第55話 少閑の逢着
荒野を壊れかけの車両が走っている。ハンドルを握るレイは血だらけで、腕や足、胴体にワイヤーのような紐のような、管が巻き付いていた。今にも解けそうで、事実、大きく跳ねる車の振動によって座席の下へと落ちて行く。
同じように、振動に伴って鼻から血が流れ落ちる。口からも血が溢れ、ゼリー状の少し固まった血が体を伝って落ちて行く。いつものように負傷がすぐ治ることはない。
息も絶え絶えで、意識は朦朧としている。自分がなぜ運転して、なぜ経済線へと向かっているのか正確に思い出すことが出来ない。思考に靄がかかって、記憶を遡ることが難しい。これまでの状況から、これからのことを考えようと、思考を整理しようとしても上手く、思考が組み立てられない。
だらりと、力の入らない体を起こしてアクセルを踏み込むことだけに注力する。ただ目の前の荒野を進むことだけに意識を割く。
吐血し、朦朧と、小刻みに揺れる振動に身を任せて段々と体は傾いていく。
「――っううぶ」
大きく、大量に血を吐いた。座席の下にはすでに血だまりが出来ている。
どのくらい走ったのか分からない。体感で、とても長い時間こうして走り続けている気がする。
経済線まであとどのくらいだろうか。そう長くはかからない。傷が回復しているのか、全く分からないが着くまで体は持ってくれるだろう。
少なくとも、今の体勢のまま耐え続けて、車を走らせ続けたらいずれ着く。
「……っくそ、が」
しかし、バックミラーには猛追してくる幾台かの車両の姿が見えた。視界はぼやけていてよく見えていないが、恐らく三台ほど。乗っている車両は同じだがレイが運転しているものは、先の戦闘で壊れかけて本来の速度が出せない。
すぐに追いつかれるだろう。
対策を講じなければならない。しかし意識を保つのもやっとという状況でこれ以上なにか、出来るはすがない。
「――く、あいつら」
背後から発砲音が響きわたり、タイヤがパンクする。装甲は外れ、弾丸が座席にめり込む。
何発かの弾丸はレイを掠って荒野へと飛んでいく。
今のレイにはいつものような力はない。頑丈な肉体も超人的なパワーも、度重なる負傷によって無くなった。超過したダメージは強化薬を打つ前の状態まで身体を弱らせていた。
今まで強化薬によって得た強靭な肉体のおかげで生き残ってこれたが、今はそうではない。弾丸を一発でも食らえば致命傷となり、掠っただけでも衝撃で周りの皮膚や肉が飛んでいく。
傷がすぐに塞がることもなく、血が流れ続ける。
車からは焦げ臭い匂いがし始めた。燃えているのだろう。いつ爆発するか分からない。
レイは顔を痛みと不快感から表情を歪めると車両から身を投げ出した。その直後、車両は爆音を轟かせながら爆発する。
そしてやがて、すぐに、レイが立ち上がると共に追ってきた三台の車両が周りを取り囲む。
一度拘束して逃げられた手前、今度は失敗できない。仲間の敵。
憎悪を含むそんな感情をむき出して、鬼気迫る様子でレイのことを取り囲む。生け捕りなんて考えていない。殺して、死体を持ち帰る。そんな様子だ。
レイは『それ』を形状変化させて拳銃で戦おうとしたが、『それ』はいつものように皮膚の内側から染み出して現れることはない。万事休すかと、すでに動かない体を、壊れかけの機械のように動作不良を起こした肉体を動かす。
レイは荒野に倒れまま、敵に囲まれたまま何も出来ずに―――一斉に突撃銃を向けられる。
「………」
だがその直後に鳴った銃声と、飛び散った隊員の頭部によって場は乱れる。
「どこだ!」
隊員の一人が叫ぶ。どこからか仲間が撃たれたのは確実であり、敵がとこかにいるはず。
「レーダーを―――来てる」
車両に乗り込んでいた隊員の一人が、搭載された探査レーダーを用いて確認された敵の位置を仲間に共有する。
「――どこだ!」
しかし、仲間を撃った敵らしき影はみえなかった。だがその直後、駆動音が鳴り響きくと共に撃ち出された一発の弾丸によってレイの傍にいた二人の隊員が吹き飛ぶ。一人は頭部が砕け散り、後ろにいた一人の肩が弾丸によって抉られる。
そして駆動音が近づき、大きくなると強い風が吹くと共に、レイの体は誰かによって持ち攫われる。
「――光学迷彩か!」
レイを追い詰めるのには必要ないと、そう判断して車両から降りた時点で装備を解除していた。相手は確実に殺せる状況であったし、少しだけ判断も鈍っていた。しかし、おおむね彼らの行動に誤りはなかった。
レイの置かれた境遇、そしてPUPDと相対することになる、というまさか状況で増援が来るなんてことは予想できるはずがなかった。だから隙が出来た。いや、それが隙なのかもすら判断不可能なほど、小さな綻びだった。
「――追うぞ」
敵は高速で逃げいている。恐らくバイクか、それに類似した車両に乗っている。すでにかなりの距離を離され、機械による補助と武器それ自体の性能をもってしても有効打を与えることは出来ない。
隊員の一人がすぐに車両に乗り込もうとする―――がその直後、車両は事前に投げ込まれていた強化手榴弾の爆発に巻き込まれる。周囲にいた隊員たちは吹っ飛ばされて荒野の砂を被る。高性能な強化服を着ているため全くの無事だが、車両はそうではない。完全に大破し、そうでないものも長くは走れないぐらいには壊れていた。
「ックソ」
隊員の一人が呟く。その視線の先には、光学迷彩を解いたためにその姿が小さく見える一台のバイクがあった。
レイは運転手に抱きかかえられるような形で乗せられており、朦朧とする意識の中でなぜ自分が生きているのか不思議に思った。
重い瞼を動かし、開き、朧げな視界の中で運転手が誰なのか確認する。
「………ろべ……」
しかしそれだけしか言葉は紡げずレイは気絶する。
一方で名前を呼ばれた《《ロベリア》》はいつものように、自信満々な、勝ち誇ったかのような笑顔を浮かべて答えた。
「久しぶりに会ってみればこんな状態で、君と初めて会った時のことを思い出すよ。全く手のかかる、感謝してね? レイ」




