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◆20:埋葬されていたモノ

「自分が小田桐剛史ではなく、どこの馬の骨とも知れない人間だと会社にバラされたくなければ昂光の機密情報をまとめて持って来い。そう伝えたら、奴はあっさり承諾したよ」


 土直神の顔をした徳田。


 いや、エージェント『貼り付けた顔(ティエクストラ)』。


 あるいは本物の小田桐剛史。


 どう呼ぶべきか定まらない男が、熱に浮かされたように語り続ける。瀕死の土直神にナイフを突きつけつつ、一向にトドメを刺そうとしないのは合理的ではなかったが、納得は出来た。この男は排泄の快楽を味わっているのだ。四年間己の心の内にひたすらにため込んできた、真相という名の排泄物を。


「そりゃあそうだよなあ!誰だって地位も金も失いたくはない。俺ならそうさ。あいつだってそうだ。俺の地位を奪った、あの下衆野郎なら当然そうでなくちゃなァ!」


 ため込み続けた排泄物があまりに巨大なためか、その眼が見開かれ全身は細かく痙攣している。言葉の合間にしゃっくりをするのは、横隔膜が引きつっているせいか。


「……それで、あの雨の日に、あのトンネルに呼び出したのか……?」

「あそこはな。四年前に俺が奴に取引を邪魔された場所なんだよ。この下らない茶番に決着をつけるなら、ちゃんと舞台も相応しい所を選ばなきゃ駄目だろう!?」


 あの大雨の日。呼び出された『役者』扮する小田桐剛史は車でトンネルまでやってきて、車を降りる。そこに待ち受けていたのは、密輸の主犯、『貼り付けた顔(ティエクストラ)』……本当の小田桐剛史。そして、二人がまさに、因縁の顔合わせをしようとしたとき。


「でも地震はダメ。地震はいけない。ああ、地震だけはいけなかった。あのタイミングで地震なんてな。まったく。はは、クソが!畜生が!!なんてことだ!!!これが舞台なら脚本を書いた奴は三流だ!あのタイミングで土砂崩れが起きるなんて、偶然なんて言われても嘘くさすぎて誰が納得できるかよ!?」


 怒りと憎悪と後悔、無念。ありとあらゆる負の感情と怒声を撒き散らしながら小田桐が吠える。四年越しの復讐の対象は、長雨と地盤によって緩んだ土塊によって、彼の目の前で、一瞬のうちに押し流されてしまったのだ。


「ホント、はは、笑えねえよな。そうだろう!?野郎はあっというまに地面の底。しかもアレだ、俺が持って帰らなきゃいけない機密情報まで抱え込んだままだ。俺はどうすりゃいい?四年間、八つ裂きにすることだけを考えてきた男が消えちまって、しかも帰ることも出来ねぇ!!このまま帰ったら、今度こそ俺は粛清される。それよりなにより、このままじゃ俺自身が納得できるわけがねえ!!」


 だが、今の小田桐には、山中のどこかに流され、膨大な土塊に埋もれたであろう『役者』を探す事も掘り起こすことなどかなわない事だった。


「悩んだし、焦ったよなあ。でもそんなときだよ。”小田桐剛史の奥さん”が、亭主の遺体を見つけて欲しいと思ってる、なんて情報が飛び込んできたのはさぁ」

「……そんで、オイラ達を……使おうと思ったワケか。……本物の徳田サンはどうした?」

「あ?ああ。今頃は海底で魚と遊んでいるんじゃないか。重しの鎖が切れていれば、太平洋辺りをのんびり漂っているのかも」


 激情から一転して、外国のお天気情報でも説明するかのような無関心さ。土直神の奥歯が軋んだのは、激痛をかみ殺すためだけではなかった。


「四年前に奴を潜り込ませてきたウルリッヒに、今度は俺が潜り込んでやる。なかなかいいアイデアだろ?それなりに気晴らしにはなったぜ、この一ヶ月は」


 今にして思えば、この仕事はまず徳田から土直神に紹介された。そして、霊と交信できる能力者が居た方がよい、という徳田のアドバイスを元に、土直神は清音を引っ張ってきたのだ。何のことはない、このメンバーは最初から、捜索対象が『死んでいて』『埋まっている』という前提で揃えられていたのだ。


「それでも本当に死んでいるかどうか、この目で確かめるまでは不安だったよ。しかも奴の幽霊とやら、あの場にいた俺の正体を、仕草だけであっさり見抜きやがった。その途端、のらくらと自分の正体をぼかして思わせぶりなことをほざきはじめやがって。結局、邪魔が入って発掘は遅れるは、あの巫女やお前にはいらん推測をされるは。まったく最後までくだらん足掻きをしてくれる」


 自らの遺体が発掘され、小田桐に機密情報を奪われることは避けねばならない。死してのち一ヶ月を経て、その意識のみを呼び覚まされたとき、即座に『役者』はそう判断したのだ。だからこそ、掘り起こされて家族の元に返されるよりも、誰もいない冷たい土砂の下で眠り続けることを選んだのだった。


「これが俺が今ここにこうして存在している理由だ。理解したか?」


 ナイフを弄んだまましゃがみこみ、土直神の顔を覗きこむ。返事をしないでいると、土直神の髪の毛をつかんで強引に引き起こし、地面に後頭部を思い切りたたき付けた。何度も何度も。


「理解したかと、聞いて、いる、んだよッ!」


 自分と同じ顔をした誰かが、細いはずの両眼をまん丸に見開いて喚いている。激痛が染み渡り、もはや麻痺し始めている背中に力を込めて声を出してやる。


「……ああ……解ったよ」


 見開かれた眼がぎょろりと回る。


「そうか?ちゃんと理解したか?俺は誰だ(・・・・)?」

「いろいろ言ってるけど、要はアンタが本物の小田桐、なんだろ?」


 その声は魔法のような反応をもたらした。子供のように晴れ晴れとした表情を浮かべ、


「ああ――スッキリした」


 小田桐剛史と呼ぶべき男は、充足の大きなため息を吐いた。目の前の男がすでに狂気の領域に片足を踏み出しているのはもはや明白だった。


 不意に立ち上がると、躊躇することなく身を翻し、遺体のある穴の中へと降りていく。遺体の、まだ原型をとどめている胴体部から、つぶれてほとんど一体化している背広の布地を引き剥がし(・・・・・)てめくる。


 そしてごそごそとその裏側をかき回すことしばし。突如頓狂な声が上がった。


「あった!あったぞ!ハハ、無事じゃないか!」


 小田桐の手に握られていたのは、タバコのケースほどの小さな金属ケースだった。力を入れて箱をねじると、密閉構造になっていた蓋がはずれて中身があらわになる。USBメモリと、なにがしかのサンプルと思われる小型の電子部品がいくつか。恐らくは、かつて小田桐が持ち出そうとして失敗し、今回呼び出された『役者』が取引に持ち出した、昂光の機密情報だろう。


「几帳面な奴だ!ちゃんと指示通りハードケースに入れてやがった!最後の最後でツイてる。しかもまあ……ハハ、ハハハハハハハハ!!一番大切なモノまで無事じゃねェかよオ!」


 歌い出しかねないほどの異様なテンションの高さで、四年前まで小田桐だった男は、四年前からつい先ほどまで小田桐だった遺体に、両の掌を伸ばす。


 その先には。


 

 未だなお原型を留めている、小田桐剛史の顔(・・・・・・・)があった。

 

 

 


 

「――そうだ。この顔だ」


 額と掌に仕込まれた高精度の複合スキャナーが、触れている頭部の骨格と白蝋化して残っている皮膚の形状をデータ化し、己の顔に埋め込まれたセラミックフレームの中に配置されたマイクロチップへと転送してゆく。うごめく顔面。


「あの日までは、鏡を見れば当たり前のようにあったんだ」


 損傷が激しい表皮は、経年劣化を逆算して再現。毛穴の位置も拾えたので再配置し、そこに人工毛髪を移動させる。波打つ皮膚。


「だけど意識を失って気がついたら顔面包帯グルグル巻きでなァ」


 遺体の喉に手をやる。声帯をスキャン。その形状から想定される声質を算出し、己の喉に埋め込まれたボイスチェンジャーにフィードバック。


「それ以来、どうやっても思い出せなかったんだよ」


 声が変化してゆく。聞き慣れた土直神自身の声から、野心がぎらぎらと溢れた、野太い中年男性の声へと。


「自分が、どんな顔をしていたかって事がな!」


 確かに、後になって自在に顔面を変化させる能力を手に入れることはできた。


 だが、どれほど精度の高い変形が可能であろうと、元のデータが残っていないものを復元することは不可能だった。それでは、もうそれは永遠に手に入らないのだろうか?


 違う。


 オリジナルこそ失われたが、複写(・・)はどうにか現存している。そしてそれをさらに複写すれば。


 懐から小さな手鏡を取り出し、己の顔を映し出す。


「ずっと探していた。思い出そうとしていた。奴に奪われた、俺だけの顔……!」


 語尾が笑いに化けた。それは高笑いに変じ、そして轟くほどの哄笑となった。


 そこにあったのは、癖の強そうな髪、太い眉、大きなあご。そして強い意志のかわりに突き抜けた狂気を感じさせる眼。事前の資料にあった、小田桐剛史の顔そのものだった。


「……どーりで。欲しかったのは……最初っからそっち……だったワケか」


 山奥にまで無理矢理にでもついて来たがったはずだ。


「……で。……アンタはこれから……どうするんだよ?その顔で」

「顔なんぞもう残っているとは思っていなかった。本当ならデータだけ回収して組織に帰還する予定だったんだがな」


 確かにそうだろう。一ヶ月も前に埋もれた死体の顔がきちんとした形で残っている可能性というのは、極めて低かったはずだ。


「だが、な。こうなってくれば話は別だ」


 中年男が己の顔を愛おしげに撫でくりまわしても気色悪いだけだな、と土直神は思った。努めて冷めた思考を保っているものの、痛みは麻痺に変わり、だんだん視界が暗くなりつつある。――こいつは、ちょっとばかりヤバイかも知れないね。


「なあ、俺は誰だ?そうだ、小田桐剛史だよ。なら……小田桐剛史が自分のものを奪り戻すのは当然の権利、だよな?」

「……やーっぱ、そーいうこと……」


 今現在、世間での小田桐剛史の扱いはあくまでも『行方不明』である。そこにひょっこりと小田桐剛史の顔と記憶を持つ男が現れたらどうなるか。


 この一ヶ月の間どこで何をしていたかと勿論問われるだろうが、ショックで軽い記憶喪失だったとでもごり押せばよい。血液や遺伝子を調べたとしても、そこから出てくるのは紛れもない本人の証明なのだ。いずれはその正当性が認められ、晴れて小田桐剛史としての社会性と権利が回復されるはずだった。


「この遺体は……どうすんだよ」

「お前達は遺体の場所を見つけたら、そのまま警察に連絡を入れるか?そうじゃないだろう。お前達はただの通行人じゃない。ウルリッヒの本社に連絡をして、そこでお前達の仕事は一段落。その後で正式に場所を確認して警察に通報するのは、――さて誰の仕事になるんでしょうかな?」


 言葉の最後だけ、徳田の口調と声でしゃべってのける。発見後の実務をとりまとめるのは徳田だ。誰も事情を知らない上に非合法組織『第三の目』の支援があるとなれば、遺体のすり替えぐらいはやってのけるかも知れない。


 だが、そこまで考えて土直神はろくでもない事に思い至った。……そう。この手は『誰も事情を知らない』事が前提条件となる。余計な事実に気づいてしまった人間は、さてどうなるか。


「……オイラはとんだとばっちり、ってワケだぁね」


 調子に乗って当人の前で己の推理を並べ立てていた愚かさに泣きたくなる。あの時点でそこまで予測しろというのも無理な話ではあったが。


「お前にはちょっと死んでもらって、二、三日適当な藪の中にでも転がっていてもらおう。なあに、安心しろ」


 ふたたび小田桐の顔が、不気味に波打ち、土直神の顔になった。


「――徳田サンは危ないんで先に帰ってもらったッス。じゃあ清音ちん、はやくこの死体を引き上げちゃおうか――とでも伝えておくさ」

「……ホンット、趣味が悪い能力だよなソレ……!」

「ああ。俺もそう思う」


 罵声にごく真面目に受け答え、また顔を己のものに戻し、小田桐はナイフを逆手に構え直した。


「お前が居なくなれば、疑う者はもういない。正真正銘、これが俺の顔になるんだ」


 その腕を振り下ろせば、間違いなく土直神の心臓に突き刺さるだろう。その切っ先を見つめつ土直神の額を、脂汗が一筋流れた。さすがにこのタイミングで、森の向こう側の四堂や清音達が騎兵隊よろしく駆けつけてくれる、などという期待は出来ない。恐らくは互角の勝負、長期戦となっていることだろう。


「じゃあ、ごきげんよう」


 それでも顔を伏せるのはシュミじゃない。死を前にしてなお、土直神は不敵に小田桐を見上げた。振り下ろされようとするナイフ。


 

「いいや、その顔はもうお前のものではないよ」


 

 唐突に、横合いから冷水のように鋭い声を浴びせられた。


 小田桐剛史は咄嗟にそちらを振り向き、そしてあんぐりと口を開けたまま硬直してしまった。誰もいないはずの山奥の森に、一人の男が佇んでいた。良く見知った顔だった。高級な背広と、ラグビーでもやっていたのだろうかというがっしりとした体つき。そして――癖の強そうな髪、太い眉、大きなあご。そして強い意志を感じさせる眼。


「……あれ?……どゆこと……?」


 土直神は朦朧とする意識の中、今見ている光景が現実なのか疑わしくなった。


 たった今、唐突に現れた第三の男。その男の首から上についていたのは、穴底の遺体、そして自分にナイフを突き立てようとした男と、まったく同じ(・・・・・・)小田桐剛史の顔だった(・・・・・・・・・・)


 

 

 

 『世の中には同じ顔をした人間が三人いる』という。


 迷信だ。迷信のはずだ。


 だが、それならば、『同じ顔』が一所に三つも揃っている今のこの状況は、なんと理由づけたら良いのだろうか。


「だ……誰だ、お前は!?」


 小田桐がナイフを突きつけて問うその先には、埋まっていた遺体からついさっき奪い返したはずの己の顔があった。すると、その顔は笑みを形作り口を開いた。


「誰だ、とは心外だな。俺だよ。わかるだろう?」


 小田桐の眼球がめまぐるしく動き、事態を検証する。この顔でこの物言いをする人間はただ一人しか居ないはずだ。だが、まさか。


「貴様、『役者(アクター)』か……!?」

「そうとも呼ばれているな」


 小田桐と同じ顔をした男が、芝居がかった仕草で優雅に一礼する。本来の小田桐にまったく似合わぬその仕草は、なまじ顔が同じな分だけ違和感を際だたせていた。


「馬鹿な、お前は死んだはずだ。あの時、俺の目の前で土砂崩れに呑まれて!それに、あの霊の声だって……!」


 相手の顔に笑みが浮かぶ。思考の鈍い者を見下す、憫笑。


「”死んだ”……か。それは、”誰が”死んだという意味で発言しているのかね?」


 人一倍自尊心の強い小田桐は、他人の憫笑には敏感だった。たちまち驚きよりも怒気が勝る。


「くだらん言葉遊びはやめろ!貴様は何者だ。『役者(アクター)』の野郎は、間違いなくあそこでくたばってる死体のはずだ!」

「仮にあそこに埋まっている遺体が『役者』だとして。それがなんだ?ここに今、『役者(アクター)』たる私が居れば、その役割は継承される(・・・・・・・・)。なんの問題もない」

「どういう……意味だ?」

「言葉通りの意味だよ。”キャラクター”の()を正しく理解し、必要な知識を備えている役者(・・)であれば、なんの問題もなく演技を継続してゆける」


 いつのまにか男は、まるで鏡に映したように、小田桐と左右対称の同じポーズを取っていた。ナイフはもっていないし服装も違うというのに、それは奇妙に舞台装置めいた効果を醸し出してゆく。


「人は皆、人生という舞台において、大なり小なり与えられた『役』がある。そしてね、これが肝心なのだが」


 鏡の中の悪魔が嗤う。


「当人がどんな夢だの誓いだの義務だのを抱え込んでいようとね。結局他人が期待しているのは『役』。同じ役を果たせるのであれば、幾らでも換えが効く」

「おい、貴様……」


 話題がすり替えられている。わかってはいるのだが、その独特の会話のペースが、口を挟む隙を与えない。


「ここで逆に言えば。役を果たせないのであれば、役者(・・)が同じでも、それはもう別のキャラクターだ。舞台には立てない」


 この口を塞がなくてはならないと、そう思った。だが遅かった。


「つまりは」


 鏡の中の悪魔は、舞台の効果を高めるかのように、絶妙の間で台詞を挿入して流れを作り上げ。


 

「君にはもう『小田桐剛史』の役は務まらないということだよ」


 致命的な言葉の一突きを抛り込んだ。




「――ダマレ」

「君が取り戻そうとしている『小田桐剛史』という役は、すでに変質を果たしている」

「黙れと言っている」

「君自身もわかっているだろう。この四年間で築き上げられた時間に、もう入り込む余地など無いと言うことを」

「黙れぇっ!!」


 手にしたナイフを縦横に振るう。しかしそれは虚しく空を切り、小田桐の顔をした何か(・・)は、するするとまるで影のように距離をあけ、雑木林の葉陰へと移動した。


「高望みはするな。『貼り付けた顔(ティエクストラ)』とやら、君にはもう別の役があるはずだ。それを果たせ。配役を違えた舞台は、役者も観客も誰も喜ばない」


 声が遠くなり、急速に、何か(・・)が葉陰の中へと埋没していく。どこにも移動していない。隠れようともしていない。まるで陰に溶けるように、それは急速に気配を薄れさせた。


「消えた……?」


 もう一度目を凝らしてみる。そこにはもう人影はなく、ただ鬱蒼と茂る枝葉と、それが形作る濃厚な葉陰があるだけだった。


「役が違う、だと?」


 血走った目で唾を吐き捨てる。


「それを言うならそもそも、他人の役を奪いやがったヤロウが元凶じゃねぇか……!」


 小田桐が、すでに血の気を失いつつある土直神に向き直る。確かに今なら、ここを真っ直ぐ立ち去り、『第三の目』の本部まで高飛びするという選択肢はあった。組織の中で成功が認められ、彼の立場も少しは改善されるだろう。だが、


「人生が舞台だと?ああ、そうかも知れないな」


 それから先に、どんな展望があるというのだ?


 どんな惨めな人生を送っている人間だろうと、その人生は、当人の努力や才能、運や環境によって織り上げられた一つの物語である。負けたまま終わるにせよ逆転勝ちを目指すにせよ、それはある意味では納得が出来るだろう。だが。


 俺はずっと、違う人間が自分の人生を織り上げられていくのを遠目に見ていることしかできなかった。


 ならばきっと、どこまで行っても。


 多分、このままでは俺に納得はない。


「だから。主役に戻るんだ。俺の人生という舞台の……!」


 もう一度ナイフが振り上げられる。


 数奇な運命を断ち切るべく掲げられたその一撃は、



「――いやあ。やっぱ客観的にもその計画には無理があり過ぎる気がしますよ」


 

 だがまたしても、唐突に横合いからかけられた声に遮られたのだった。


 慌てて視線を向け、小田桐は今日立て続けに、心底からの驚愕を味わう羽目になった。


「貴様の説明とは、やや状況が異なるようだな」

「結局、お前の読みも半分当たって半分外れたってとこか、亘理」

「土直神さん、大丈夫ですか!」

「うわっ、本当に同じ顔の人がいる!」


 何しろそこには、向こう側で死闘を繰り広げているはずの男女の姿があったのだから。

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