第318話 一人の男
ノーネームとの通話を終えた後。レイは遺跡に行くわけでもなく適当に街中を歩いていた。右腕には義手が着いており、慣れるためであったり情報を得るために今日一日は着けて過ごす予定だ。
ハカマダと会う約束をしているが、日時は今日の夜。ノーネームとの会話で変に頭が冴えている。今はノーネームから与えられた情報とハカマダやアーネスの言葉を一度洗い出して整理している際中だ。
昨日に引き続き色々と考えなければいけない案件が多すぎる。
どのようにして片付けて、整理をつけていくか、かなり面倒な事案だ。そうしてレイは考えながら思考を煮詰まらせていき、通りの隅で立ち止まったり、座ったり、怪しくない程度で怪しい動きをしていた。
そんなことをしていると歩いている際に誰かとぶつかりそうになる。レイは当然、直前で避けてぶつかることは無かった。しかし嫌な予感を覚えた。
レイは振り返り、先ほどぶつかりそうになった人物を見る。目の下に隈のあるやさぐれた男だった。その者は今まさに拳銃を引き抜こうとしており、視線に先にはレイ――ではなく道行く大柄の男がいた。
レイは拳銃を引き抜こうとする男の視線の先へとつられて見る。その大柄の男は横顔しか見えない位置にいた。しかしレイにはそれが誰か理解できていた。
(アダムス――なんでここに)
男はアダムス・バルハラ。バルドラ社を束ねる者の一人だった。
そして今、アダムスは男に拳銃を向けられている。なぜここにアダムスがいるのか、男に拳銃を向けられているのかは全くの不明。しかし、向けられている理由は理解できる。
幾つか想定できるが、アダムスに恨みを持つ人物は多いだろう。それでいて暗殺をしたい人物も多い。アダムスがなぜここにいるのかは依然として不明なままだが、現状、なぜそうなっているかは理解できた。
普通ならば、襲撃犯の近くにいるレイがこの暴行を止めるのが正解だ。レイには十分にその蛮行を止められるだけの力がある。だが、止めない方がよい、とレイの頭を過る。
アダムスはバルドラ社を束ねる者の一人。もしここで死ねばかなりの損失。テイカーフロントとの戦いに臨みにくくなるだろう。逆にもし、アダムスが生きていれば、何かしらのことが無い限りテイカーフロントと財閥との戦いは避けられない。
ここでアダムスが死ぬことで大きく運命は変わる。
レイは男の傍にいていつでも止められる状態でありながら、拳銃の引き金を絞るその瞬間にただ目を向けていた。
直後、撃ち出される弾丸。街の騒音を切り裂いて一発の弾丸が宙を駆ける。対強化装甲用の弾丸。必ず敵を撃ち殺すという執念が込められて撃ち出された弾丸は、しかし、近くにいた護衛らしき人物に防がれた。
力場装甲が展開され、弾丸は僅かにひびを入れたものの貫通することはなく、アダムスには届かない。その直後、男が次の弾丸を撃ち出そうと指に力を入れた時にはすでに、近くの護衛が男との距離を詰め、小刀で首を跳ね飛ばしていた。
突然発砲音に殺人。周囲の騒音を切り裂き引き起こされた事件。皆がその事実に気がつき、認識し、叫びをあげるまでの僅かな間。首を跳ね飛ばした護衛とレイとの視線があった。
なぜ殺さなかった。なぜ見ていた。仲間か、敵か。状況にいち早く気がつき、犯行を見ていたレイは男の仲間だと断定される。直後、護衛は一瞬でレイとの距離を詰めた。
恐らく強化薬を使用している。その裏には超高性能な簡易型強化服。裏付けされた速度。一瞬でレイの懐に入り込むと小刀を振るう。しかし、小刀がレイの首に触れる前には護衛の顔面にレイの拳がめり込んでいた。
義手の銀色が光り、強く握られた鉄の拳。護衛の顔にめり込み、深く突き刺さる。遅れてやってきた衝撃が護衛を天高く吹き飛ばし宙を舞う。すでに意識は無く、四肢に力が入っていないためぶらぶらと回転しながら護衛は地に墜ちた。
その時、遅れて事件に気がついた周囲の人々が叫び声をあげる。いくら危険といえどここはスラムではない。発砲音が日常茶飯事でもないし、人殺しが普通なわけでもない。
群衆は逃げ惑い、そしてその中で護衛を気絶させたレイとアダムスの視線は合っていた。
「セバス。彼は敵ではない。矛を収めてくれ」
アダムスはレイの目を見た瞬間、後ろでいつでも攻撃できる準備を整えていたセバスに一言告げる。その一言でセバスは警戒を解き、同時にセバスを警戒していたレイも懐から抜いたナイフを仕舞う。
群衆が乱れる中、アダムスは『来い』とでも言いたげな表情で路地裏へと移動する。
しかし明らかに面倒な事態になるのが予測できたレイはついて行く素振りを見せず、逆に踵を返す。アダムスはその姿を見て後ろにいるセバスと一度表情を合わせると群衆が逃げて、誰一人としていなくなった通りで、レイの元まで行って話しかける。
「すまなかった。私の護衛が君に迷惑をかけた」
声をかけられ、レイは振り返って返答する。
「なんでアダムス・バルハラがこんなところをほっつきまわってるんだ」
「私がアダムス・バルハラだと気がついていたのか。だからあの蛮行を止めなかったのか?」
止めに入ったら自分まで巻き添えになってしまう、という言い訳は護衛を倒したことで通用しなくなった。
「わざわざ自分から面倒ごとに関わりたいと思う奴はいないだろ」
「それもそうか。ところで君、どうやって彼を倒したんだ」
アダムスが後ろで気絶している護衛を見る。レイは一度後ろにいるセバスを見てから答えた。
「後ろの奴に聞けば答えてくれるだ」
「セバスのことまでもう分かってるのか、年に見合わずすごいな」
「見た目なら手術でどうとでも成る」
「しているのか」
「そう見えるのか」
「見えない。君はナチュラルだ。だから君をぜひ私の部下として迎え入れたい」
だから、の後の言葉が前の言葉と繋がっていない気がするが、レイは取り合えず理由だけ伺っておく。
「なんでだよ」
「ちょうど今人手が欲しいところなんだ」
「なんでだ」
「ちょっと中の悪くなった組織があってね、もしかしたら武力抗争なんかもあり得る。その時に君の力が必要だ」
「バルドラ社の武力抗争? 関わりたくないな」
「まあそう言うな」
「それに、あんたのところには腐るほど有能な人材がいるだろ」
「それもそうだ。だが、それは少し間違っている。私が思うに、圧倒的な質の前では数は意味を為さない。一人で戦略を変えてしまうような兵器がいれば、作戦は意味を為さず、対策の仕様が無い。例えばイース・マーダやスカーフェイス。特別災害指定個体を一人で殺した『外套の男』。彼らの前ではあらゆる障害が意味を為さない。故に数よりも質、私はそう考えている。だからこそ、君のような腕利きの護衛を倒せる実力を持った人材が欲しいのだよ、私は」
レイは僅かに考えた後、答えた。
「確かにな。雑兵じゃ意味が無い」
「だろう? だから君のような質のいい人材が欲しいのだよ」
もう少し情報を得てもよかったが、アダムスは異常に嗅覚がいいと聞く。この程度で話し合いは終わらせにしておいた方がいいだろう。
「言い忘れていたが、俺はテイカーだ」
財閥とテイカーフロントは敵対関係にある。もし最初にレイがテイカーだと言っていればアダムスは最初から勧誘などせず、話をする必要がなかった。しかしアダムスが何かしゃべると思い、レイはテイカーであることを打ち明けず、無駄話に付き合った。
結果としてこれといって得られた情報はないが、話してみてアダムスという男が少しだけ理解できた。
きっとアダムスはレイがテイカーであることに薄々感づいていただろう。護衛を一瞬で倒せるほどの人物がそこら辺を歩ていているわけがない。企業傭兵の可能性もあるが、テイカーの方が数が多いのであり得るだろう。
二人は少し間無言で視線を交わす。その後、アダムスは笑った。
「はは。あの時に殺せていればよかったな」
「そうだな」
レイが苦笑して返すと、踵を返して立ち去る。その後ろではアダムスがセバスに「あののびてる奴を片付けろ」と命令を出していた。




