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◆09:アクアリウム・ラビリンス

『”シャチについて”――続き。


 世界中の海に棲息するシャチですが、実はその中には『民族』が存在しています。

 

 世界中のシャチが、大きく分けて3グループのいずれかに所属しており、グループによって食べるもの、住む場所、狩りの方法すらも異なっています。群れを作るシャチですが、シャチ同士が必ずしも仲がいいというわけではないのです。

 

 解説の続きを聞きたい時は、次のボタンを押して下さい』




 再びホールの一番奥、従業員通路への扉へ。


「おーっとそこまでだ。両手を挙げてそこで止まれ!」


 おれを出迎えたのは、山本某の怒声だった。


 そこにいるのはテロリスト『白シャチ』、山本某こと部下の男、そしてロープでぐるぐる巻きにされて転がされた真凛。二時間前にここに足を踏み入れた際と、登場人物は同じだが、位置関係も力関係も、すっかり変動してしまっている。


 状況が悪化したところでリセットもリタイヤも許されないあたりが、オシゴトの辛いところであった。


「へーい。これでいいんでしょ?」


 彼我の距離は十メートル程度。おれは素直に両手を挙げて、抵抗の意志がないことを示してみせた。


「よーし。妙なマネすんなよ!? こっちには人質もいるんだかんな!」

「はいはい、わかってますって」

「陽司!」

「よーう二時間ぶりだな、腹すかして泣いてるかと思ったが、元気なようで何より」

「誰が泣くか! お腹は減ってるけど!」


 この期に及んで食い物の心配をできるあたり、たいした図太さである。……危害は加えられていないようで、こっそり安堵のため息を一つ。


「さあ、交渉の時間だ。君の二時間の成果をここに提示してもらおう。脱出用ボートはどこだ?」


 油断なく銃口を向けながら、『白シャチ』が問う。


 武道で言うところの『残心』か。おれと交渉しながらもおれと真凛双方に警戒の意識を均等に割いており、どちらかから不意を突く方法は使えなかった。


 最近の任務で出会ったトンデモ超人たちとはまた別のベクトルの、厄介な相手と言わざるを得ない。


「いやあ、二時間ずっと、各方面に電話だのメールだの飛ばしまくりでしたよ。この見えない努力、まったく誰か褒めてくれねえもんかなあ」

「ああん、何を言ってやがる?」

「事態を打開するために、ずいぶん色々ネタを考えました。空調からガスを流す、停電を利用する、こっそり接近する、お約束の方法から裏技まで色々ね」


 いやはや。まったく、もしマトモに相対していたならどうなっていたことやら。


 ーーそう。もしもマトモに相対していたならば。


「貴様。その言葉、交渉をする気はないと解釈していいのか」


『白シャチ』の眼が鋭く光を放つ。おれは上に挙げた腕を白旗よろしくひらひらさせて、抵抗の意思はないことを示した。


 仕込みを開示する前に撃たれてはかなわない。


「まぁちょっと聞いて下さいよ。ところがどんな手を考えてみても、その先には『白シャチ』、貴女の完璧なブロックがあった。おれの行動は完全に見透かされてたわけです。正直、今回ばかりはサジを投げようかと思いました」


「ははん、あったりめーだろーが。祥子さんの作戦はカンペキなんだよ。テメェごときがどーこーできるはずがねえだろうが!」


「そう、完璧。問題はそこだったんですよ。それに気づいた時、ようやく解決策が見つかった」


「訳の判らない事をくだくだと。仕方がないな、交渉は決裂だ。君のパートナーは魚の餌に、そして原発に仕掛けられた爆弾は爆発する。無惨なことだな」


 『白シャチ』はかぶりを振った。おれの心臓に銃口を突きつけ直す。だがその仕草は、どこか儀式めいていた。


 さてここからだ。

 腹に力を入れる。読みが誤れば、一歩間違えれば、彼女の親指が動いてズドン、である。


 言葉選び一つに命が載せなければならない。……ま、いつものことであるが。


「本当に爆発させてしまっていいんですか?」


「……何?」


「気づいてしまえば簡単です。そもそも変なんですよ。こんな優秀な人が、なんで原発の襲撃に失敗して、この水族館に立て籠もったのか? しかも立て籠もった後に、完璧な防御まで張り巡らせて。貴女の実力なら、例え包囲されていようがここから逃げ出すことなど簡単だったはずだ。最初の条件設定からおかしかったんですよ」


「……陽司、何言ってるの?」


 真凛と、ついでに山本某の視線を無視して、おれは言葉を続ける。


「となれば、考えられるのは一つ。貴女は襲撃に失敗して逃げ込んだんじゃない。自分の意志で、ここに留まったんだ」


「テメェ、いい加減に、」


「そもそもの発端は!……原発を稼働しようとした電力会社に、環境を守るためアースセイバーが稼働するなと抗議したことだった。でも電力会社としても、節電ブームはそろそろ限界、政治とか経営的なアレやコレやで絶対に止める訳にはいかない。結局、再稼働は決定。アースセイバーは発電所を襲撃し爆弾を仕掛けた。ここまでは事前情報の通りだったんだけどね。まあ肝心な所が抜けてたんだよあなコレが」


「……~んだよテメェ等、いいかげんにしろよ!」


 おれの演説に、あるいは不安定な状況にしびれを切らしたのだろう。山本某がおれに銃をつきつけて金切り声を上げる。

 

「なにワケわかんねえ話してんだ、ボートはどうなってんだよクソが、おい!さっさとボ、」


 山本某は最後まで言葉を言い終えることができなかった。



 背後から銃床の一撃が、重い音を立てて頭部に振り下ろされたからだ。



「が、っ……。さ、ちこ……さ……?どう……して……」


 愕然とした表情で背後を振り返り、襲撃者の名を……言い終えることができず、白目を剥いて山本某は崩れ落ちた。




「……肝心な所、とは?」


 くずおれた部下に目もくれず、能面めいた表情で、『白シャチ』がおれに問う。


「祥子さん!? ど、どうなってるの?」


「はい七瀬クンよそ見をしなーい、ここで問題です。――そもそもこの爆弾、爆発したらどうなってしまうんでしょう?」


 手で真凛を制し言葉を投げつつ、『白シャチ』からは目線を逸らさない……いや、逸らせない。まいったな、交渉事は慣れているつもりだが、ここまでの圧力はなかなかないぞ。


「ええ?そ、それは……爆発すると、原発の設備が壊れて、動かせなくなる、でしょ」


「ご名答。実際、電力会社の人たちもカンペキにそう思い込んでいたんだけどねー。ちょっとばかしオマケがある。マクリールの野郎にシミュレーションさせたんだが、この爆弾、ちょいとセッティングが特殊でね。爆発すると、複数の爆弾が連鎖して、カタログスペック以上の破壊力をたたき出し、原子炉の本体に深刻な損傷を与える」


 これこそがおれのここ二時間の成果である。


 電力会社の社外秘図面データをあれこれしてゲットし、爆弾の情報と照合してシュミレーションを精度を向上させつつぶん回すこと百数十回、おおよそ九割の確率で同じ結果となった。


「嘘!?そんな、だってそんなことしたら……!」


「ああヒドいことになるだろうな。まだ稼働前だからメルトダウンはないにしても、放射性物質が大量に海に流れ込み、このあたり一体が広く放射能汚染されることとなる」


「あ、あり得ないよそんなの!」


 何やらうろたえる真凛。

 おいおい、危害が加えられなかったのはいいが、『白シャチ』に変に感情移入とかしていないだろうな?


「だって、この人は、祥子さんは海を守ろうとしてこの襲撃を起こしたんでしょ。それが海を汚すことになったら、何のために、あ……」


「……だから彼女はここから逃げられなかったんだよ。ですよね?」


「なんの根拠もない妄想だ。だいたいなぜ、環境を守るアースセイバーが海を汚染させる必要がある?」


「じゃあ逆に聞きますがね。アースセイバーはどこからお金を得て、貴女達に給料を支払ってるんですか?」


「……ッ」


 おれの揺さぶりにも反応もなかった能面めいた表情に、その時はっきりとヒビが入ったように思えた。

 ……大きく吐息。この瞬間、おれは撃たれていてもおかしくはなかっただろう。


「……どういう、こと?」


「アースセイバーはモノを作るわけでも、サービスを提供するわけでもない。だから彼らの活動資金は、すべて寄付金でまかなわれている、んだけどな。その寄付金を払っているのは誰だと思う?」


「そりゃあ、地球を守りたい、って思ってる人たちでしょ」


「そう思うだろ? ところが実際に寄付金を出してるのは、アースセイバーに抗議デモを起こされてる当の企業なのさ。表に名前は出てないがね。地球環境を守るためと称して企業に対し抗議活動やデモを起こし、経済活動を妨害する。そしてその矛を収めるかわりに、寄付金という名目で利益をせしめる。……それがアースセイバーという組織の正体さ」


「そんな。会社を脅して、お金を払えば脅しをやめてやるって……!それじゃ前にボク達がやり合ったヤクザと同じじゃない!!」


「違うっ!!」


 『白シャチ』が叫ぶ。それは、分厚い能面がひび割れ覗いた素顔のように、おれには思えた。


「……違う。それはあくまでも一側面だ。寄付金の多くは、我々の理念に共感した善意の人々や企業からのものだ」


「否定はしませんよ。事実そうだったのでしょう」


 だが。


 おれは調べ上げ脳内に記憶してきた、アースセイバーのオモテとウラの帳簿を数字を挙げる。

 最初にアースセイバーから要求したのか、もしくは企業の方から懐柔のため提案してきたのか、それはわからない。


 しかし、脅迫し寄付金をせしめるというシステムがアースセイバーの中に浸透し、それが「美味しい文化」として根付いていってしまった。


 最初は純然たる抗議活動の成果。だがやがて、デモ活動費の負担を寄付金でまかなうようになり、やがて寄付金目当てにテモを起こす。手段と目的が入れ替わっていったのだ。

 

 環境を守るための善意の寄付金よりも、関係する企業からの寄付金の割合が増えてきている事実が、それを示していた。


「……それに伴い、アースセイバーの内部も変わっていったんじゃありませんか?そして、貴女に課される任務も、本来の環境保護から、企業への脅迫を中心としたものに移っていった。貴方の本意に反して。……違いますか、水城祥子さん」

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