第352話 情報共有
エレノアとの軽い情報交換を済ませ、イースの話を聞き終えたハカマダは、ある一室でレイと机を挟んで会話する。
「西部では一方的に別れを告げてすまなかったな」
「事情は分かってる、ヘズ教のことだろ」
「知ってたか」
「まあな」
ハカマダが消えた辺りから突然、ヘズ教の活動が見られなくなった。何らかの因果関係があることぐらい予測することはできる。
「ヘズ教は俺らが責任を持って駆除しなくちゃいけない害虫だ。立つ鳥跡を濁さず、もうお前らに迷惑をかけないよう全員殺しておいた。どうだ、財閥とテイカーフロントの争いだけで単純だっただろ」
「俺に言われてもな、テイカーフロント上層部の奴に自慢してくれ」
「それもそうか」
「ああ、そういえば。ヘズ教とクラウディアは同一の組織なんだろ」
「………統括管理人格に聞いたのか」
「ああ。だがまあ、聞かなくても状況を見れば分かることでもある。それで、クラウディアってのは東部から来てる奴らだろ」
「そうだな」
「クラウディアを指揮してるのはエレネイアか」
「エレネイア……そこまで知ってるってことは、統括管理人格はすべて話したらしいな」
「大体はな。ただお前らの個人的なことはプライバシーが何とか話してくれなかったけどな」
「まあそうだろうな」
ヘズ教やクラウディアは東部から来ている。そしてその指揮を務めているのはマーセラフィム・ワルスキャナの作った強化人種であり、別世界から逃げて来た亡霊の敵。
そしてハカマダの敵でもある。
「ハカマダも東部から来たんだろ。亡霊と一緒に行動してるってことは、エレネイアとどんな関係だったんだ」
「……すべて話すと長くなる。何せ俺が軍事学校にいた頃からの因縁だからな」
「あんたの戦闘技術はそこで培ったのか」
「それなりにな。一番楽しかった時代だぜ、あの時がな。……東部の状況はもう知ってるんだろ」
「ああ。帝国だろ」
東部はほんと一年前まで多種多様な国家が乱立し、争いが続く場所だった。しかし今は帝国によって統治されている。長い戦争が終わり、帝国による治平が続く。聞こえはいいが、その下には多数の屍が積み重なっている。
そしてこの帝国の増長がエレネイアの計画の一段階だ。
「エレネイアが計画を一段階進めた。あいつの目的は再度、すべての遺跡の管理権を手中に収め、止まっていた遺跡の転移を再開することだ。遺跡がすべて集まればマーセラフィム・ワルスキャナが組み込んだプログラムが作動し、自動的にこの世界は切り離される。そしてすぼんでいくように消える。だから、ハヤサカ技術研究所の奴はは危険だった。遺跡が兵器であると気がついておきながら遺跡を転送させ、エレネイアの作戦を結果的に助けることになった」
「あんたがヤマタ巷間都市にいたのはそれが理由か」
「ああ。亡霊から依頼されてヤザワ学術院の排除に当たった。それに対抗するようにしてヤザワ学術院は遺跡を転移させ、ヤマタ巷間都市を遺跡で塗り替えた。イースとはその時に出会った。そこからはしばらく旅をして、あいつがテイカーになってから別れたって形だ」
すべてを聞き終えたレイは脳内に様々な情報を考察しながら少し話を戻す。
「ヤザワ学術院が遺跡を転移させることができるのなら、エレネイアが同じことをすればよかったんじゃないか。そうすれば作戦は成功できただろ」
「東部には設備が整ってないからな。元々、東部は遺跡が少ない、というよりほぼ無い。だから技術の発展も難しく、エレネイアが転移装置の作り方を知っていたとしても製造するための素材が無い。遺跡があればすぐに始められたであろうが、生憎、東部はエレネイアにとって不毛の地だ。帝国の中枢でゆっくりと作戦を進めるしかなかった」
「ヘズ教とクラウディア、こっちにまで手を伸ばしてきてたのはそれが理由か」
「ああ。転移装置の材料を奪うために来た。だがまあ、遺跡ってのはそう簡単に探索できるものでもない。送り込まれた人員だけでは上手くいかず、結局エレネイアが動くことになっちまった」
「…………今思ったが、エレネイアはなんで東部にいたんだ。別に遺跡のある場所で作戦を進めればよかったんじゃないか? なんで東部に居座ってるんだ」
「簡単に言うと理由は二つだ。まず、この世界に転移する前の戦闘でエレネイアは深手を負っていた。無理に動けなかったってのが一つ。そしてもう一つ、亡霊がこの世界でも一度やりやって遺跡の無い東部にエレネイアを追い詰めたってのが二つめだ」
「その時にとどめを刺せてればよかったのにな」
「確かにな。まああっちにはあっちの事情もあったんだろ。亡霊も別の世界で戦った後だったからな」
レイの冗談にハカマダも笑って返す。そしてレイは続けた。
「亡霊は今どこにいるんだ」
「アールと調整中だ」
「アール。生きてるのか」
「再生した。お前の中から抜きとった人格再生機構からな」
アールという人物は話でしか聞いたことが無い。一体どんな人物なのか、レイは僅かに興味を抱いた。しかしそんなレイをハカマダが止める。
「あんまり関わらない方がいいぞ。アールって奴は文字通り生きている次元が違う。エレネイアと同じ土俵だ。だからこの戦いの為に亡霊が復活させた。俺も話してみたが別に悪い奴ってわけじゃない。どちらかというと良い奴だ。だがずっと話してるとおかしくなる。亡霊もそうだが、どうやら世界が違うかららしい。言葉の発し方や仕草。これまで生きて来た土俵が違うからこそ感じる違和感が重なってどうしても気持ち悪く感じちまう。お前も一度話した……ってそういえば。お前はもうあっちの住民だったか?」
「そうらしいな。どうだ気持ち悪く聞こえるか」
「特になねぇな。あっちの住民つっても元々こっちの世界で生きて来たからな、違うんだろ」
ある程度の情報共有も終え、レイに残ることと言えば質問が一つ程度。
「ハカマダ。何日後に出る」
「二日後だ。俺たちは一気に東部まで入る」
「分かった」
だとしたら別れを告げるのは一日しかない。明後日には亡霊やアールと会い、作戦の共有をしなければならない。
「何かするのか」
「ハカマダは知ってるのか? あのこと」
「あのこと……って、お前が中部でやり残したことか」
「ああ」
「ということはもう聞いたのか、エレノアから。俺から話す必要も無かったか」
「ケジメだ。明後日にまた会おう」
「必ずな、待ってるぜ」
その時事はレイが知るべきではなかったかもしれないし、知っておかなければならないものかもしれない。いずれにしても、レイにとってそれは中部に来たことで得た最も大きな収穫であり、困難であり、予想だにしない出来事だった。
「すまない。今日は少し先に帰らせてもらう」
「ああ」
そうしてレイは立ちあがり、部屋を後にした。




