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◆12:ブレイク&リコール(サイドA)

 切断する。


 切断する。切断する。切断する。


 男を切断する。女を切断する。若者を切断する。老人を切断する。幼子を切断する。


 俺の認識に応え、意識野に召喚(ダウンロード)された魔神――禍々しい銀色に輝く、無骨な刃を纏った独楽――が、縦横自在にその鋼の刃を巡らせる。俺が意識野で引いた線の通りに空間が裁たれ、その延長線上にあるものが切り離される。


 無謬の切り裂くための手段は持っていても、対象を探す方法は人の身のそれだ。


 だから歩いて探した。見つけたら切った。女を切ったら、たぶんつれあいだろう、男が叫びを上げてこちらに向かってきたからこれも切った。


 家の中に入ったら赤子が泣いていたので、親に残されたら可哀相だと思ったから切っておいた。遺体をさらしておくのは当人達も望んでいないだろうと思ったので、三人とも原型が無くなるまで切りきざんで()り潰した。


 

 山奥の小さな寒村に、突如現れた不可思議な力を使う殺人鬼――傍から見ればそんなところか。十人切ったところで村人達が事態を把握し、一斉に悲鳴を上げて逃げまどい始めた。


 ありがたいことだ。


 隠れているのを探すのは手間だが、そちらから出てきてくれる分には効率的に仕事が出る。とりあえず、村の外へと逃げ出そうとしている村人達の、アキレス腱のあたりを視線で縫う。

 

 俺の視線を正確にトレースして空間が断ち割れ、全員の両の足首を綺麗に切り落とす。まずは移動出来なくしておいて後の工程で処理。仕事は段取り良く、だ。俺は優先順位の通り、目先の村人、俺に向けて鍬を振り下ろそうとしている三人に向けて線を引きその首を裁つ。

 


 べつだん、たいしたことをしているという認識はない。

 


 子供の頃は友達の住む隣街でさえ遠い異世界だが、大人になって海外を訪問するようになれば、地球の裏側だろうとごく近い世界でしかならなくなる。


 

 少年時代はあれこれと女性に対して妄想したり憧れてみたりもするが、何人かの女と寝床をともにしてみれば、慣れと同時に目新しさは失われていく。


 

 単純なことだ。


 体験は多かれ少なかれ、人を変える。


 

 人を殺すというのはもちろん良くないことだ。人間にとっては(・・・・・・・)


 それは人間達を形成する社会というものに不安定をもたらすからだし、同族を減らすのは、種の繁栄から見てもあまり賢い選択肢ではない。それは全く健全な思考だ。だがそれも、人間以外《・・・・》を経験すれば、当然のようにその価値観は、多かれ少なかれ変化する。意識野に人ならざるモノを召喚(ダウンロード)するというのは、そういうことなのだ。幾つもの世界に呼び出され、そこで得た情報を”記憶”する36の道具達。


 彼らを使役するとき、俺の脳には彼らが蓄えてきた知識がダイレクトに展開され焼きつく。それはすなわち、一秒の間に一万の人生を――いや、人ならざる異世界の生き物の体験を――引き継ぐと言うことであり、そうなれば必定、判断基準も変わってくる。


 今の俺は、蓄えた経験とそれによってもたらされる価値観から総合的(・・・)に判断して、ここにいる村人達を全数、処理(・・)するのが良い、との結論を導き出していた。


 

 これは、理解してもらうのは難しいかも知れない。


 子供に、行ったことのない異国の話をしても、本質的には理解をしてはもらえまい。

 童貞に、女と寝ることの愉しさ、あるいは虚しさを説いてみたとしても、やはり本質的には理解をしてはもらえまい。



 説明の技術の善し悪しの問題ではない。ある種の経験談というのは、受け手側にも経験がないと、認識を共有してもらえないのだ。


 だから、今の亘理陽司の価値観を他者に説明しても――人間に、人間を処理(・・)することの正当性と必然性を情熱を以て説いてみたとしても――やはり、本質的には理解をしてはもらえないのだろう。


 だから、説明はしない。弁解も、言い訳ももちろんしない。恐怖にさらすためにやっているわけではないのだから、ひたすら迅速に、効率性だけを考えて処理(・・)していった。


 

 ようするに。


 亘理陽司が今、人を殺しているのは、狂気に走ったわけでも絶望に心が壊れてしまったからでもない。


 

 ただ単に。


 経験を積んで成長し価値観が変わり、人を殺しても大丈夫になったというだけの事。


 それだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 「………………悪夢にしちゃぁチープだよな」


 ごうんごうんと鳴動するマッサージチェアにうずもれて、おれは胃の中のモノを全部吐き出してしまいたい気分で覚醒した。


 広い部屋に高い天井、明るい照明に陽気な有線放送。周囲ではテーブルを囲んで、運動を終えた中高年のおばさま方が談笑しているそばを、子供達がはしゃぎながら走り抜けていく。平日のスポーツクラブにおける、典型的な午後の平和なひとときだった。


 

 おれが今いるのは、元城町の国道17号沿いにある、スーパー銭湯兼スポーツクラブといった感じの施設である。板東山の山中で『浄めの渦』(メイルシュトローム)なる兄ちゃんの罠にまんまと引っかかって濁流に呑まれたおれ達は、川下に流れ着いてくたばっていたところを、車を回収して追いついてきたチーフに発見されたのだった。


 たぶん、手加減されたのだと思う。あのシチュエーションなら、泥だけでなく、流木や岩塊とともにおれ達を押し流すことが出来たはずだ。洪水の威力は恐ろしい。身動きできない水の中、流れに乗った高速の岩や木にもみくちゃにされたら、今頃挽肉になって板東側を漂っていたに違いないのだ。


 で、泥まみれの体では街に戻ることも出来ず。そのままこのスーパー銭湯で汚れを落とすことになったのだった。それにしても、こういった街では、本当に国道沿いに車を三十分も流せばどんな店でも見つかるもんである。


 都内の街が駅の中心に行くに発展しているのとは対照的だ。ここらへんが電車中心と、車中心のライフスタイルの差なんだろうなあ、と今更な事実に気づいてみたりもする。


 下着はここで新しいのを買って取り替え。上着とズボンだけは備え付けのコインランドリーに放り込んだが、ボロボロだし東京に戻ったら処分しなけりゃならないだろう。くそ、あのジャケットは結構奮発して買ったのに。


 女湯に向かう真凛と、もともと汚れていないチーフと別れて銭湯に入って三十分。たっぷり暖まったことだし、真凛が来るまでマッサージでもするか、と浴衣姿でロビーのマッサージチェアにコインを投入したのが、たしか十分前だった。これだけリラックスした癒し空間、さぞ良い夢が見られるだろうと思いきや。


「今さらあんなモン観るとはな」


 まだ動き続けているマッサージチェアから上半身を引きはがすと、自嘲が口を衝いた。原因は探るまでもない。『粛清者』シドウ・クロード。まさかまた遭遇するとは、おれのリアルラックもよっぽどワースト記録に挑戦したいらしい。


 ……苦いものが胸のあたりにわだかまっている。奴に殺されそうになったことは、別にいい。理は向こうにありすぎるほどだ。いずれ誰かに首をくれてやらにゃならんとしたら、奴にやってもまあいいかな、とも思う。それはいいとして問題は。


「お待たせ」


 振り向くと、同じようにさっぱりした様子の真凛が立っていた。おれと違って、泥まみれの服はもう上着もなにもすべて諦めたのだろう。このスポーツクラブのロゴが入ったTシャツに、同じくロゴ入りジャケットとパンツという出で立ちだった。


「湯加減はどうだった?」

「良かった」

「そっか」


 おれはマッサージチェアから移動して空いているテーブルを占拠した。向かい合わせに真凛が座る。


「ああそうそう。チーフは車ン中に居るぜ。なんでも、海外から入り込んできた相当危険なエージェントの行方が一週間ほど前から掴めなくなってたらしいんでな。あぶり出すために、他の派遣会社のエースやチーフと情報交換してるらしい」

「……そうなんだ」


 すぐ近くにあった冷蔵庫みたいな自販機に百円玉を投入すると、ビン入りのコーヒー牛乳がひとつ落ちてきた。


「コーヒー牛乳くらいならおごるぞ。飲むか?」


 おれ的に出血大サービスな提案だったのだが。


「いらない」

「じゃあフルーツ牛乳か?」


 首を横に振る真凛。手持ちの雑談のネタを使い切ってしまうと話の接ぎ穂がなくなり、おれ達は一分ばかり間抜けな時間を消費した。やがて真凛がこちらに顔を向けると、意を決したように、だがおずおずと話しかける。


「あの、陽司――」

「『ひとごろし』、の事だろ」


 これ以上アシスタントに気を使わせるのもどうかと思い、おれは自分から本題に踏み込むことにした。そう、戦闘を終えて冷静に状況を整理してみれば、ひとつ見過ごすことの出来ない言葉が混じっていることに気がつく。かつての知り合いシドウが語った、亘理陽司の過去の一端。


「ボク、あんな奴の言うこと信じてないからね、だから陽司も」

「――さてここでクイズです。お前の見立てる所、おれは何人殺してるでしょう?」


 この娘が、自分自身に嘘をつくのは似合わない。おれは意地悪な質問で、敢えて逃げ道を塞いだ。……誰にとっての逃げ道なのかは知らないが。


 この娘は相対した敵を良く読む。洞察力はまるで足りないくせに、些細な仕草や、攻撃における踏み込みの深さなどから、『なんとなくどんな人間か』を読み取るのだ。力量、士気、覚悟。


 いざという時、人の命を奪うことが出来る種類の人間なのか。


 奪った事がある人間なのか。


 

 ならば――気づいていないわけがないのだ。亘理陽司がどういった類の人間なのか。


 

 おれの質問に、真凛が顔をくしゃくしゃにする。どれだけ感情が否定しても、彼女の稀なる武術家としての資質は、間違いなく正しい判断を下しているのだろう。


 二ヶ月程前ならどれだけ問い詰められようが、適当に煙に巻いてあしらう手もあった。


 しかしコイツが本気でこの業界に踏み込もうと……いや、おれのアシスタントを務めようとしている以上、いずれは表面化する問題ではあったのだ。答えを待たず、おれは解答を口にする。


「ま。実際のところカウントしてないんで正確な人数はわからん。直接ならたぶん四桁に届くくらい。間接も含めても、たぶん五桁の大台には乗ってはいないと思うが自信がない。そんなとこだ」


 ついこの間も、『毒竜(ファフニール)』を処理(・・)している。今さらたいした感慨はない。一人殺すのも二人殺すのも同じ、という言葉は間違いだ。二人殺せば、間違いなく罪は倍重い。……だが、このルールを適用するならば。10,000人殺すのと10,001人殺すのでは、罪の総量はわずか0.01%しか違わない。つまりはそういうことなのだ。


 機械的にコーヒー牛乳のビンを口元に運びながら、おれは自分の言葉が真凛に染み渡る時間を待つ。胸にわだかまっていた苦いものは、今や苦い後悔へと変わりつつあった。やはり何としても煙に巻いておくべきだったかと。


 あるいは、半年前コイツがウチの事務所にお粗末な履歴書を持って面接に来た時。どうせすぐに辞めるだろう、などと考えず、一人の方が気楽だからアシスタントなど要らねぇよ、と最後まで抵抗すべきだったのではないかと。


 ま、今となってはどちらももう遅すぎる話だが。うつむく真凛に、おれは声をかける。


「つまりは、あのヤロウの言った事は本当だってことだ。だからお前も――」

「――ゼロ」


 唐突に意味不明な単語をかぶせられて、おれは話の腰をキレイに折られた。


「……何だ?ゼロって」

「だからさっきのアンタの質問だよ。答えはゼロ。ボクの見立てるところ、アンタは一人も殺してない」


 今度は、コイツの言葉がおれに染み渡るまでに時間がかかった。そして理解すると同時に、おれは何だか無性に腹立たしくなった。


「おい、お前おれの話聞いてるか?たった今ちゃんと答えを言っただろうが」


 するとこの娘、顔を上げておれを真っ向からにらみ返してこう言ったものである。


「アンタの言うことなんて信じない」


 おれは音高くコーヒー牛乳のビンを卓にたたき付けて立ち上がる。


「あのな真凛、お前がわからないはずないだろうが」

「わかるよ。だからゼロって言ってる」

「この……!」


 頭の悪いループにはまりかけていることを自覚しつつ、抜け出すことが出来ない。わけのわからない腹立ちは収まらず、ついに激発しようとして、


「――だって。それをやったのは本当にアンタなの(・・・・・・・・)?陽司」

 おれ(・・)はその場ですべての動きを止めていた。


 三秒ほど押し黙った後、ゆっくりと腰を下ろし、テーブルの上に置かれたコーヒー牛乳のビンを手元に寄せる。


「……どういう意味だよ」


 真凛は自分自身が発した言葉にびっくりしたように、目を白黒させた。


「え……と……うまく言えないけど。なんかその……時々、陽司が陽司じゃなくてもう一人いるみたいな……でもそれはやっぱり陽司で、なんていうか……」


 しどろもどろながら懸命に説明する真凛。


「陽司がもし……その、人を殺していたとしても。それは今の陽司とは違うと思う。ごめん、ワケわからないこと言って。でも……」


 大きく深呼吸して、真凛は言い放った。


今のアンタ(・・・・・)はたぶん、人が殺せるような人間じゃないと思う。それが、ボクの見立て。だからアンタが何を言っても、ボクは自分の見立てを信じる」


 おれはたぶん、五秒くらいぽかんとしていたんではないかと思う。


「……そっか」


 急に肩の力が抜けた。風呂に入ってマッサージチェアに座っていたはずなのに、今さら体が軽くなったような気がした。真凛が説明できないのはムリもない。そもそもおれの現状の方がよっぽどぐっちゃぐちゃなのだ。正直、真凛の説明はそれこそ正解に一番近いのではなかろうか。


「そうなのかもな」


 まったく、生物ってのは知らぬ間に進化するもんである。……いや。おれが過小評価してただけなのかね。おれは冗談抜きで、脳内から生物学から人類学、教育学の情報を総出で引っ張り出してこの問題を検証したくなった。と、そこでもう一つ未確認の問題があったことに気がついた。


「ところでお前。顔の怪我は大丈夫なのか?」

「え?」


 急に話題が変わったのについて行けない真凛が慌てる。たしか山中での戦闘で、シドウの牽制をかわすために、真凛は敢えて小石を顔面で受けたはずだった。ごく軽い石とはいえ、かなりの速さで顔面に叩き付けられたはずだ。


 たしか右のこめかみのあたりだったか――おれは顔を寄せて頬に手を伸ばし、指で真凛の前髪をかきわける。生え際のあたりに、赤いものがあった。指先で軽く撫でてみる。


「あー。やっぱり少し腫れちまってるなあ……。でも皮膚は剥けてないから、キズは残らないか」


 おれはひとつ、安堵のため息をついた。……まぁ、顔にキズでもつくと、コイツのご母堂に何を請求されるかわかったもんではないしな。


「たいしたことがなくて良かったな。一応薬塗っておくか?」


 確かまだザックに入ってたはずだが。


「い、い、いいよいいよイイデス」


 両手を振って全力で拒絶する真凛。さもありなん。


「まあ臭いがキツイし、何より羽美さんの発明品だしな……だがあれは他の小道具よりはまだ安心できる性能でだな」

「ぜんっぜん大丈夫だから!じゃ、じゃあボク、チーフ呼んでくるね」

「お……おう」


 よっぽど薬がイヤなのか、脱兎のごとくスーパー銭湯の出口へと駆け去っていく真凛。


 そのショートカットがエントランスの向こうに消えてしまうと、先ほどと変わらない有線放送のポップスと、離れた卓の笑い声だけが残った。


 肝心の問題は解決したのかそうでないのかもわからないままになってしまったが、ともかくおれは頬杖をついて何とはなしに天井を見上げる。


 天井の一部は空間に広がりをもたせるために鏡張りになっており、そこに映った、何度も見ているはずなのに一向に見覚えのない男の顔と視線が合った。わざわざ口に出して、やれやれと呟き苦笑する。


「どーにもまいったね、これは」


 先ほどと同様に、だが少しばかりベクトルの異なる自嘲が口を衝いた。


 

 ――まったく。おれの方が過大評価されてるんじゃないか。

 

 

 


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