第82話 危険人物
髪は短い、ショートぐらいだろう。見た目だけで判断するとレイと同じ年ぐらい。顔は整っている、アカデミーに居れば全員から好意を向けられる可能性があるほど。まさに美少女、という言葉を体現していた。
だが。
だがしかし、その言葉とは裏腹に彼女のした行為は皆が抱くイメージとは、恐らくかけ離れたものだっただろう。
「それで、大丈夫? あなた」
彼女は地面に倒れるレイに話しかける。レイは目の前で起きたことを少しずつ理解しながら、立ち上がり窓に寄りかかった。
「俺はまだ状況が理解できてない。まずお前は誰だ」
彼女は首を傾げ、そして答える。
「何って、私はあなたを助けただけだけど」
「助けって………どうして俺が被害者だって分かんだ」
「ちょっと遠くから見てたからね」
「…………」
敵なのか味方なのか、少なくとも《《今のところは》》敵じゃない。だが敵になり得る。こいつは確かにギンを殺した。だが、だからって自分の味方だと考えるのは早計だ。
遺跡という状況下で出会った者を信じられるほどレイはお人好しじゃない。話を聞く限りではレイと二人との戦闘を遠くで見ていたようだが、ではなぜすぐに助けにこなかったのか、単なる気分かそれとも別に理由があったのか。
単なる善意とも受け取れるが、騙し合いの世界で生きてきたレイにとってそれは何よりも恐ろしいものだ。簡単に信じられはしない。
「…分かった。じゃあ助けてくれたって認識であってるか」
「そう。まあそうね」
「さっき遠くで見てたって言ってたよな。ここに来るまで何をしていた」
「別に? ただ見てただけだけど」
埒が明かない。それがレイが最初に思ったことだ。相手の目的、動機が不明である以上、レイは下手に動けない。だが同時に、このままの状態でいることも出来ない。
「…そうか。分かった。助けてくれてありがとう。俺はもう行かせてもらう」
レイが床に落ちていたバックパックを拾い上げ、ナイフを懐にしまい、突撃銃を持ちながら言う。だが彼女はそれと止めた。
「ちょっと待ってよ。助けたんだからお礼ぐらい…当然でしょ?」
そこでレイは露骨に顔を歪めた。想定していた中で最悪のパターンだ。そして単なる善意や思いつきの行動という線はこれで否定された。最初からレイに何かの見返りを求める形で助けたということ。
(……チッ。こいつ何が欲しいんだ)
目の前にいる美少女は簡易型強化服を着て、加えて装備している拳銃や突撃銃はどれもレイが持っている物より上等なものばかり。明らかに、彼女はテイカーとしてレイよりも上にいる。なのになぜ、レイからお礼を貰おうとするのか、理解不明だった。
レイが集めた遺物ぐらい、彼女はすぐに集められるだろうし金をくれてやったところでそれは彼女にとってはした金だろう。それにレイは突撃銃、拳銃などの武器や弾丸や回復薬を買ったせいで金がほとんど残っていない。彼女はそのことについて知らないだろうが、普通に考えて、レイから何か、無理に恩を売ってむしり取りたいような物はないはずだ。
それに前提として、別にレイは彼女に助けてもらっていない。
あのまま行けばギンを撃ち殺せていた。彼女は横やりをしただけにすぎない。
「俺は別に、お前に助けてもらってなんかいないし、感謝もしてない」
「え? でもさっき助けてくれてありがとうって」
「あれば場を収めるために言っただけだ。じゃあなんだ、あの時に『お前の助けはいらなかった、邪魔だった』とでも言っておけば満足したのか?」
「んー。どうだろうね。ちょっとムカっときちゃうかも」
「じゃあ、あの時の対応はあってただろ」
「でも今言っちゃったから意味ないよね」
「そうだな。じゃあ別に恩が無いことも伝えたよな」
「………」
「俺はもう行かせてもらうぞ」
「……まあ待ってよ」
彼女がレイを制止すると、ギンとロンの死体を指し示しながら続けた。
「この二人に追われてた原因ってなに?」
「俺が言う必要あるか」
「んーー。ま、そうだね」
彼女は少し笑って、そして続けて言う。
「これはね、私の想像なんだけど。この二人があなたを追い回す理由って、そのバックパックの中に高価な遺物でも入っているのか、それとも価値の高い情報を持っているのか。そのどちらかでしょ」
「あなた頭良さそうだからこの二人に喧嘩売るようなことしないでしょ。どう合ってる?」
レイは別にこの二人に追い回されていた理由など全く持って知らない。だが、逃げ回って、この建物で待ち伏せをしている際中に色々と考えていた。一つ思い出したのが昨日、テイカーフロントでカウンターの上に遺物を並べた時。視線を向けられていたような気がした。一人からではなく複数から。
考えるに、遺物の状態が良かった。あるいは多くの遺物を持ち帰って来た。それともそのどちらともが珍しいことだったのでないだろうか。そして主に、視線は服に向けられていた。
ということは。
思い返して見るとあの服屋が思い上がる。特別なこととしては服が補充されていたこと。つまりは自動修復機構が活きていたこと。もしかしたらその情報は高価なものだったのでは、だから二人に追いかけまわされているのでは、と考えたが…。
(当たりか?)
確かに、服が補充されるということは安定した稼ぎ口を見つけるということ。稼げない日もあるテイカーにとっては嬉しい情報だろう。ただレイはそこまで重視していなかったため、その存在を忘れていた。
そしてもし、彼女が欲しい情報とやらが定点領域についてだとしたら。
「合ってるかなんて知らないな。そもそも俺はこいつら二人に追いかけまわされた訳だって知らないんだ。それに俺が高価な遺物や情報を知ってると思うか?」
レイは両手を広げて、駆け出しのテイカーであることをアピールする。しかし彼女は納得していない様子だ。
「んん………ほんとかなぁ。そういう予想って私あまり間違えないから。嘘は言ってないよね? 当然」
「ああ」
悩むように首を傾げる彼女は、画期的な案でも思いついたように目を開いた。
「まあ…ね。そういうこと。分かった。でも取り合えずバックパックの中身見せてよ」
「そんな義理ないな」
彼女はレイの言葉なんて聞こえていないように続ける。
「それがお礼でもいいよ」
「だからさっき礼はいらな………」
あくまでもお礼を受け取るというのは方便であって、事を荒立てないために言っているだけ。相手にそう言って素直に従ってもらうため。もし断るようならば《《実力行使も厭わない》》、彼女はレイの目をただじっと見つめてそう言っていた。
(何か当たりでもついてんのか?)
なんでレイが定点領域の場所を知っていることを、彼女は把握しているのか。単ある推理って可能性もあるし、別の可能性もある。ただ、レイとしては素直に従って情報を吐くのは単純に気にくわなかった。別にレイはあの服屋に訪れることはほぼないだろうし、有効活用する手立てもそんなに思いつかないが、金になる情報をタダで渡すのには強い抵抗があった。それも自分が屈する形で。
(まあいいか。もう時間は稼げた)
レイはそう考えて、口を開く。
「生憎。これは俺のもんだ。お前には渡せないな」
すると彼女にそれまであった、どこか緩い雰囲気が無くなり、鋭くレイを見た。そしてゆっくりと口を開く。
「そう。じゃあ死ぬしかないね」
彼女がそう言って一歩踏み出す。そしてレイは彼女の方を向いて、窓側に背中を向けてまま後ろに倒れた。そしてそれとほぼ同時に彼女とレイがいたフロアが《《爆発した》》。
「じゃあな」
レイは事前に窓から飛び降りて爆発から逃れていたため命拾いする。落下する際に死にかけるが、それだけだ。レイは二階から落ちるその僅かな間に、道路の先にいる一体の機械型モンスターを見て笑った。
その機械型モンスターは球体の形をして、どこかで見たことがあった。昨日、雑貨屋を出た後に襲われた巡回中の警備ロボットだ。
ほぼ体内時計だが、昨日襲われたのもこの時間帯だった。もともとはギンとロンとの戦闘に備えて、レイだけが知っている不確定要素として扱う予定だった。しかし思いのほか二人がレイの元までたどり着き、そして早く戦闘を終えた。そのためレイはあの機械型モンスターが来る前にここを去る予定でいた。
だから彼女との会話中も早く去りたかったし、そのために早く会話を切り上げようとした。しかしこうして戦闘が避けられないと分かれば、レイごと攻撃させて場の攪乱に使う予定に変更した。
本来、レイが真正面から何の対策もなしに彼女と戦っても勝てる確率は限りなく低い。彼女はレイよりも高性能な武器を使っているし簡易型強化服を前にNAC-416やナイフ、拳銃は意味を為さない。決めてに欠けていた。右手に装着された『それ』を使えればまた話は変わるだろうが、今はそんなものない。
一方で彼女はレイを簡単に殺すことが出来る、それほどの装備を有していた。
あの巡回中の警備ロボットの存在が無ければ、レイは大人しく定点領域の場所を吐いていた。だがそうはならなかった。
加えて――。
「上手く行ったか」
巡回中の機械型モンスターはより危険な方から排除するようにプログラムが組まれている場合が多い。この場合、レイよりも簡易型強化服を着ている彼女の方が危険だと判断したのだろう。
外に投げ出され、機械型モンスターと距離が近いはずのレイではなく、彼女の方へと高速で飛んでいく。レイはその隙に走って逃げる。すでに日は落ち始めて、もうすぐモンスターが活性化する時間帯だ。
しかしその頃にレイは遺跡にいない。
「危機一髪って感じだな」
レイは笑いながら走って、そして遺跡から抜け出した。
◆
空が暗くなり始めた頃、遺跡の外周部で鳴り響いていた戦闘音が止まった。辺り一帯に残ったのは崩壊した建物と瓦礫の上に立つ美少女だけだ。
「………あいつ」
彼女――サラは恨みをたっぷりと込めて呟いた。
「許さない。絶対に罪を償わせる」
そして、まだ僅かに足元で動く、球体の機械型モンスターを何度も踏みつける。
「ぐやじぃいい。クソクソクソ」
してやられた。嵌められた。許すことなど出来るはずがない。
「あいつ、絶対やり返す」
最後に溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すと、《《クルガオカ都市へと帰る》》ために歩き出した。




