第358話 帝国での過去
クラウディアの拠点を破壊した後、レイたちは峡谷を目指して進んでいた。基本的に平坦で道を妨げるのもの無い荒野で、車両は最高速度を維持したまま突き抜ける。車両の速度からは想像できないほど車内は快適であり、睡魔が襲ってくるほど。
ハンドルを握り締めるハカマダは鼻歌を歌い、レイは高速で移り変わる景色を窓から眺めていた。こうして景色が移り変わる様子を見ていると情報量が多くてかなり面白い。
ただ、これだけの情報量を一気に処理したとしてもレイの脳内にはまだ計算できる余地がある。その余地でマザーシティのことや西部に残した来た者達のこと、そして中部で再開した者達のことなどを自然と考えてしまう。
その空白をどうにか埋めようと、レイはハカマダに問う。
「あの機械の扱いはどこで学んだんだ」
ハカマダの操縦技術は卓越している。レイよりも優れ、というより今まで見て来たどの人よりも練度が高かった。センスがある、才能がある、それだけでは片付けられない何かがあることぐらい分かり切っていた。
「……お前には話したことなったか、そういえば」
ハカマダはハンドルを握る手を緩めた。
「俺が東部………帝国の生まれだってことは知ってるよな」
「まあな」
「少し長くなるかもしれねぇが。暇を潰すにはちょうどいいか。清算も含めて勝手に語らせてもらうぜ」
僅かに苦笑するハカマダを見て、レイも口角を上げた。
「ああ」
レイが答えるとハカマダは視線を僅かにずらして、太陽を眺めながら話す。
「東部は国家間で紛争が多かった。俺は帝国に従事していた元傭兵だ。なぜ傭兵になったか、その理由は話す必要は無いな」
話しぶりから察するに進んで傭兵になったというわけでもなさそうだ。傭兵にならざるを得なかった。スラムの孤児、あるいは戦争孤児、分かりはしないがきっと傭兵となって人を殺すことしか選択肢が無かったのだろう。
「東部で主に使われている兵器はボファベットだ。特に戦争後期は神経接続を基とするタイプが量産されていた。俺はただの傭兵だからな、軍の奴らが使うボファベットに乗る機械なんざほぼ無かったが、西部前線、あそこで俺は自分の身を守るために操縦者が死んだボファベットを動かした。足の一本が無かったが、俺は生憎、神経接続値が人の10倍はあった。そのおかげで西部前線を生き延びることができたぜ」
特定の兵器に搭載されている動作機構である神経接続。搭乗者の神経と兵器の感覚を共有することでより早く、より自由な動きを可能とするもの。この神経接続には個人差があり、ハカマダはその数値が常人よりも遥かに戦った。
そのおかげで初めて乗り、初めて操縦したというのに戦場にいる誰よりもうまく扱えた。
最も成果を上げ、最も敵を殺した。しかしその報酬と代償はすぐに払われる。
「まあ、勝手に軍の備品を使ったんだ。速攻で帝国軍に捕まえられたぜ。報酬も支払われずにな」
「それで、どうなったんだ」
「まあ才能はあったからな。俺は軍学校に入学することになった。お前には関係ねぇ話だが、まあ俺は傭兵育ちでよ。周りは軍のエリートだ。荒れたさ。まず主席と次席をボコした」
ハカマダの言葉は悔恨を多く含んでいる。今ここで話しているのは決別、清算の意味があった。
レイはその機微を感じ取っていたので無粋なことは言わない。自嘲交じりに呟くハカマダの声を聞くだけだ。
「まあ色々あって、その主席と次席とは仲良くなるんだがな、大変だったよ。兵法なんて知らねぇし、あるのは操縦技術だけだ。模擬戦で勝つのだけが俺を保つ唯一の術だった」
「……」
「お前はどう思ってるのか知らないが、一応、東部にも遺跡はある。そして、国家間紛争が続く場所で遺跡がある。この事態が意味することは理解できるだろ」
「奪い合いか」
遺跡が持つ価値は計り知れない。たった一つで勢力図をひっくり返せるような兵器。他国と大きく差をつけることができる技術。遺跡は他国との戦いに勝つために学ばなければならない対象として存在していただろう。
しかし東部に遺跡は少ない。
遺跡が自国の領土内にあれば完全に利用することができるだろう。
だが国境の近く、境目にあれば他国と奪い合うことになる。それだけではなく、遺跡というのは潜在的に危険性を秘めている。大侵攻、モンスターによる脅威。探索も容易ではないだろう。下手に触れれば火傷する存在だ。
他国と奪い合って勝ったとしても探索できる力が無ければ意味が無い。
東部で起きていた国家間紛争。その様相はかなり複雑なものだった。
「大国である帝国といえ、常に人手不足だ。遺跡の探索に戦線の維持。ハーデン・カルロスやミッシュ・バーン。お前は知らないかもしれないが敵国にも優秀な指揮官、兵隊が現れていた。人手不足は加速し、果てには俺たち学生が遺跡の探索に行くことにさえなった」
「…………」
「俺はその遺跡探索で友人を失った代わりに、アーティファクトである人型機械を手に入れた。それがいいことか悪いことかは分からない。少なくとも、その人型機械を扱えたのは俺しかいなかった。必然的に、最前線に俺は送られハーデンやミッシュと戦った。その頃だな、俺が持っていた帝国への不信感が表面化したのは」
ハカマダは小さく「やめときゃよかったよ……」と小さく呟いた。
「不信感の正体を確かめるために俺は調べたさ。その結果、俺が、いや俺たちが辿り着いたのが帝国の中枢に巣食う化け物だった。エレネイア・イングレニア・パラグライン。奴は帝国の建国から元老院に居座る指導者だった。兵器である遺跡の転移を再開し、この世界を終わらせる。その目的のために帝国が作られ、俺らが戦争をしていると知った時は、どうにかなると思ったぜ」
「……」
「いや、知らない方がよかったな。俺らはエレネイアの存在に気がついたのと同時に襲撃を受けた。敵国じゃない。エレネイア直属の実働部隊にだ。前に言った学生時代に次席で友人だった奴はその時に死んだ。言い忘れていたが」
ハカマダは僅かに息を吐いて呼吸を整える。
「俺が帝国に不信感を持ったのは、北方 カルガン山脈にある遺跡に出向いた時だ。俺はあそこでバルバトスと戦闘をしたが、当然勝てるはずもなく全滅だ。だがエレネイアが現れ、バルバトスを討伐した。あの瞬間だ。俺は一瞬しか見れなかったが、エレネイアの異質な雰囲気と実働部隊の隠蔽工作。あの時だ。あの時が分かれ目だった」
「…………そうか」
「俺はエレネイアから襲撃を受けた後、アーティファクトであり、相棒であった人型機械を失った。そして学生時代の友人は全員死んだ。唯一生き延びてた俺も国境付近で実働部隊に狙われてな。死にかけたさ。そこで出会ったのが亡霊だ」
「それで仲間になったのか」
「ああ。遠い未来。エレネイアを殺すための駒の一人になってくれないか、とな。その答えは今の俺がいる立場を見れば分かるだろ。まああれだ。俺がなんで操作が上手いのか、その理由ぐらい分かったんじゃないか?」
数々の戦争を越え、遺跡を探索し、バルバトスとも戦った。ハカマダの歩んできた経歴が経験が、今の技術のすべてを裏付けしていた。
「ああ。確かにな」
「俺の話はこれで全部だ。次はお前だな」
「俺?」
「そうだぜ。俺はお前のこと少ししか知らないぜ。亡霊から最低限のことは聞かされてるがな」
自分も話したのだから、お前も話せと、ハカマダはレイの方を見る。レイは窓の外を眺めて思い悩んだ。
過去の清算は済ませた。
だがまだしこりは残っている。
「つまらねぇぞ」
「いいぜ、別に。どうせ暇つぶしだ」
「はは。そうか」
レイは僅かに口角を上げ、話し始めた。




