝言を受けておくこと、だとさ」


 よっこらせ、とおれはスイカの海を踏まないよう慎重に歩を進め、受話器をとりあげる。ふと、今この部屋で地震が起きたらおれ達は間違いなくスイカで圧死できる事に気が付いて愕然とした。


「もしもーし」


 いかんいかん、ついつい自宅の調子になっちまう。


『…………』


 受話器の向こうから返ってきたのはステキな沈黙。


「もしもし。ちょっとお電話遠いようですが?」

『…………』


 どうやら電話機のトラブルではないらしい。しかたない。こちらから話しかけてみるとするか。


「やあハニー。シャイなハートが君のチャームなポイントだが、エニイタイムシークレットもミーにはノットソーグドですヨ?サムタイムにはアグレッシブなパッションでメルティナイトをエンジョイハッスルで如何ですカ?トゥデイのアンダーウェアはレッドオアブラック?ハァハァ」

『…………』


 ぶつ、と回線が切られ、あとは無機質なトーン音へと切り替わった。


「……」


 発信は当然非通知だった。


「誰からだったの?」

「三つ編みお下げが似合う純朴女子中学三年生。好きな人の前では上がっちゃって声が出せない性格なんだろうなあ」


 投げやりに答えて受話器を置く。モジュラージャックに高速逆探知システム『追ッギーくん』でもかましてやろうかとも考えたが止めた。そこまでの金はもらっていないはずだ。この手の任務で脅迫電話や無言電話にいちいち取り合っていたらキリがない。社長がヤミ金融に金を借りて遁走した会社の留守番を勤めたときなんぞ、脅迫電話の度に受話器を取っていたらやっていられないので、車載用のハンズフリー器具をセットしたものだ。おれは再び元の位置に戻り、何事もなく再び文庫本を広げた。


 

「ちょっと冷房強すぎないかな」


 おれは顔を上げた。物語は佳境に入っており、クトルゥフ神話張りのバッドエンドに向けて主人公達が次々と非業の死を迎えているところだった。ふと時計を見れば、もう夕方に差し掛かっている。さすがにいつまでも18℃でエアコンを回していると肌寒さを感じる。おれは温度設定を25℃まで引き揚げてやった。


「むう。困ったな」

「どうしたの?」

「いや。実はな。オーダーシートに明記してあるんだ。『エアコンは決して切らない事』、ってな。温度は25℃以下に保たなければいかんそうだ」


 つまり、エアコンをつけっぱなしで数日過ごさねばならないわけだ。涼しいのは大好きだが、寒いとなるとまたちょっと話は別である。


「結局、依頼人が帰ってくるのは明後日なんだよね?」

「ああ」


 オーダーシートにはきっちりその旨が明文化されている。おれ達の仕事はそこまで。仮にその時刻まで依頼人が戻ってこなくても知ったことではない。あるいは別料金で延長分を引き受けるか、だ。


「ん~。じゃあしょうがないか」


 真凛はすい、と立ち上がる。と呼吸を整え、


「へえ……」


 七瀬の流派だろう、武術の型を演じ始めた。別に真凛が急におれに踊りを見せたくなったわけではない。古武術ではウェイトトレーニングで局所的に筋肉を鍛えるより、己の理想とする動きをイメージしつつ地道に型を繰り返すほうが、その動きに必要な筋肉を効率よく鍛錬出来る、とかどこかで聞いたことがある。ヒマを持て余した真凛が鍛錬を始めたということだろう。その証拠に、冷涼な室内にも関わらず五分もするとたちまちその額に汗が浮き始めた。その型は極めて緩やかだったのだが、迂闊に間合いに踏み込んだらどんな体勢からでも反撃を繰り出してきそうな雰囲気を醸し出している。


 その様を何となく眺めていると、ひとつ大きなくしゃみが飛び出て身震いした。いかん。さすがにこのまま夜を過ごすとなると、今度は風邪を引くハメになりかねん。一度自宅に着替えを取りに戻るか。そんな事を考えたとき、


 ぴんぽん、と間抜けな音共に今度はインターホンが鳴った。


「はい」


 ちなみにこういう場合はあまり不必要なことを喋る必要はない。相手が依頼人の知人だった場合に、変に誤解されて警察でも呼ばれると何かと対応がやっかいだ。さすが高級マンション、新聞勧誘や訪問販売の類はホールでシャットアウトしてくれる。先ほど同様にスイカの海を泳ぎインターホンにたどり着く。ホールの監視カメラが捕らえた映像がそこに映し出される。カメラの向こうに居るのは荷物を小脇に抱えた宅配便のおっちゃんであった。カメラの向こう側でごくメジャーな宅配便会社の名前を名乗る。


『お荷物をお届けに伺いましたっ!』

「ありがとうございます」


 それにしても宅配便の人というのはどうしてこうヤケっぱち気味にテンションが高いのか。やっぱりテンションを上げていかないと務まらないほど辛い業務……いや、それはいい。ともあれ、おれは手元のオーダーシートをめくった。しがない派遣社員はマニュアルに従いますともさ。


『玄関を開けていただけますか?』

「すみませんが本日特に荷物が届く予定はありませんが?」


 おっちゃんはちょっと面食らったようだった。


『特急便ですので。まだ御宅に連絡が行っていないのかもしれません』

「申し訳ありませんが後日改めて連絡させていただきますので、本日はお引取りお願いできますか」

『は。しかし特急便ですのでお早い方が……』

「いえ。特急便を遅く受け取ったことによる損害はこちらの責任です。そちらにはご迷惑はおかけしませんので」


 一瞬の沈黙があった。


『わかりました。それではまた後日お伺いいたします。お騒がせしました!』


 映像の向こう、宅配便のおっちゃんは去っていった。おれはポケット手帳にオーダーシートを仕舞いこむ。


「まあ、ナマモノでもなかろうし気にすることもないだろ」


 おれは特に気にも留めなかった。損害は依頼人のせいなわけだし。

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