第83話 遺跡帰り
クルガオカ都市の外周部にあるテイカーフロント。24時間営業では無いため、もう空が完全に落ち切ったこの時間帯は店内にいた客の処理が済むと自動的で閉まるようになっている。そろそろ、正面入り口の扉を閉めようとした時に一人のテイカーが転がり込むようにして入って来た。
換金窓口にいた職員は昨日見たばかりの顔で、今日も生きて帰ってこれたのかと、少し感心する。ただ、その代償として防護服はまだ使えそうだが所々破けていて、全体的に煤汚れていた。
「遺物の売却と。査定が終わった分の代金を貰いに来ました」
その一人のテイカー、レイは昨日と同じようにバックパックをカウンター横のスペースに置いて、そして遺物を並べた。昨日よりも遺物の量は少ない、ただ質は高かった。
「……査定に一日から二日お待ちください。恐らく、この量ですと明日には終わっていると思うので、明日また来てください。それとオフィスカードの提示をお願いします」
昨日受付した人とは別の職員はそう言って、淡々と事を進める。
「また、昨日査定した遺物の換金ですが、隣の窓口で行ってください」
「分かりました」
レイは答えながらオフィスカードを取り出して渡す。職員はそれを受け取ると、手元の機器に何かを打ち込んで、モニターに映し出された情報と見比べると顔を上げた。
「確認は済ませたので、換金用の窓口で受け付けをする際にはオフィスカードの提示はいりません。これですべて済みましたので、何か別のようが無いようであれば隣の窓口へどうぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
職員はそう言ってレイにオフィスカードを手渡す。そしてレイは礼を言って隣の窓口へと行った
隣の換金用窓口には昨日見た職員の姿があり、もう夜ということもあって疲れた様子で受付をしていた。レイの番が来ると少しだけ目を見開いて、そしてやつれ気味の笑みを見せた。
「昨日も見た顔だな。昨日の査定分の受け取りだな」
「はい」
男は手早く、手元の機械に何かを打ち込む。その際にレイに話しかけた。
「てっきり死ぬと思ってたぜ。今日、テイカーに襲われたろ。防護服に残った弾痕を見れば分かる。そいつは機械型モンスターじゃねぇな? まあ第一、機械型モンスターに会って生きて帰れるモンスターってのは少数だ。そんな負傷じゃ済まない。だとしたら同業者に襲われた、と。どうだ合ってるか?」
レイは少しだけ表情を変えて、あきれたような表情を浮かべる。
「今日は色々とあったよ。ただ、色々と詮索されるのはこれで二度目だな」
遺跡でギンを殺したとち狂ったテイカーとこの職員の二人。色々と推測されて、そして内容は大体当たってる。
「じゃあ遺跡内でテイカーに会ったってことだな」
「まあな」
職員はそれ以上訊かない。テイカー同士で殺し合ってはダメ、という規則があるわけではないのだが、その事実を職員が問いただして聞いたところで面倒になるだけだ。
中には面白さのためだけにそう言った話を集める者もいるが、少なくとも目の前の者は違ったようだ。
逃げたのか、殺したのか、それとも《《そのどちらとも》》か。職員は色々と思い浮かべながら手続きを進め、終わるとレイに代金を渡す。
「6700スタテルだ」
「ありがとう」
外周部の屋台で売っている粗悪なパンが300スタテルほど、一泊の値段が大体1200スタテルほど、命をかけた分としては少ない稼ぎだ。だが、初めてでこれは上出来だろう。
そして代金を受け取ったレイが立ち去ろうとすると、職員が呟いた。
「これは独り言なんだが、クルメガって小規模遺跡は最近きな臭いらしい。気おつけた方がいいな」
職員の独り言を聞いたレイは一瞬真顔になって色々と思考を巡らせた。そして職員の独り言には返答せずに、代金だけ受け取ると軽く頭を下げた。そしてテイカーフロントから出ると疲れた足取りで宿にまで戻った。
◆
次の日。レイがジグの店――『アンドラフォック』を訪れていた。用件はNAC-416の修理をするためである。レイが持っていたNAC-416はギンとロンの二人組との戦闘で傷つき、グリップ部分が壊れた。辛うじて撃てる状態だが、これで遺跡に行けるはずも無くまずは修理をしてから、ということでアンドラフォックに来ていた。
「どのくらいかかりますか」
しかめっ面で、壊れたNAC-416を見るジグにレイが問いかける。
「あ?…ああ。まあそうだな……壊れてるのはグリップだけじゃねぇからな。衝撃で内部機構も幾つか壊れかけてる。今は撃ててるがその内撃てなくなる」
「………」
「ということで内部機構も取り換えなくちゃいけねぇから最短でも一日は待ってもらうことになる。他の客からも修理を依頼されてんだ。そっちが優先になっちまうからな」
修理は先着順。レイの前にも何人かがジグに修理を依頼している。加えて修理代とは別に追加料金を払えば優先的に修理もしてくれる。そうすれば半日とかからずに修理は終わるだろうが、レイにそんな金はない。
大人しく一日、待つことになりそうだ。
「ああ。忠告しておくが、拳銃とナイフだけで遺跡には行くなよ?事を急いでもいいことなんてあんまりねぇからよ」
NAC-416を持っていようと対処できないモンスターは遺跡に数多くいる。しかしハウンドドックのように、NAC-416を持っていれば十分に戦えるモンスターが存在しているのも事実だ。拳銃であればナイフであれば、ハウンドドックと正面から相手するのは難しいだろう。それに、遺跡内を行動しているハウンドドックというのは基本的に5体から6体でチームを作って狩りを行っている。それに体も一回りほど大きい。
レイが都市内部で倒したようなハウンドドックとは大きくかけ離れた生態をしている。そんな相手に拳銃とナイフだけで挑むのは無謀。しかしNAC-416があれば分からない。
だからもしハウンドドックと会った時のために、少しでも生存確率を上げるため十分な装備が必要なのだ。今まで、遺跡に行って怪我をして帰ってきて。装備などにほとんどの金を費やしてしまったために生活費が無く、失態を取り返そうと装備が壊れかけていても、負傷していても遺跡に行く馬鹿を、ジグが多く見てきた。
そうした者達の末路はみな同じだ。末路、とは言ったもののどうなったのかジグは知らない。知っていることは二度と、姿を現さなくなったことぐらい。もしかしたら他の場所でよろしくやっているのかもしれないし、遺跡に飲まれてしまったのかもしれない。
そんな馬鹿たちにわざわざ心を痛めてやる必要もないのでジグは気にしないが、最低限、馬鹿と同じ道を歩ませないよう忠告することは出来る。それでも聞かずに行くというのならばどうぞ勝手に、という感じだ。
レイはというと、ジグの言葉を聞いても聞かなくても予定は決まっていたのか特に考える素振りはみせずに答えた。
「まあ俺もあんまり金には困ってないから。だから今日はゆっくりする予定です」
「おお、それでいいじゃねぇか。また明日来い。完璧に仕上げといてやる」
「ありがとうございます」
ジグとレイはそう言って別れた。
店から出たレイはアンドラフォックの周りを歩きながら、今日の予定を立てる。基本的に銃の修理以外のことを考えていなかったので、これといって何かあるわけではない。無駄に金も使えないし、歩き回って疲れることも避けたい。
だとしたら宿でごろごろと休むの最適解なのかもしれない。レイはそう考えながら大通りを歩く。歩いていた。
「………あ、いつ」
咄嗟にレイは建物の陰に隠れた。
そしてそのレイの反応も当然だった。
多くの人が行き交う通り、その人混みに紛れて、ギンを殺しレイに銃を向けたあのとち狂った女――サラがいたから。




