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◆06:龍虎相撃つ(リトルリーグ)

「やっほお、ひっさしぶり颯馬!!またキミと手合わせできるとはね!」


 満面に物騒な笑みを浮かべ、猫のように全身の毛を逆立てる真凛。今日は早朝にフットサルの試合があったとかで、そのユニフォームをそのまんま着ていたりする。ちなみに解説しておくと、こいつがこの仕事におけるおれのアシスタントである。


「……お前との立ち会いも待ち望んでいた!夷蛮戎狄を征する我が『四征拳』。前回は水入りだったが、日本の傍流の武術如きに遅れを取ったまま退く道はない!」

「そーだね。ボク的にもアレ、ショウカフリョウだったしね!今日は白黒つけよっか!」


 のっけからテンション最高潮で吼え猛るお子様。一応もうひとつつけくわえておくと、実はこいつ、意外にも生物学的分類ではギリギリ女性にカテゴライズされるのである。


「遅いよお前!車内で何やってたんだ」


 おれの抗議に、真凛が視線も返さずに答える。


「テレビのケーブルが足にからんでたんだって!あとあの女性(ひと)のシートベルト外してあげたんだよ、苦しそうだったし!」

「ば……」


 バカ、んなことわざわざしなくていい、言わなくっていい!


 真凛の襲撃の際、颯馬と美玲さんがこの少女を抱えて飛び降りることが出来なかったのは、彼女がシートベルトをしていたせいだ。そうでなければ、彼女は美玲さんか真凛のどちらかの取り合いになっていただろう。それが外れたとなれば――


 待機していた美玲さんが、すっと動いた。まだ例の少女は後部座席の真ん中。おれ達の反対側から回られたら打つ手がない!


「おい真凛、颯馬は任せ……っ!?」


 立ち上がろうとして、足がもつれた。脇腹のあたりにずきりと走る重い痛み。まずい。さっきの一撃が、時間をおいて単純な衝撃から内臓の不調へと転化したらしい。


 衝撃を内部に染み渡るように撃つことによる、自律神経や臓器へのダメージ。これが勁を込めた一撃の恐ろしいところだ。肝機能あたりが低下しているのか、額からどっと冷たい脂汗が吹き出してくる。


「……~~っ!!」


 腹の調子がよくない状態で大渋滞に巻き込まれて二時間くらい監禁された時の、あの絶望感を思い出していただきたい。ふくれあがる疼痛に、叫び声を挙げることもままならない。それでもおれはつんのめるように前進し、後部座席の反対側のドアの側になんとか移動出来た。


 一気に距離を詰めてきた美玲さんに先回りできたのは、単純に距離の差のおかげである。そのまま車体によりかかり、肉の壁となったおれに微笑む美鈴さん。なんとはなしに、胸ポケットのあたりをまさぐるおれ。


「そこ、どいていただけないのこと?、亘理サン」


 その笑みは変わらずあでやか。


「おれもそうしたいです。マジで。……でも仕事なんですよねぇ」

「……お腹、踏んじゃうデスよ?」


 十秒、ってところかな。


「素足ならむしろお願いします。黒ストッキングならお金も払います。でもヒールはちょっと……今は勘弁して欲しいっすかね」


 おれの真心をこめた返答に、美玲さんはにっこりと微笑むと。


「ごめんなさいネ」


 遠慮仮借の一切ない、実に切れ味鋭い弾腿(キック)をおれの腹に叩き込んだものである。


 

 

 そんなおれの苦境も目に入らず、真凛と颯馬はとっくに二人だけの世界に入り込んでいた。因縁持ちの戦闘狂(バトルジャンキー)が二人、いずれもストッパー不在となれば、もはや気化したガソリンが充満する中で火打ち石をこすり合わせるにも等しい状態である。


 互いの間合いと呼吸をはかることしばし。双方の得手が近接戦闘なのだ。どちらが提案することもなく、吸い込まれるように交戦(エンゲージ)するのは必然であったとも言える。



 

 ――口火を切ったのは颯馬。


 初手は得意の十一手『落鵬敲水』。沈墜勁を乗せた重い一撃で真凛の両腕をはじき飛ばすと、一転して軽功を効かせた七手『飛鴻弄雲とりあまかけくもをちらす』で鋭く攻めたてる。脱力した両腕から繰り出される、嵐のような無数の鉤手、掌打、劈拳、把子拳。手数を稼いだだけの軽い拳と油断し守りを怠れば、たちまち必殺の威力を伴う套路(コンビネーション)に化けるという、剣呑極まりない技である。


 対する真凛、空手の掛け受けの要領で、内から外側へと攻撃を掃き出してゆく。


 もともと戦国時代の組み打ちをベースとする七瀬の守りは、剣や槍など一撃必殺の武器への見切り、封じが主体であり、このような手数の多い技への対処法は比較的少ない。


 だが、真凛はすでに本質を捉えている。手数の多さはしょせん(フェイント)。そこに混じった套路(コンビネーション)に繋がりうる(ほんもの)を見抜けば恐ろしいものではない。虚実を見抜く方法。それは技の形でも振りの速さでもなく――


 呼吸と重心!


 無数のフェイントを巡らしつつ、颯馬が僅かに呼吸を落とし、重心の意識をこころもち前方に傾けた瞬間、芸術的な合わせで真凛が右の掛け受けを変化させ、倒れ込むような拳打と為して突き進んできた。


 七瀬の技の一つ、『生木裂き』。左の掌は右の肘に添えられている。ガイドとして伸ばした右の拳が敵に接触した瞬間に、左の掌で肘を渾身の力で押し込むことで、命中が確定した後で全力攻撃を選択出来るという殺し技の一つである。一度重心と意識を前に傾けてしまった颯馬に、後ろや左右に体を逃がす余裕はない。


 だがそれは囮だった。


 確かに颯馬は重心を前に倒していたが、同時に攻撃のための右腕を大きく外へと振り回し、遠心力を得ていたのである。結果、右腕に引っ張られるように斜め前(・・・)にかしいだ颯馬の体は、真凛が繰り出した拳をすれすれでかわす結果となった。そして、上半身が崩れてもなお揺るがない、柔らかく強靱な颯馬の足腰。


 深々と交錯する間合い。


 すれちがいざま、颯馬が会心の笑みを浮かべる。


 空気を掻くように振り回された右の掌が、たっぷりと遠心力を乗せて、両腕を突き出したままの無防備な真凛の(おとがい)へと奔る。


 四征拳六十五手の二十四、『佳人仰月かじんつきをあおぐ』。 


 雅やかな名前とは裏腹に、勁を乗せた掌を高速で顎の骨にひっかけ振り抜き、そのまま頸骨を回転させねじ折ってしまうという、こちらも殺し技である。


 

 凄まじい音が、真凛の顔面で弾けた。



 

 

『――で。退いて頂けると嬉しいのですけれど?』


 本気を出すと共に、まだ慣れない日本語を破棄したのだろう。ゾクゾクするほど硬質の発音で、極上のおみ足をおれの前に無防備にさらけ出しながらのたまう美玲さん。


「………………いや、マジで……容赦ないっすね」


 素晴らしく遠慮のないキックのダメージが、腹にじんじんと広がっている。多少でも手加減してくれるのではないかと、心のどこかで期待していた甘い自分に腹が立つ。そして、それでもスーツのスリットからのぞくおみ足を目撃できたことを歓んでいる自分を、心の底から愛してやりたい。あと四秒。


『こう言っては何ですが、現在の貴方にこの状況をひっくり返す手段があるとは思えませんわ。ここからは蹴られ損ですよ?』

「……まあ、多少は粘ってみたくもなるじゃあないですか。何しろお姫様の前でカッコをつけるチャンスなんて、現実ではそうそうない」

『当のご本人は気絶なされているようですけど』


 無言のまま、二秒ほど経過。やがて美玲さんは、諦めたようにため息をついた。


『仕方ありませんわね。こちらの方法で退いてもらうしかないようですわ』


 そう言うと、美玲さんはおれの方へ、わずかにその端正な顔を近づける。その両眼に灯る、淡い虹色の輝き。その眼を見てしまった者は、幸福感に満たされたまま、彼女に永遠に隷属することとなる。


 そう、貴女は実に素敵な女性ですとも。


 最終的には暴力に頼らないあたりも含めて。


「――実はこちらには、こんな手もありまして」


 目を合わせる直前、おれは胸ポケットから『アル話ルド君』を抜き出していた。背面に取り付けられたCCDカメラの上には、LEDの白い点滅。


『それはっ……!』


 コンデンサへの充填、完了済!


「はい、チーズ!」


 おれに向けて瞳を凝らしていた美玲さんの反応は間に合わない。ボタンを押し込むと同時に、プロ仕様のストロボすら遙かに上回るまばゆい閃光が、美玲さんの虹彩を染め上げた。

 

 


 

 ……一拍の空白の後、飛び退ったのは颯馬の方だった。右の拳を引き、その表情に嫌悪をあらわにする。


「下賤な真似を……!!」

「ざんねん。前歯四本と小指薬指のとっかえっこだったら、悪くないと思ったんだけどなあ」


 口の端に小さく膨れた血を舌でなめとり、不敵な笑みを浮かべる真凛。


 顎に掌が伸びてきた瞬間、真凛は迷わず口を開き、指の噛みちぎりを敢行したのである。もちろん、頸椎を折ろうとするほどの一撃に噛みつくのだ。歯の何本かは根こそぎ持って行かれるだろう。


 だが、それと引き換えに、『拳や武器を握る』という行為の要となる小指を奪うことが出来る。武術家的には魅力的なトレード、というわけだ。勿論、おれは死んでも実施したくないが。


 それを察知した颯馬が、すんでに指を引っ込めたために、結果、拳の一部が真凛の唇をわずかにかすめ、歯をかみ合わせる音だけが甲高く鳴った、という結果にとどまったのである。


「勝つためには手段を選ばない、か」

「卑怯っていう?」

「まさか。一切の言い訳が効かないからこそ実戦(コレ)は止められない」

「だよね!でも――」


 力強く同意するお子様。だが互いが拳を構え直したところで、リムジンが唐突に動き出すと共にクラクションが大音量で鳴り渡った。


「真凛、乗れ!」


 もちろんこれは、痛む腹に鞭打って――いちおう、脳をいじって痛覚を一時遮断するという小技も使えたりするのである――運転席に乗り込んだおれの所業である。閃光を直視してしまった美玲さんは、一時的に目を覆って行動不能。


「がってん!今日はここまでだね!」


 身を翻し、急加速するリムジンに飛び乗る真凛。慌てて颯馬が歩を詰めるが、その時点ですでに時速七十キロに達していたリムジンに追いつく事はさすがに出来なかった。


「七瀬……!お前逃げる気か!?」

「ごめんね。今のボク達にとって、勝つって事はこの人を取り戻すことだから!」

「待て!俺はまだ、すべての手を見せてはいないぞ!」


 屋根の上で本心から颯馬に謝っている真凛に、やれやれとため息を投げかける。まあそれでも、ちゃんと目先の戦闘に意識を奪われずに行動できたところは、及第点としておくか。おれはアクセルを踏み込むと、一気に東京方面に向けて加速していった。……そういや、乗ってきたバンも後で回収しないと。


 ふとバックミラーを見やると、颯馬の姿は随分と小さくなっていた。だが、ドアが外れた後部座席を通じて、その声だけはいやにはっきりと届いた。


「七瀬!次こそ決着をつける!なりこそ小さいが、お前こそ俺が倒す価値のある益荒男(ますらお)よ!」

「小さいは余計だよ!」


 おれは思わず、屋根の上に声をかけてしまった。痛覚を通常モードに戻したので、現在進行形で痛みと気持ち悪さがぶり返してきている。


「……なあ真凛、お前、マスラオ、って言葉の意味知ってるか?」

「うん。強いヤツ、ってことだよね?」

「まあ、間違っては居ないが……」


 ……どうにも、今回のお仕事も、楽をして給料をもらうことは出来なさそうである。

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