第59話 たった数人の実働部隊
次の日。時刻通りに起きたレイはロベリアと共に施設内を歩いていた。
「朝食はもうとった?」
「いや、まだ。どこに行けばいいのか分からなかったから」
確かに、レイはこの施設のことを何も知らないから朝食を食べるためにどこに行けばいいのかも当然分からない。
「はっは。確かにね」
そう言ってロベリアは道を曲がる。
「場所は昨日、夜ご飯を貰ったところだよ。まあ覚えなくてもいい、どうせ二日後には作戦が開始して、君は西部に行くんだからね」
もう作戦開始二日前なのかと、レイは思い出して気を引き締めた。
「そうだった。そういえば作戦については?」
「今日の夜かな、みんなが集まるのがそのぐらいの時間だから」
「分かった」
その時ちょうど、二人が食堂――のような場所に着く。長机が等間隔に置いてあり部屋の端っこには恐らく手作りだろうお弁当のようなものが置いてあった。レイはロベリアの後ろについて、動向を伺いながら朝食を取っていく。
そしてそれが終わると二人は席に向かい合って座った。
「あ、そうそう。レイは何か使いたいものとかある?」
二人が食事を食べ始めてすぐにロベリアが口を開いた。
「……使う、ってなんだ」
「ああ使いたい装備ってこと。強化服はこっちで支給するし、武器もそう。突撃銃でも散弾銃でも拳銃でも、市販で売られている物からPUPDの隊員が使うような物まで、すべてとはいかないけど用意できるよ」
「…すごいな」
PUPDの隊員が使うような武器は市販に出回らない。反政府主義者がPUPDの中に紛れ込んで、横流ししているのか。それともただ金目当てにそうしているのか。いずれにしてもかなりのリスクが伴う。もしそのことが露呈したら良くてただ殺される、最悪、脳を解析されて生き地獄だ。
しかしロベリアはPUPDの隊員が使うような武器が手に入ると言っているのだから、反政府主義者というコミュニティの広さ、深さは想定よりも大きいのかも知れない。
「まあね。これでもこの作戦にはかなりの金と人を使ってるんだ。反政府主義者も本気というわけさ。エレイン隊に出資している人も、いつもより多めに出してくれるらしい、それほどまでに今回の案件は大事ってことだね」
そんな大事な作戦に、何の因縁も大義もない自分が参加してもいいのだろうか、とレイは少し自問自答する。しかしすぐに、傭兵として与えられた使命を全うすればいいと、無駄なことはすべて考えないと、そう判断してレイは勝手に納得する。
「そうか。じゃあ成功させないとな」
「そうだね。だが、私達の第一優先は違うよ」
「………」
私怨、復讐、怨敵、レイの頭の中に昨日の会話が思い出される。支局ビルの襲撃はロベリアにとって過程でしかなく、目的はまた別にある。当然、作戦内容通りに事を進めるだろうが、どこまでが《《そう》》なのかは分からない。
「……ああ。俺は雇い主に従うよ」
レイはすべてを飲み込んで答えた。
「ふ。レイ、ありが………あ」
するとロベリアがレイの後ろ側に視線を向けて手を振った。そして促されるようにレイも後ろに振り向くと、いつの間にか一人の男が朝食を持って少し離れたところに立っていた。
整った顔立ちをした、レイと同じくらいの背丈の男だ。引き締まった体をしているが、筋肉質というわけでもない。一見、軟弱と言われてしまうような体をその男はしていた。
「レイ。紹介するよ」
ロベリアがそう言って男を手招きする。
「彼はヨシュア。私の仲間だ」
するとレイの元まで近づいてきたヨシュアと呼ばれた男は柔和な笑みを浮かべて挨拶する。
「君がレイくんだね? もう作戦は二日後だけど、これからよろしくね」
「ああ」
ヨシュアは流れるようにレイの隣に座り、そしてどこかのっとりとした独特のテンポで話す。
「昨日、君のことについてロベリアから教えてもらって調べたよ。もとはマザーシティにいたんだってね、ここまで来るのは大変だっただろう?」
「…まあ。そうだな。かなりの長旅だったからな」
「そう…。確かに、この荒野の中を移動し続けるというのは…それに追われながら一人で、レイ、君はすごいね」
「あ、そ、そうか」
どこか掴みづらい雰囲気にレイは少し気圧される。最近はロベリアといいこのヨシュアという男といい、つかみどころのない人間ばかりと出会っているような気がする。
レイはそんなことを思いながら、朝食食べる。
「それで…。君はあの作戦のどこに組み込まれるのかな」
唐突に、ヨシュアが話題を振る。レイは急いで口の中に入っていた物を嚥下し、答える。
「…まだ作戦は聞かされて貰ってないから詳しくは分からない」
「そうだなんだ…」
「ただ俺の雇い主はロベリアだ。基本的にはその下につく」
「…ふーん。じゃあ頑張ってね。かなり大変になると思うよ。どこもそうだけど、特にロベリアに役回りはきついことが多いから、助けてあげてね」
「当然だ。俺は――」
レイが話そうとしたところで、ロベリアが二人の間に手を出して制止するように促した。
「レイ。もういいよ。ヨシュアは色々と聞きすぎ話しすぎ。あと私が雇い主だから。無駄な心配はしなくてもいいから」
どこか急ぎ足でそう言ったロベリアに、ヨシュアは笑いかける。
「そうだね。すまなかった。僕はもうお暇させてもらうよ。朝ごはんはあんまり食べないしね」
そう言ってヨシュアは空になったトレーを持って立ち上がる。
「ばいばいレイ。また今日の夜かな? に会おうね」
「あ、ああ…」
レイが困惑しながら返すと、ヨシュアはすたすたと去っていく。
「はぁ……」
一方でロベリアは大きくため息をついて項垂れた。
「やっぱあいつといるのは疲れるな」
ロベリアは「緩い雰囲気なのにな」と付け足して椅子に寄りかかる。
「確かにな」
ヨシュアと話したのはあれが初めてだが、その意見には共感できるとレイが頷く。そしてロベリアは空になったレイのトレーを見て、少し姿勢を正した。
「食べ終わったのか。じゃあついでだ。レイ、もう一人の仲間も紹介するよ」
そう言ってロベリアが立ち上がった。
「ついてきて。あの人たぶんぶっ倒れてるから」
「ああ」
ぶっ倒れてる?とレイは疑問に思いながら、前を行くロベリアに付いて行って食堂から出た。
◆
食堂から出てからしばらくの間歩いた。細い道が迷路のように続く一面が白い通路。横道や扉などが左右には並び、ロベリアと共にいなかったら迷っていただろう。そうして、周りの光景を眺めながら歩いていると、ロベリアがある扉の前で止まった。
扉には張り紙が張ってあって、そこには『立ち入り禁止』の文字が大きく書かれていた。しかしロベリアはそんなこと気にせず、鍵のかかっていない扉を勢いよく開く。
部屋の中は暗く、廊下の明かりが差し込んで僅かに中が確認できる。かなり散らかっているようであり、床には本や紙が散乱して、足の踏み場もないほどだ。そしてそれは、ロベリアが部屋の明かりを点けたことで顕著に表れる。
積み上がった本、散らかったゴミ、そして床で倒れている白衣を着た女性。
「まったく。なんでそんなところで寝てるんだか」
まるで殺人現場かのような光景にロベリアはため息を吐いた。そして部屋の中に一歩入ると床に落ちた紙を遠慮なく踏みつけて女性の元に行く。
「ミラ、起きろ」
ロベリアはしゃがみ込んで、床に倒れる女性――ミラを揺する。
「おい、起きろ」
しかしミラは起きていないのか、それとも起きていて無視しているのか、床で寝たまま動かない。そんなミラに対して、ロベリアは面倒そうに息を吐いて、細い目で見下ろす。
「レイ、すまないが私に電話をかけてくれるか?」
「あ…?ああ」
レイは首を傾げながら了承すると、通信端末を取り出してロベリアに電話をかける。
プルルルル、と通常のものよりも甲高い電子音が静かな部屋に響いた。
その瞬間にミラは飛び起きて、そして取り乱す。
「…あ、ああああ!すみませんすみません…!まだ終わって寝て……あ、あれ」
だがミラはすぐに平静を取り戻し、部屋の中を見渡す。目の下に隈があって、髪はぼさぼさ。やさぐれた印象だ。
起きたばかりだというのにぱっちりと開いていた目は段々と細く、眠そうなものへと変わっていき、すべてを理解した後、ミラはくすみがかった茶色の髪を触り、頭をかきながら隣にいたロベリアを睨みつけた。
「ロベリア。やめてって言ってたよね」
「はは。ごめん」
ロベリアは笑って、全く反省している様子ではない。
「わざわざ催促の時と同じアラーム音にしてなに? 殴るよ?」
「だってミラ起きないじゃん」
「そもそも立ち入り禁止って書いてたよね」
「ふふ。見えなかった」
「――っ、このやろ――」
動物のように、両手をかぎづめのようにしてミラがロベリアに飛び掛かる。しかしロベリアが軽く横にずれるとミラは飛び掛かろうとした体勢のまま積み上げられた本の山に突っ込む。
「大丈夫ですか?」
本に押しつぶされたミラを見て、困惑気味にレイが問いかける。
「大丈夫だよ。昔から頑丈だったし、どれだけ徹夜してもぶっ倒れなかったし」
「…それとこれとはちが……」
精神的な頑丈さと肉体的な頑丈さは違うのではないかと、レイが投げかけようとしたところで、ミラがゾンビのように本の山を割って姿を現す。そしてロベリアを見てため息を吐いた後、レイの方を見てもう一度ため息をついた。
「見苦しい姿を見せたね。すまない。私はミラ・イェデル。ここの開発担当さ。レイ、だったかな。事前に教えて貰っていたから知っているよ、色々と不便なこともあるだろうけれど、私は君のことを歓迎するよ。仲間はいればいるほどいいからね」
「ああ。よろしく」
「はい自己紹介終わり。二人とも出てってくれるかな。私は忙しいんだ」
払うように手を動かして二人を退室を促すミラ。しかしロベリアは聞かず、レイに来るように手招きをする。
「レイ、見せたいものがある」
ロベリアはそう言って、壁に貼り付けてあった長方形の羊皮紙のようなものを手に取る。
「ちょっとロベリア。それをあの子に見せるつもり?」
「なにか?」
「それはあなたが持ってきたものだから…でも部外者に」
「ミラ…レイを信用するってさっき言ったじゃないか」
「まあ…それはそうだけど」
二人の会話と雰囲気から、面倒そうな気配を感じ取ったレイは一歩だけ踏み出したまま扉付近で固まる
「別にいいじゃないか。減るもんでもないでしょ?」
「いや物質的には減らないけど、情報の絶対量っていうか。こういうのは独占してこそ価値があるんだよ」
「大丈夫、彼はばらさないよ」
「いや、まああなたがそう言うなら信じるけど……」
「それに、レイの境遇は私達よりも酷いぞ?」
「そう、だけど……」
頭を下げて沈み込むミラと困ったように笑うロベリアを見て、レイは途中で口を挟んだ。
「作戦で必要にならないようなものなら、俺は別に知らなくてもいいから」
するとロベリアは首を振って、そして一度ミラの方を見て意思疎通を行うと言った。
「いや、私が教えたいんだよ。それに知っておいて損はない」
「それなら、まあ…」
レイは一度、ミラに視線を送る。するとミラは「いいよ、別に」とだけ言って立ち上がると、近くにあった椅子に座り込んだ。
そしてミラからの了承も得たレイはロベリアの元まで行くと、その何枚かの図面のようなものを見る。
「これは」
「君も良く知っているものさ、分かるかい?」
「……神墜としか」
特殊な造形をしていたため頭の中に残っていた。そして、だとしたら今、ロベリアが持っている物は神墜としの設計図なのだろう。
「そう。私が単独潜入した遺跡で持ち帰ってきた設計図。こんなもの中々見れないぞ?」
「確かにな」
遺跡には旧時代の技術が詰まっている。しかし実用可能、理解可能な物となると少なく、持ち帰ってくるのは困難を極める。その点で言えば、この設計図は中々見つからないものなのだろう。
「ふふ。ありがとう、レイ」
ロベリアは満足気な表情でそう言って、続けた。
「レイ…」
ロベリアがレイに顔を近づけ、小声で話す。
「君が持つ『それ』のことはまだ誰にも話してはいない。そして君の話を聞く限りでは…『それ』の拡張機能を使うためには、変化後の物に対する深い造詣が必要らしいじゃないか。どうだ、これを見て作れたりするのか?」
目を輝かせて興味津々といった様子でロベリアが問う。一方でレイは困惑顔を浮かべる。レイ自身、まだ『それ』についてよく知らない。最近はまた、右腕に装着された『それ』を使えるようになったが、少し前まで使おうとする激痛が走ってロクに実験も出来なかった。
だから。
この設計図を見せられたといえ、神墜としが作れるかは全くの不明。
加えて、この拡張機能はかなりの神経を使う。狙撃銃を作っただけでその後にぶっ倒れた、それよりも高度かつ面倒なこの代物を作った時、いったい体にどのような変化が起こるのかレイ自身ですら分からない。
だが、この設計図を覚えておく価値はある。もしかしたらどこかで使うかもしれない。
「いいのか?こんなもの見せて」
「さっきも言ったじゃないか。私が気になったからこうして見せたんだ」
「…はぁ。たぶん、今ここで…というのは無理だ。俺自身何が起こるのか分からない。自分でもよく分かってないからな」
「…ああ確かに。それ旧時代の物だからね。説明書とかないし」
「ただ…」
「ただ?」
「ロベリア、それって覚えてもいいのか?」
「覚えてって、どう……別にいいけど」
じゃあ、とレイは小さく「貸してくれ」と呟いて設計図を手に取る。そしてぺらぺらと本のようにめくっていく。一分ほどするとレイはロベリアに設計図を返した。
「なに、え? 覚えるってそういうこと? 今ので覚えたの?」
「ああ」
「え、もしかしてレイって頭いい? アカデミーに通ってたからまさかとは思ってたけど」
「………どう、だろうな」
レイが天井を見て考える。
頭は……恐らく良いのだろう。スラムから抜け出すために死ぬ気で努力してアカデミーに入った。文字通り血反吐を吐きながら、気絶しそうになりながらすべてを詰め込んで、どれだけ体が痛くとも暗記し続けた。
しかしどれだけ、いくら努力したところで、報われない可能性がある。というより報われない可能性の方が大きい。そもそもレイはアカデミーに入学する他の生徒とは違って環境も下地も異なっていた。彼らは少しのプラスからスタートして勉強を始めたが、レイは違う。大幅なマイナスから勉強を始めた。
その他の生徒との差を頑張りだけで埋めることは到底出来ない。レイだけが頑張っているわけではないのだ、全員が努力している。だから恐らく、マイナスから初めても他の生徒に追いつけるぐらいには頭が良かったのだろう。
「…ああ、そうかもな」
レイは呟く。するとロベリアが笑いながら言った。
「ふふ。じゃあ頑張ったってことだ。今、あんな風にペラペラみただけで覚えたんだろう?」
「ああ」
「きっと生まれつきの能力じゃない。後天的なものだ。確信はないけどね。スラムからアカデミーね。頑張ったってことじゃないか」
真正面から、真っすぐと目を見て、素直な、そんな言葉を投げかけられたのは初めてな気がした。
レイは思わず苦笑いをして、呟く。
「あ、あー。そうか。用件はそれだけか? もう終わったなら俺は外で待ってるから、終わったら教えてくれ」
そう言い残して立ち去ろうとするレイを見て、ロベリアは目を少し見開いた。そして口に手を当てて笑う。
「分かった。じゃあ外で待ってて、私は少しだけミラと話してから向かうよ」
「ああ」
逃げるように部屋から立ち去るレイの後ろ姿を見て、ロベリアは「ふふ」と小さく笑う。すると机に座って何かを書き記していたミラがロベリアの方を見て怪訝な顔を浮かべた。
「え、なにいきなり笑って。気持ち悪」
するとロベリアは口の端を少し吊り上げてニヤニヤと笑ったまま、ミラの方に向き直って言った。
「なんでもないよ、本当になんでもない些細なことさ」




