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◆31:ミックスカクテル(その2)


――


――――


――――――――



 紅華飯店を出ると、すでに陽は落ちていた。エントランスには桜庭さんと所長、それに直樹の野郎が車で迎えに来ていた。


 さすがに皇女殿下を京浜東北線で帰すわけには行かなかったので、事前に呼んでおいたのである。桜庭さんはハードネゴを終えたおれ達を見て、


「ご苦労さまです」


 と、一言だが、暖かみの籠もった労いの言葉をかけてくれた。


 ファリスと、そして激戦を制した真凛を車に押し込むと、おれは皆と別れた。ふたりともおれにも乗っていくよう進めてくれたが、ルーナライナの件で、まだ関係者と話を詰めておくことがあると告げると、真凛と皇女は納得してそのまま帰路についた。



 関係者と話しておく、ってあたりは事実なんだがな。



 おれは心の中で二人に詫びを入れると、端末で横浜市内の情報を調べ、適当な場所の目星をつけて散歩がてら歩き出す。


 やがてベイブリッジの下、ほどよく人のいないエリアまで来ると、後ろを振り返って声をかけた。本当は人がいようがいまいが大差はないのだが、どうせなら歪みは少ないほうが良いだろう。




「ここでいいだろ?」



 すると、相手――おれを尾けてきた男が、背後の物陰から姿を表した。


「ま、ぼくはどこでもいいよ。お前は律儀に、歪みを気にするんだね」

「貴様と違ってな」


 おれの声は、湿度、温度ともに目盛り最下限だっただろう。


『ああ~手厳しいデスね、ワタシとても困ってしまいマス』


 わざとらしいルーナライナ語。


「その通訳の顔は自前か?それとも、誰かの顔の皮でも剥がして奪ったのか」

「ひどいなあ、お前、ぼくのことを何だと思っているんだ」


 そう言って、男――さっきまでツォンと呼ばれ、ドラゴン・スイートの応接で通訳をつとめていた青年が、薄っぺらい笑みを浮かべていた。


「で、いつから気づいてたの、ぼくの正体」

「最初からだ。今回の件……中国政府をワンシム某に肩入れさせてルーナライナを乗っ取るなんてシナリオ、いかにも自称コンサルタントの貴様が好みそうなものだ」


 おれはザックを下ろし、完全には振り返らないまま、コンサルタントを名乗る男を視界の端に収めた。


「まあねえ、中南海の偉い人たちは結構金回りがいい太客なんだよ。彼らから預かった『強い大陸プロジェクト』で一番盛り上がりそうなソリューションを提案したってわけ。彼らはほら、中央アジアへの進出が千年単位で悲願だったりするじゃない?」

「ワンシム某は、自分こそが貴様を雇っていたと思っていたようだがな、センセイ?」

「そこはそれ、方便ってやつさ。中南海に雇われてプランを組んであなたを支援してます、ってより、貴方専属の顧問ですって言ったほうがモチベーションも上がるじゃあないか」


 責任や問題意識のかけらもない口調。道義上の責任など追求するだけ無駄なことだった。結局のところこの男にとっては、戦国シミュレーションゲームで陰謀コマンドを実行しているくらいの感覚しかないのだろう。


「となれば、監督気取りのくせに舞台に上がりたがる貴様のこと、どこかにカメオ出演を決め込んで紛れ込んでいるだろうと最初から踏んでいたよ」

「へぇ、ぼくが絡んでるって最初から知ってたの?」

「皇女をおれのもとに送ってきたのが桜庭さんだったからな」

「ああー。彼は鋭いよねえ。本当に」


 うんうんと頷く男。


「お前はフィクサーとして電話でワンシムにプランを授けつつ、通訳として側にはべてっていた、というわけだ」

「そうそう。やっぱりさ。身分を隠した王様とか潜入捜査官とか、グッとくるじゃない。彼が僕にパワハラしつつ、僕の電話にへいこらしてるのはこの、なんだ、正体を秘密にしてるヒーローみたいな立ち位置で、正直気持ちよかったよ」

「おれの問に答えろ。なぜそんなくだらん小細工をした。貴様の顔なんぞ知るものはいない。晒したところで対して困るもんでもなかろうに」

「ああ?そここだわるポイントなの?そりゃそうだよだって」


 男――ツォン青年と名乗ったものは、己の顔をつるりと撫でた。




「真凛くんにバレたら困るじゃないか」



 俺は振り返りざまに、視線を一閃させていた。


 奴は察していたのだろう、咄嗟に身を伏せておれの視界から外れた。


 いかなる奇術か。顔の皮が剥がれ、そこには全く別の顔があった。


 二十代後半とおぼしき男。すっきりとした印象だが、痩せすぎという程ではない。おさまりの悪い長めの黒髪をざっくりと整髪料でまとめ、後ろに流している――。



「おお怖い怖い。お前今、一瞬で『天地裁断の鋼独楽グローディス』でぼくを細切れにしようとしただろう?そういうところだよ、余裕のないところーー」


 右手首と両足を狙った『切断』を飛ばす。本格的に『降ろして』いなくともこの程度の芸当は可能だ。そこでようやく、男の顔から剥がれ落ちた偽りの皮が地面に落ちた。



『我は』『亘理陽司に』『非ず』――『無数の名を持ち、だが全ては無意味』


『我は』『人に』『非ず』――『万能の工具、而して意志を許されず』



 簡易接続ハイスピードブート


『召喚師』たる力の片鱗の具現。


 俺の脳裏に降ろされた魔神が、歯車を軋ませその権能を開放する。



 切断/切断/切断/切断/切断。



 不可視にして射程距離無視、防御不可の五連斬撃が、間違いなく手首と両足を切り落とし、首を刎ね飛ばす。


 石畳に四肢が散らばり、悪臭と鮮血が振りまかれた。



 だが。



「もう、堪え性のないやつだなあ」


 横合いから声がかけられる。そこには、今切断した男と寸分たがわぬ『奴』が居た。



 視認と同時に切断。



 縦一文字に奔った斬撃が、奴を唐竹割りにする。血液と糞便と脳漿をぶち撒けて散らばる死体。だが、


「話を聞く気もないってどうかと思うよ?」


 また背後から声。振り返りざまに切断。気がつけば、奴が二人、三人と増殖していた。


 視認がてら首を斬り飛ばす。この程度では驚くには値しない。



『我は』『つなぐものに』『非ず』――『斬界の主。創世の鉈となりし切断者』


『我は』『真実を告げるものに』『非ず』――『而して我、亘理陽司也』



「何の魂胆であいつにくだらん干渉をする?」

「ははあ。そりゃ決まっている。お前があの子の前では随分まともな人間っぽく振る舞っているからさ!」


 薄ら笑いを貼り付けながら間合いを取る。検証がてら四肢を斬り飛ばして返り血を拭ってみたが――現実である。幻覚の類ではない。



『亘理陽司の』『名に於いて来たれ汝』


『――空の七位。”天地裁断の鋼独楽グローディス”!!』



 詠唱完了。


 

 意識から「おれ」が取り外され、魔神が完全に接続されると同時に、俺は一切の呵責無く、大量の奴の存在する空間を斬撃で全て同時に塗りつぶした。かつて『毒竜』なる者の痕跡をこの世から消滅せしめた世界への編集行為。奴の肉体も同時に、微粒子と化して消失した。



『うん。流石にそこまでやられると、こっちもいちいち貼り付けペーストするのは面倒くさいかな』



「――貴様」


 発せられる場所が不明瞭な声。俺はしばし思考し、だが直ぐに得心した。


「『複製』か。貴様、『複製』を始末し、特性を奪ったな」

『ご名答。ちなみにぼくの本体、というか『複製元』は世界の各地に偏在させてある。どれだけ斬撃を無限にばら撒けても、所詮意識と視界だよりの今のお前じゃあ、ぼくを滅ぼすことは出来ないね。倍々でコピーされたぼくが増えるだけ』


 微かな音がする。視界をわずかにそらすと、先程地面に落ちたはずの奴の顔の皮が、再び空中に出現し、地面に落下していた。数秒の後、また空中に出現し落下……それを繰り返している。そして、あれほど切断しばら撒いた奴の肉片や血潮も、地面から綺麗に消えていた。


『ちなみにこれは『循環』。一定条件を満たすまで時間と空間が延々と繰り返される。これで外野の邪魔は入らないから安心してくれ』」


 無数に膨れた男の声が、同じ声を発する。



 舌打ちを一つ。



 俺と奴のような存在同士の場合、命の奪い合いにはならない。


 生命という概念そのものが希薄となるのだ。


 首を切り落とされても『接着』する。


 肉体を破壊されても原本から『複製』して戦いを継続する。


 複製がすべて破壊されれば時間を『巻戻し』してなかったことにする。


 あるいはそれらすべての行為をそもそも『取消』してのける。



 ありとあらゆる手管を通して、互いの存在を滅ぼし合う。


 殺戮でもなく、決闘でもない。強いて言うなら、編纂、だろう。


 世界に自在に干渉できる道具たちが、本として完成されるまでにページに絵を描き黒で塗りつぶし都合の悪い箇所を破り取り、あるいは安易な注釈を継ぎ足す行為――。



『ということで、このまま無限ループを繰り返しても埒が明かない。せっかく出会ったお前にはこれをプレゼントだ。今お前とやり合っても決着はつかないだろうが――リソースを削らせてもらうとしよう』



 突如、空間の隅に、『それ』は出現した。



 強大な体躯の獣。豹の頭に人の手足を持つ。


 先に、『おれ』――亘理陽司が遭遇した敵手。『南山大王』と呼ばれていたもの。


 だがそれはもう、『南山大王』ではなかった。肉体や全体の姿はたしかに『南山大王』そのもの。だが彼方此方に細かい放電やノイズが走り、視認を困難としている。


 顔面のあたりに視線を向けると、何か別の生き物の顔をつなぎ合わせたような画像がちらつき、表情を視認できない。


 異界に住まうという、正気を犯す混沌の生物ともまた違う。


 亘理陽司の言を借りるのであれば、『何かの拍子に、本来参照してはいけない箇所のデータを読み込んで出現してしまったバグモンスター』……『南山大王もどき』と言ったところか。


 確認がてら視線を飛ばす。縦横三つずつの不可視の斬撃が空間を奔り、巨体は九つに分割された。


 奴の姿勢が揺らぐ。そのまま豆腐のように賽の目に崩れ落ちる――はずが、


「――なに」

「――!!」


 奇怪な叫びを上げてこちらに走り寄ってくる。


 間違いなく斬れたはずである。いや、斬れるのだ。相手が液体であろうが金剛石であろうが霊であろうが、まず『斬ったという結果』が発生し、理屈のほうが後から辻褄を合わせる。それが俺の使う特性、『切断』だ。


『南山大王もどき』が接近し、鉤爪を振るう。その速度は些かも衰えてはいない。


「ちっ」


 俺は肉体の抑制を解除し、鉤爪を躱してのけた。自らの思い描く回避挙動に、肉体の方を強制的に付随させる。規格外の酷使に筋肉と腱が断裂し骨格が軋むが、想定の範囲内だ。躱しざまに、今度は奴の全身を丹念に斬撃で塗りつぶす。奴は微粒子まで分解された――はずだった。


「――――!!!」


 またも奇怪な雄叫びを挙げて、化物が迫る。再度の回避。膝と腰部に破損。痛覚は遮断しており挙動に問題はないが、このままでは骨格が損壊する危険がある。


 切断は間違いなく出来ている。だが、おそらく――。


『そう、ぼくの仕込みさ』


 奴の声が響く。


『――『斬られても、生きてる』『斬られても、くっつく』――。そういう風に、彼を『定義』したんだ』


 そう。それが奴の力。


 俺の『切断』があらゆるものを切り裂き、理屈の方が後から辻褄を合わせるように。


 奴が『定義』したものはすべてそのとおりに事が運び。


 理屈の方が後から辻褄を合わせるのだ。



 だが、『切断』はまだ良い。壊れないもの、という物は基本的にこの世に存在しないため、”辻褄が合わせやすい”。だが。『斬られても生きている』だのというふざけた『定義』を押し通すには。


「――、――!」 


 化物の叫び。それは雄叫びではなかった。


 悲鳴だった。


 『切断』されても、剥がれて飛び散る前に、接着して、治る。


 そんな形で無理矢理に理屈づけをした結果がこれだった。この生き物は、無限に切り刻まれながら、『とても運良く』傷口が接着し塞がる。そんな杜撰な辻褄合わせで無理矢理に動いている。

 当然、痛みはそのまま感じているはずだ。頭部、いや脳を切り刻まれる感覚を、死ぬことも出来ずに味わい続ける。その苦痛はもはや想像すらできない。


「貴様。――他に、何を『定義』した?」


『ええと。『生きている限り戦い続ける』、『戦う間は最高の性能を維持する』くらいかな。あんまりやりすぎると歪みが無視できなくなるからね。程々にだよ』


「外道め」


 俺達は己の『特性』に限り、無尽蔵に力を振るうことが出来る。


 だがそれにも一つ、大きな限界がある。皆が将棋を指して勝負しているところに、鉈を持ち出して敵の王将を叩き割る反則行為。それもやりすぎれば、将棋盤が割れ、駒が足りなくなり、以後誰も将棋を指すことが出来なくなってしまう。


 辻褄を合わせきれなくなった世界が破綻した時、すべては終わる。『ゲーム・オーバーではなくフリーズ。あとはリセットボタンを押すしかない』とは亘理陽司の言葉だったか。



 奴の特性、『定義』は特別重く、特別悪影響が大きい。極端な話、奴が『地球は明日から逆回転する』と『定義』すれば、実際に地球は逆回転するのだ。もちろんそんな事をすれば、世界はそこで破綻する。


 その歪みを、奴はこの『南山大王』だったものの一身に集約させたのだ。人間の認識に到底耐えられるものではなかろう。さして尊敬できる人格ではなかったようだが、死すらも取り上げられ、尊厳を貶められているのは哀れではあった。


『さてどうする?お前のために設定して出してあげたボスキャラだよ。ちゃんと勝って、かっこいいところ見せてくれなきゃなあ。ついでに言うと、彼には君を殺せば死なせてあげると約束しているから、多分説得とかも無理じゃないかな』



『我は』『亘理陽司に』『非ず』――『無数の名を持ち、だが全ては無意味』



 苦悶の悲鳴を上げて泣きながら振るわれる鉤爪を回避、回避。


 骨格と筋肉の破損がいよいよ深刻となる。どんな状態になろうと回避はできる。結果を先に設定し、それに理屈を合わさせるのが俺たちだからだ。だがその代償として、肉体の破損は不可逆のものとならざるを得ない。意を決して殴打。肩部骨折と上腕部の筋肉の断裂と引き換えに、『南山大王もどき』を炸薬めいた威力で殴り飛ばし、距離を取る。



『我は』『人に』『非ず』――『万能の工具、而して意志を許されず』



 脳内に並ぶ抽斗ひきだしを見やる。


 今まで使用していた『天地裁断の鋼独楽』の接続が解除される。おれはそれを俺から引き抜いて取り外すと抽斗に収め、『鍵』をかけた。そして他の抽斗を見渡す。エセ天使どもの封印所。いくつかは開封済み。だが、まだ空のもの、そして封印してから開けていない抽斗も多い。


 その中の一つを俺は選ぶと『鍵』を差し込み、回す。



『我は』『とどめるものに』『非ず』



『ほう、どれを出してくるかと思えば、そいつを使うか!ははは!豪勢だね!』



 男の嘲弄は耳に入らない。


 詠唱は完成する。


 これは骨牌遊戯カードゲーム


 勝利する時、こちらに点が1残っていればそれでよい。


 そしてどれほど貴重な手札であろうと、切るべき時は切らねばならない。出し惜しみしての敗北ほど愚かなことはないのだから。



『――『腐界の長。傲慢の聖油をあがなう虹色の金貨』



 幕間は終わり。おれは仕事を終え、舞台裏に戻り。

 

 引き金を絞る。


 弾倉が廻り、魔神が取り外されて欠けた俺の意識の空白に、滑り込むように次なる魔神が接続され――そして撃鉄が落ちる。



『海の四位。”一つ多い棺ダイオク・ザイオン”』



 俺は虚ろな目を見開き、向かってくる敵を見据えた。




『――、――、――!』


 もはや意味をなさぬ悲鳴を挙げて、『南山大王もどき』が襲い来る。この苦しみを止めてくれと。死という安息を望むと。


 だが俺はもう動かなかった。この札を切った時点で、勝利は確定していたのだから。


『――、――、……!?』


 『南山大王もどき』の悲鳴が止んだ。足を止め、その場に棒立ちになる。


 悲鳴を、止めたのではない。


 上げられなくなったのだ。肺が溶けたから。



『……、…………!!』



 そして、吐血した。



「海の四位。”一つ多い棺ダイオク・ザイオン”。その特性は『腐食』。あらゆるものを腐敗させる」


 俺の宣告の前で、『南山大王もどき』はもう立っていなかった。その脚は、なかば液体と化して石畳にたまっていた。


 奴の全身の皮膚が無数に泡立ち、弾ける。


『……!、……!…………!!!』


「貴様の周囲の大気と体内の血液を直接酸に変えた。……お前の内臓はすでに溶け落ち、肉もいずれ消え失せる」


 俺の背後で、俺にのみ幻視できる魔神――巨人めいた長身に王侯の礼服を纏った骸骨――が、虚ろな眼窩から瘴気を吐き出す。


 この魔神が現れるところ、肉、鋼、土、水、樹木、意志、魂や理想。あらゆるものが腐り落ちるのだ。細菌による腐敗、化学反応、風雪による劣化。理屈は何でも良い。『腐った』という結果を設定すれば、原因のほうが辻褄を合わせるのだから。


『切断』が線の概念であり、鉄を無数に切り刻んでも鉄という特性は失われないのに対し、『腐食』は面の攻撃であり、鉄を錆びに変えてしまう。『斬っても死なない』存在に対しては有効な概念であった。


 だが欠点もある。『腐食』という概念上、変化が始まって終わるという時間が必要となる。


 つまりは、すぐには死ねない。


 辻褄合わせの理屈に、酸という安易だが明確な手段を選んだのは、これが最速で、歪みの少ない選択だったからに過ぎない。



 奴の『定義』の欠点は、定義から外れれば何の効果も齎さないことだ。『斬られても死なない』ならば、切断以外の方法で殺せばよい。単純な身体能力の差で殴り殺すことは出来なかったが、これであれば何の問題もない。


 最も世界への歪みが少なく、相手に不要な苦痛を与えず殺せる『切断』。だからこそ亘理陽司はこれをもっとも頻繁に用いた。この『腐食』を用いることはないだろうと思っていたのだが――。



「――――むしばめ。一つ多い棺ダイオク・ザイオン

『――つかまつる』



 俺が指を打ち鳴らし、魔神が呼応する。『南山大王もどき』を覆う大気と自身の体液が、それ自身を最も腐食させやすいものに変じ……溶かし尽くした。


「……!……、……、…………」



 本来の生命力と、巨体が仇となり、獣が完全に溶け崩れ落ちるまでは時間がかかった。



 どの時点で苦痛から解放されたのかは知る由もないが、少なくとも、『南山大王もどき』が死んだことは確かだった。




「……これで満足か?」


 血液さえも分子レベルで溶け蒸発し、もはやそこに巨体の男が居たという事実など想像もできないほど綺麗な石畳に視線を落とし、おれはつぶやいた。


『大変満足だよ、陽司。これでお前というグラスに、また余計な味のジュースが継ぎ足されたわけだ」


 男の声がする。とうにその姿は、どこにもなかった。


「それで、どうかな。お前、自分のグラスにもともとコーヒーが入っていたか紅茶が入っていたか、まだ自信を以て言えるかい?』

「……知らんよ、そんなこと。ワイングラスに不純物が混じった時点で、それはもうワインじゃあない。あとは水が混じろうがウィスキーが混じろうが、ワイン以外の何か、という存在からもはや変わりようがない」


 どこにも姿を見せないくせに、ため息が耳に届いた。


『つまらないなあお前は!ああ、だめだだめだ、こんな根性なしにはあの子はもったいないぞ』

「世迷い言はどうでもいい」


 虚空をにらみ、どこにいるかもわからない相手に宣言する。


「いずれ貴様にたどり着く。『誰かの悪夢バッドジョーカー』。他人のグラスに混ざり込んだ不純物。貴様の行き着く先は、おれと同じ。全部混ざり合って、誰も飲めない腐れ水となって、排水溝に消えるのみだ」



 聞こえていたという確信はある。



 返答はなかった。



 時間が正常に流れ始める。


 粉砕した下半身と腕では体を支えきれず、崩れ落ちた。


 どうにか回収の連絡を飛ばしたところで、おれは激痛で意識を失った。

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[一言] みんながレベル上げて戦ってるのを観た後のこれ。 チート大魔神同士の戦い。 ゲームの種類も変わってるんだよな、アクションからコマンドバトルに。
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