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◆16:路地裏遁走劇

 留学生向けの寮を出たおれ達は、管理人さんに礼を言って鍵を返し、香雪達に電話で報告した。ようやく日が落ちたばかりだというのに、既に連中は出来上がっており、すでにおれに鍵を預けたことなど記憶の彼方に埋もれてしまっているらしい。


 友人達の防犯意識を不安に思いつつも、おれはファリスとともに相盟大学を後にした。キャンバスを離れ、事務所へ向けて歩く。ものの十五分も歩けばたどり着く――はずだったのだが。


「ねぇ、マジ?マジだろこれ、マジヤバイよな?」


 大通りを折れ、事務所に向かう細い道路に入り込んだ時だった。


「へぇマジかよ、銀髪なんてホントにいるんだな」

「ヤベー!マジだわコレ」


 おれ達の行く手を、八人ほどの男が塞いでいた。通路の両端に座り込みこちらにじろじろと無遠慮な視線を向けていたのだが、おれ達が通り過ぎようとするとにわかに立ち上がり、なれなれしい様子で近づいてきたのだった。タバコ臭い息を吐き散らし、先頭の一人が話しかけてくる。


「あ、あの、貴方たち……は?」

「うおーマジ?日本語わかんの?やっべオレお友達になっちゃう?なっちゃう?」


 下品な笑い声。いずれも二十代かそこら。染めた髪。異性の目を意識しているくせに、細部までは行き届いていないだらしのない服装。


 相盟大学の学生かとも思えたが、その顔に浮かんだにやにやとした笑み、そしてこちらに向けられる明確な悪意が、連中を典型的なチンピラの類いであるとはっきり示していた。その一人、タバコ臭い息の男が無遠慮に近寄ってくる。


「なあ姉ちゃん、日本はじめて?おれ達が色々案内してやるよ」


 台詞にまでコピペめいて独創性がない。連中の視線がおれとファリスどちらに向いているかを確認――悲しいかな、おれも恨みを買う相手にも理由にも不足しないのだ――し、視界の端で後背を捉えると、そこにもすでにチンピラ達が立ちふさがっていた。


 明らかな待ち伏せ。こちらがここを通ることを確信していなければ出来ない行動だ。合計十三人。おれはため息をひとつ、肩にかけていたザックを下ろす。


「まあ貴方たちにもヤベーくらい魅力的な女性に一声かける権利くらいはマジ認めて差し上げても構いませんが。マジ世界情勢と政治についてヤベー視点と二時間くらいは語れる知識はお持ちでしょうか?マジ僭越ながら現時点ではヤベーほど準備不足ではないかとマジ推察いたしますが」


「ア?何わけわかんねぇ事言ってんだよガキ。すっこんでろや」


 そういや二十代ってことは、こいつら一応年上になるんだよな。年長者には敬意を払いましょう――年月が知恵と人格に正しく蓄積されているならば。おれはすみやかに態度と二人称と切り替えることにした。


「すまんな。会話のレベルをお前達に合わせてやるべきだった。わかりやすく言うとこうだ。――今すぐ舌を噛んで死ね。そして生まれ変わって神様に顔面と脳ミソを作り直してもらってから出直してこい」

「喧嘩売ってんのかテメ――ぶっ!?」


 歯をむき出しにして威嚇するチンピラの顔面にザックを叩き付け、


「当たり前だ。それともいちいち確認しなければ理解できんほど残念なのか?」


 渾身の自己流右ストレートをたたき込んだ。真凛あたりなら「腰がぜんぜん入ってない」と評しただろうが、素人の喧嘩ならこんなものである。ザックを緩衝材代わりにしたのは、歯や鼻骨を殴って拳を傷めないためである。


「わた……あのっ!」


 おれの名前を叫ぼうとして思いとどまるファリス。大変賢くてよろしい。


「逃げるぞ!」


 先頭のチンピラがよろよろと後ろの仲間にもたれた。それによって崩れた包囲網の隙間に身体を割り込ませ、皇女の腕を強く引き寄せる。予期していたのだろう、ファリスは逆らわずにおれに身体を預けてきた。受け止めると同時にすばやく反転し、皇女の背中を通りの奥に押し出す。


「大通りまでまっすぐ走れ!」

「はい!」


 視線を一度だけ交わしたあと、躊躇せずに走り出す。聡明な娘だ。ここで変におれを心配して立ち止まったりしては、却って双方に危険が増す事を弁えている。


「ンだテメェなに邪魔くれて……ぶげあ!!」


 後続、長髪にピアスのチンピラがつぶれた蛙のような悲鳴を上げ、突如雷に撃たれた様にひっくり返る。いや、比喩ではなく雷に撃たれたのだ。


 違法改造携帯電話『アル話ルド君』裏機能の一つ、|電針銃(テーザ―)モードである。過剰にコンデンサの電圧を高め、ガス圧でワイヤー付きの仕込み針を発射し電流を流し込む射撃型スタンガン。もちろんよい子が街中で持ち歩いて良い品物では決してない。


「てっめ……」

「死にたくなけりゃ近寄るんじゃねえぞ!!」


 おれは大声を張り上げ、チンピラ共に電針銃に変形させた携帯をつきつけた。自慢じゃないが喧嘩の腕はからっきしである。しかし喧嘩というものはレベルが低ければ低いほど、戦闘の技術よりも威嚇が重要になる。要は猿山の縄張り争いだ。


 そしてこれも自慢じゃないが、ハッタリには自信がある。何しろこの電針銃、弾数は一発のみだったりするのだ。大音声と威嚇に、相手が歩を止めたその一瞬に合わせ、おれも踵を返し通路の奥へと駆けだしていた。


「逃がすな!捕まえろ!!」


 背後から刺さる怒声を無視して、おれは走った。


 だが奥に向けてしばらく走ると、先に行ったはずのファリスが棒立ちで佇んでいた。


「何やって……」


 文句を言いかけて気づいた。大通りに通じる細い通の突き当たりに、ねじ込まれるように趣味の悪いワンボックス車が停車していたのだ。もちろん進入禁止である。あのチンピラどもの移動手段、兼即席の壁ということか。舌打ちを一つ。なかなか知恵が回るじゃないか。


「こっちだ!」


 ファリスの手を引いて左に折れる。背後からは「曲がったぞ!」だの「左だ!」だの声。おれ達は右に左に道を折れ、雑居ビルの裏へとまわった。


 ビルの通用口の前では、休憩中なのだろうか、くたびれたサラリーマンが数人、タバコをふかしているのが目に入った。ここを抜ければ大通りに抜けられる。日ごろの運動不足で上がりつつある息を抑えつけ、ファリスの手を引き走る――だが。


「亘理さん!」

「っと!」


 ファリスの悲鳴。反射的にザックを振るったのはおれの反射神経から考えれば上出来だった。舌打ちが聞こえた。見れば、さっきまでタバコをふかしていたはずのサラリーマンが、唐突にファリスに向けて腕を伸ばしてきていたのだった。ザックを叩き付けられた腕を引っ込め、おれをにらみつける。


「クソが……、大人しくしやがれよ」


 その焦燥感に駆られた濁った眼を見て、おれはだいたいの事情を理解した。


「『アーバンジョブネットワーク』」

「な……」


 男達の動きが止まった。図星か。


「どうせギャンブルで借金こさえて、ろくでもないバイトに手ぇ出したってとこだろ。アンタらの身元、メアドと住所くらいならすぐわかるぜ?」

「ま、待て……」


 男達はあきらかに狼狽したようだった。


「動画つきでネットにさらしてやってもいいんだぜ。クビになった上に前科がついちゃあ借金返せても割に合わんと思う――がねっ!!」


 口からなめらかに脅迫を垂れ流しつつヤクザ・キック。ダメージは最初から期待していない。腰が退けた相手を押しのけて突破口を開き、おれ達はさらに通路の奥へと身を躍らせた。遠ざかる男達の罵声を背にひた走る。



『ふん、ネズミも逃げ回るとなれば小知恵を効かすものらしい』


 とある雑居ビルの屋上から、それらの騒動を見下ろす無国籍な風貌の大男が一人。手すりに凭れ、軍用の双眼鏡を覗き込みながら独りごちる。手すりには持ち物なのだろうか、杖……と言うには太く長過ぎる、異形の鉄棒が立てかけてあった。軍から支給されたレーションを噛みちぎり、舌打ちを一つ。


『それにしても日本人はなぜこうも惰弱なのか?どいつもこいつも栄養の行き届いた体格をしていながら、ルーナライナの物盗りのガキより足が遅い』


 日本の晩秋、すでに冬の気配を漂わせており日は短い。すでに夕陽は高層ビルの隙間に半ば以上を沈めつつあった。


 それに抗うように家々の窓やネオンの看板が灯りだし、狭い通路の様子はそのコントラストの中に急速に埋もれてゆく。だが大男……ルーナライナ軍大佐ビトールの瞳は、宵闇の中を逃げ回る第三皇女の姿を見失うことはなかった。


『何をしている?』


 背後から英語での問い。驚きはなかった。


『『朝天吼』か』

「ほう、足りない脳でも俺の名前くらいは覚えていたか」


 振り返れば、仏頂面の少年……劉颯真がそこにいた。接近そのものにはとうに気づいていた。いかに気配を隠して近づこうとも、彼の体毛は空気の震えを捉える。もっともこの傲岸な少年にとって、隠れて近づくなどという考え自体が選択肢として存在しないようだが。


『ここは俺の作戦領域だ。貴様等が今さらその青いクチバシを突っ込む隙間はないぞ』

「なぜ勝手に動いた?しばらくは皇女を泳がせることで合意したはずだ」


 颯真の声が低く沈む。その声は激昂する少年のものではなく、己の領を犯した者へ罰を下す王のそれであったが、ビトールは鼻を一つ鳴らしたのみだった。


「閣下のご命令があったのだ。物事は迅速に為せ、とな」


 颯真の眉が急角度に跳ね上がる。


「ワンシム様はお忙しい方だ。貴様等の効率の悪いやり方につきあう必要などない。女など攫ってきて尋問で必要な事を吐かせればそれでよい」

『尋問?拷問の間違いではないでしょうか』


 少年の傍らに影のように従う女、『双睛』が言う。その魅惑的な肢体を眺めやり、小さく舌なめずりをする


『馬鹿を言うな。ルーナライナの軍人が民間人を傷つけるような恥ずべき真似をするものか』

『逮捕した市民を砂漠で一昼夜連れ回すのがお好きと聞いたのですけれど』


 ビトールの目尻が歪む。――おぞましい悦楽の記憶に。


『俺は慈悲深い男でな。怠けがちな市民の運動不足解消につきあってやっているのだ。健康のために裸足で砂漠の上を一日歩く。すると皆、なぜか俺に感謝して色々と喋りたくなる。人徳というものだな』

『熱砂の上を歩かせられればそうでしょうね。特に足の爪を剥がされた状態であれば』

『ふん、随分と些事を調べ上げているようだな?』


『くだらん問答はいい。今すぐ駆りだした雑魚共をまとめてここを去れ。そうすれば合意を反故にしたことは不問にしてやる』

『ハ!寝言を抜かすなよ小僧。取り違えるな、俺達がお前を雇っているのだ。俺達が予定を変更すれば、お前達がそれに合わせる。当然だろう?」

『ほう。――要求を呑む気はないということだな?』


 颯真が右足を一歩踏み出す。コンクリの屋上が、みしりと軋んだ。


『当たり前だろう。それから小僧。最初から目に余っていたが、貴様、雇用主に対する態度にだいぶ問題があるなア?』


 ビトールが向き直る。両腕を大きく開き、その唇から歯茎がむき出しになった。


『――お楽しみをお邪魔してすみませんが』


 激発寸前の空気は、狙い澄ましたタイミングで差し込まれた美玲の声で霧散した。屋上から路地裏を見

下ろす彼女の瞳は、都会のネオン光を反射し、幽玄な淡い光を放っている。


『状況に動きがあったようですよ』




「亘理さん、彼らはいったい、誰ですか……?」


 皇女の息が僅かに上がっている。おれはそれに年長者の余裕を持って、


「ああ、アーバン、ジョブ、ネットワーク、つってね……!」


 答えたつもりだったのだが、どうも呼吸器系は過剰労働に文句を言いたい模様。こないだの山中走破といい、やっぱり基礎訓練って大事なんだなァ。


「……お手軽な、兵隊調達、手段さ!」


 アーバンジョブネットワーク。


 近頃口コミで広がっている、暴力団にも所属できない程度の中途半端なチンピラ、タチの悪い不良学生、借金を抱えた社会人……裏の世界に「片足とは言わないが半歩踏み出しているような」しょうもない連中を対象にしたSNSだ。


 今日では男女の出会いもお手軽なバイト探しもSNS上で行われるが、こと裏の世界もそれは例外ではない。


 ヤバくても割のいいバイトを求める連中がアドレスを登録しておき、そこにヤバい仕事をしたいが自分の手は汚したくない連中が携帯のメール一本で依頼を……例えば「銀髪の女を攫ってこい」とでも持ちかければ、即座に私兵集団を作り上げる事が出来るといういわけだ。


 ちなみに報酬は駅前のコインロッカーの位置と暗証番号という形で支払われ、アドレスを辿っても依頼人に辿り着くことは不可能という寸法。ってな事を解説してたら袋小路である。


「追い込んだぞ!行き止まりだ!」

「手こずらせやがって、ぶっ殺してやるからなガキが!」


 はん、どうせ新宿あたりから出張ってきた連中だろうが、こちとらホームだ。安い昼飯を食わせてくれる店を探して日々街を彷徨ってる学生ナメんなよ?行き止まり近くの中華料理屋のドアを無造作にオープン。


「ちいっす大将、ちょっと通りまっす!」

「あの、すみません、お邪魔します……」


 目を丸くする店長に目で詫びながら店内を突っ切る。この店は確か旧いビルのフロアを間仕切りして四つの店舗にしたものだから、確か奥で一杯飲み屋とつながっていて、そこを抜ければ――


「抜けた!」


 おれの叫びに、早上がりのサラリーマン達がぎょっとした視線を向ける。そう、おれ達は今、一杯飲み屋ののれんをくぐって、事務所の裏口へと続く通りへと抜け出ていたのだった。あとはここを直線ダッシュすれば、


「逃がすかよオラァ!女をつれてきゃ十万円、テメェは全殺しだ!」


 どやどやと店を突っ切り追いかけてくるチンピラ共。あああご主人すみません。今度メンツ集めてここで飲み会させてもらいますんで。


「つうかお前ら、十万で誘拐罪を背負うつもりかよ」


 言っておくが社会的信用はいざ失ってみると取り戻すのに十万や百万ではきかないんだぞ、これだから本当の意味で頭の悪い連中は――などと思考を逸らしたのがいけなかったのかも知れない。次の瞬間、おれは足をもつらせ盛大にすっころんでいた。


「大丈夫ですかっ!?」

「立ち止まるなっ!」


 ああもう泣きそう。怪我ならともかく、運動不足で足がつったのである。いざ一般人が映画のようなシチュエーションに巻き込まれても、ヒーローのようには行動出来ないという見本になってしまった。


「早く行けっ!」

「でも――」


 ここでファリスが躊躇したのは、判断を誤ったのではなく、迷ったからだ。己が標的という事は彼女も判っている。だが散々挑発されて頭に血が上った連中が、おれを無傷でスルーするはずはなかった。


「気にすんな、給料のうちさ」


 まあ腕と前歯くらいは仕方ない。


 そう、腹は括ったつもりだったのだが。


「……だから、行けってのに」


 皇女は、踵を返していた。紫水晶の瞳がおれを見つめる。桜色の唇が微かに動き、声なき声でルーナライナの言葉を紡いだ。


 ”アルク”と。


 そして腕を取って立ち上がらせる。


「……ごめんなさい」


 時間としてはわずか。だが、チンピラ達がおれ達に追いつくには十分な時間だった。背後から風。とっさに皇女を庇う。振り返りざまに顔面に一発いいのを貰った。


「……っ痛ぅ」


 視界がぶれる。口の肉が歯に当たって裂けた。こりゃしばらく口内炎は確定だ。


 両腕を上げてなんとか二発目をブロック。だがガードが上がったところにボディ。今度は入った。腕の隙間から怒り狂ったチンピラの顔が覗く。よく見れば最初におれが顔面パンチを入れた奴だ。嘔吐感をこらえる。


 口先三寸も通用しそうにない。あーもう。ここで玉砕するっきゃねえかな!

 



「――おまたせっ!!」


 その声は頭上から聞こえた。


 後ろから助走をつけて跳躍。おれの頭を台にして跳び箱の容量でもう一段己の身を引き上げ空中で一回転――そしてその勢いを微塵も殺さず、我がアシスタント七瀬真凛はまさかりのように踵を振り下ろした。


「はぎゃっ!?」


 異様に小気味の良い破裂音。助走と落下と回転の勢いを全部乗せた踵がチンピラの鎖骨を容赦なくへし折ったのだ。


 しかもそのまま体勢を崩すことなく、苦悶に反り返った胸を蹴って真横に跳躍。後続のチンピラ……おれが電撃をかました長髪ピアスに襲いかかる。


 空中から無造作に左手で長髪、右手でピアスをひっつかみ、そのまま背骨を軸として全身の筋肉をうねらせ、ぐるんっと一回転した。


「うっわ」


 おれは思わず声を漏らしてしまった。長髪とピアスをハンドル代わりにされて首を捻られ、ちょっと言及できないほど凄惨な状態になったチンピラ二号が顔を覆って悶絶する。残心しつつバックステップ、おれ達を背後にかばうその様はまさしくヒーローのそれであった。


「なんだテメェ!?」

「ガキか?今何しやがった?」


 後続のチンピラ達が呆気に取られ、足を止める。その一瞬、魔法の杖のように伸びた真凛のつま先がさらに一人の鳩尾を蹴込んでいた。これで三人。


「集団戦?いいよ」


 ぞっとするほど冷たい声。この娘の本質、刃物じみた美貌が垣間見える。


「そういうのは得意だから」

「真凛さん!!」

「遅くなりましたファリスさん!もう大丈夫ですよ!」

「もう腹痛はよくなったのか?」

「おかげさまで!休んだあと御礼言って一度事務所に戻ったんだよ。そしたらあんた達が来たから――」

「ああ。それでパンツも履き替えてたのか」

「…………な」


 うん、まあなんだ。いくら色気よりも食い気とは言え、スカート履いて飛んだり跳ねたりは、ちょっとな――って、


「痛ッてえじゃねぇか!?普通顔面蹴るか?」


 さっきのパンチよりよっぽど痛ぇぞ!?


「うっさいバカ!普通助けてもらってその台詞はないでしょ!?バカでしょアンタ!?あのまま死んでればよかったのに!バカ!」

「おいお前今バカって三回言いやがっただろ?」

「亘理さん、さすがに今のはどうかと」

「え………まずかったかな?」

「ルーナライナでしたらその場で射殺されても無罪判決のレベルです」

「……ま、まあそれよりアレだ。真凛、そいつらをやっつけてしまえ!」


 自分がダメな悪の幹部になった気がする。四天王最弱とかそういう奴。


「……あとできっちり話しよっか」


 猛獣めいた視線の女子高生。小娘一人、だが異様に喧嘩慣れしたその雰囲気と、何より三人を瞬殺してのけた技量。チンピラ達は明らかにひるんだ様子だった。




『あらあら、これは良くない状況ですわね』


 胸の下で腕を組んだ美玲が言う。暗闇を見通す彼女の視界の中では、七瀬真凛に突っかかっていった与太者達が、ほとんど鎧袖一触の状態で次々と戦闘不能に追い込まれている。


『当然だ。小銭をばらまいて雑魚を集めたところで所詮は雑魚。戦闘要員のエージェントが出てくればそれで終わり。自明の事だ』


 そう言って颯真が横目でビトールを睨んだのには当然、無断行動への非難もあるが――


『まさかこれで終わりか、とでも思っているのだろう?』


 陽が殆ど沈み、あたりを覆い尽くす夜の帳の向こうから、ビトールの声が響いた。


『違うのか?』

『当然、終わりではない。与太者どもをかき集めてけしかける程度ならば子供でも思いつく方法だ。本番はこれからよ』


 闇の中、その瞳のみが異様なぎらつきを放つ。金色の輝きの中で、瞳孔が縦に裂け、そして拡がった。


 筋肉質の大男の輪郭が黄昏ににじみ、ぼやける。陽炎のようにゆらいだそれは、やがて二足歩行のままに、全身の毛を炎のように逆立てた異形のけだもののそれとなった。


 闇の中、それ・・は己が歯を食いしばり、そのまま大きく呼気を吐きだした。口腔内で一度せき止められた呼気が圧をかけられ歯と歯の隙間から幾条も吹き出す――朦々たる黒煙となって。


『――”ルーナライナとトウキョウとでは条件が異なる?”』


 再び男の姿がかき消える。夜の闇よりなお暗い、光を呑む靄によって。


『――”兵隊もいないのに?”――いかにも人間が口にしそうな言い訳よな』


 しばらく黒い靄の中に眼を凝らしていた美玲が、やがて得心がいったように組んでいた腕を開いた。


『これはこれは――そういう筋の方でしたか。こう言っては何ですが、我々の反りが最初から合わなかったのは仕方のないことだったのかも知れませんね』


 闇の向こうで空気が震える。牙を軋らせた笑い声。


『そうさな。本来は俺は喰う側、お前達は喰われる側――だ。女、貴様のししむらを食い千切れなかった事は心残りだが、それはまたいつかの楽しみとしよう』


 轟、と突風が一つ。


 黒い靄が風に散る。美玲が風になぶられた髪をかき上げた時には、すでにルーナライナ軍大佐ビトール

の姿は雑居ビルの屋上からかき消えていた。


「行ったか」

「追いますカ?」 

「それこそまさか、だ」

「一応確認ですケド、我々ビトール殿を止めに来たコトデスヨ?」


 己の忠臣の言葉に、若き暴君は鼻を一つだけならした。


「気が変わった。ビトールの奴、頭はともかく腕はそこそこ立つようだからな」


 先ほどビトールが凭れていた手すりに身を乗り出し、劉颯馬は言った。


「七瀬め。『竜殺し』、どこまでやるのか見せて貰おう」

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