第317話 ノーネーム
「正解。ご褒美あげちゃおうかな」
ノーネームの声を通話越しに聞きながらレイはベットから立ち上がる。
「何をくれるんだ」
「それは君の答え次第かな」
「ははっ。そうかよ」
レイはベットから立ち上がった流れのまま、棚へと近づく。引き出しに手をかけて中から一つの機械を取り出した。
「それで、なんで今頃電話かけてきたんだ」
レイが聞きながら、先ほど取り出した機械から伸びたケーブルの先端を通信端末に突き刺す。
「少し、色々と聞きたいことがあってね」
「俺からも聞きたいことはあるんだが、そっちからでいいよ」
答えながら機械を弄る。ボタンを押し込み、ホログラムを表示し、幾つかの数値を組み込む。しかし突然、ホログラムが何ら関係のない画面へと映し替えられる。
「特定してみてどうだった」
動かなくなった機械を見て、レイが笑った。
「できなかったよ。それに動かなくなった。どうやって侵入したんだ?」
ノーネームの居場所を特定しようと起動した機械はその途中で逆に支配され、動かなくなった。ノーネームを相手にこの程度の機械と技術で特定できるなどと当然考えておらず、半ば遊びのようなものだった。
しかし予想以上にノーネームの動きが速く、レイは単純に驚いていた。
「ちょちょちょっとね。プロテクトの薄いやつだったら一瞬だよ」
「そうかよ」
レイが機械をベットの上に投げ捨てる。
「ちょちょちょ。そんな乱暴に扱わないでよ。壊れちゃうでしょ」
「壊れないよ、この程度じゃ」
答えながらもう一度機械を手に取ってみてみるとすでに操作できるようになっていた。
「もう返したから使えるよ」
「一度入られた端末は怖くてつかえねぇよ」
「ノーネームを相手にしてたらどれも同じだよ」
「……それもそうか」
機械を再度起動すると先ほど解析中だった特定作業が終わっていた。ノーネームの居場所としてホログラムに映し出されているのは意味不明な座標だった。というより、現実には存在しない場所。
「座標が旧世界のネットワーク上になってるんだが、俺のこれ壊したか」
「壊してないよ。人のものだし。それにその情報で合ってるよ」
「これどうやって入ったんだ?」
「入れないよ。繋がりは壊しちゃったし」
パワーバイバル事件。旧時代のネットワークと現在使われているネットとを断絶した事件。ノーネームはそれを起こした張本人だ。
「ちなみになんだが、なんで壊したんだ」
「人類はまだその段階に来てはないからね。あれは知るべきものじゃない。というより、知ってもいいけれどあの時は駄目だった、という方が正しい」
「今はいいのか」
「駄目だね。まだ解決してないから」
アーネスとハカマダから聞かされたこと。それらを関係しているのだろう。そう薄っすらを考えているとノーネームが話を切り出す。
「さて、本題だ。なんでわざわざノーネームが君に通話をかけたのか、その理由について説明するよ」
「ああ。お願いするよ」
「最近、君にハヤサカ技術研究所の奴らが接触してきただろう?」
「ああ。アーネス・ウォッチャーっている懸賞首がな」
「はっは。彼が、まあ見てたよ。話を聞いて色々と困惑しだろう?」
「まあな。どのくらいが真実なのかは分からないけどな。それに遠回しすぎるしな」
「しょうがないよね。事が事だから」
レイが息を吐いて一息置いてから口を開く。
「それで俺に言いたいことってのは」
「あんまりハヤサカ技術研究所の言ってること信用しちゃだめだよ。嘘をついているわけでも間違っているわけでもないけれど、根本として彼らはまだ答えを得ていない。だからやり方に無理がある。だから自分が答えを知るまでは信じちゃいけないよ。それと、ハヤサカ技術研究所にはキツく言っておいてよ。あいつら勘違いしてるから、間違いに気がつく前に何かしらの事件を起こしそうだよ。現に一つの都市潰してるし。世界の容量もまだ残ってるんだから」
「……………………ヤマタ巷間都市のことか?」
「当たり。誰から聞いたの。一般には出回ってないはずだけど、テイカーフロント関係者?」
「知り合いのテイカーだ」
10秒ほどの沈黙の後、ノーネームが伝える。
「ハカマダって人のことか」
「以外だな。てっきりハカマダのことも知ってると思ってたが」
「なんかプロテクトかかってるや。来歴とか全部分かんない。どこにも情報乗ってないや」
「あんたが分からないのか」
「別にノーネームは全知全能じゃないよ。それになんか邪魔されてるし」
レイが高速で脳を回転させ、声を絞り出す。
「邪魔してるのって『亡霊』か?」
「…………なんで君がそんなこと知ってるのさ」
そう言った数秒後には、ノーネームが自力で答えを導き出す。
「ああそういうこと。今、点と点が繋がったような気持ちのいい感じだよ。なんで塑性粒子を使えるのか、中部で作られた『神墜とし』を使えたのか、バルバトスに狙われたのか、理解できたよ、すべて」
「それはよかったよ。そのお礼に『亡霊』に関して教えてくれないか」
「随分と傲岸だね。まあいいけど。亡霊ね……詳しくは言えないよ。というより詳しくしらないし。ただ彼を一言で例えるなら、物語の主人公といったところかな」
「……」
「まあバットエンドだったらしいけど。今はその後にどうにか最善のエンドができるよう動いてるって感じ」
「…………もう一ついいか」
「なんだい」
「ヘズ教についてだ」
「……あー。あいつらね。別に大したことないよ。ただ中部で反政府主義者とやりやってるクラウディアと同列、という同じ組織ってだけ。それと、もし君がこの先、見返りの無い戦いに身を投じるのならば戦うことになる相手になる」
「そうか……」
少しの静寂。レイはその間に今までに得た情報を整理する。ただその途中でノーネームが声を出す。
「君と亡霊との関係も分かったよ。随分と可哀そうだ。亡霊も仕方ないとはいえ、また犠牲者を増やしてしまった。それに今は別のプランへと進行中。そろそろ終わりも近いね」
「終わりって」
「ノーネームの存在意義さ。亡霊が仕事を終えると同時に、ノーネームも活動を停止するよ。そろそろ疲れたし。見守るには長すぎた」
「……………そうか」
「……はは」
「…………」
「そろそろ時間みたいだ」
「まだ俺の質問が終わってないぞ」
「しょうがないよ。こっちの電脳空間は情報食って生きる情報生命体がいるんだから、そろそろ場所移さないと。それに亡霊関連の情報を調べすぎて亡霊にノーネームの居場所も割れたし。逃げないと逃げないと」
今ノーネームが言っていることが嘘で、ただ単にレイからの質問を受け付けたくないという可能性もある。しかし、そのことを指摘したって意味が無いので、レイは納得を飲み込んだ。
「分かった。じゃあ俺が答え知ったらまた電話かけてくれよ」
「いいよ、消える前にね」
レイが通信端末から手を離し、ノーネームが通話を切るのを待つ。その時、ノーネームが最後にと、レイに一つ質問を投げかけた。
「レイ。君は、例えば世界の為だとか、皆の為だとか、そんな不特定多数の人達のために見返りの無い戦いに身を投げ出すことができるかい」
天井を見上げて考える。
意味が無いのならばやる必要が無い。見返りがないのならば関わる必要が無い。そう考えるのが普通だ。《《昔の自分》》ならば。
「まあ、中部に行った後ならな。余生を過ごすにはまだ先が長い。暇つぶしに付き合ってやってもいい」
「傲岸だな。まあいい答え。最後は頼むよ」
ノーネームはそう言い残し、通話は切れた。




