第347話 マーセラフィム・ワルスキャナ②
ホログラムに映し出されているのはフードで顔を隠す男と、さわやかな笑顔を浮かべる顔の整った男。
左にいるフードを被っているのが亡霊。右の人物に関してレイは知らない。
「左にいるのがあなたもよく知っている亡霊と呼ばれている男です。右にいるのが《《アール》》。レイ、あなたと深く関係のある人物ですよ」
「そう……なのか?」
「知らなくても無理はありません。あなたは知り得る状況ではありませんでしたから」
統括管理人格がホログラムの映像を切り替える。
「他の世界と同様に私達の世界にいるマーセラフィム・ワルスキャナも指示を受けました。世界を終わらせる。しかしながらこの指示を全うするためには、些か私達の世界にいるマーセラフィム・ワルスキャナは権力が不足していました。それでもあらゆる学問において世界的権威として知られてはいましたが」
「……」
「ひとまず。私達の世界のマーセラフィム・ワルスキャナは少しばかり強引な手を使わなければ世界を終わらすことができなかった、そのことだけでも理解できれば大丈夫ですよ」
「……ああ」
「それで、まあ大体察しはつくかと思いますが、マーセラフィム・ワルスキャナは強引な手段を使ったことによって、そして一つの予想外によって世界を終わらせることができませんでした。その主たる原因が亡霊、アール。そしてマーセラフィム・ワルスキャナによって作り出された強化生命体であるエレネイア・イングレニア・パラぺラムの三名です。亡霊とアールは仲間、エレネイアは敵。しかしエレネイアとマーセラフィム・ワルスキャナは敵対している、というややこしい関係なので、この辺りのことを詳しく解説すると長くなるので省きますが、もし聞きたいなら亡霊やアールに直接聞いてください。この話の本題はそこではありませんから」
ホログラムが消える。
「エレネイアの考えはマーセラフィム・ワルスキャナとは真逆です。というより過激。『自分の世界を守るために木の幹ごと切り落とす』そんな思想を持つ人です。あるいは『自分の世界が木の幹にとって代わる』とも考えていました。ともかく、自分の世界が第一優先という形ですね。しかしながら、他の世界のマーセラフィム・ワルスキャナにとっては危険分子でしかなく、私達の世界には別の世界から世界を終わらせるために送り込んできたのが『遺跡』という兵器です。マーセラフィム・ワルスキャナ亡きあと、私達の世界では亡霊とアールがエレネイアと争いを繰り広げ、そこに『遺跡』も加わる。もうひっちゃかめっちゃかです」
統括管理人格はため息交じりに述べる。
「結論として、私の世界は終わりました。終了です。切り落とされました。しかしエレネイアはこの世界に逃げ込み、亡霊も追ってこの世界に来ました。同時に、エレネイアと亡霊の二人がこの世界に逃げ込んだせいで、この世界と私達の世界とで因果的な繋がりが生じ、『遺跡』も流れ込んできたという形です。つまり、この世界に突如として遺跡と呼ばれるものが現れたのは私達のせいだということですね」
「ちょっと待ってくれ。その『因果的な繋がり』ってなんだ。ノーネームも言ってたが良く分からない」
「因果的な繋がりは、言葉そのままですよ。本来、世界と世界とは通じ合わない。別々のものですから。しかし世界間で物質の輸送が起きると物を渡す際に出来るトンネルのようなものができるんですよ。それが繋がりであり因果。この世界には私達という異物が入り込んできてしまったせいで、私達の世界と繋がりができてしまった。この繋がりができてしまうと途端に物資の行き来が簡単になる。『遺跡』が来てしまったようにね」
「……」
「そうそう。だけど今、そのトンネルは私達が閉じてあるから安心して欲しい。もし開ければ『遺跡』が転移、兵器として稼働を始め、この世界も終わりです」
そこで統括管理人格は手を叩いた。
「と、ここまでが全容です。分かりましたか? エレネイアやアールのことについては亡霊にでも聞いてください。その他に必要なことはあらかた話したと思うので、ここからは個人の質問を受け付けますね」
まだ聞いておきたいことがある。レイはそう思って口を開こうとしたが、その前にイースが言う。
「分かった。なんか色々とありそうだし、レイが先に聞いていいよ。私は休んでるから」
そう告げてイースは後ろの方へと行って、置いてあったソファに座り込む。イースにとっては今聞いた話で十分だったのだろう。他にも聞いておかなければならないことがあるだろうに、イースはまるで興味が無いのか行ってしまった。ただイースに関しては本当に興味が無いのだろう。彼女が聞きたいことは一つだけのはずだから。
「分かった。すまない」
「いいよ」
去るイースを横目にレイは統括管理人格の方を見た。
「で、何が聞ききたいんですか、レイ」
統括管理人格はそう言って前面にホログラムを表示させた。
◆
「亡霊やアールとか言う人について聞くのは駄目なんだよな」
「駄目ってわけではないですけど、別に私に聞かなくたって当人に聞けばそれで済む話ですよ」
何故か分からないが統括管理人格はレイと亡霊は会うことを前提に話している。
「……そうか」
深くは訊かない。どうせレイはハカマダと会う。その際に亡霊とも会えるだろう。今までに聞いた話を総合して考えるのならばハカマダと亡霊が一緒にいる可能背は高い。そうでなくともハカマダを探す過程で会えそうなものだ。
「分かった。じゃあエレネイアについては」
「亡霊と同じですね」
「じゃあ、一つだけ。確かこの世界にエレネイアは来てるんだろ。今どこにいるんだ」
「東部です」
「帝国か」
「そうです」
ハカマダの出身は帝国。やはり何かあるのだろう。
「じゃあ次だ。なぜこの世界はまだ終わってない。『遺跡』はあくまでもあんたらの世界に向けて放たれた兵器だろ、この世界じゃない。だからこの世界のマーセラフィム・ワルスキャナがおかしくなって終わらせにきてもいいだろ。それとも後者のマーセラフィム・ワルスキャナだったのか。この世界のマーセラフィム・ワルスキャナはどうなったんだ」
「いいことを聞きます。そう、その事実こそがこの世界の特異性です。まだこの世界にマーセラフィム・ワルスキャナは生まれてません」
「……」
「というよりこの世界のマーセラフィム・ワルスキャナはまだ産まれてすらいません。何兆、何京と分岐する世界の中でただ一つだけ。この世界だけがマーセラフィム・ワルスキャナが西暦2400年までに生まれなかった世界です」
「……」
「マーセラフィム・ワルスキャナが生まれていないのだから、次元を渡って木の幹のマーセラフィム・ワルスキャナが尋ねることも因果的な繋がりがないから難しい。まずこの世界のある場所もおかしい。だから今の今まで攻撃されていない。これから先どうなるかは別ですけどね」
レイが天井を仰ぎ、状況を整理する。その横で、統括管理人格は話し続けた。
「マーセラフィム・ワルスキャナはこの世界以外では紀元前、あるいは産業革命下。あるいは第四次電脳革命の際。様々な歴史の分岐点で生まれるのが彼です。この宇宙の特異点」
「…………」
あらかた整理し終わったレイが次の質問に移る。
「さっき、俺とアールって人の関係は深いって言ったが、詳しく聞いてもいいか」
「あなたが亡霊と出会ったきっかけはなんですか」
「恐らく、マザーシティで受けた強化薬奪取の時だ」
直接出会ったわけではないが、あれが確実にその原因になっていた。
「スーツケースの中に入っていた二つの強化薬。その内、あなたが打ち込んだのは人格再生機構です」
バルバトスとの戦いの後、亡霊が言っていた言葉が思い出される。
「人格再生機構は人に打ち込み、その人の中で特定の人格を有する存在を復元・再生することを目的とした薬です。一応述べておきますが、私達の世界での戦いでアールは死んでいます」
「いや、まて、そういうことか」
レイの脳内に気持ちの悪い想像が過る。
「あなたが打ち込んだ人格再生機構が再生しようとしていたのはアールです」
バルバトスを倒した後、亡霊は「人格再生機構」は貰うと言っていた。つまりレイの中でアールの人格が成長し、そして時期を見計らって亡霊に取り出された。
「俺は都合のいいように扱われてたってことか?」
「そうでもありませんよ。人格再生機構は最終的に宿主の意識を乗っ取ります。亡霊はそうならないよう頃合いを見て抜き出したのでしょう。それに人格再生機構によってアールの身体能力再現のために、レイの肉体も強化されたのではないですか。決して、それが生きる上で不必要だった、というわけではないでしょう?」
「まあそうだが」
それはそうだ。しかし気持ちの問題で納得しにくいのは確かだ。
「いや、一旦この話は終わりにしよう、次はQuantaについて教えてくれるか」
バルバトスとの戦いの後、亡霊は人格再生機構の他にQuantaという単語を発していた。これについても教えてもらわなければならないだろう。
「Quantaはあなたの右腕にある兵器です」
レイが右腕の義手を見る。
「そちらではありません。あなたが『それ』と呼んでいた兵器です』
脳内に記憶が巡る。レイのことを何度も助け、窮地から救い出し、数々の難敵を撃破してきた相棒とも呼べる装備。最後はバルバトスを相手に『神墜とし』を構築し、壊れた。
レイが今まで『それ』と呼んでいた装備はどうやらQuantaというらしい。
「そして、あなたにQuantaを渡したのは私です」




