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ロストテイカー  作者: しータロ(豆坂田)
第二章――第二次典痘災害『上』

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第81話 乱入者

 合流した二人はレイを追いながら傷の手当をしていた。負傷したのはロンで咥内から頬に向けて貫通した弾丸によって肉が吹き飛び、今は右頬が無く外からでも咥内が見えるぐらいには酷い状態だ。一方、ギンは幸い、防護服を着ていたため弾丸が貫通することは無かったが衝撃で右腕の感覚が一時的に無くなっていた。最悪、骨にひびが入っているかも知れない。

 

「ああ、いてぇ!あいふ俺が追跡して…るの気づいてたは。 駆け出しのテイカーじゃなあんか」


 頬が弾け飛んだことで喋りにくそうにしながらロンが言葉を紡ぐ。隣で包帯を顔に巻いているロンを見て、ギンはため息を吐く。


「ああ、確かにあいつはテイカーとしては駆け出しかもしれないな」


 ギンは続ける。


「だが、初めて銃を使う奴の動きじゃないな。俺らの追跡にも、いつからかは分からないが気が付いていたようだし」

「普通よぉを。在庫が補充されるような店を見つけたは、そこへずっと通っへ、安定した稼ぎが手に入るのによぉ。なんで場所変えるんだよクソ。追ってても行かねぇしよぉ!」


 段々と喋り慣れてきたロンが不満を零す。もう日が沈みかけていた。だがレイは定点領域へと行くことがなかった。単純に今日が在庫補充の日では無かったからかもしれない。だが遺跡に置いて、そして旧時代の生活レベルを考えれば一日で在庫が補充されるようなプログラムになっているはずだ。

 その認識で二人はいたため、レイが定点領域へと行かないことに苛立っていた。特にロンはギンと違って、こちら側が気づかれている可能性を考慮していなかったため、さらに苛立っていた。

 その結果があの射撃だ。あれはロンの暴発だった。一応、ギンから撃ってもいいよ確認を貰ってはいたのもも、あまりにも早急な思考だった。ギンがロンを窘めるように、言い聞かせる。


「ああ。だから認識を変えた方が良いな。相手は駆け出しのテイカーじゃない。十分に腕の立つ敵だ。どうする、こっちはまだ完全には顔が割れてない。対してこっちは相手を知っている。今は一旦引いてもいいんだぞ」

「んなこと絶対に許さねぇ。定点領域の情報も吐かせるし、絶対に殺してやる」

「了解だ。行こうぜ」

「当然じゃねぇかよぉ」


 ロンが右頬に巻いた包帯の上から液体状の回復薬を振りかける。皮膚から吸収される回復薬の量はたかが知れているが、痛み止め程度の効果は果たしてくれる。そしてロンはレイが転がり込んだ店に視線を向けながらギンに訊く。


「あいつはどこ行った」

「もう結構離れてるな」

「ッチ。あいつ」


 ロンとギンがレイが残して行った痕跡を辿りながら追う。かなり逃げ足が速いのか、かなり追ってもレイの後ろ姿すら捕らえることが出来ない。すでに商店街跡を抜けて他の場所へと移ろうとしている。

 一旦ここは退いた方がいいかとも、そう考え始めた時、それまでおぼろげだったレイの足跡、痕跡が色濃く表れ始めた。


(何かあるのか)


 これほどまで強く痕跡を残すのは逆に怪しい。ギンはロンを手で制止して止まる。

 どこかに誘い込まれているのかも知れないという疑惑はある。相手は確かに駆け出しのテイカーのようだが、先ほどの戦闘などもあってそうではないことぐらい分かっている。だとしたら何なのか、都市内部で活動している傭兵、または企業傭兵なのか。それとも生態的、機械的な手術を用いて外面を偽っている別人なのか。

 いずれにしても、この足跡の変化について一考する必要性はある。

 ただ単に敵が逃げ切れたと思った結果生まれた慢心から出来た隙、だと思えば簡単だ。だが別の可能性もある。例えば――。


「おい、ギン早く行こうぜ、逃げられちまう」

「………まあ待て」


 急かすロンをギンが抑える。

 確かに、ロンの言っていることは正しい。このまま、無駄に時間をかけていても逃げられるだけ。別に逃げられたところで、一日分の稼ぎが無くなるだけでそれでも構わないのだが、それでは溜飲が下がらない。これでもテイカーなりにプライドという物がある。それに仕事仲間ロンを負傷させられて黙ったままでいられるほど、ギンはお利口さんではない。

 二人はスラムの出身ではなかったが、同じく底辺として手を取り合って生きてきた。

 仕事仲間でもあり親友でもあるロンを殺されかけて、ギンが逃げれるはずが無かった。冷静に論理的に考えれば危険だが、感情がその思考を否定する。


「…はぁ。分かった。行くぞロン」

「おう。当たり前だ」


 はっきりと残るレイの痕跡を辿り、二人は道を進む。すでに周りの光景は一変しており、廃ビルと総合住宅が立ち並ぶ区画まで来ていた。特におかしなところは無い、至って普通の遺跡の光景だ。


「ロン、伏せろ。痕跡が消えた」


 ギンとロンが建物の陰に身を隠す。

 そして周りを確認しようとロンが顔を出した。その瞬間に弾丸が、包帯で巻かれたロンの右頬を弾け飛ばした。


「――ッッあああ!またかよっ!」


 頭を引っ込めたロンが右頬を抑えながら痛みに悶える。一方でギンは冷静に状況を把握していた。


「ロン。お手柄だ。そのぐらいどうせ治せる。それより、今のであいつの大体の居場所が把握できた。行くぞ」

「お、おぉお。わがっだぜぇ…」


 最低限、ロンが治療を終えたのを確認するとギンがレイがいると思われる建物の二階に向けて射撃を開始する。壊れかけの窓の隙間、それも布のような物で見えづらい。

 加えて相手は移動しながらロンに射撃してくる。幸い、建物二階からロンを狙える場所は限られているので、ある程度レイがいるところは予測できる。


(ッチ。あいつ、分かってはいたがかなり――)


 だがレイの射撃技術は一瞬の隙も見逃さずにロンを狙う。中部に居た頃よりいくら身体能力が落ちていようと、技術は失われない。マザーシティで傭兵をしていた時から持っていた、レイのわざだ。

 それはたとえ、テイカーを相手にしようとも劣らず、逆に優っていた。ギンだって、中部のそこらにいる傭兵よ比べれば卓越した技術も持っている。当然だ、人間同士での撃ち合いが主となる傭兵とは違い、加えて遺跡内でモンスターと撃ち合ってきた経験がある。

 不安定な環境下、予想外のことが起こりえる環境で身を置きながらも遺物の収集という任務を毎回達成している者達。中部にいる傭兵なんかよりも数段、技術があった。

 しかしレイはこれでもPUPDと戦い、生き延びた者だ。そこらの傭兵、テイカーよりかは経験も技術もある者だ。駆け出しに毛が生えた程度のギンとロンでは少なくなくとも、技術面で劣っているのは確かだった。

 だが、人数差で勝っている。

 レイは一人、ギンたちは二人だ。

 多すぎると連携不足や足の引っ張り合いが起きて反って効率を下げるが、二人、それも親友同士ならば数の有利というのは大きく反映される。


「まだだ、まだやられなれないな」

 

 ギンは呟きながらレイを撃ち続ける、牽制するように、時間を稼ぐように。ギンはレイを殺せない現状に苛立ってはいたものの、時間はこちらに味方することを知っていたため少し、気は楽だった。

 一方でレイは中々殺しきれない現状に苛立ちが積もり始めていた。相手の技術は恐らく、冷静に評価しても自分よりは下だとレイは分かっていた。しかし殺しきれない。軽傷を与えることは出来ても致命傷とまでは行かない。

 そのもどかしい現状にレイは歯を強く噛む。


(こいつ、さっきからおかしいな)

 

 現状の苛立ちに解決策を見つけるようにレイが違和感を感じた。明らかに相手は時間稼ぎをしているような、そんな動きだ。攻めあぐねているような感じでもない。何か狙いがあるのは確かだ。

 このまま平行線が続いても意味がない。

 だからと言って別の案があるわけでもない。そこでふと、レイが気づく。


(そういえば……待て、もう一人は何処に行った。あいつは――)


 相手は二人組のはず、だが先ほどから一人しか顔を出していない。レイがその事実に気が付くと同時に足音が背後から聞こえた。


(――ッッこいつどこから抜けてきた)


 レイは瞬時に振り向いて銃口を背後に向ける。だが僅かに間に合わず、階段を駆け上り背後から現れたロンによって、NAC-416のグリップ部分を撃ち抜かれる。一瞬の動揺、だがレイはすぐに次に行動を移した。

 使えなくなったNAC-416から手を離すと拳銃を取り出しながら横に飛んで、隣の部屋へと退避する。そして勢いのままに走って階段付近にいたロンに近づくと、近距離から頭部に向けて数発は発砲する。

 一発は僅かにずれて強化服に阻まれた。そして続く二発も、ロンがレイに銃口を向けたため、体を無理な体勢にしたことで上手く照準が定まらず外れる。レイは一旦、拳銃でロイを殺すことは諦めて、相手の武器を無効化することに努める。ロイの持っていた突撃銃を蹴り上げ、手から離させる。そして上に飛んだ突撃銃に引っ張られるようにして、ロンが両手を上にあげた。そして無防備な脇腹にレイが数発の弾丸を浴びせる。

 防護服を貫通した弾丸はロンの内臓を破壊し、突き抜けた。と同時に、レイは続けてロンの顎に拳銃の狙いを定めようとしたが、生憎の弾切れだった。レイは拳銃でそのままロンの顎を殴りつける。


「硬すぎだろ」

「――へへ。効かねぇ」


 ロンの顎に当てた拳銃が壊れた。そしてお返しにロンがレイの腹に拳をめり込ませる。

 咄嗟の判断で後ろに飛んでいたレイは衝撃を最小限に留められたが、その間にロンが落ちてきた突撃銃を取って、レイに向けて構えていた。

 レイが頭を上げた時にはすでに引き金にかけた指が引かれる寸前だった。今のレイが突撃銃に撃たれればひとたまりもない。回復薬が無ければすぐに死へと至る。レイは必死に避けようと考えたが間に合わない。

 

「――くっそ………」

 

 だが弾丸が撃ち出されることはなかった。


「ッチ。あの時に壊されたんか」


 蹴り上げられた時に壊された突撃銃を捨てながら、ロンが呟いた。そしてロンは拳銃を持っていなかったため、ナイフを引き抜いてレイとの距離を詰める。

 一方でレイも弾倉が空になった拳銃は使えないので捨てると、ナイフを引き抜いてロンと対応する。

 ナイフを使い慣れていないのか、ロンは大振りでレイの顔面に向けて振った。レイはいともたやすくそれを回避すると先ほど撃ち抜いた脇腹に向かってナイフを突き立てる。防護服にはすでに弾丸で穴がいていたため、ナイフはロンの肉体を抉る。

 だが一センチほど刃が入ったところで金属音と共にナイフが止まった。


(皮下装甲か…)


 ロンは体表の少し下に装甲を着ている。だからナイフが通らない。だから拳銃で顎を殴った時に拳銃が壊れた。


(加えて強化薬か)


 だが、先ほど撃った弾丸は確かにロンの体を貫通して後方の壁にまで突き抜けた。なのに痛みを感じている様子はない。アドレナリンの多量排出では説明できない。恐らく強化薬か回復薬の効果か、どちらかは分からないが痛みが鈍化する効果でもあるのだろう。

 ナイフが皮下装甲にぶつかったその一瞬でロンは再度、ナイフを振り下ろす。しかしレイはそれも避けると今度はナイフを首に突き刺した。皮下装甲は合ったが、それはほぼ関係ない。今度は先ほどよりも強く、全力で刃が曲がってしまうほどの力を込めて突き刺したからだ。もし皮下装甲を貫通できなくとも、衝撃で首の骨を折ることができる。最低でも気絶ぐらいはさせられる。

 

「――ぐぁっ」


 その声を断末魔に、ロンは装甲を突き破ったナイフによって力なく倒れる。まだ生きてはいる、しかし致命傷だ。レイはすぐにナイフから手を離すとすぐ近くにあった突撃銃をへと近づく。


(来てんだろ?もう一人)


 もう一人残っている。今頃階段を駆け上ってレイの元まで来ているはずだ。ちょうど、意識を研ぎ澄ませば足音が聞こえる。拳銃は使えない。だが突撃銃ならば、グリップが破壊されたがぎりぎり引き金がまだ引ける。

 レイが拳銃を拾い上げたのと同時に、ギンが階段から姿を現した。ギンは床に転がるロンを見て目を大きく見開くとレイに向けて引き金を引い―――。


「―――なん」


 それはあまりにも突然。遺跡にありがちな予想外というやつだった。だがそれは、モンスターでも警備ロボットでもなかった。


「あ、大丈夫? 状況から見て、こいつが敵よね」


 ギンの背後の壁を突き破って現れたのは一人のテイカー。そして壁を破壊された時の衝撃で散弾銃から指が離れたギンを、そいつがそう呟いて、拳銃を撃ち殺した。


「ん。まあいいでしょ。どうせ敵なんだし」


 そう言って、簡易型強化服を着た彼女は、レイに笑いかけた。

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