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◆12:アボ―ティブ・マイグレーション【完結】

「う……う……げほっ、げほげほっ」


 咳き込む山本某が飲み込んだ水を吐き出すのを手伝ってやる。あまり積極的に人命救助の理念を掲げるつもりにはなれず、背中をどつくような強さになってしまったのはまあ客観的に見て許容範囲だろう。


「やれやれまったく、悪運だけは強いヤツだな」


 窒息からなんとか回復し、意識もおぼつかない山本某を、持っていた結束バンドで後ろ手に親指を縛り上げて蹴転がす。必要事項は太平洋電力に連絡したので、直に警察が来るだろう。


「ねぇ陽司、いったい何が起こったの?」


 真凛がおれに問う。水族館を脱出したおれ達は見たのだ。

 海底の水族館に大量の水が流れ込み渦巻く海面をよぎる「巨大ななにか」が、海中を流されていく『白シャチ』に向けて突き進んでいった様を。


 ……おれは少々逡巡し、口を開いた。目撃した同業者の異能をむやみに口外すべきではない、てえのが業界の仁義だが、あいつもおれ達に見せたということは、その程度は織り込み済みのはずだ。


「その昔、どこぞの海軍の科学者が、シャチの子供の脳に機械を埋め込んで人工衛星で操る、っつうイカれた実験をやったんだ」


「……なんで、そんなことを?」


「潜水艦と同じでな。誰にも気づかれず、ずっと地球の海を回り続ける偵察機が欲しかったんだと。機械じゃいずれ壊れちまうから、生きてる動物を改造しようってことになったらしい」


 生涯をかけて地球の海を回遊し続けるシャチ。その頭にセンサーを埋め込み情報収集をさせ続ければ、労せずして世界の海中の状況を把握できるし、哨戒する潜水艦の発見も容易になるだろう、という理屈だ。


「ひどい……!」


「まあひどいな。んで、なんやかんやあって実験は失敗。そのシャチの子供は海に逃げ出し、やがて自分の頭の中の機械を逆に利用し、世界中のネットワークにアクセスする力を得た。シャチは成長するにつれ人間社会の情報を学び、……何を思ったのか、人助けを始めた。正体不明の凄腕のハッカーとして」


 そこでようやく真凛は、さっき海面を過ぎった影に思い至ったようだった。


「それが、マクリールさん、なんだ」


「ああ。”海の神”を気取ってな」


「えっ?今……なんて?」


 真凛がずいっ、と詰め寄る。そこに食いついてくるとは想像してなかったおれは、いささか面食らってしまった。


「ん? なんだよ。ケルト神話にある、魔術を操る白き海の神。『マナナーン・マクリール』、それがアイツのコードネームの由来だよ」


 二つ名、コードネーム。自称他称の違いはあるが、神話や英雄譚の登場人物を名乗る者は少なくない。そしてアイツは、少なくともその名にふさわしいだけの実力を備えていた。


「海の神……」


「真凛?」


「海の神。そっか、そっかぁ……!」


「なんだよニヤニヤして。変な奴」


「ううん、なんでもない!ねえ陽司、見てよあれ!」


 真凛が海を指し示す。

 甲高い笛のような、シャチの鳴き声。

 ずいぶん遠く、海面に姿を表した純白のシャチ。

 その上に乗る、一人の女性。


「お。……よしよし、アイツもちゃんと仕事したみたいだな。――あ、そうそう。アボーティブ・マイグレーション。海の生き物が別の場所に流されて滅んでしまうってのな、実はちょっと捕捉があるんだよ」


「捕捉?」


「ああ。流されても、まれに新たな環境に適応して生き延びるものも居る。太古の昔から、海の生き物はさ、そうやって少しずつ広がり進化していったんだとよ」


 陸の生き物も海の生き物も変わらない。

 自ら望んで、あるいはやむなき理由で。

 住むところを離れたものの幾ばくかが、新たな環境を切り開くのだ。


「……さぁて。なんか美味いもんでも食って帰るとしますか、七瀬クン」


「あっじゃあじゃあ、ボクお寿司がいい! 魚見てたらおなかがすいた!」


「調子のんな、せっかくのギャラを全部吹っ飛ばす気かお前」


 とりだした財布で真凛の肩をぺしぺしと叩く。

 ……まあ、回転寿司くらいならなんとかなるかもな。

 正直、水族館でアイツがトロだのエンガワだの言うから、ちょっと食いたくなっていたのである。




 七瀬真凛は海を見つめていた。

 姿を現した大きな白シャチの上で、空を見上げる水城祥子。


 二人の『白シャチ』が、ゆっくりと海の向こうへ、小さく消えていく。


 どこにたどり着くのか、それはわからない。


 だけど、どこにだって行くことが出来るのだ。


 あの青い空の下に広がる、青い海の、どこへでも。



                    【了】

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