第56話 帰り道
バチバチと音が聞こえる。いつも、そして少し前はよく聞いていた音だ。気分はいい。このまま目を開けたくはないぐらいには。だがそういうわけにもいかない。
レイがゆっくりと目を開ける。
デジャブ。前にも荒野で、夜で、こうして焚き火の前で毛布をかけられて目が覚めた気がする。焚き火の傍にはこちらに背を向いた女性の姿があり、起きたばかりの回らない頭でも、それが誰だかすぐに分かった。
「……っ」
どうしてここにいるのだろうか、そしてあの時――PUPDに囲まれていた時――に助けてくれた人は《《ロベリア》》なのだろうか、頭を動かして靄のかかった記憶を遡りながら半身を起こす。
すると背を向いていた女性は、レイの声で振り返る。
「ああ。やっと起きたのかレイ。久しぶりだね。私のこと、覚えているかい?」
「ああちゃんと。ロベリアだろ」
「正解だ。まあ、一か月ぐらいしか、別れてから期間が空いていないからこれで忘れるのもどうかと、私は思うけどね」
「でも忘れてはないだろ」
「…ふふ。起きたばかりだというのに口が回るな。もう平気そうか?」
「………なんともないな」
「それは良かった」
話が一段落する。そしてレイは体をロベリアの方に向けて頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。もう少しで死ぬところだった」
「…どういたしまして」
ロベリアは笑ってそう返すと、椅子に座り直した。
「それで。なんであんな状況になっていたんだい?」
「ああそれは」
話すと長くなる。
そう思ってレイは口を閉じた。思い返してみれば色々とあって、それを説明するのはかなり大変だ。それに今まで隠してきたことも話さなくちゃいけなくなる。
だが。
「あの時、君のことを取り囲んでいたのはPUPDだろう?」
それにここまでバレてしまっている。ここから隠しきるというのも難しいし、そもそも、ロベリアは二度も命を救って貰っている。そのぐらい話すのが筋というものだろう。それに話したところでロベリアがレイのことを他人に話すことはないだろうし、今更、という感じだ。
「………長くなるがいいのか?」
「構わないよ」
「分かった、すべて話すよ」
レイが記憶を辿りながら話始める。
マザーシティにいた頃にしていた傭兵稼業やアカデミーのこと。フィクサーのことやニコのこと。そして今こうして追われる原因となった強化薬についてのこと。そして、それからの経緯についてもすべて話した。荒野を駆け、モンスターに追われ、都市に買い出しにいったと思ったら次はPUPDに追われ、アレスに乗ったこと。最終的には遺跡に落下し、モンスターに追われながらも脱出したこと。そしてその際に『それ』を手に入れたこと。
その後、荒野を彷徨い歩き――ロベリアに出会ったこと。
そしてロベリアと分かれた後に、今に至るまでに起きたすべのこと。
レイはそれらを包み隠さず、PUPDに追われる原因だけでなくすべてのことについて丁寧に、ゆっくりと話した。
途中、ロベリアはレイの右腕に装着された『それ』を気になって見ていたし、レイの身体的強さについて合点がいったように口を開けて驚いたりしていた。そして話が終わるとロベリアは大きく頷いて、いつものように苦笑した。
「はは。大変だったんだね」
「でもここまでこれた」
「…ここ、ね。目指しているのは経済線?」
「そうだな」
「奇遇だね。私も同じ」
「…だから」
「うん。偶々《たまたま》だったけど、君を見つけられた」
笑うロベリアにレイが質問を投げかける。
「………なんで経済線に行くんだ」
レイには『議会連合から逃れるため』という理由がある。しかしロベリアがなぜ経済線を目指すのか、理由が分からない。
ロベリアは上を向いて少しだけ考えると口を開いた。
「確かに、私のことについて全然話してなかった。前にも話そうとしたけど、横やりが入ったり、気分が変わったりして伝えそびれていたね」
「………」
「いいよ。経済線を目指す理由は、私のことについて話さないと伝えられないものだからね」
ロベリアは一度息を吐いて、そして呼吸を正してから話し出す。
「私は所謂、反政府主義者と呼ばれている者達の一員だ」
「………そうか」
レイは特には驚かなかった。幾つかロベリアの正体について思い浮かべていて、その内の一つに反政府主義者の文字があったからだ。
「驚かないんだね」
「大体は予想してた」
「なんだ、つまらない」
「すまない」
「いいよ。何か聞きたいことは。例えばほら、私が反政府主義者になった訳とか」
レイは焚き火の方を見て考える。そして。
「じゃあ。ロベリアには反政府主義者の仲間とかいるのか?」
「いるわよ……ああだけど、たぶんレイが思っているのとは違うと思うわよ」
「………?」
「反政府主義者っていうのは政府に反抗する意思を持った人のことを指す総称なの。中にはちゃんとした意思を持って組織として活動する人達もいるし、所謂…建国主義者っていうの?東部みたいな情勢を作りたいって人達もいる。そして個人で私怨で活動する人もいる。反政府主義者、その実態はただ、議会連合への反逆という同一の目的のみで固まった共同体のようなものなのよ」
「………そういうものなのか」
「そういうものよ」
ロベリアは椅子に深く座り直す。
「それで、レイはこれからどうするの、経済線を目指すんでしょ?」
「ああ」
「移動手段がなきゃ大変よね?」
「………?」
「私のバイクに乗りたいでしょ?」
「あ、ああ…」
「じゃあ何か報酬を支払って貰わないと」
「…え」
少しだけだが、一か月ほどの付き合いがあるから無料で乗せてくれるものだとばかり思っていた。
レイは表情を険しいものに変えて頭を悩ませる。バイクに乗せてもらわなければ絶対に経済線へと行くのは不可能だ。だから対価として何かしらの報酬を支払わなければいけないのだが、何も思いつかないし何も持っていない。
「……いや、そっちが決めてくれ。なんでもいい」
最初、ロベリアに頼んだ時のように――状況と意味は異なるが――レイが悩んだ末に口を開く。
しかし真剣に言ったレイを見て、ロベリアが苦笑する。
「ふふ…。嘘よ。これだけの付き合い、目的地も一緒。私がそんなことすると思う?」
「あ、いや」
「それとも、そんなことするような奴だとレイは思っていたのかな?」
「あ、いや全然違う。そうは思ってない」
「はっは。そんな必死に取り繕わなくても、分かってるって」
「は…はぁ」
「じゃあ。ここは経済線からも近いから半日とかからずに着く。レイ、最後の旅をしようか」
自信満々な顔をして、いつものように勝ち誇ったような表情をして言ったロベリアにレイは苦笑しながら返した。
「ああ分かった。またよろしく」




