第90話 再び相対する
地下区画の商業地跡を訪れたレイは遺物収集をする前、すでに一体の混合型モンスターと戦闘になっていた。この辺りには類似した進化を遂げた個体が多いのか、相対しているモンスターは前にも戦った混合型のハウンドドックに似た見た目をしていた。
違うところと言えば、背中には機関銃が付いており、足が左右に三脚ずつ生えていることぐらい。二日前の探索ではいなかったモンスターだが、生態系が変わった影響か、こうして目の前に現れた。
先に見つけたのはレイで、そして先手を仕掛けたのもレイだった。
戦わない選択もあった。しかしこの付近で探索をする都合上、不確定要素となるあのハウンドドックを野放しにしておく理由も無かった。だったら早めに仕留めて遺跡探索を少しでも安全に行うという考えのもとレイが、攻撃を仕掛けた。
ハウンドドックとレイの立場が逆であったのならばまた話は変わっていただろう。レイは厳しい対応を強いられていたはずだし、負傷する可能性や死ぬ可能性も十分にあった。
しかし結果論。先にハウンドドックを見つけたのはレイで、仕掛けたのもレイだ。
攻防は一瞬。呆気ない終わりだった。
レイが正確無比な射撃でハウンドドックの頭部に弾丸を命中させる。前の戦闘では皮下装甲によって有効打は与えられなかったが今回は違う。前のことを反省して、レイは弾倉を補充するついで徹甲弾も買っていた。
硬くとも分厚くとも、徹甲弾は貫く。一発で足りなければ何発と撃てばいい。弾倉に込められた徹甲弾をすべて撃ちきった時、ハウンドドックはすでにその活動を停止していた。
レイは少し疲れた顔をしてハウンドドックに近づく。完全に息絶えており動く気配はない。背中についてた機関銃を一発も発砲させることなく仕留めたということだ。
近くでレイが息を整えていると、ハウンドドックの背中から生えていた機関銃が抜けて地面に落ちた。機械部分と生体部分との融合が甘かったのか分からないが、生体内に埋まっていたグリップ部分が溶けていて、その他には血肉が付着しているのみだった。
「………?」
前に戦った混合型のハウンドドックはこのような反応を示さなかった。個体差が大きいのだろうか。そもそも外れるということはこの機関銃はハウンドドックが体内で生成した物ではなく、後付けの物なのだろうか。とレイが色々と考えながら機関銃を手に取った。
引き金はない。しかし機関銃の側面に押し込める丸いボタンが付いていた。よく荷台につけられている機関銃などには引き金が無く、ボタンを押し込むことで弾を撃ちだせる。これもそれと似たような仕組みのものなのだろう。
レイは試しに一度押してみる。すると爆裂音に似た音が轟き弾丸が撃ち出されるた。
(……ちょっと違うんだな)
どこに弾丸が入っているのだろうと疑問に思いながら機関銃を止める。どうやら、この機関銃はボタンを押し込むことで撃つタイプでは無く、ボタンを押す度にオンとオフが切り替わるタイプだ。
つまりは一度、ボタンを押せばもう一度押すまで弾丸が撃ち出され続けるということになる。
このタイプは中々見かけないので珍しいとレイは少し興味を持つ。しかしこれを売ったところで金にはならず、また実践で使う機会があるとは思えない。レイが遺跡探索に意識を切り替えると同時に、機関銃を捨てた。
◆
レイが地下区画を探索していた。瓦礫と一緒に落ちた装飾品についてはすでに、見つけられる分は回収している。今は二日前に目星をつけた、遺物が多く残っているかも知れない店舗や場所を探索している途中だ。
とはいっても、そうそう高価な遺物など見つかるはずもない。ここには一度、何人か分からないがテイカーが探索に来ているのだ。未開領域ならまだしも、高価な遺物なら先に来たテイカーに盗られている。
レイは今、悪く言ってしまえば残りカスからまだマシな物を探す作業をしているに過ぎない。ただ、地上と比べてテイカーはあまり来てはいないので、高価な遺物すべてが持ち去られた可能性は低い。
その僅かな可能性に賭けて探索を進めるしか今は方法が無い。テイカーになってからまだ10日も経っていない。その中で生物型モンスターと戦闘し、機械型、混合型モンスターとも死闘を演じた。テイカー同士の殺し合いもあったし地下区画を彷徨い歩くこともあった。たった10日でそれほどまでに濃い経験をしてきた。しかしまだ、レイは駆け出しのテイカーだ。
急激な速度で新たな経験をして成長しているが、まだ浅い。半年と、一年と探索を続けてきたテイカーには知識や経験の面で劣るのは確かだ。もしレイが半年ほど実績を積んだ状況でここに来ていれば、高価な遺物がどの辺にあるのだとかのことが分かったのかも知れない。
ただこれはないものねだりだ。誰だって経験不足からスタートする。そこから熟練までの過程を飛ばすことなど出来るはずがない。当然、レイも例外ではなく地道に活動して、経験を積んでいくしかないということだ。
「子供用のか……」
レイが今手に取っている遺物は子供用のおもちゃ、らしきものだ。ままごと遊びに使う小道具のような物で、ミニチュアのキッチンや住宅が箱に分解された状態で入っている。一見、というよりどう見ても高く売れる品ではない。
しかしながら遺物というのは時に、見た目からは想像も出来ないほどの値段が付くこともある。過去に、一見ただの刃物に見える粗悪な品物が不可視の斬撃を飛ばす兵器だったこともある。しかもその遺物が見つかったのは兵器の工場跡でも、その付近でも無く、ある総合住宅の一室から見つかったという。
結局、その遺物に秘められた技術を欲しようとワーカーフロントが取り仕切る競売の元で大企業同士の競り合いが起きた。ハップラー社やバルドラ社などの軍事企業から、室斑製薬などの製薬会社、ユーノー警備会社など、その業界ではトップレベルに位置する大企業が参加した。値はつり上がり続け、最後に残ったのはハップラー社やバルドラ社など、大企業の中でも多く資本を持つ軍事企業やエネルギー産業、科学産業に携わる企業だけだった。
結局は《《ある企業連盟》》の介入によってすべてが横取りされたが、その遺物の発見者であるテイカーには多額の報酬が支払われた。噂によると天文学的な数字だという。ただ、そのテイカーは数十日後に死体となって発見されたため正確な数字は分かっていない。死人に口なしだ。総合住宅を探索するテイカーのレベルなどたかが知れている。その遺物のことを知っていて探索した可能性もあるが、あっさりと殺されている時点でその程度なのだろう。
急に成り上がったせいで、急に周りの環境が変化したせいでついていけなかったのだ。テイカーとして名も売れると実力以外の要素も必要になってくる。なにせ大規模遺跡の深部に入れるようなテイカーはみな戦術兵器並みの力を持っている。それほどの暴力があれば当然、大企業同士の争いや政治的な争いに巻き込まれることが多くなる。だからある程度の駆け引きを出来るだけの知能と経験が必要なのだ。
今回の場合。厳重に警備されたホテルに身を移し、警備会社と最高級のプランで契約していればこんなことにはならなかった。それだけのことをすぐに出来ないのだから、やはり《《その程度のテイカー》》だったのだろう。
ただ、不可視の斬撃を飛ばす遺物など簡単に見つかるわけもなく、目の前の遺物が見た目相応の価値しか持たない可能性の方が高い。このおもちゃにいったいどれほどの価値が込められているのか、高価になるような付加価値があるようには感じられない。
それに大きいためバックパックの容量を圧迫する。
高価である可能性もあるが、その僅かな希望に縋ることは現実的ではない。
レイはそのおもちゃを置いて一旦、店から出た。
店から出るとすぐにレイは《《声をかけられた》》。
「久しぶりね。また会えて私はうれしいわ」
簡易型強化服を着たサラがレイににっこりと笑いかける。一方でレイは、その張り付いた笑顔の裏にある《おぞ》ましいものを見て顔を歪ませる。まるで能面。作られた、作られ過ぎた笑顔だ。
果たしてなぜ彼女は笑っているのだろうか、何を思ってレイの前に立っているのか。
「………俺は最悪の気分だ」
レイは突撃銃の引き金に指をかけながら、サラを睨みつける。しかしサラは全く気にしない。
「そう。私は結構嬉しいわよ。だって結構イラついてたからね」
「……勝手に割り込んで、勝手に怒って。自分勝手で喧しいな」
「そうね、確かに一理あるかも。だけどここは遺跡。同業者から襲われることもあるし、こちらから出向くこともある。どっちが悪いかだなんて、一般的に見れば襲った方が悪いのでしょうけど、遺跡では負けた方が悪いの。だからここで善悪について説くのはカッコ悪いわよ?」
レイが口を閉じて一瞬だけ思考を巡らす。そして口を開いた。
「お前、名前は」
「なに突然? 名前? 時間稼ぎでもしたいわけ?」
「もしかしたらってこともあるだろ?」
「もしかしたらって……。確かに名前も知らないような奴に殺されたら悔やんでも悔やみきれないものね」
「………」
「ハンター名はサラ。覚えておいてね。そして短い間だけどよろしくね」
「そうか。俺はパウロってハンター名だ。どうせ覚えても意味ないがな」
サラが手に持った散弾銃を僅かに揺らす。レイもいつ戦闘が始まってもいいよう体勢を整える。二人の間に奇妙な緊張が走る。
「最後に、なんで俺の居場所が分かった。痕跡はそこまで残してないはずだ」
「これで確認してたわ」
サラが情報処理端末を取り出した―――瞬間にレイが情報処理端末に向けて発砲した。
惜しくも弾丸はサラの腕に防がれ、情報処理端末を破壊することは叶わなかった。だが同時に、レイはサラの視界から姿を消した。
「抜かりないわね」
情報処理端末を見ながら、サラが呟く。誘いだと分かっていて乗ったサラにも非はある。しかし一瞬の隙を突いて的確に攻撃を繰り出せる者というのは案外少ない。前に戦った時もそうだったが、生き残れる可能性というのに貪欲だ。決して手を抜いている様子が無い。
(じゃ、私も始めようかな)
サラがそう思って情報処理危機に目を向ける。だがその際にふと思った。
(だけどこれだけ危機感あって、なんで……)
なんであの大穴から他のテイカーが来ることを予測していなかったのだろうかと。確かに、環境が大きく変化した場所は生態系が変わるため入るのを躊躇するテイカーがいる。しかしまた、未開領域を目指して入って行く狂人のようなテイカーも存在する。というより、命の軽いこの場所で仕事をしているような者は大概、イカれているかそうせざるを得ない状況に置かれているかの二択だ。
ハイリスクハイリターン。身が強い危機に晒されることが分かっていながら、高価な遺物を見つけたいという衝動のために命を蔑ろにするような連中ばかり。
彼らにとって、大きく環境が変わった場所というのは危険であるのと同時に未開領域を発掘できる可能性の塊なのだ。だから、あの大穴から誰かが入ってくることぐらい、彼には予測できたはずだ。
大穴が大きすぎて隠しきれなかった? いや大穴のある店舗裏へと繋がる入口、あそこを塞げたばよかったはずだ。
隠すことを諦めていた? ありえない。少なくともあの男はそんなところで手を抜いたりはしない
ただ単純に馬鹿で、そこまで考えが及ばなかった? サラが買い被っているだけという線も確かに存在する。しかしそのいずれも違うと、テイカーとしての勘が告げていた。
(やっぱりおかしい)
その結論に辿り着いたとほぼ同じくして、サラの足元で爆発が起きた。
(手榴弾――?!いつ投げ込まれ――いや、違う!…これは元々)
元々、ここにトラップが設置してあったのだとサラはようやく勘づいた。だとしたらレイはサラが来るのを分かっていたことになる。といことはやはり、サラが大穴に侵入していたのはバレていたということになる。
サラがいた場所に続けて手榴弾が投げ込まれる。サラが爆発で死ぬことはないが、一時的に身動きが取りづらい状況にはなる。度重なる爆発、サラは何も出来ないのに対してレイは一方的に突撃銃を乱射する。いくら簡易型強化服といえどバッテリーが切れればただの服。防護服程度の性能しか持たない。それまで、攻撃し続け消耗させ続けて殺す。
「今ここで、確実に仕留める」
レイは呟き、引き金を引いた。




