第337話 ハヤサカ技術研究所
宇宙は多次元的である。
幾つものイフが積み重なり様々な世界を構築する。マザーシティから出なかったレイ。出たレイ。今のレイ。あらゆる世界線に分岐する。それらは、『来世より』でも示されたように世界樹で表される。
まずはすべての分岐の司っている木の幹。あらゆる世界線の元となる世界だ。
そこから『第一の枝』『第二の枝』というように分岐し、最終的に葉にまで到達する。『来世より』の世界では主人公がこの『葉』の部分に属し、後がないただ腐り落ちていく世界をどうにかしようとする物語である。
「確か、アーネスからはこの辺のことを聞いていたんだってね。今日はその時の答え合わせだ」
ハヤサカがレイに近づいて透明な壁に両手を当てる。
「世界が幾つものイフによって分かれているのは事実だ。これは私達が直接観測したから偽りではない。問題はこの多くの世界に優先順位があることだ。来世よりのように、末端の世界は腐り落ちて、用済みとしてやがて処分される。ほとんどの世界はこの事実に気づかぬまま消えていく。しかし幾つのか世界はその事実に気がつく。じゃあ生き残ろうとするのは当然のことだろう?」
「…………」
「じゃあどうやって生き残る。他者を蹴落とすしかないだろう。自分から生えた枝を切り落とし、自重を軽くし、太く生きればいい。つまり、他の世界を蹴落とすことで自分の世界を生きながらえることができる。レイくん、私の言っている言葉の意味が、君には分かるのだろう?」
瞳孔が僅かに収縮する。ハヤサカはそれを見て笑みを浮かべた。
「遺跡で長い時間、誰よりも注意深く、慎重に見て来た君ならば分かると思ったよ。きっと今、ずっと思っていた疑念の答えに辿り着いたのだろう?」
ハヤサカが透明な壁に手だけではなく体全体を張り付け、レイの顔を見る。
「そう。『遺跡』はもともとこの世界のものではない。旧時代の遺産などと、たわごとだ。あれは脈々と受け継がれてきたこの世界の遺産ではない。あれは別の世界の遺産だ。より厳密に言うとするのならば『遺跡』とは『別の世界から送り込まれた刺客』だ』
項垂れ、天井を見て、床を眺め、体を不気味に動かしながらハヤサカが喋る。
「先ほど世界には優先順位があると、それでいて末端の世界は生き残るために他の世界を切り落とす必要があると言っただろう。あれは正しい。その結果がこの世界、この『遺跡』と呼ばれる《《別世界の遺産》》だ」
「……」
「遺跡とは別世界から送り込まれた兵器。私達と同じようにこの多次元構造に気がついた世界が末端の世界である私達を切り落とすために送り込んできた兵器だよ」
「………」
「おかしいだろう。もし遺跡が旧時代の遺産として、なぜ技術的な連なりが一切なくあれだけが全くの別の形態をとっている、なぜあれほどまでに卓越している。その答えだ。遺跡を送り込んできた世界の技術力が私達のものよりも遥かに高かったのだろう。だから何十、何百年と研究しても遺跡があったころの技術水準まで人類は到達できていない」
「…………」
「だが、君は思っただろう」
ハヤサカが真っすぐにレイの目を見る。
「遺跡が私達の世界を終わらせるために別世界から送り込まれた兵器だとして、なぜ私達の世界はまだ滅んでいないんだ、とね。残念ながらそれはまだ私達も分かっていない。しかし仮定として、失敗してしまったのではないだろうか。こうして人類が生きている以上、遺跡の転送は上手くいかなかったと考えるのが妥当だ」
あ、とハヤサカが言って指を立てる。
「そう言えば言い忘れていたけれど、今レイくんがいる遺跡は基幹システムの力、主に基幹システム内部にあるアーティファクトの力を使って、別世界から転移させた。こんな、不確かで、目に見えない事実を言うのは忍びないのだけれどね。基幹システム内部のアーティファクトは元々別世界のものだ。だからこそ……こうなんというか、『因果的』な繋がりがある。だから別世界から遺跡を呼ぶことができたのさ。《《ヤマタ巷間都市の時と同じ》》ようにね」
ヤマタ巷間都市の事件。ヤザワ学術院が起こした事件によって都市がまるまる遺跡に成り代わってしまった事件だ。それを起こしたのが当時の医院長であるヤザワ。ヤザワは事件の後に消息不明に、当時副院長であったハヤサカがハヤサカ技術研究所を設立し、秘密裏に研究を続けていた。
そして今、レイ達が来ると分かってヤマタ巷間都市で起こした事件のように別世界から遺跡を持って来た。
「だけどさ、おかしいよね。というより、これはなぜ私達の世界が滅んでいないのか、その答え合わせ、あるいは仮説なのだけれどね」
「……」
「ヤマタ巷間都市や今のように遺跡はまだ引っ張ってこれるんだよ。つまり、別世界にはまだ遺跡が残っていることだ。完全に転移は完了していない、だから私達の世界は生き残っているのではないだろうか。もし遺跡がすべてこの世界に転移してしまったら恐らく私達の世界は切り落とされていた。だって遺跡は私達の世界を終わらせるための兵器なのだからね」
ハヤサカが壁から離れる。
「全く、この真相に気がつくまでに時間がかかったよ。すべてノーネームのせいだ。過去、人類は遺跡に使われているネットワークに接続した。その際に世界の真実、遺跡の存在理由について気がつけははずだ。しかしノーネームがパワーバイパル事件を起こしネットワークを遮断。世界の真実を知る無くした。やってくれたよ、ノーネームって奴は」
「……」
「それと一つ君に言いたいことがある。レイ。君は違和感を覚えなかったのかい。ここに来る途中で出会ったモンスターは誰一人として君を狙ってなどいなかった。君は攻撃されていなかった」
ここに来る途中。車体の上に乗ってレイはモンスターを攻撃していた。しかし機械型モンスターは一体たりともレイに攻撃などしておらず、すべて車体を攻撃していた。
あらゆる状況においても人類を攻撃してきた機械が。
いや。厳密には《《この世界の人類》》を攻撃するようにプログラミングされた機械がレイを攻撃しなかったのだ。その理由は単純だ。
「君はもうこの世界の生き物ではない。厳密に言うならば、遺跡を送り込んできた世界の住民なのだろうね。だから攻撃されなかった」
「……だろうな」
レイがそう答えた時、ハヤサカの懐にある通信端末が震えた。
「あ、少し待っててくれるかな」
そうして通信端末を見て、苦笑した。
「……どうやら、アーネス君は……アーネス・ウォッチャーは死んだようだ」
「……そうか」
「彼は私の優秀な部下だったのだがね。まあ仕方ない」
ハヤサカが通信端末から手を離す。通信端末は綺麗に角から落ちて粉々に砕け散った。
「どうやら財閥の部隊も全滅したらしい」
「……」
「アーネスも財閥も消え、どうやらテイカーフロントの勝利のようだ。それもこれもすべて彼女のおかげかな」
ハヤサカが天井を見上げる。
「……と、どうやら彼女が来たらしい」
直後、研究施設の天井が割れ一人の女性が降り立つ。
褐色の肌に露出の多い恰好。天井を突き破って現れたのはイース・マーダだった。




