第327話 シリウス
一台の車両が基幹システムのある座標を目指して走っていた。時刻はすでに朝の2時を越えたところ。もうすでに財閥関連の施設には連絡が行っているだろう。基幹システムのある場所は近くに都市の無い無人地帯。モンスターが蔓延る場所だ。
各地に拠点を持つ財閥と言えど関連企業や傘下の企業を総動員したとしてもすぐに現地まで向かうのは難しいはずだ。現実的に考えて先行隊が早めに着くはずだ。そして現場を包囲し、マナが来るまでの守りを固める。
本来ならばマナも先行隊に紛れていきたかったらしいが、テイカーフロントから連絡が来てからかなり急いだ結果が今だ。仕方ないだろう。なぜ、テイカーフロントが基幹システムのパスワードを知る人物としてマナを知っていたのかは些か疑問だが。
「レイさん。何か聞きたいことはあるっすか」
運転席でハンドルを握るサンシャがレイに問いかける。レイは一度だけ前に座るマナの方を見た。
「別にいいわよ」
マナはそれだけ答えてレイがある程度の質問ならばしてよいことになる。
「じゃあまず、二人とマナとの関係はなんだ。ただの知り合いってわけでもないんだろ」
幾つか聞きたいことはあるが、取り合えず適当に思いついたものから聞いていく。するとクロエが答えた。
「それについては私から話そう。ただ、これを説明するには色々と他に説明しなくちゃいけなくなる。なぜマナ様がパスワードのロックを解除できるのか、その疑問も交えて答えよう」
クロエは手を回しながら目を閉じて過去を思い出しながら語る。
「まずこの事実を語る上で最も重要なことだ。マナ様。いえ、マナ・シリウスは旧体制下の経済連で議員を務めていたカイウス・シリウスの一人娘よ」
クロエの言葉からレイは大体の全容を把握する。
「だからパスワードを解除できるのか」
「そうね。まあ紆余曲折あった形だけど。それについては……」
クロエがマナの方を見る。恐らくかなりプライバシーに触れる話なのだろう。一応確認を取ってみると、マナは足を組んだままため息交じりに返した。
「いいわよ、減るものでもないし。知って損があるものでもないし」
「ありがとうございます」
クロエは車両の進行方向を眺めながらレイに問いかける。
「旧体制下の経済連が財閥に乗っ取られる際にひと悶着あったのは分かるよね」
「ああ」
基本的に、財閥が経済連を乗っ取る過程は速やか且つ迅速に、それでいて騒ぎを起こさず静かに行われた。しかし、その裏で争いがあったのだろうということは分かる。
現に、旧体制下の議員の中で財閥に反対的だった者たちは全員行方不明だ。レイとてあまり深くを知るわけではないが、テイカーフロントの離反など争いがあったのは確かだと分かる。
「マナ様のお父様であるカイウス・シリウス様は財閥に対して反対的な立場を取っていました。最後まで抗ってはいましたが最終的に財閥に乗っ取られる形となり、その後、カイウス様は行方不明です。事実上の……」
「死んだわよ、お父様は。私が見たから間違いないわ」
マナが言う。クロエは僅かに驚いたもののすぐに物寂し気な表情をして続けた。
「私とサンシャはもともとカイウス様直属の機密部隊員でした。なのでマナ様とは何度かお会いしたことがあり、それが今の関係に繋がるというわけです」
「よく生き延びられたな、部下だったんだろ」
「カイウス様が私達を守ってくれました。もともと秘匿された部隊でしたし、秘密裏に関係を絶って私とサンシャは機密部隊の隊員として再入隊することになりました」
カイウス直属の部下なのならば、カイウスが処理される段階で二人も処理されておかしくはない。しかしどうやらカイウスは二人を助けるために色々と手を回していたようだ。
「だからあの時、マナと関りがあった俺の方に来たのか」
「そうですね。でも驚きでしたよ。まさかマナ様が生きているだなんて思ってもいなかったですから」
その言い分は少し失礼なのではないかと、そう思いながらレイは続きの話しを聞く。
「私達がカイウス様の元を半ば強制的に離れることになり、マナ様には会えなくなりました。そこで亡くなってしまったのかと思っていたのですが……」
クロエがマナの方を見る。ここの詳細はマナの方が知っているためマナから話しをして欲しいのだろう。しかし父が死んだ記憶を遡ってわざわざ話させるのはいささか酷な話。
そう思うレイを裏腹にマナは口を開く。
「私は娘だから、さすがに二人のように関係を絶って西部で生き延びることはできなかったわ。だから最後、経済連の議員として経済線を越える権限を私に使って中部に逃げさせることができたのよ。その後、マザーシティでフィクサーとして活動する中でレイと会ったってオチね」
マナはため息交じりに「簡単な話でしょ」と付け加えて話を終える。
「じゃあパスワードはその時にか」
「将来もし西部に戻ってきたら必要になるだろうから、ってね。基幹システムの生体情報システムに私の情報が入ってるわ」
基幹システムは幾つかのパスワードによってロックがかかっている。まずは12桁の暗号。その次に虹彩認識。その他にも幾つかの段階を踏むが、マナが必要になるのは主にこの二つだ。
「イナバとはどういう経緯で知り合ったんだ?」
「お父さんから言われててね。西部に戻ったらテイカーフロントの役員をしてるイナバって人に助けを求めてって。なんか昔からの知り合いだったらしいよ」
運転席や助手席の方でサンシャとクロエが「そうっすね」「昔からよく仕事上付き合いがあったからな」などと言ってマナの言葉を肯定する。
だとすると西部に戻ってから――どの程度かは分からないが――少ししてイナバの元に会いに行き自分は生きていると、マナはイナバに伝えた。そしてマナというパスワードを解除できる人員がテイカーフロント側についたのと、それと同時にノーネームが基幹システムの場所を露呈させた。
偶然ではないだろう。テイカーフロントがマナの存在を認知し、パスワードのロックを解除できる状態になってから行動に移している。
ノーネームが何を知っているのかレイはまだ知らないが、ここ最近は色々な人から話を聞いてある程度のことは分かるようになっている。ノーネームが何を意図して今まで温めていたであろうこの情報を公開したのかは分かる。
「そういえば、一年前、あなたに一つ薬をプレゼントしたのだけれど、あれはどうしたの?」
突然、思い出したかのようにマナが言う。レイは思い出してみるが特に心当たりがない。
「……薬? そんなのあったか?」
「ほら、一年前別れる時にあなたの家にプレゼントを送るって言ったじゃない」
レイが思い出す。
カイレン経済都市からクルガオカ都市へと戻り、広場でマナと別れた。その時にマナが言っていた言葉だ。
「ああ……確かに言ってたか」
確かに、マナは「あなたの家にプレゼントを送った」と言う旨の言葉を言っていた気がする。
しかしレイはマナを別れた後すぐに鋼海重工との事件があり、前哨基地へと行かざる得なくなった。それでいて前哨基地ではバルバトス戦うはめになり、その後半年間は寝ていた。
その間に家は無くなっていたし、物品は売り払われていた。元々レイがいなくなれば家具は好きなように扱って良いという契約をビルの管理者としていたし、家に大事なものはそこまで無いと思っていた。突撃銃と強化服程度だ。
そのため特に気にしていなかったが、マナからの贈り物があった。
当然、当時のレイに受け取れるはずは無く、どこに行ったのかも不明なまま。
「俺はお前と別れた後、少し用事ができて一年程度家に帰れなかったんだ。その間に薬はどこかに行った」
「そう。地下都市の案件とバルバトスの件ね。知ってるわ」
そう言いながら、マナは懐から一つの薬剤を取り出す。細長い硝子性の物体の中に緑色の液体が収められているものだ。
「これはなんだ」
「あなたに贈るはずだったプレゼントよ。あなたが鋼海重工に絡まれたのを知ってね、急いでミナミに回収してもらったのよ」
レイがマナから薬剤を受け取る。
「そうか……迷惑かけた。それで、これはなんだ」
「あなたがマザーシティを追放される原因でもあり、私が中部にいられなくなった原因でもあるものよ」
その時、レイの脳内にフィクサー、ジープから引き受けた依頼の内容が思い出される。
依頼内容は薬剤の奪取。一つの薬剤を奪い去る難しく、しかし簡単な依頼だった。
結果としてレイはこの依頼によって中部で指名手配されることになり、紆余曲折を経て現在に至る。
レイはあの依頼中。ミスを犯し殺されるところだった。その時に使ったのがスーツケースに入っていた強化薬。依頼内容には緑色の薬剤の確保、と書かれていたからスーツケースに入っていたもう一つの薬剤ならば大丈夫だろうと打ち込んだ。
その結果が今のレイだ。常人ならざる身体能力を持ち、弾丸を皮膚で受け止める化け物となった。こうなるに至った事件。その事件で回収しろと言われていた薬剤。その薬剤こそ今マナが手渡したものだ。
「あの時、俺が回収したやつか」
「そう。今でも申し訳なく思ってるわ。少し短絡的に動き過ぎて危険な案件を掴まされた。そのせいであなたはマザーシティにいられなくなってしまった」
あの強化薬は恐らく亡霊が仕込んだもの。レイが使わざるを得ない状況に追い込まれることを想定して準備したのか、それとも別の理由か。定かではないがあの事件には亡霊も関わっている。
「今更謝る必要はない。俺をはめようとしたわけじゃないのは知ってる。あんたを信用した俺の責任だ」
「相も変わらず自己責任を信仰してるのね」
「そっちの方が生きやすいだろ」
「そうかしら」
苦笑しながら答えるマナを見て、レイが右腕に持った薬剤を見る。
「それで、これは一体どうすればいいんだ」
「分からない。でも一応渡しておいた方がいいと思ってね。私たちでは扱えない代物だから。いらないし、もうお金にもならないし。だったらまだ使えるかもしれないあなたに渡そうと思ってね。一応、あなたが打った強化薬と同じスーツケースに入ってたんだから、何かあると思ってみたけど、どうかしら」
レイが薬剤を見る。そんなレイにマナが注射器を渡す。
「成分を見る限り普通の強化薬と変わらないわ。使うか使わないかはあなたに任せる。自己責任でしょ」
「はは。そうだな」
レイは笑いながら渡された注射器に薬剤の入ったカプセルをセットすると、自らの左手に打ち込んだ。




