第344話 パワーバイパル事件
レイとイースが荒野を移動していた。地図によるともうすぐで完全都市ライバックが見えていく頃だ。この調子で行けば完全に空が赤くなる前に辿り着けるだろう。そして完全都市ライバックが完全に稼働している遺跡である以上、少しでも空が暗く成れば光り輝く遺跡を視認しやすい。
車両の自動運転に従ってこのまま進めば一時間。レイとイースはすでに準備を済ませているので後は完全都市ライバックがどのように動くかを予想するしかない。レイは現在、旧時代の肉体に近い存在となりモンスターからは狙われない。しかしその抗力が完全都市ライバックでも発揮されるとは限らない。
それに今回はイースもいるのだ。戦いは避けられないだろう。
あるいは、戦う必要は無いのかもしれない。ハカマダがレイに「完全都市ライバックに行け」と行ったのは無駄死にさせるつもりがあったとは思えない。何かしらの理由がある。
そしてレイが行っても死なないと判断してすらあったかもしれない。
行ったところで戦うだけ戦って、逃げ帰って来て収穫が無いなどと――あくまでもレイの努力次第だが――ハカマダが思って提案してきたとは思えない。行けば何かある。
果たして戦うのか、戦わないのか。それとも別の事態に巻き込まれるのか。
そうして、レイが考え事をしていると通信端末が振動した。
もう誰からも連絡を受けるような用事は無いはず。レイがそう思いながら通信端末を見た。
そこに表示されていたのは『ノーネーム』という名前。
レイは一度、助手席にいるイースにそのことを画面を見せたりして伝えると、怪しみながらも通話に出た。
『久しぶり、そっちはどうだい』
『まあまあだ』
『今行こうとしてるのはまあまあじゃ駄目なところだよ』
『今回は隠さないんだな』
『もうイナバって偽らなくても電話には出てくれるだろう』
『どうだかな』
レイが座席にもたれ掛かる。そして隣にいるイースを見た。
『隣にいるのはイース・マーダかい。聞いてもらっても構わないよ。これは君にとっても関係があることだ』
レイのことをどこかで見ているのか、先回りしてノーネームが答える。レイは通信端末のカメラ部分を指で押さえながら返した。
『どうだ。これでも見えるか』
『見えないよ。でもまあ見えなくても構わない』
『そうか』
レイがカメラから指を離す。
『それで、用件を聞いてもいいか』
『用件はないよ。ただまあ、完全都市ライバックに行くのだからある程度は事前知識をと思ってね』
『完全都市ライバックのことについてか?』
『いや、あくまでも世界のことについてだ。君も知りたいだろう? パワーバイパル事件について』
『それなりにはな』
『なんだよ。食いつき悪いな』
『十分気になってるよ』
通話口の先から僅かに笑った声がして、ノーネームは話し始める。
『君は基幹システムを奪取する際にハヤサカから色々と聞かされたようだけれど、どの辺まで信じてるんだい?』
『すべてがあくまでも仮定だ』
『つまり信じてはないと。でもあり得るとも思っている。そうだろう?』
『まあな』
『その勘は当たっている。でもね、ハヤサカは根本的なところで間違っている。それ以外はすべて正解していたよ』
レイがアーネスやハヤサカ、そしてハカマダから聞いた言葉を一度脳内で網羅した。
『ただその思い違いを教えるのはノーネームじゃない。完全都市ライバックだ。だから君にはあくまでもパワーバイパル事件のことだけを教えるよ』
『……残念だな』
『しょうがないよね』
通話口の先からため息のようなものが聞こえた。
『パワーバイパル事件の概要については知っているよね』
『旧時代のネットと現在のネットとを分断した事件だろ』
『正解。でも旧時代、という言い方は正しくないかな。ノーネームが分断したのは遺跡間での通信で使われていた回線と別世界のネットワークをこの世界のネットとをつなげる基盤だよ』
『……』
『当然ながら、別世界のネットワークに秘められた価値は大きい。しかしそれをあの時の人類は扱え切れない。そう思ったノーネームがそのつながりを断ち切ったのさ』
『具体的な危険は』
『そうだね。ハヤサカも言っていたように遺跡がノーネームの世界を壊すために送り込まれた兵器であるというのには間違いない。それでいて何らかの不具合によって遺跡がすべて送り込まれることは無く、世界は未だ生きている、という考察も正しい。だが、正しいからこそこれをあの時の人類が知ってはいけないと判断した』
『……』
『今ならばまだしも、ノーネームがパワーバイパル事件を起こした当時、この世界の技術水準は低かった。それこそ最高級の装備を整えてもハウンドドックに一苦労するぐらいにはね。だからこそ遺跡から学び、急激な成長を遂げた。その際にノーネームたちは別世界のネットに触れ、その技術を盗み見ようとした。しかしそれにより、遺跡が兵器であるといずれ理解するのは当然のこと。それでいてまだ遺跡を送り込まれるかもしれないという潜在的な脅威。その不安、恐怖によって人類は舵取りを間違いそうになるのを止めたのがノーネームだ。あのまま行けば別世界からの侵略に備えようとしていた。だがそれは悪手だ』
『なんでだ』
『人類が別世界の存在を認識し、構えてしまうことで因果的な繋がりができてしまうからだ』
『因果、だなんて不確かな言葉を使うな』
『そう形容するのが簡単なだけだからね。本来はもっと気難しく話せるさ。ノーネームは好きじゃないけどね、そういうのは』
『そうか』
『まあ今は納得しておいてよ、どうせ完全都市ライバックに行けたら全てわかるんだから』
『……』
『それで、どこからだったかな。まあ簡単に言うと、その因果的な繋がりができてしまうと稼働を停止していたはずの『遺跡を送り込む』という機構が再稼働してしまうんだよね。だからノーネームは人類がその事実に気がつかないよう、あくまでも《《旧時代》》が残した遺跡だと誤認させた』
『誤認、ってそういうことか』
『分かったかい。そう、遺跡が別世界のものだとして、それを旧時代のものだと誤認させるのは難しい。何しろ人間は生きている。その中で脈々と歴史は紡がれるものだからね。だけど、歴史は何もすべてが正しいわけじゃない。ノーネームは歴史の転換点に手を加えることで別世界から来たはずの遺跡を旧時代の遺跡だと誤認させた。あーーまあでも』
ノーネームは一息置いた。
『遺跡ってのは兵器だから、当然効果的な働きをするように開発されるよね。だから、遺跡ってのはこの世界にある都市とか国とか、そういった人口密集地帯を狙うように出現したんだよ。だから遺跡の転移に巻き込まれたほとんどの人間が死亡。知識人もお亡くなり。そのせいで技術の発展も遅れたし、でも遺跡のおかげで飛躍的に上昇した。それと同時に人口が少なくて、遺跡が出現したことで過去を示す書物もほぼ無くなくなったから改竄がしやすかったよ』
通話口から息を吐く音が聞こえ、続けた。
『さて、ノーネームが教えられるのはこのぐらいかな。後は完全都市ライバックに行ってすべてを知るといい』
だがしかしと、レイは一つ疑問に思っていたことがあった。それは世界の秘密とか、そういう大それたものではなくノーネームに関してのものだった。
『最後に質問いいか』
『なんだい』
レイは幾つかの事柄を組み合わせこの結論を出した。
『ノーネーム。あんたはもう死んでるのか』
通話口からすぐに返答は返ってこない。長い逡巡。そののちにノーネームは口を開いた。
『死ぬ。とは具体的にどういうことだい』
『たとえ生身じゃなくても、もうこの世界にノーネームは残ってないんだろ』
通話口から僅かに息をのむ声が聞こえた。
『よく分かったね。だいぶ前にいなくなったよ。肉体は朽ち、今は電脳空間にノーネームの意識のコピーが生き残っている。それが今、君が会話している者の正体だ』
『もう一つ聞いてもいいか』
『構わないよ、なんだい』
『別世界とこの世界。時間的な繋がりはないんだろ』
『具体的には』
『あっちが百年経過してようが、こっちの世界では10秒。逆も又然り。そういうことがあり得るのか』
『…………あり得るよ』
レイが笑った。
『お前の正体が分かったような気がするよ。この予測は合ってるか』
『恐らくね。もう話は聞いているだろうから』
『会えてよかった』
『こちらこそ。任せたよ』
レイがイースの方を見た。そして僅かに視線を合わせ、レイは運転席から立ち上がって荷台へと移動しようとする。
『最後に一つ』
『まだあるのかい』
『あんたが前に聞いてきた質問の返答だ』
『質問? ……ああーあれかい』
『意味のない戦いに参加する気はあるのか、今ならいい返事ができそうだ』
『嬉しいね。最後はできるだけ戦力が必要だから。やっぱり《《あの二人》》じゃ足りいだろうから』
『はは。そうか』
『任せたよ。今を生きる君にしかできないことだ』
『ああ。じゃあ』
『さようならだ。レイ』
『じゃあな■■■』
『懐かしいな、呼んでくれてありがとう』
通話はそこで切れた。
そしてレイは一度だけイースの方を見ると笑って、荷台の方へと行った。




