第360話 事の真相
レイ達の拠点は地下にある。遺跡の近く、昔は坑道として使われていた場所が遺跡の転移によって地盤の変化が引き起こされ、大規模な空間として出来上がった場所だ。
そこにはハカマダやイースの姿があり、最終決戦に向けて話し合い、装備を整えている。一方でレイはすぐにでも戦える状態のまま、亡霊の元まで向かっていた。
亡霊。レイがここに至るまでの原因のすべてを作った人物だ。
中部で立てていた頂点に立つまでの予定をぶち壊し、あらゆるものを犠牲にしなければならなかった事件の原因。そしてレイを西部へと送り、テイカーとしての道を作った人物でもある。
もし亡霊がいなければレイは今以上に強くは慣れていなかっただろう。同時に今以上に波乱万丈な人生を歩んでもいなかった。果たしてレイが亡霊と関わったことが良いことなのか、それとも悪いことなのかは分からない。
ただ、振り返ってみたところで困難な過去があるだけだ。
もし亡霊と関わっていなくても困難が続く壁ばかりの人生を歩んでいただろう。亡霊がいたいなかったに関わらず、レイの人生というのはどの道を歩んだところで困難に直面していただろう。
亡霊に対して今更怒ろうだとか、殴ってやろうだとかは思っていない。小言の一つでも言えたら十分だ。
「入るぞ」
亡霊がいる部屋にノックすらせず、レイは入る。
扉を開けた先にはテーブルが一つ。そこに亡霊が座っていた。いつものように全身を覆い隠す外套を羽織り、周囲が歪んでいる。まるで別次元の存在。事実、彼はこの世界の住民ではないのだから、もしかしたらそれが関係しているのかもしれない。
「座ってくれ」
亡霊はそれだけ言って口を紡ぐ。
そしてレイが対面の椅子に座り、しばらくの間静寂の時間が流れた。
こうして亡霊の目の前に立ってみると話したいこともあまりない。当然、中部で追われるきっかけとなった薬のことや、亡霊とエレネイアの関係など、聞けばいいことはある。
しかし強化薬の件についてはある程度分かり切っている事件だ。亡霊がエノク製薬に勤めていたホンダ博士に強化薬の製造を頼む。しかし同時に、亡霊から頼まれた薬の製造以外でもホンダ博士は議員であるマーシャル・エドワードから頼まれ、亡霊から頼まれた強化薬の情報を基に新しく強化薬を作り出した。それがマナの持っていた強化薬であり、スーツケースを開けた時に一番最初に見えたものだった。
それにより強化薬を盗んだレイはマーシャル・エドワードからの怒りを買い、中部で指名手配される原因となった。ただ恐らく、ホンダ博士自身もあのスーツケースの中に亡霊から研究を依頼された『もう一つの強化薬』があるとは思ってもいなかった。
そしてその『もう一つの強化薬』というのがアールという人物の人格再生機構なのだろう。
だとするとスーツケースに人格再生機構を仕込ませたのは亡霊で、レイが打ち込むことを予期していたのだろう。
「どうだ、合ってるか」
場を包み込んでいた緊張を緩和させるためにレイは推測を話し、亡霊にその答えを求める。
「正解だ。俺がお前をこの戦いに巻き込んだ。恨んでいるか」
「いや、最初は確かにそう思う時もあったが今更何も思わない」
恨んでいるか、などと亡霊から聞かれるとは思ってもいなかったレイは僅かに衝撃を受けながら返答を返す。恨みなど持たれても気にしない、エレネイアを殺す為ならばすべてを犠牲にする、亡霊をそんな考えを持った極端な人物だと思っていた。
しかし僅か一言二言会話を交わしただけでその考えが違うと理解できる。
「あんた、思ってたよりも人情味があるんだな」
「もとより、この戦いは俺たちの世界で完結させるべきものだった。無関係な世界の人々を巻き込むのは信条にも反する。レイ、お前も本当ならば巻き込みたくはなかった。しかし人格再生機構の育成条件として機能する身体がお前以外にいなかった」
人造人間などを使って専用の体を作ることで人格再生機構を使える可能性もあったが、現状その設備が無く、作るにしても時間がかかりエレネイアが動き出すまでに完成が間に合わない。
だからレイを使うしかなかったと、亡霊は語る。
「迷惑をかけてしまった上、こうして戦いに参加している」
お前ならばこの戦いに参加することの意味、そしてその危険性。すべてを理解しているだろうと、亡霊はレイに問いかける。そして問いかけた上でこの戦いに参加しているレイに感謝を述べた。
「ありがとう。もしこの戦いが終わった時、君がまだ生きていたのならば支援を惜しまない」
「そこまでする必要は無いよ。ここには来たくて来ただけだ。大義も因縁も無い。ただあんたらがすることを見ていたいだけだ。それにハカマダもいる。友達として見捨てることはできねえな」
マザーシティで生きていた時は全員が敵、全員が騙すべき対象、金儲けのための道具だとして割り切って生きていたレイが、友達のためという見返りの無い理由のために命の危険がある戦いに身を投じている。
亡霊がレイと会ったのは、レイがリリテックアカデミーに入ってからすぐだ。その頃から他者は敵だという考えの基に行動をしていた。だからこそ、この変化は亡霊にとって僅かな衝撃だった。
「なのであれば、もう話す必要はないな」
「ああ。背中を預ける信頼さえあればいい」
亡霊は立ち上がり部屋を出て行こうとするレイに告げる。
「アールならば外にいる」
「分かった」
部屋から出ていく前に返事をして、レイは地下にある拠点から階段を上って地上へと向かう。
とても静かだ。
そして不思議な気持ちだ。
長く続いた旅がここで終わる気がする。
一応、すべてのことにケリをつけてきた。そのうえで今、ここに立っている。思い残すことも、残して来た者もない―――
(――いや)
一つだけ、この戦いを終えたら返事をしなくてはいけない者達がいる。マザーシティに今も残っている。
どんな顔をして戻ればいいか分からないが、もし終われば、戻らなくてはいけないだろう。
僅かに笑みを浮かべた。
同時に、レイは階段を上り終え地上に出る。広がる荒野と、遠くに見える遺跡。そして佇む一人の人物。
その存在は酷く朧げで、実体がない。というより実態がつかめない。本当にそこに存在しているのか不思議な人物だった。同時に、その人物が《《アール》》だとすぐに理解できる。
少し伸びた長い髪。整った顔立ちの男性。
「君がレイだね。ずっと見ていたよ」
アールはレイの方へと僅かに振り向いて微笑んだ。




