第321話 先頭の解釈
一時間前。バルドラ社の取締役であるアダムスの元に一つの情報が入っていていた。
「レイが『外套の男』だと?」
数刻前にノーネームがバルドラ社の基幹システムをハッキングした。無事、何事も無く普及したが、点検作業の際に一つの情報が紛れ込んでいるのが見つかっていた。何のためにノーネームが残したかは分からない。
しかし見られるためにわざと発見されやすい形で残していた『レイが外套の男』だという情報。情報の真偽は不明だ。そしてレイがバルバトスを殺せるような存在にも見えなかった。
なにせ右腕を失い。
(右腕は……バルバトスと戦った時に失ったのか?)
アダムスの脳内に一つの可能性が過る。
「セバス。彼の経歴についてまとめておくように言っておいたが、もうできてるか」
「当然です。アダムス様」
アダムスが手に持っているタブレットの出力装置を起動する。ホログラムが映し出され、レイに関しての情報が書かれていた。
「やはり」
ここ一年あまりの記録が一つも残っていない。それでいて一年前は右腕があった。これら二つはバルバトス出現と同時に変化している。偶然とは言い難い。しかし必然というわけでもない。
情報はまだ未確定だ。
ノーネームの目的は、なぜレイのことを知っている。レイとノーネームのつながりは。アダムスの脳内では様々な情報が飛び交い、それらを瞬時に精査していた。その時、通信端末が振動した。
アダムスが脳内に情報を処理しながら通信端末を見る。部下からだった。
『……なんだ』
『レイって人が『外套の男』だと、断定できそうです』
『なぜだ』
『基幹システム内から追加で映像が発見されました。もう送りましたので見ていただけたら分かると思います』
『……分かった。いつでも出れる状態で待機しておいてくれ』
通信端末をセバスに渡し、たった今送られてきた映像をタブレットのホログラムに映し出す。
「……」
映像を見たアダムスが表情を変える。
ノーネームが残した映像。それは一年前にバルバトスを討伐したレイが『外套の男』として定着した原因でもある映像の無編集版だった。一年前にノーネームが公開したのは一部を切り取ったクリップのようなもの。
しかしこれは違う。レイがバルバトスと戦い、その中で外套を羽織り、神を打ち倒すまでの過程が鮮明に映し出されていた。制作された映像かもしれない、脚色された物語かもしれない。
しかしノーネームが残したこの一本の情報、どうにもアダムスには嘘に見えなかった。
バルハラ社の下っ端として入社し、その豪胆と直感を基に成り上がって来た男。自らの直感を信用している。だからこそ、この情報が嘘でないと自分を納得させることができた。
同時に、アダムスの見ているタブレットの画面が暗転する。
(……ハッキングか)
アダムスは暗転の原因を一瞬で解明すると背後にいるセバスと目を合わせた。
「ノーネームからだ」
アダムスのタブレットを警備システムに勘づかれることなくハッキングできるのはノーネームぐらいなものだろう。
事実、暗転して10秒ほど経つとメッセージが映し出された。
『この映像はテイカーフロントやその他組織にも渡している』
これで悠長に対応している暇が無くなった。ノーネームの言葉がどここまで嘘なのかは不明だが、すべてを真実として断定するほかない。何より、テイカーフロントにこの映像を渡しているのは問題だ。
文脈から判断するに、テイカーフロントもレイが『外套の男』であると分かっていなかったのだろう。だがレイはテイカーフロントと深い関わりを持つ、それでいてバルバトス討伐時は現地にいたのだから『外套の男』とレイとの関係は察せるはずだ。
テイカーフロントからしてみればレイ=『外套の男』という線がノーネームの映像によって確定したことになる。不確定な情報を多く抱えるアダムスたちよりも早く受けるということだ。
「……セバス」
アダムスが呟く。
レイが『外套の男』というのならばぜひとも仲間に迎え入れたい。しかしレイの立場、経歴、そして街中で会った際に告げられた最後の言葉。彼は恐らくバルドラ社側にはつかない。
テイカーフロントの絶対的な味方であり、財閥の敵になり得る。
もはや財閥とテイカーフロントとの戦いは避けられない。ならばどうするか。今の内に相手の戦力は削っていた方がいいだろう。ただでさえスカーフェイスとイース・マーダという二人がいるのだ。そこに『外套の男』が入ったら財閥でも厳しい戦いを強いられることになる。
そのため、ここで仕留める。
テイカーフロントに連絡が行く前に、彼がこの真実に気がつく前に、事前に危険の芽は摘むにこしたことない。
「部下を派遣しろ。今ここで仕留める」
◆
『レイさん。あなたが『外套の男』だと……ノーネームが。一度、こちらに来てください』
ミケからの連絡を受け取ったレイは、ノーネームがなぜそんなことをしたのか、という疑問に苛まれながらも、今起きたことの原因と取り巻く周囲の変化を理解していた。
『……ノーネームから何を伝えられたんだ』
『一つ映像が送られてきました。あなたがバルバトスと戦っている時の映像です』
『この映像はテイカーフロントだけか』
『他の組織にも、財閥を筆頭としてハヤサカ技術研究所にも、恐らく』
ミケの声には戸惑いが含まれていた。しかし同時に納得していたようでもあった。レイがバルバトスの事件後に生きていたのは今でも疑問が残るし、右腕が無くなったのも疑問が残る。
その疑問の答えとして『外套の男』は相応しい。
しかし、レイがバルバトスを倒せるとは思ってらず、『外套の男』になり得ないとそう判断していた。だが今回の件によってその予測は打ち砕かれ、当初、半ば直感的に理解していた可能性に答えは帰結した。
レイもまたすべてを理解して答える。
『わかった。今そっちに向かうよ』
レイが『外套の男』だとしてもテイカーフロントは危害は加えない。それほどまでに信頼している。だからこそミケの言葉に対してレイは素直に答えた。またミケもレイの気持ちを汲み取って礼を言う。
『ありがとうございます』
『ああ』
『一つ、バルドラ社にもこの映像は出回っていると思いますので、刺客の心配があります。こちらからも部隊を派遣しますが、十分気おつけてください』
『いや、もう来たよ』
『え、本当ですか』
「ああ。ちょうど5分ほど前にな』
『そうですか……今は』
『何もなかったよ。ただ状況から察するに財閥、厳密に言うならバルドラ社の刺客だろうな。それと、たぶんバルドラ社にはノーネームから他よりも早めに映像が送られてきただろうな』
『………そうですね』
バルドラ社の講堂の速さと、その背後にある意思をすべてくみ取ってミケが答える。
『今そっちに行く。いつもの施設でいいな』
『はい。十分に気おつけてください』
レイは歩きながら僅かに笑った。
『会ったら話すよ。バルバトスのことも、俺の経歴のこともな』
もはや隠す必要の無くなった秘密。レイは微笑みながらそれらをすべて話すとミケに伝えた。




