第346話 マーセラフィム・ワルスキャナ①
多数に分岐した世界は樹木図によって表される。幹となる世界があり、そこから派生した世界があり、葉を生やす末端の世界がある。『第一の枝』『第二の枝』。世界は末端に行くほどその重要度が下がるという話。
途中までは合っている。
しかし致命的な部分でハヤサカは間違っていた。『世界は末端に行くほど消滅の危険がある』この部分だ。だがこの間違いも無理はないもの。遺跡が兵器であると分かった以上、別の世界がこの世界を潰すために送って来たと考えるのが妥当だ。
というより、別の世界がこの世界を潰すために送って来た。それは間違いのないことだった。
だからこそハヤサカがあのような間違いをしてしまうのは仕方のないことだった。そして同時にハヤサカが気がつかなくて良い真実でもあった。
事の始まりはマーセラフィム・ワルスキャナという男に帰結する。
彼はこの世界の真実に《《誰よりも早く》》気がついた人物であった。どの世界線においても彼は誰よりも早くこの世界の真実に気がつく。そういった特異性を有している。
そして彼が気がつく真実というのはハヤサカとは違い、より真理に近いもの。というより正解だ。
そして真実を知ってしまったからこそ事件は起きる、起こされる。
「世界はたった一つの木の幹によって支えられている」
統括管理人格はそう述べた。
「世界が分岐を繰り返し、枝は増え続ける。ここがハヤサカの間違っていたところです。決して末端の枝が間引かれることは無く、無限に再現無く世界は分岐し続ける。末端の世界であったとしても消滅する可能性はありません」
ハヤサカは末端の世界は自然淘汰されるようにして木から切り落とされていくと仮定し、自分の世界が切り落とされるのを防ぐために他の世界を切り落とそうとしている、と思っていた。しかし現実は違う。
末端の世界が自然と切りおとされることなど無く、枝は無限に増殖、分岐を続ける。
しかそれだけと遺跡が兵器として送り込まれ、レイ達の世界を終わらせようとする理由が見つからない。当然、その疑問に対して統括管理人格は答えを持っている。
「問題は末端の世界が切り落とされることではありません。世界が分岐を繰り返し、増殖を続けることで木の幹である世界が重量に耐えられなくなることが問題なのです」
大きくなり過ぎた木が自らの重量の耐えきれなくなり折れる。これが問題だ。木の幹とはすべての世界の元となる最も安定した世界だ。しかし、例え戦争も無く争いが無く安定していたとしても、突然、何の前触れもなく増殖しすぎた世界線の重量によって木の幹は折れる。
それに付随して『第一の枝』『第二の枝』、そこからさらに続く世界線すべてが崩れ行く。
『末端の世界から切り落とされる』だなんて簡単で単純な問題ではない。増殖し続ける世界線によって木の幹から切り落とされる。これが世界の抱える問題だ。
そしてこの世界の真実に誰よりも早く気がつくのが、気がついたのが木の幹の世界で生きるマーセラフィム・ワルスキャナだ。
「膨大な世界線を葬るのは難しい。それこそ根本から壊すようでなければいけない。しかしそれには莫大なエネルギーが必要。だからこそ、マーセラフィム・ワルスキャナは一つの手を打ちました」
「……」
「他の世界線にいる自分と連絡を取り合い、現状を報告する。マーセラフィム・ワルスキャナはまず他の世界線にいる自分に状況を伝えることで事態の解決へと動き出しました。では、その解決方法とはなんだと思いますか?」
手を合わせて増殖する世界に対応できるような仕組みを作ろう、だとか、末端の世界を切り落としていこう、というような甘く、それでいて根本から解決していない解決策を提示するとは思えない。それはただ寿命を延ばしただけだ。
「ある一定のラインから、それ以上世界線が増えないようにした、とかか」
「違います」
マーセラフィム・ワルスキャナというどこの世界線にも表れる特異点。そんな奴の辿り着く結論に一瞬で到達できるはずもない。レイは特に悔しがることは無く、統括管理人格の話を聞く。
「マーセラフィム・ワルスキャナは他の世界線の自分に、その世界を終わらせるように頼みました」
レイの表情が変わる。
他の世界線の自分がいきなり来て、「世界はこんな状態でお前の世界が生き残っていると俺の世界もろとも全部終わるから、お前の手で責任持って自分の世界を終わらせろ」と告げているのとほぼ同じだ。
多少、レイの想像が混じってはいるが、恐らくそのようなことだろう。
「そして別の世界の自分にそう告げられたマーセラフィム・ワルスキャナは自分の世界を終わらせました」
「待て待て、何でそうなる。自分の世界だろ」
「はい。しかし自らの世界があれば木の幹ごと滅びる。マーセラフィム・ワルスキャナは自らの世界よりも木の幹の世界の方が大事であると考え、その行動へと至りました」
理解はできる。木の幹ごと滅ぶのだから、自らの世界が存在していては駄目だと。どうせ生き残っても木の幹ごと滅べば自分達の世界も滅ぶのだから存在している意味は無いと。
だが、その事実に気がついても実行に移せるかは別だ。
「彼は人間という種全体の発展に重きを置いています。だからこそ最も発展している木の幹の世界を崩すのはありえないと考え、自らの世界を犠牲にしたのです。自らの世界が木の幹の世界よりも発展していれば、そう考えることもなかったでしょうが、木の幹から生えた枝が木の幹よりも長く、太くなることなんてありえませんよね」
じゃあ。
つまり。
マーセラフィム・ワルスキャナは。
「はい。マーセラフィム・ワルスキャナは伝言ゲームのように、世界の真実を色々な世界線の自分に伝えては、「その世界を終わらせてくれ。その前に他の世界線の自分にもこの事実を伝えてくれ」と頼みました。それにより、マーセラフィム・ワルスキャナは数々の世界線を自分自身の手で終わらせ、木の幹が生き残ることに全力をかけました」
唖然。
レイが口を開けたまま固まっている。
「しかしながら。世界線は多く分岐しています。当然、種全体の繁栄よりも自らの世界が生き残ることを選ぶマーセラフィム・ワルスキャナもいました。とても少数ですが」
統括管理人格が一度間を置いて口を開く。
「あなたが別の世界と呼び、遺跡を送り込んだ世界でもある。私達の世界にいたマーセラフィム・ワルスキャナは前者の人間でした。つまり、自分自身の手で世界を終わらせるタイプのマーセラフィム・ワルスキャナということです。しかし、私達の世界線ではマーセラフィム・ワルスキャナがまだ十分な力を持っていなかったこともあり、計画はすぐに進まず、また妨害する者たちもいました」
統括管理人格が二人の男を映し出す。
「その者達というのが、あなたが亡霊と呼ぶ男です」




