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◆07:今日の授業(偽)――世界史B

 かつて、遠く隔てられた東と西の世界をつないだ、幾条かの細い道筋があった。


 

 険しい山岳や熱砂の地平を横切り、乾いた大地の隙間を縫い、滔々たる大河を横切り点在するオアシスを繋ぐように刻まれたそれらの道筋を、ある者は一攫千金の夢のため、ある者は己の生業たる商いのため、ある者は勅命を帯びて視察のため、命をかけて往来した。


 敦煌(とんこう)楼蘭(ろうらん)烏魯木斉(ウルムチ)庫尓勒(コルラ)、トルファン、ホータン、ヤルカンド、サマルカンド、ガンダーラ、タシュケント。


 現在ではシルクロードとも呼称されるその交易路には、無数の人種、物資、知識、宗教、財宝が行き交い、それらを旺盛に取り込んだ都市や国家が、独特の華やかな文化と歴史を幾つも築き上げてきたのである。


 その中でも一際幻想と神秘に包まれた城砦都市が、ルーナライナである。


 都市としての歴史は三千年以上も過去に遡るとされ、中国の某古墳から出土した文献に登場する、”西方の嫦娥国”と同一であるとも言われる、まさに幻の都市。


 急峻な山脈に四方を囲まれたこの都市は、ひとたび交易路である東西南北の街道を閉ざしてしまえば、まさしく鉄壁の城砦都市と化す。


 中国を中心とした「東洋史」と、ヨーロッパを中心とした「西洋史」の歴史観に分割された日本の授業では語られる事が少ないが、中央アジアの歴史は、都市の支配権と交易の利権を奪い合う、過酷な戦いの連続でもあったのだ。


 そんな血塗られた戦国時代にあっても、天嶮に護られたルーナライナが陥落することはなかった。かつてかの苛烈なる草原の覇者の軍勢が攻め寄せた折にも、数年にも及ぶ包囲網に耐え抜き、ついには王族でもある敵将を馬上から射落とし敗走せしめたという。


 失政や政変により内側から王が倒される事はあっても、簒奪者も、あるいは後を継いだ者も、常に王族の出身者であり、他の国の者に政権を渡すことはなかった。ひとつの血族が、数千年に渡って支配者であり続けたという例は、世界史においても極めて珍しい部類と言って良いだろう。


 揺るぐ事なき交易の街は、黒髪の東方の文人、巻き毛の西方の騎士、北方の草原の民、南方の褐色の美姫、様々な人を受け容れ、長き繁栄を享受してきたのだった。



 

 だが、伝説の城砦都市も、交易路そのものの衰退には為す術がなかった。


 航海技術の発達により、交易の主力が陸路から海路にシフトすると、これらの交易路を利用する人そのものが少なくなっていったのだ。


 タタール、スクタイ、パルティア、フン族、匈奴(きょうど)突厥(とっけつ)契丹(きったん)、そしてモンゴル。東西双方の世界で恐れられた、「辺境から攻めてくる騎馬の民」が、歴史の表舞台から姿を消すのがこの時代である。


 交易路を支配、保護することで力を維持していた彼らは衰退の一途を辿ることとなる。ルーナライナもその宿命には逆らえず、華やかな交易都市は、徐々に辺境の地方都市へとその立場を貶めてゆくことになった。


 そして二十世紀。第一次世界大戦が終了し、ソビエト連邦が成立すると、この小国は中華民国とソ連という二つの大国の間に挟まれ、熾烈な重圧にさらされることとなる。


 交易なき交易都市は、砂漠に降り注いだ水のように、いずれ力を失い、庇護を求めてどちらかの大国の領土の一部となり、世界地図から消滅していったであろう。


 ”大帝セゼル”が即位することがなければ。



 

 カルガド・ビィ・セゼル・カラーティ。ルーナライナの何百代目かの国王で、中興の祖と言うべき人物である。彼は、さびれた地方都市の復興のため、実に劇的な手を打った。


 それは、金鉱の発掘である。


 ルーナライナを守護する天嶮の山脈、その地底に豊かな金鉱が眠っていることを、彼は突き止めることに成功したのだった。


 異能を持つとも噂され、数千年もの間、人が暮らしていたにも関わらず見つけることが出来なかった金鉱を次々と発見したことから、ルーナライナの民はセゼルを『天の目を持つ王』として称えたという。


 それだけなら、ただ幸運に恵まれた山師、と考える事も出来る。だが、セゼルの非凡さはむしろそこから発揮されたと言ってよい。産出された金を元に技術者を呼び込み、採掘技術を発展させ、人夫による細々とした肉体労働を、最先端の機械による一大鉱業へと生まれ変わらせたのだ。


 それは同時に、貧しい小国が豊かな金の卵に化けたと言うことであり、周囲の大国の食指を動かすに充分すぎたという事でもある。


 セゼルは四方から突き出される外交上の威圧や軍事的な牽制を、巧みにさばき、一方に肩入れすることで他方を牽制し、ある時はしたたかに相討ちを狙い漁夫の利を得ることにより、ルーナライナの強固な基盤を、文字通り死力を尽くして築いてきたのである。


 十年ほど前、八十歳で大往生を遂げるまで一流の政治家であり、王で在り続けた彼は、近代史において”大帝”の名を刻まれることとなった。


 そしてもう一つ、セゼルについて特筆すべきは、彼が王太子時代、日本に留学していたことだろう。二十代の若き日々を、セゼル王太子は日本のとある大学で学び、そこで得た知識は後の彼の経済政策、国の政治に大きく反映されたのだという。


 日本人が知らない「日本を好きな国」は、実は意外と数が多い。ルーナライナの人々にとって、日本は大帝セゼルのもう一つの故郷であり、海の向こうにある遠い憧れの地でもあった。

 

 そして、二十一世紀の今日。

 セゼルの末裔が、この地にやってくることとなったのである。

 

 

 

 

「――以上、ざっと高校レベルの世界史に絡めて、ルーナライナ王国の歴史をわかりやすく語ってみたわけだ。これでだいたい理解できたろ?」

「え!?あー、うん、たぶん」

「多分、って。本当にわかったのか真凛?やっぱりきちんと年表つきで説明した方がよかったか?」


「だ、だいじょうぶ大丈夫!ところで陽司、ここが気持ちイイんじゃない?」

「おぅ!?おぉー、そこ、そこがたまらん、もっと頼む」

「そう?じゃあもっと強めにいくね。これでどう?」

「おお!……いい。いいぜそれ。ああ、最高だ」


 一応状況を説明しておくと、ここは高田馬場にある『フレイムアップ』の事務所であり、今のおれは応接室のソファーに寝そべっており、その上に真凛が馬乗りにまたがっている状態である。


「前から言おうと思ってたけど、……お前やっぱり、上手いよ」

「へへへ。そう言ってくれるなら、もっと頑張っちゃおうかな」

「……っ!やべ、アタマが真っ白になりそうだ……」


 普段のガサツな態度からは想像もつかないほど丁寧な真凛の刺激に、おれは思わず恍惚の笑みを浮かべてしまう。


「うーん。キレイに五臓六腑に気を送り込まれてたねー」

「あの一撃でそこまでか……」

「うん。とくに膀胱経(ぼうこうけい)がひどいことになってたから、あのままだったらトイレに行ってもおしっこが出ない体になってたよ」

「恐ろしいことを言わんでくれ……」

 

 颯馬と玲美さんとの一戦の後、おれ達は気絶したままの依頼人……ファリス・シィ・カラーティ氏を乗せたまま、一気に高田馬場の事務所まで引き返してきたのである。


 フロントガラスに大穴が開いた状態でのドライブはお世辞にも快適とは言えなかったが、それよりもおれは颯馬に撃ち込まれた『気』の影響が酷かった。


 痛みを無視して無理矢理動き回った反動もあり、二日酔いと下痢と神経痛がいっぺんにやってきたような激痛と不快感を味わうはめになりつつ、それでも車を運転し続けたのだが、事務所にたどり着くなり限界を迎え、グロッキー状態のままソファに突っ伏してしまった次第。


 こういう時には、飲み薬や塗り薬よりも、指圧やマッサージの方が効果がある。かくしておれは、真凛の実家に武術と共に伝わっているという指圧術を施療してもらっているというわけだ。経絡を押されることによって、萎縮していた臓器や混乱していた神経が、徐々に落ち着き本来の機能を取り戻してゆくのがわかる。


督脈(とくみゃく)に沿ってもう一周やっておくね。そのあと昼寝でもすれば、動けるようになると思うよ」

「ああ、頼む……」


 それにしてもこいつ、やたらとマッサージの類が上手いのである。


 まあ、こいつの武術の要諦は急所を正確に攻撃することにある以上、裏を返せばツボ押しなどは得意中の得意と言うことなのだろうが、正直、ネットカフェのマッサージチェアなどとは比べものにならない快楽に、ここ最近の徹夜やら飲み会やらの疲労も合わさって、急速におれの意識は奈落の底へと落ちかかっていった。


「ところでさっき、羽美さんがラーメンをおごれ、って言ってたよ」

「ああ……ほっとけ……どうせあと一時間もすれば忘れてるよ……」

「そうかなあ。あ、そう言えば今日の夕ご飯どうする?ボク、今日はいらないって家にいってきちゃったんだけど」

「まぁ、今日は一日仕事だったからなぁ……」


 泥のように沈みかけていた意識の中、おれは半分眠りながら応答する。


「事務所のみんなで、どっかに食べに行くのかな?」

「いや……今夜は六本木にオールナイトで特撮映画観に行くつもりだったんだ……」


 いつぞや知り合いになった水池さんからもらったチケットを使い損ねていたのである。


「オールナイトって、泊まりがけで映画を観るってやつ?」

「ああ……。メシ食いがてら……一緒に行くか?」


 ……まあ、たまにはいいか。


「あ、うん。じゃあ、そうしようか」


 どうもそういうことになったらしい。まあとにかく、今はゆっくり眠りたいものだ。

 おれは心地よい眠りに意識のすべてを委ねようとして――


「起きて亘理君。ファリス皇女が意識を取り戻したわよ」


 われらが事務所の主、所長の声に、現実に引き戻されることとなった。


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