第356話 退陣は無い
次の日の朝。レイはマザーシティの外周部と荒野とを隔てる壁の前でエレノアと話していた。
「中部では、私のせいでロベリアに深手を負わせてしまった」
「あんたのせいだとかじゃない。もともとロベリアは支局ビルに行く予定だった。議員を殺すためにな」
エレノアは僅かに口角を上げて笑う。
「そうだったな。では、健闘を祈っている」
「こっちこそ、頑張ってくれ」
「当然だ」
拳を付き合て二人が別れを告げる。そもそもあまり話したことの無い二人だ。話し合うのは今後の戦いのことだけ。そして願い合うのは生存だけ。エレノアに分かれを告げたレイはマザーシティーから出て荒野で待機していたハカマダの元に向かう。
装甲車両にも、一般的な車両にも似つかない不思議な形態をした車両だ。まるで地面に浮く鉄板。とても車両には見えない。しかしそのそばにハカマダがいるということは、それに乗って移動するということだ。
「なんだそれ」
開口一番、レイはハカマダの隣にある分厚い鉄板を指さして言った。
「峡谷までの相棒だ」
ハカマダが鉄の板に触れる。その瞬間、内部に格納されていた外骨格が展開され、車両の形を作り出す。かなり平べったい見た目でスポーツカーのような雰囲気を感じる。
荒野でよく使用されている装甲車両とは毛色が違いすぎた。
これで荒野の凹凸を傷なしで走り続けられるのか、レイは僅かに疑念を持つ。しかしすぐに車体が空中に浮遊しているのを見て納得した。浮いていれば地面と擦れ合はないし、タイヤもいらない。やけに平べったく見えたのはタイヤが無かったせいだ。
それに峡谷まではかなりの距離がある。それを半日から一日かけて移動するのは相当の速度でなければだめだ。反重力機構と強力なモーターを備え、空気抵抗を極限まで減らしたフォルムで障害を無くす。
可能な限りの軽量化と効率化が図られた車両。奇妙な形をしているが、奇しくも効率の先に行き付いた一つの解答であった。
「乗れ。話すのは移動しながらしよう」
「ああ」
レイが車両に乗り込む。中は見た目と違って案外広い。後部座席が無く運転席と助手席しかないため、その分余裕があるのだろう。そして、レイが乗り込んだのを確認したハカマダが自動でドアを閉めて、アクセルを踏み込んだ。
車両は一切の助走距離を無しに最高速度に達し、風を切りながら荒野を駆けた。
「飛行ユニットから着想を得て作った車両だ。いいだろ」
「確かに……早いな」
「だからあと一分とせずに敵陣に着く。準備はできてるな」
「ああ」
レイ達は峡谷を越える前にマザーシティの近くにいるクラウディアの拠点を襲撃する。
これは少しでもエレノアに余裕を持たせるため、クラウディアの進行を遅らせるため。そして何よりもハカマダとレイが装備する兵器たちの使用感覚を整えるため。レイはハヤサカ技術研究所での戦いからまともに戦っていない。
当然ながら持っている武器についてもほぼ完璧に使えるが、最終決戦に向けてさらに仕上げておく必要がある。
現状、レイの装備は幾つかある。
現代の技術では作ることのできないロストテクノロジーが秘められた強化服。そして銃と義手、リモコンのような形で格納された刀。加えて塑性粒子もある。だが何よりも今のレイは『それ』もとい『Quanta』がある。
レイは車内でアーティファクトの義手を右手にはめ込む。
すでに統括管理人格からもらい受けたQuantaは右手の中にある。その上から義手を嵌め込むことでQuantaの性能は上がらないものの、負荷を軽減することができる。
以前までQuantaを使うことで右腕が割け、弾け、使用不可能なほどにまで負傷するということが何回も起きていた。そして『神墜とし』を造形したことをきっかけに右腕ははじけ飛び、なくなった。
それからはアーティファクトである義手を装着して戦っている。しかしQuantaが戻ってきたことでその状況も一変した。レイが義手をはめ込む。すると義手の内側から黒い液体が漏れ出し、義手全体を包み込んだ。そして徐々に黒い液体が義手の中へと吸い込まれていき、その後に残ったのはレイの腕だった。
銀色が目立つ義手ではない。その上から、いや義手そのものが触媒としてレイの右腕として新しく再生された。昔のように。そして昔よりも遥かに強度が高く。
戻って来た右腕で銃を握り締め、刀を懐にしまい。Quantaを起動する。強化服の上から塑性粒子をまどわせ、戦闘準備を整えた。
同時に、車両は敵陣を発見する。
荒野に築かれた要塞。クラウディアの拠点だ。
拠点に向かって車両は一直線。そのまま減速することなく、あらゆる防衛装置を一気に突破し、車両は敵拠点をその速度で巻き込みながら破壊する。そして拠点の中心で大きな円形の破壊痕を残し、急停止する。
「始めようか」
「ああ」
車両が解体され、厚い鉄板上の見た目に戻り、レイとハカマダが出て来る。
クラウディアの人員たちがすぐに集まって来る。しかしレイはすでに準備を終え、ハカマダの準備もすぐに終わる。
(ほら、起きろ)
ハカマダが厚い鉄板に手を触れる。
するとその瞬間、鉄板がハカマダを取り込みながら形を変化させた。外骨格を形成し、走行を張り巡らせる。関節を造形し、淡く光らせた。
多数の凶器が仕込まれた両腕が構築され、足の駆動部位が完成する。コックピットにハカマダが乗り込み、操縦桿を握りしめた。
それは人型の機械だった。全身に装甲を張り巡らさせ、さながら機神。ハカマダの本分であり、本来の姿。
東部で培った最上の戦闘方法を実現するための形だ。
「なんだ、やっぱあの時の外骨格アーマーはお前の趣味じゃねえか」
レイが機械に乗り込んだハカマダをみて口角を上げた。
ハカマダと最初に出会った日。巡回依頼の時だ。あの後、レイはハカマダに誘われて救援依頼に参加する。
その時、ハカマダの車両に積まれていた外骨格アーマー。レイを機械型モンスターの大群から救った一機。爆発する拳。使い込まれた銃剣。
様々な趣味嗜好が注ぎ込まれた改造品だ。
その頃から少し思っていたが、やはり、ハカマダは銃を撃つことでもなく、近接戦闘を演じることでもなく、こうして機械を操縦することが彼の戦い方なのだろう。
「まあな。今も昔も俺はパイロットだ」
ハカマダが笑って答え、そして操縦桿を前に倒した。
その瞬間、機神が動き出す。
走行の隙間から赤い光を輝かせ、駆動音が響き渡る。
(……居心地がいいなぁ。操縦桿から見る景色が懐かしいぜ)
ハカマダは心の中で呟き、クラウディア人員を迎え撃った。




