32 聖女様と結界
「これは上位貴族の間では公然の秘密となっている事なんだけれどね」
「それって俺みたいな一般人が聞いていい話じゃないでしょ」
「公になるのも時間の問題って事で構わないよ。
君は必要もないもに周りに言い触らしたりしないだろ?」
「さあ、どうでしょう」
「まあその時は僕の人を見る目が無かったという事で・・・
で、巷ではここ数年で”聖女様の結界の力が弱くなってきている”
と噂されている事は知っているかい?」
「なんとなく・・・」
「でもそれは事実ではない。
代々この国で聖女様と呼ばれてきた人達にそんな力は無いんだよ。
実際に魔の森に有るのは別の役目をしている結界なんだ」
「聖女の結界では無い結界が魔物達を森の中に食い止めているんですか?」
「”食い止めている”という認識自体が誤りなんだ。一部の上位貴族は
”魔王が倒された時にその屍が変化した魔石の魔力が
特殊な結界によって封印された事によって
魔物や魔獣が弱体化して森から出て来る事が少なくなっている”
という事実を知っている。
詳しい事は解明されていないが”魔王もその魔石も魔物や魔獣を
引き寄せる力及び活性化させる力を持っているらしい”という事だ。
魔石の魔力を封印した結界の力が弱まっている事で
魔物達が活性化してきていると同時に
”魔王の復活が近いのではないか”と一部の識者の間で囁かれ始めているんだ」
「”聖女様の結界に守られている”って言うのは田舎の子供でも知っている。
それを真っ向から否定する事を信じろと言うんですか?」
「そこだよ。国民皆が”聖女様が結界を張り続けていてくれるお陰で平和”
と思い込むことが大事なんだ。君は聖女様ってどういう立場の人か知ってる?」
「・・・いいえ。魔の森に結界を張っているとしか」
「聖女様は代々王族の中に現れる・・・と認識されている。
魔王が倒された頃はどうだったかは分からないが
ここ200年程は”王族の血を引く者が結界を張っている”
という事になっている。どうしてか解る?」
「王族の権力維持を有利にするため・・・」
「そう。他の国は結界を張っている聖女様なんて存在していないけど
そんな事他国と交流のある貴族位しか知らないし
平民は聖女様を信じ切っている。貴族の殆んどは王家に追従する立場だ。
国王が聖女伝説に頼り切っている方が自分たちに有利な政に持って行きやすい。
しかし今回、結界の力が弱まっていると噂が立った事で
王家としては血族の聖女の立場が危うくなる前に王家とは無縁の者に
その立場を挿げ替えようと動いた。仮初の聖女となる候補の一人として
今まで結界が無いが為に辺境の地を守って来た当家にも白羽の矢が立った。
一応王族に迎え入れるという形をとる為に用意されたのは
第二王子の婚約者という椅子だ。
しかしこの第二王子というのがなかなかの問題児でね。
何かあった時に切り捨てるには適役というお方なんだよ。
そんな悲惨な実情の場に大事な妹を差し出せる訳が無いだろ?
恩を仇で返されている気分だよ」
「候補の一人というだけでまだ決まった訳ではないんですよね?」
「決まってしまったら手遅れだろ。しかし当家に決まる事はほぼ間違いない。
魔獣や魔物達が活性化した場合イスト地方での守りは必然だ。
ウェストン伯爵領の騎士団や冒険者をうまく使う為の人質としても有効だからね」
「後の二つの領地にご令嬢はいないんですか?」
「ご令嬢と呼ぶには若すぎる方と既婚者しかいない」
「でもどうやって聖女様を選ぶんですか?候補者は何人かいるんですよね?」
「占い用の水晶玉に手を翳して一人一人伺いを立てるそうだ。
そんな子供騙しみたいな物で決めるなんて馬鹿にしているにもほどがある!」
「・・・」
『リリィ、王宮の水晶玉ってリリィの宿っていたの?』
『たぶん・・・宝物殿なんてどこも同じだし国名なんて覚えてないし
変わっちゃってるって事もあるしね』
『じゃあ今王宮に有る水晶はもぬけの殻の役立たずなんだ。
それで、占いの結果ってどう伝えるの?』
『占い魔術師に念話で伝えてそれを魔術師が言葉で伝えるの』
『じゃあ、魔術師次第でインチキも可能なんだ』
『それをやるから私の機嫌を損ねるのよ』
『納得』
「で、どう?ここまでの話で今ウェストン伯爵領が置かれている立場を
少しは理解してくれたかな」
「ウェストン伯爵領の立場については俺には関係無いですけど
自分の為、という事で内容次第では仕事を受ける事にします」
「自分の為という理由は嫌いじゃないよ。但し今回の聖女選びの結果によっては
イスト地方の伯爵家は王家と敵対する事になるかも知れない
という事だけは念頭に入れておいて欲しい」




