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ロストテイカー  作者: しータロ(豆坂田)
終章――ロストテイカー

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354/366

第354話 かつて夢見た景色

 すでに夜。

 電波塔の頂点に設置された小部屋からレイはマザーシティの街並みを見渡していた。

 夜景を照らすマザーシティのビル群。街灯。ずっとスラムから見ていた電波塔の頂点に今、自分は立っている。昔の自分が憧れていた場所に今、自分は立っている。夢を叶えた実感はあまりない。

 遠回りをしたせいであろうか。

 本来の予定から大きくズレてしまったからだろうか。

 原因を挙げれば幾つも出て来る。どれもが直接的な原因というわけではなく、すべてが少しずつ積み重なってこうなってしまったのだろう。どこから間違えたのか、それを考えるのは少しばかり無理筋だ。

 思えば最初から間違っていた。

 

 スラムで生まれ育った時、自らの置かれた状況を酷く恨んだし、普通に憧れた。しかしあったのは人殺しの才能。それでいて要領もよかった。頭も良かった。しかし、それらをもってしても成り上がるには自身の置かれた状況が絶望的すぎた。

 身分証は無く、居場所はなく、名前すら、年齢すら分からない。

 最初から持ち得ても良いはずのものがごっそりと抜け落ちていたのだ。それらを取り戻すのに人生の半分を使った。普通になるだけでそれだ。スラムの住民から普通へと壁を一つ乗り越えるのでさえ体をボロボロにしなければならなかった。


 この電波塔の頂点に辿り着くのは果たして何時頃になるだろうか。その疑問は潰えず、不安の種となって遥か心の奥底に根差している。しかし今、不安は払われた。遠回りの末に手に入れた。


「はは……」


 この何の変哲の無い光景を。

 感慨深くはある。感傷にも浸れる。しかし身を焦がすような実感が、喜びが無い。

 

 ここに辿り着く中で失ったもの。知ったこと。すべてがかけがえないものであり、衝撃に満ちた事実だった。

 だからこそ、それらを消費し、知った上で見たこの光景は思いのほかつまらない。レイにとってこの電波塔は情景の中に潜む憧れでは無くなり、目指すべき目標ではなくなり、ただの電波塔として存在している。


 バルバトスとの戦いの中で思い至った中部の忘れ物は、こんなにもつまらないものになっていた。レイが中部でやり残し、西部で思い至った悔恨。憧れと情景の象徴であった電波塔は夢で見た物よりも輝かない。


 昔のレイはただただ矮小だ。何も知らず、がむしゃらで、ただ甘い夢を求め他人を蹴落とし生きていた。しかし今は様々な経験を得て身の丈にあったものを手に入れた。電波塔はすでにもう憧れるものではない。西部で月日を経ているうちにd年パ頭のあった場所はすでに通り過ぎていた。

 中部に残して来た悔恨の一つはすでにレイにとってはその価値を感じられないものへと成り果てている。


 立場が変わればものの見方が変わる。


 どうやらその言葉は本当らしい。


「まだいたの」


 後ろの扉が開きミラが入って来る。

 ミラとはロベリアに会った後に少し会話している。


「もう出るところだ。わざわざ開けて貰って悪かった」

「いいよの、別に」


 レイの隣にミラが並んで、手すりに両手で掴んで同じようにマザーシティの夜景を眺めた。


「西部にいたんだってね」

「ああ……」

「ロベリアに会ってどうだった」

「特に、何も無いよ」

「……そういうことにしておくわ」


 ミラは一度ため息を吐いた。


「あなたがいなくなった後、私は少しエレノアに拘束されてたのよ。まだ中に人がいるのに『神墜とし』を使おうとしたから、それを止めようとしたせいでね。ヨシュアから亡霊の話は聞いていたから、あなたが生きているかもとは思ってたけど。実物を目で見てみないことにはね。信じられないから」

「……」

「まあ……しばらくして私は解放されたわ。その時にエレノアの顔を二発ほど殴ってやったけどね。ヨシュアもロベリアも生きてたからね、そのぐらいで済ませたわ。ただ、ロベリアは記憶喪失だったけどね。無くした記憶はまばらよ。でも最近の出来事に集中している。私やヨシュアのことは覚えているし、何ならモーグ・モーチガルドを殺したことも覚えている。だけどあなたのことは覚えてないの。それに少し、色々と忘れちゃって性格も変わったわ。やっぱり人格形成に培ってきて記憶って大切なのね」

「……そうか」

「質問だけど、レイ。あなたってマザーシティの出身だったわよね」

「ああ」

「なぜかね。ロベリアは記憶を失った後、マザーシティで喫茶店をやりたいって言い始めたんだよね。理由は分からないけど、まあ偶然じゃないかな、かなり必然に偏った」

「偶然だな」

「そう切り捨てるのね」

「そう聞こえたか」

「………はぁ、聞こえなかったわ。もう迷惑をかけられないからでしょ」

「……そんなところだ」

「否定はしないわ。でもまあ、あなたが戦いから帰って来たら一度ぐらい顔を見せにきたら、生存報告も兼ねてね。それが誠意ってものでしょ」

「分かった」

「じゃあ、いつでも待ってるから」

 

 ミラはそう言ってレイに鍵を手渡す。


「気が済んだらでいいから」


 そう言ってミラは足早に部屋から出て行った。部屋に取り残されたレイは深く息を吐く。


 葛藤や不安。憐憫や哀愁。様々な思いがこだまする中。答えを見つけることができず、レイは目を閉じて空を見上げた。


「…………そうだよな」

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