第42話 関係性
車両を停めることが出来る倉庫。民間企業が運営しているものであり、どこの都市にも一つぐらいはある。幾つものコンテナのような倉庫が立ち並び、専用の端末か通信端末に入れたアプリを使うことで自動で金額分を引き落とし、また倉庫を開くことが出来る。
そんなシステムだ。
ロベリアもまた、ここを利用している一人であり預けた荒野仕様の車両を回収しようとコンテナの前で立ち止まった。そして《《血だらけの手》》の中で血液が付着していない部分だけで器用に使い、通信端末を取り出すと、操作してコンテナを開ける。
ピッっという甲高い機械音が響くと駆動音が響きわたり、扉は折りたたまれるようにして上へと仕舞われる。顕わになった装甲車両にロベリアは近づくと、運転席の扉を開けてタオルを取り出す。そして手に付着した血を拭く。
指の間や爪の中に入った血もすべて、隅々までふき取る。手が赤く無くなった頃には先ほどまで白かったタオルが赤くなっていた。
「…なんかベタベタするな」
手を閉じたり開いたりするたびに、ジャムをぶっかけた後のような皮膚どうしがくっつく感覚を感じる。
ロベリアは運転席の脇、助手席の辺りに刺しておいてあったペットボトルを上半身だけ車内に入れて取ると、血で汚れた手に振りかけ、その後にまた新しいタオルで拭く。
すると白いタオルは少しだけ、薄っすらと一部分だけが赤く染まる。
「まあいいかな」
少しの違和感こそ残るが、特に気にならなくなったためロベリアは良しとすると、車両に乗り込んでハンドルを握った。そして車両を動かそうとしたが、寸前で踏みとどまる。
通信端末へと手を伸ばしレイに電話をかけるためだ。
ロベリアが通信端末を操作し、そのすぐあとに一定の間隔で電子音が流れる。すると少しして、レイから応答があった。
「なんだ」
少しだけ息切れをして忙しそうな様子でレイが言う。一方でそこまで急いではいないロベリアはいつものように喋る。
「通信端末で見えるでしょ、間に合いそう?」」
レイに渡した通信端末にはロベリアが乗っている車両の位置情報を記載する機能がある。
「多分大丈夫だ」
「分かった。じゃあ荒野で合流しようか」
「ああ」
レイが答え、そしてすぐに続けて言う。
「こっちは失敗した。多分もう情報提供は行われた」
「知ってる。即時共有なのかな、案外早いね」
「なんだ、もう敵が来たのか」
「そうだね」
男から提供された情報は一瞬で、掲示板やサイトやらに貼られて即時情報共有されたのだろう。ロベリアに賞金をかけた奴らはどうしても、彼女を殺したいらしい。そして情報が出回ってすぐに、そんなにも早く、賞金稼ぎ達がロベリアを狙った、狙えた。賞金稼ぎというのは案外近くに、それも案外多くいるようだ。
「そうか………」
ロベリアの返答に、レイは少しだけ自信を無くしたように、申し訳なさそうにそう呟く。そして続けて。
「すまない。《《守れなくて》》」
恐らくそこに他意はなく、言葉通りで、レイは至って真剣に言ったつもりなのだろうが、少し面白くてロベリアは笑ってしまう。
「ふ、はは。いや、いいよ。そんなことは。それよりももう移動するから、場所は荒野でも?」
「そっちは勝手にどこかに行っててくれ、俺が勝手に合流する。依頼人に手を煩わせるわけにはいかない」
「ふ、はは。分かった」
レイから通話を切るのは立場関係的に出来ないだろうと、ロベリアは用件だけ伝え終わるとすぐに通話を切った。そして車両を走らせる。都市には人が通ることが出来ない、車両専用道路が整備されており、そこから一番近くの門を目指す。
コンテナはその用途ゆえ、都市でも外側の方にその区画が作られている
そのためコンテナが両脇に立ち並ぶ通路を越え、一般道路を通過し、道を脇に逸れて車両専用道へと入ると、五分もすれば外へと着く
「ふふ。楽しいね」
車を飛ばしながら、何かを思い出したようにロベリアが笑う。だがその笑顔はすぐに、車両専用道に入るところで登場した無礼者たちによってかき消される。
「ほんとに早いな。賞金稼ぎは暇なのか………?」
ロベリアの車両に並走するように一台の車両が並ぶ。それだけではない、後ろからぴったりと追跡するように追いかけてくるのも仲間だろう。
情報が共有されてから七分ほど、よくこの短時間でここまでの人手と車両を集めらたなとロベリアが感心していると並走していた車両の窓が開いて突撃銃が飛び出す。
「やっぱりね……」
心底面倒そうにロベリアが呟いた直後、撃ち出された弾丸が車両の防弾ガラスに命中する。数発ぐらいならば防弾ガラスは容易に防いでくれるが、何十、何百発となる話も変わる。
突撃銃の弾倉が無くなった時には防弾ガラスはほぼ壊れかけていた。
このままだと次の弾倉を撃ちきることにはロベリアが肉塊へと成り果てているだろう。
そうならないためにロベリアは緩慢な動きで座席の横に収められていた一丁の拳銃を持つ。それは拳銃というには銃身が長すぎた。また使用する弾薬も狙撃銃に使われるもの。拳銃、という言葉で果たして形容して良いものなのか、甚だ不明である。それほどまでに一般で売られて、使われている物とは一線を画した拳銃だった。
「防弾仕様ね、関係ないよ」
ロベリアは片手で、その拳銃を構えると並走する敵に向かって引き金を引いた。すると撃ち出された弾丸は、壊れかけの防弾ガラスを容易く貫き、そして相手車両の防弾ガラスすらも破壊しながら、尚も勢いは止まらず助手席と運転席に座っていた二人の男の頭部を脳漿をまき散らしながら肉片へと変え、反対側の防弾ガラスを突き破って空中へと飛んでいった。
並走していた敵車両の中は、フロントガラスに至るまで赤く染められ、自由を失った車両はそのまま横の壁にぶつかり、擦れ合い――爆発した。
「ふう」
拳銃から立ち上る硝煙を見ながら、ロベリアは息を吐いた。そして後ろからつけていた車両を見る。
(なんもしてこないけど、何がしたいんだ)
これだけ詰めて、追ってくるということは敵であることに違いない。しかしこれまで何かするわけでもなかった。
「へぇ、そんなのまで用意したんだ」
しかし、少しした後に敵車両が少し速度を落として離れたかと思うと、上部から車両に乗っている一人が擢弾発射機を持って上半身だけを出した。
いくら荒野仕様に改造されていようと、弾頭が直撃すれば被害は避けられない。
しかしいつ、そんなものを用意する時間があったのか、わざわざこのためだけに引っ張り出して、貸し出してもらったのか、ロベリアは薄っすらと口元に笑みを浮かべながらそんなことを考える。
そして擢弾発射機が車両に狙いを定めるよりも早く、ロベリアは突然、全開でブレーキを掛けて車両の速度を緩める。すると後続の敵車両との距離は一気に縮まり――互いにぶつかり合った。
「ほら、これで撃てない」
ロベリアは笑って、後ろを見た。これほどまでに敵車両との距離は近くなっている。もはや狙いを定める必要はなく照準器を見る必要はないほど。しかし撃てない。これほどまでに敵車両との距離が近くなっているから。
もしこの至近距離で弾頭を撃とうものならば爆発に自分達まで巻き込まれる。敵を殺せることは当然のことだが、自分達までも死ぬ可能性がある。
だから。
だからその可能性を危惧して撃てない。
「だから賞金稼ぎは私を殺せない」
自分の被害など考えず、相手を殺すことだけに注力すればいい。確実に殺せる、という状況こそが最も大事なのだ。それをこんな簡単なことで逃す、命惜しさに。だから、その弱さがあるから私を殺せないのだと、ロベリアは笑う。
そして次の瞬間にロベリアはハンドルを大きく切って、車体を回転させる。敵車両による背後からの突進もあってロベリアの乗っていた車両は勢いよく回転し、瞬きをするよりも早く、いつのまにか敵車両の背後を取っていた。
「次は私の番だね」
おもむろに拳銃を構え、発砲する。弾丸はタイヤへと飛んで着弾するとパンク、だなんて生易しい事態で許されるわけもなく、タイヤは木っ端みじんに飛び散った。それにより、前を走っていた敵車両は急速に勢いを失い、またふらふらと走行する。
ロベリアは続けて拳銃を発砲し、車体から上半身を出していた男の胸を撃ち抜いた。男は胸に大きな穴が空き、死体は車内に擢弾発射機は道路に落ちた。
そして速度を失った敵車両の横に並走をするようにロベリアが車両をつけると、真横から拳銃を発砲して助手席と運転席にそれぞれ座っていた男の上半身を吹き飛ばす。
操縦を失った敵車両は右へ左へ、最後は何かに躓いたように横転した。
バックミラー越しにその様子を確認したロベリアは拳銃を仕舞って、両手でハンドルを握り直す。そして敵車両との戦闘中に随分移動していたためいつの間にか、遠くに荒野が見えるほどまで近づいていた。
ロベリアが速度を速め、荒野へと続く門までさらに近づくと、そこには幾つかの警備隊車両が見え、道路を封鎖していた。
「………」
警備隊の封鎖を強制的に突破するとなると警備隊員を殺す必要が出てくる。しかし警備隊員を殺すということは――拡大解釈すると都市と事を構えるということだ。一個人が都市という強大な組織を相手にやりあえるはずはなく、圧倒的な戦力差を前に敗れるだけだ。
「まあ、別にいいかな」
だがロベリアは《《そういう身分》》だ。今更、事を構えたところで取り巻く周りの環境はそこまで変わらない。
封鎖を行っている警備隊員達に対してロベリアは拳銃を発砲し、数人を殺す。そして地面に引いてあったワイヤーを正確に、片手で、照準器を除きこまずに狙って拳銃を発砲し、撃ち出された弾丸でワイヤーを破壊する。
限界まで引っ張られて設置されていたワイヤーは千切れた反動で鞭のように飛び回り、周りにいた警備隊員の脇腹や足、腕や頭部に当たる。防護服は破れ、衝撃で内臓は破裂し、首に当たれば折れ曲がる。
邪魔者が少なくなった道路をロベリアは障害物を乗り越え、壊しながら走り抜け――荒野へと出る。
「ふう………」
荒野を走りながらそこで始めてロベリアは一息ついた。
そして携帯型端末を取り出してレイに電話をかける。彼と合流するためには都市から離れすぎると難しい、かといって近すぎてもまた追いかけられる。
どうしようかと、考えながらロベリアは通信端末に耳を当てる。しかしレイは出ず、またかけ直そうかとしたところで――背後から爆発音が鳴った。
何かと思って振り返ると都市を取り囲む壁の一部から爆炎が上がっており―――《《何かが降ってきていた》》。
それはロベリアの運転する車両目掛けて落ちてきて、そして荷台に着地する。
「すまない、手間をかけた」
着地してきたそれ――レイは立ちあがりながら運転席にいるロベリアに声をかけた。一方でロベリアは少し唖然として、固まったままだ。
「どうした」
「あ、ああ。いや、あそこから落ちてきて、それにあの爆発。レイ、それでも生きてる君は本当に人間か?」
「人間だよ、少なくとも外見上はそう見えるだろ」
「なんだ、内側は違うのかい?」
「そう思うなら勝手にそう推測しててくれ」
「……ふは。まったく強情だな」
「そう見えるか」
「ああとも」
レイは受け答えをしながら狙撃銃を手に持って追手が来た時に備える。
きっと死ぬほど都市内で戦ってきただろうにすぐ、自分の仕事へと移る。そんなレイの姿を見てロベリアは感心すると笑った。
「っあっはっは。楽しいね」
「そうか?」
急に笑い始めて、急に何か意味の分からないことを言ったロベリアにレイは首を傾げる。そして面倒そうだからと意識を切り替えて都市の方を見る。
(二台………あれは警備隊じゃないな、賞金稼ぎか)
レイは狙撃銃のスコープを覗き込み、後方からの追手を確認すると引き金を引いた。




